AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 15 2018, Vol.360

夜間の隠れ家 (Nocturnal refuge)

人間の人口が増えるにつれて、動物たちが我々の影響に関係なく生き抜く場所は、より少なくなっている。我々が主に昼間に行動する傾向を考えると、人間による影響がより少ないままの一つの領域は、夜である。Gaynorたちは、世界中で、そして哺乳動物種全体にわたって(シカからコヨーテまで、そしてトラからイノシシまで)、動物たちがより夜行性になりつつあることを見出した(Benitez-Lopezによる展望記事参照)。ハイキングのような非致死性の娯楽を含むあらゆる種類の人間活動が、動物たちに、我々が周囲にいない時間を利用するよう仕向けているらしい。そのような変化はある程度の救いをもたらすかもしれないが、それらはまた生態系レベルでのいくつかの結果をもたらすかもしれない。(Sk,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1232; see also p. 1185

三次元世界を習得する計算機プログラム (A scene-internalizing computer program)

視覚センサによって提供される場面の要素を「認識」するようにコンピュータを訓練するために、 計算機科学者たちは通常、人間によって入念にラベル付け (正解付与)された何百万もの画像を使用する。Eslamiらは、そのようなラベル付きデータを必要としない、GQN(Generative Query Network)と呼ばれる人工の視覚システムを開発した。その代わりに、GQNは、最初に様々な視点から撮影された画像を用いてそのシーン (三次元世界)の特徴を抽象的な記述を生み出し、その本質的な要点を学習する。次に、この表現に基づいて、このネットワークは、そのシーンが新しい任意の視点からどのように見えるかを予測する。(Wt,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1204

真性の磁気トンネル接合 (An intrinsic magnetic tunnel junction)

積層された2磁性膜を通過する電流は、それぞれの磁化方向が反対向きの時よりも同じ向きの場合により大きくなる。エレクトロニクス分野で活用されている、いわゆるこの磁気トンネル接合は慎重に設計・加工されなければならない。2つのグループがグラファイト電極に挟まれた層状ヨウ化クロム(CrI3)の試料において、高い磁気抵抗が真性に生じることを示している。KleinたちとSongたちは試料の層の数を変えることで、層と直交する方向に流れる電流が、高磁場において最大となり、ゼロ近傍の磁場で最小になることを見出した。この観察は、隣接する層が外部磁場のない自然な状態では反対方向の磁化を示すが、高磁場になると同一方向に揃うこととつじつまが合う現象である。 (KA.KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1218, p. 1214

より低エネルギーの光子も同じ仕事をする (Lower-energy photons do the work, too)

植物およびシアノバクテリアは、葉緑素に富んだ光化学複合体を用いて、光エネルギーを化学エネルギーに変換する。深海生物は、全スペクトル光を受け取ることなく、より長波長の光子を活用するように適応している。Nurnbergたちは、遠赤色光の存在下で増殖したシアノバクテリアの光化学複合体を研究した。著者らは、その吸収スペクトルをずらすように化学的に変更された赤色光適合酵素中の少数の葉緑素分子の一つとして、一次電子供与体葉緑素を同定した。速度論的測定により、遠赤色光が、ほとんどの光合成生物が用いる赤色光よりも少ないエネルギーしか持たないにもかかわらず、水の酸化を直接推進できることが実証された。(Sk,kh)

【訳注】
  • 一次電子供与体葉緑素:生物中の葉緑素のうち、光合成反応中心にあって、光エネルギーを化学エネルギーに変換するごく一部の葉緑素(生物中の葉緑素のほとんどは、光エネルギーを集めて光合成中心に送るアンテナ葉緑素である)
Science, this issue p. 1210

ゴーストを見る (Seeing ghosts)

蛍光活性化細胞選別では、特徴的な標的特性がある特定の蛍光団で標識化され、そして、異なる蛍光を示す細胞が選別される。Otaたちはゴースト・サイトメトリーと呼ばれ、単色の蛍光団で標識された細胞質の形態に基づく細胞選別を可能にする技術について述べている。パターン化光学構造に相対的な細胞の動きが空間情報を与え、この情報が経時的な信号に圧縮される。これらは単一画素検出器により逐次的に測定される。この空間情報と経時的な情報から細胞質の像を再構成することができるが、これは計算コストがかかる。代わりに機械学習を用いて、像を再構成することなく、取得された圧縮信号から細胞が直接的に分類される。この方法は、超高速蛍光活性化細胞選別装置で、形態の類似した細胞型を分離することができた。(MY,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1246

メソアメリカのトルコ石はその地方で産出した (Mesoamerican turquoise locally sourced)

学者たちは、メソアメリカで発見されたアステカ(Aztec)とミックステック(Mixtec)トルコ石の工芸品が、トルコ石鉱床が豊富にある、アメリカ南西部から輸入されたと長い間考えてきた。Thibodeauたちは鉛とストロンチウムの同位体比を、TenochtitlanのSacred Precinctのメソアメリカ・トルコ石からの38個のモザイク・タイル(テッセラ:モザイク壁のはめ石)に含まれるものとミックステック・トルコ石モザイクからの5個のモザイクタイル中含まれるものとで分析した。試料のほとんどの同位体組成はメソアメリカの銅鉱床と地殻岩とに一致し、このことはこのトルコ石の産地として少なくとも1つのメソアメリカ地域を示唆している。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ミックステック:アステカ人に征服される前のメキシコ中部の文明
  • Tenochtitlan:1500年前後に栄えたアステカ文明の中心地(現在のメキシコシティ)
  • Sacred Precinct:アステカ時代に生贄をささげた聖なる場所
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aas9370 (2018).

特定の記憶を解きほぐす (Disentangling specific memories)

個々の記憶は、脳における異なる記憶痕跡に、すなわち、エングラム細胞と呼ばれる特定のニューロン集団に記憶される。2つの記憶が相互作用して共有化されたエングラム中にコード化される場合、脳はどのようにして特定の記憶のアイデンティティ(同一性) を貯蔵し、定義するのだろうか? Abdouたちは長期増強の操作と組み合わせた光遺伝学的再活性化を使用して、外側扁桃体でニューロンを共有しているエングラム細胞を分析した(Ramirezによる展望記事参照)。シナプス特異的な可塑性が、共有されたエングラムにおける個々の記憶の貯蔵とアイデンティティを保証した。 さらに、特定のエングラム集合体間のシナプス可塑性は、記憶エングラム形成に必要かつ十分であった。(KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • シナプス可塑性:経験に応じて神経細胞間のシナプスの伝達効率が変化(増強、あるいは減弱)し、その変化が長時間続くこと。細胞レベルでの学習・記憶の基礎過程であると考えられている。長期抑圧(LTD)や長期増強(LTP)が代表例。
Science, this issue p. 1227; see also p. 1182

記憶T細胞の分化をモデル化する(Modeling memory differentiation in T cells)

エフェクター記憶T細胞とセントラル記憶T細胞との間の均衡は、免疫応答に関与するT細胞の数が増加するにつれて、後者に向かって崩れる。 Polonskyたちは、生細胞イメージングを使い細胞の増殖と分化を追跡することで、T細胞クオラム・センシングが記憶T細胞の分化に影響を与えるそのメカニズムを決定した。 彼らは、記憶CD4+T細胞分化の速度が、細胞数によって決定されることを見出した。その速度は、局所的に相互作用する細胞の閾値数以上では大きく増加する。数学的モデル化は、最初に播種された細胞の数および細胞分裂の数が重要ではないことを示唆している。代わりに、相互作用する細胞の瞬間的な数が、分化速度をたえず調節する。これは、細胞増殖に対する影響とは無関係に、サイトカインであるインターロイキン-2(IL-2)とIL-6に対する感受性の増加によって部分的に促進される。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • エフェクター記憶T細胞:リンパ節を積極的に出て抗原を迎え撃つ
  • セントラル記憶T細胞:リンパ節に留まり抗原と出会うのを待つ
  • クオラム・センシング:細菌が自分と同種の菌の数と密度を検知して、特定物質の産生を調節する事
Science, this issue p. eaaj1853

生存戦術としての慢性的ストレス (Chronic stress as a survival tactic)

ほとんどの膵管腺がん(PDA)患者は、原発腫瘍の外科的切除後に肝転移を起こす。これらの転移は、外科手術時に存在し免疫系による除去を逃れたらしい、静止状態にあった播種性のがん細胞から生じるのかも知れないと考えられている。Pommierたちは、マウス・モデルとPDA患者からの組織サンプルを分析することによって、これら静止状態の細胞が生き残る方法を研究した。彼らは、播種されたがん細胞が、T細胞による殺除の引き金となる細胞表面分子を発現しないことを発見した。 この表現型の特徴は、小胞体ストレスを解消することができないことと関連している。 このストレスが解消されると、播種された細胞は増殖を開始して転移を形成する。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 小胞体ストレス:細胞小器官の一種である小胞体の内腔に、正常に折り畳まれなかったタンパク質や正常な修飾を受けていないタンパク質が蓄積した状態。
Science, this issue p. eaao4908

共振器検出を再考する (Reconsidering resonator sensing)

十分な信号対雑音比があれば、ナノスケールの機械共振器の周波数の変化を多くの検出用途に使用することができる。通常は、高い品質係数(Q値)で、より長時間にわたって「鳴る」共振器を創りだすことで、この比は改善される。Royたちは、原子間力顕微鏡法で使用されている手法からのヒントを得て、共振器の熱機械的雑音が明確に定義されている場合、品質係数を低下させることにより、周波数シフトの信号対雑音比が改善できることを示している。彼らはこの方法を用いて、両持ち梁構造のシリコン共振器を用いた温度検出を実証した。これは、真空中よりも大気圧においてより良く働いた。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. eaar5220

生理活性アルカロイドを作る方法 (How to make bioactive alkaloids)

ビンブラスチンとビンクリスチンは重要で高価な抗ガン剤で、植物由来アルカロイドであるカタランチンとビンドリンの二量化により製造される。タベルソニンをビンドリンへと転換する酵素群は知られている。しかしながら、カタランチンとタベルソニンの骨格が生み出される機構は謎だった。今回Caputiたちは、その生合成遺伝子と、対応する関与酵素について記述している。この結果は、植物アルカロイド骨格がどのように合成されるのかについての長年にわたる疑問を決着させるものであり、そしてこれはビンブラスチンおよびビンクリスチンの生合成に重要であるだけでなく、自然界全体で見いだされた他の多くの生物活性アルカロイドを理解するためにも重要である。(MY,kh)

【訳注】
  • アルカロイド:植物体に含まれる窒素(多くはアミノ基)を含む塩基性の有機化合物で, 多くが毒性・麻酔性などの薬理作用を持つ。
Science, this issue p. 1235

恐怖減衰のメカニズム (The mechanisms of fear attenuation)

驚いたことに、恐怖の遠隔記憶が、どのように保持され減衰されるかについてはほとんど知られていない。Khalafらは独立した恐怖記憶の減衰の範例、エングラムに基づいたタグ付け技術、および化学遺伝的手段を使用して、神経活動を変化させた(Frankland and Josselynによる展望記事参照)。彼らは、集団内のニューロンの別々の部分集合が、恐怖の減少と相関する記憶減衰後の記憶再生に関与することを見出した。このように、記憶の更新と消滅のメカニズムは共存して、これを起こしているらしい。これらの知見は、効果的な記憶減衰が、恐怖の元の記憶痕跡を安全なものに向けて書き換えることによって媒介されるという意見を支持している。(NA,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 遠隔記憶: (記銘後すぐに想起する即時記憶よりも長い) 近時記憶よりもさらに保持時間の長い記憶
  • エングラム:記憶に対して脳の中で形成されるとされている生物化学・生物物理学的な変化・構造.
Science, this issue p. 1239; see also p. 1186

微小管-タウの相互作用に取り組む (Tackling microtubule-tau interactions)

アルツハイマー病は高齢者の主な死亡原因である。病気の進行はタウで構成される神経原線維濃縮体の蓄積と関係している。タウは神経細胞の発生と機能にとって重要なタンパク質である。リン酸化事象がの濃縮体形成に先行し、この事象が、本来の結合相手である微小管からのタウの解離を引き起こす。微小管-タウの相互作用は謎であった。Kelloggたちは低温電子顕微鏡と分子モデルを用いて、タウが微小管の外表面とどのように相互作用し、チューブリン・サブユニット同士をつなぎ留め、従ってその重合体を安定化させるか、を示した。チューブリン・サブユニット間に強く結合したセグメント中のタウの重要なアミノ酸は、タウのリン酸化でアルツハイマー病と臨床的に関係する部位に対応しており、微小管相互作用とアルツハイマー病に関わるタウの凝集との間の競争を説明している。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 微小管:細胞中に存在する直径約25nmの管状の構造体。チューブリンと呼ばれるタンパク質から構成され、2種のチューブリン・サブユニットからなる二量体が繊維状につながった原繊維(プロトフィラメント)が13本程度、中空糸を形成するように連なった構造を形成したもの。
Science, this issue p. 1242

脳の大きさに応じた脳領域のやりくり (Shifts in brain regions with brain size)

通常の人間の間で脳の大きさは、2倍程度差異がある。Reardonたちは、非侵襲的画像法により、3000人以上の人間の脳の皮質および皮質下構造を調査した(Van Essenによる展望記事参照)。彼らは、さまざまな脳の大きさに対し、異なる領域間の相対的な大きさは一定にならないことを見出した。ある種の脳領域は、代謝率が高く、より大きな脳により適合する。これが、脳の連合野と感覚・運動野の相対比を、脳の大きさに依存した方法でやりくりする。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 連合野:大脳皮質のうちの感覚・運動野以外の領野で、高度な精神活動に深い関係がある
Science, this issue p. 1222; see also p. 1184

環境DNAは稀少種を追跡する (Environmental DNA tracks rare species)

海洋動物はしばしば見つけにくく、ある領域におけるその存在を確認することを、あるいは個体数を見積もることを難しくしている。これらの動物の多くはまた、稀少であり、研究を更に困難にしている。展望記事において、Pikitchは稀少な海洋動物を検知するために、とりわけ保全努力を援助するために環境DNAの研究の長所に光を当てている。この手法は非侵襲性で極めて感度が高く、例えばシャチのような動物の最近の存在を検知可能としている。しかしながら、課題が、特に個体数の推定に関して残っており、そこではこの研究手法が、より確立された方法との組み合わせで有用となることが分かるはずである。(Uc,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 環境DNA:土壌や水中などの環境中サンプルから抽出したDNA
Science, this issue p. 1180