AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 27 2018, Vol.361

十分に栄養を与えられる恩恵 (The benefits of being well fed)

真社会性の昆虫では、大多数の個体がその生殖能力を犠牲にして、生殖を行う女王を養っている。 このような社会システムは繰り返し進化してきたが、今もなお、その起源にまつわる多くの議論がある。 Chandra たちは、7種の異なる種のアリを扱い、トランスクリプトーム手法を用いて、女王アリにおいては、ある単一の遺伝子が一貫してその発現が上方制御されているように調節されていることを示した。 この遺伝子が、高水準の栄養と合わさって、多産状態を与えるらしい。 クローン・アリでは、幼虫の出す信号がこの遺伝子の上方制御を妨害し、生殖役務の分化を不安定化させる。 この遺伝子に関連するペプチドの水準上昇が、これらの幼虫の出す信号を無効化し、真社会性を成立させる。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 真社会性:「繁殖を行う女王と、これを助ける多数の不妊個体による繁殖の分業」で特徴付けられる性質。
  • トランスクリプトーム手法:ゲノム情報を利用して、一つの生物や細胞に含まれる全ての転写産物について、網羅的・系統的に発現動態などを解析する手法。
  • クローン・アリ:コロニー内に女王アリがおらず、代わりに各々が無精卵を産み、クローンを誕生させる種のアリ。
Science, this issue p. 398

トランジスタのためのより冷たい電子 (Cooler electrons for transistors)

電界効果トランジスタの動作電力は、ある程度、電流出力を変化させるのに必要な最小の電圧変化によって制限される。 このサブスレッショルド・スイング(SS)限界は、ゲート電極の電位を超えて漏れ出る、熱電子源からのより高温の電子によって引き起こされる。 Qiu たちは、グラフェンが、より狭い電子エネルギー分布を作り出すディラック電子源として機能できることを示している。 カーボン・ナノチューブ伝送路に接続した場合、SSの減少により、供給電圧を0.7ボルトから0.5ボルトに低下させることができるであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • サブスレッショルド・スイング:トランジスタにおいて、電流を一桁増加させるのに必要なゲート電圧の増加量であり、トランジスタをどれだけ小さな電圧でオンできるかを表す指標。
Science, this issue p. 387

粘着性細菌は将来の食糧として生かせられる (Sticky bacteria tolerated as future food)

キイロタマホコリカビのアメーバ体は、細菌をその供給がなくなるまで摂取する。 供給がなくなると、これらのアメーバ体は、ひとつに集合して「ナメクジ体」となり、複雑な多細胞生殖相を開始する。 集合体内の特殊化した細胞は、どんな細胞外細菌もナメクジ体から取り除く。 しかしながらアメーバ体の系統の中には、細菌を細胞内で生かせておくものがある。 Dinh たちはこれらの系統が、クレブシエラ属細菌を結合し、細胞内取り込みを促進し、細菌の即時消化を妨げる、表面レクチンを身に着けていることを発見した。 これらの細菌は、後に、将来の食糧源となる。 さらに、内部に取り込まれた細菌は、アメーバ体の核にDNAを移行し、一時的な形質転換という結果をもたらす。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • キイロタマホコリカビ:環境によりアメーバ状個体での生活と集合体での生活を持つ細胞性粘菌。 集合した細胞群の分化は胞子細胞と柄の細胞の2通りだけなので、分化機構を調べるモデル生物となっている。
  • レクチン:糖鎖に結合性を示すタンパク質の総称。 細胞表面の糖鎖を介して細胞同士を結合させる機能を持つ。
  • 形質転換:外部から与えられたDNAが遺伝情報として組み込まれ,個体あるいは細胞の遺伝形質が変化すること。
Science, this issue p. 402

記憶索引理論に対する支持 (Support for the memory index theory)

文脈記憶の表現と、記憶を探索している間の海馬場所細胞によって表現される場所あるいは経路の間の繋がりは未知のままである。 Tanaka たちは、新たな文脈に反応する前初期活性誘導遺伝子 c-Fosが近接時点で発現していたかどうかということに基づいて、海馬領域CA1におけるニューロンの空間的発火特性を調べた。 c-Fos陽性ニューロンは、文脈弁別の間に、c-Fos陰性細胞よりも多くのオンオフ発火パターンを示した。 文脈認識の枠組みにおいて、これらの結果は、海馬機能の索引理論を認知地図理論よりも支持する。(ST,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 392

炎症が腸ポリープ症を促進する (Inflammation promotes gut polyposis)

Peutz-Jeghers症候群(PJS)は、腸に良性ポリープを引き起こし、腫瘍抑制遺伝子STK11の変異に起因する幾つかのガンの危険性を高める。 STK11は肝臓キナーゼB1(LKB1)をコードする遺伝子である。 この病気におけるLKB1の役割は、その腫瘍抑制機能に関係していると考えられている。 Poffenberger たちは今回、マウス中でのPSJ再現には、T細胞特異的にStk11が接合体中でヘテロに欠失するだけで十分なことを示している(Hollstein と Shaw による展望記事参照)。 マウスとヒトのポリープは、免疫細胞の浸潤、STAT3シグナル伝達の亢進、インターロイキン-6(IL-6)のような炎症性サイトカイン濃度の向上、で特徴づけられる。 STAT3シグナル伝達、および、IL-6や T細胞を標的にすることがポリープを改善し、この病気に対する有望な治療法であることを示唆している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • STAT3:シグナル伝達兼転写活性化因子(シグナル伝達と転写活性化の双方に働くタンパク質)の1つ。7種類が知られている。
Science, this issue p. 406; see also p. 332

温暖化する世界の中で寒くなるシベリアの冬 (Colder Siberian winters in a warming world)

過去十年の間、シベリアの冬はより厳しくなっている。 海氷消失が北極圏の劇的な温暖化を示しているにも関わらずである。 この明らかな矛盾を説明するのに提案されている1つの仮説は、北極海の海氷消失が大気循環のパターンを変化させて、より寒いシベリアの冬をもたらすというものである。 Zhang たちは包括的な大気循環モデルを用いて、バレンツ-カラ海の晩秋の海氷消失が、続いてくる冬のシベリアのより寒い気候につながるはずだということを示している。 彼らの実験はまた、成層圏における変化、とりわけ海氷減少によって生じた成層圏極渦の変化と弱まりが、シベリアにおける冬の厳しさに大いに寄与することを示唆している。(Uc,MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat6025 (2018).

相分離と遺伝子制御 (Phase separation and gene control)

例えばBRD4を含む転写因子と補因子、メディエーター複合体のサブユニット、RNA合成酵素II 等の真核生物の転写機構の多くの構成要素は、本質的に無秩序な低複雑度領域を包含する。 今それらの相互作用の性質と振る舞いを、転写調節機能に結びつける概念的枠組みが浮上しつつある(Plysと Kingston による展望記事参照)。 Chong たちは、機能的に関連する動的で多価の配列特異的なタンパク質-タンパク質相互作用を介して、転写因子の低複雑度領域が、集中化されたハブを形成することを見出した。 これらのハブは、さらに高濃度では相分離する可能性を有している。 実際 Sabari たちは、スーパーエンハンサーにおいて、BRD4とメディエーターは、転写器官を区画化・集中して、主要な細胞同一性遺伝子の発現を維持する液体様凝縮体を形成することを示した。 Cho たちはさらに、選択的転写阻害剤に対して、メディエーターとRNA合成酵素II それぞれの凝縮物では感受性に差異があることと、それらの動的相互作用が転写伸長をどのように開始するかを明らかにした。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 補因子:酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質。
  • BRD4(ブロモドメイン含有タンパク質4、bromodomain-containing protein4):約110のアミノ酸残基からなりヒストン上のアセチル化されたリジン残基を認識するブロモドメインを有するタンパク質。 様々なタンパク質の発現を制御する。
  • メディエーター:細胞間のシグナル伝達を行う物質。
  • サブユニット:タンパク質の完成した1分子が数個のポリペプチド鎖の組合せから成るとき、その各1本のポリペプチド鎖。
  • スーパーエンハンサー:遺伝子転写を、長い非エキソンレベルで制御する転写因子群。
  • 転写伸長:RNA合成酵素による合成過程。
Science, this issue p. eaar2555, p. eaar3958, p. 412; see also p. 329

3D脳におけるトランスクリプトームの図示 (Transcriptome mapping in the 3D brain)

RNA配列決定はトランスクリプトーム全体を標本採取するが、解剖学的情報に欠ける。 一方、in situハイブリダイゼーションは、単に少数の転写物の特性を描くことができるだけである。 in situ配列決定技術はこの欠点に対処するが、密で複雑な組織環境へのこの技術の適用は困難である。 Wang たちは、効率的な配列決定手法とハイドロゲル-組織化学とを組み合わせて、三次元(3D)で無傷の組織RNA配列決定のための学際的技術を開発した(Knopfel による展望記事参照)。 1000以上の遺伝子が単一細胞の分解能でマウスの脳切片に同時に図示され、細胞型と回路状態を明らかにし、細胞組織化の原理を明らかにした。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaat5691; see also p. 328

気候モデル予測の改善 (Improving climate model projections)

二酸化炭素濃度が二倍になると、地球の大気はどれほど暖かくなるのだろうか? 複数の気候モデルはこの質問に異なる解答を与えており、排出可能な炭素量を、気候変動の危険なレベルを避けながら決定することを難しくしている。 展望記事において、Soden たちは、二酸化炭素からの放射強制力(すなわち、温暖化力)は、モデルの結果が示唆するものよりはるかに不確実性は小さいと主張している。 より精巧な方法を用いてこの強制力を計算すると、不確実性が大幅に減少するが、あまりにも計算コストが高いため、モデルの計算にこの方法を採用することはできない。 より正確な計算で検証されたモデルパラメータ化を確実に行うことは、気候モデリングのこの重要な要素における不確実性を軽減するのに役立つだろう。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 326

ケイ素はビニル・カチオンへの道を平滑化する (Silicon smooths the way to vinyl cations)

飽和炭素中心は、しばしば炭素-ハロゲン結合、または炭素-酸素結合に最初の切断が入り置換反応を受けるが、その切断の際にプラスに帯電した炭素を残す。 これと類似のカチオンを、二重結合になっているビニル炭素からの経路でつくることは、遥かに困難であることが証明されている。 Popov たちは今回、非配位性アニオンと対になったケイ素カチオンが、常温常圧下でこのようなビニル基の炭素からトリフラート基を引き抜くことができることを示している(Kennedy と Klumpp による展望記事参照)。 その結果として生じるビニル・カチオンは、C-H挿入により単純なアルケンと反応する。 理論的および機構的な研究は、この反応が、遷移状態の後に分岐する非古典的経路を通って進行することを示唆している。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • トリフラート:トリフルオロメタンスルフォン酸エステルの略称、一般式 CF3SO2OR
Science, this issue p. 381; see also p. 331