AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 8 2018, Vol.360

南極を出て (Out of Antarctica)

デボン紀の四足動物, これは現代のすべての脊椎動物の祖先であるが、を考えるとき、私たちは、水中から熱帯の湿った密林や湿地へ現れた両生類のような生き物を思い浮かべる傾向にある。実際、この分類群のすでに記載された標本はすべて、熱帯から回収されてきた。Gessたちは今回、デボン紀時代の南極圏で発見された二体の四足動物の化石を報告している。このように、四足動物の分布は地球全体に及んでいたのかもしれず、そのことは、我々にこの重要な分類群が形成された環境を再考するように促している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1120

火星の有機物とメタンを測定する (Measuring martian organics and methane)

Curiosity探査車は、過去5年間、火星でサンプル採取をしてきた(ten Kateによる展望記事を参照のこと)。EigenbrodeらはSAM(Sample Analysis at Mars)装備の二つの計器を用いて、30億年前の堆積物中に保存されていた複雑な有機物の痕跡を捕えた。堆積物を加熱すると、地球上で発見される有機物の豊富な堆積岩を暗示する一連の有機物と揮発性物質が放出された。地球上のメタンの大部分は生物起源であるが、火星のメタンを説明するために、多数の非生物的プロセスが提案されてきた。Websterたちは、火星の3年間にわたる大気中のメタン測定を報告し、そして、背景濃度が、その地方の季節とともに変化することを見出した。その季節変動は、火星メタンの起源を決定するのに重要な手がかりを与える。(Wt,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1096, p. 1093; see also p. 1068

シリコンを明るく光らせる (Making silicon shine bright)

シリコンは、半導体電子産業の働き者であるが、その光学的機能性の欠如が、真の集積型シリコン光電子基盤技術を開発する上での障壁となっている。非線形の光・物質間相互作用を利用して、シリコンに光学的機能性をもたせるいくつかの方法があるが、その効果は弱い傾向にある。Otterstrom たちは、つり構造のシリコン導波路の競技場走路形状の構造を用いて、ブリルアン散乱のより強い非線形効果を刺激し、シリコンからのレーザー放出を達成した。つり構造の空洞設計により、その非線形性を操作し、光学的応答を調整する能力は、シリコン光電子回路および素子の開発のための強力で適応性のある道筋を提供する。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ブリルアン散乱:光が物質中で音波と相互作用し、振動数がわずかにずれて散乱される現象
Science, this issue p. 1113

社会慣習における転換点 (Tipping points in social convention)

ある集団がある合意に収束している時点で、少数派の視点を有するグループが、どのようにその合意をくつがえすことができるのだろうか。理論モデルは、十分に大きい少数派が社会規範を変えることができる転換点について強調している。Centolaたちは管理下の実験にてこの問題を研究するためのシステムを開発した。写真に写っている人物の名前について一致に達した複数のグループの人々が、異なる名前を主張している同盟者に個々にさらされた。ただ一つの動機付けは協力することだけであった。同盟者の数がそのグループの約25%であったとき、多数派の意見は少数派のそれに転換する可能性があった。(Uc,KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1116

もっと予測可能な誕生日に向けて (Toward more predictable birthdays)

胎児の発育をモニタリングする安価な方法があると、医療環境が低水準な状況においては特に、出生前管理を改善できるかもしれない。Ngoたちは、胎盤で生じるあるRNA転写物の量を母体血液中で測定することで、個々の妊娠進行を知る手段を提供する2 回の非侵襲性の血液試験を開発した。小規模な概念実証型研究において、1 回目の血液検査は胎児の月齢と出産日を、超音波検査に匹敵する正確さで予測した。 2 回目の血液検査は、これもまた小規模の予備研究で調べられ、早産の危険のある妊婦と満期産の妊婦とを区別した。次の段階は、これらの試験の信頼性を、大規模な盲検臨床試験で評価することになるだろう。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1133

毒素と解毒剤によるイネの不稔性 (Sterility in rice via toxin and antidote)

野生種と栽培種のイネの間での交配は、雑種不稔性をもたらす。そのような遺伝的障壁は、野生種から栽培変種イネへの潜在的に有益な遺伝子の移動を妨げる。Yuたちは、遺伝子流動を妨げるこの障壁を理解するため、野生型と栽培型のイネの間の不稔性を決めている量的形質遺伝子座(QTL)の位置を特定した。このQTLは2つのオープン・リーディング・フレーム(ORF)をコードしていて、これらのORFは2つとも配偶子形成の際に発現する。これらのORFはそれぞれ毒素と解毒剤をコードしていて、前者は花粉成長に影響し、後者は花粉生育に必要である。このように、利己的遺伝因子は生殖隔離を促進する進化戦略の根底になりうる。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 雑種不稔性:異なる品種・属・種の間での雑種が生殖能力を欠く現象のこと
  • 量的形質遺伝子座:量的形質(収穫量などの数値によって評価できる形質)の発現に影響を与えるゲノム中の遺伝子領域のこと。1つの量的形質に対して通常、複数の遺伝子領域が寄与する。
  • オープン・リーディング・フレーム:ある終始コドン(どのアミノ酸にも対応しないコドン)から次の終始コドンまでの間のタンパク質へと転写・翻訳される可能性のある塩基配列のこと。
  • 生殖隔離:本来は交配可能な二つの種間で、地理的等の要因により交配が起こらない状態であることや、交配できても生殖能力を有する子どもをつくれない状態であること
  • 利己的遺伝因子:自らの複製を推進してゲノム中に広まるが、そのホスト生物体の繁殖成功に特別寄与しない遺伝子配列のこと。転移因子(トランスポゾン)などがある。ここでは2つのORFをコードしているQTLが利己的遺伝因子に属する。
Science, this issue p. 1130

公海での漁業の経済的根拠 (Economic rationale for fishing the high seas)

公海での漁業の経済的評価は不足しており、その原因の1つは、このような把握しにくい海域で漁をする船団の、コストと収益に関するデータが不足しているためである。Salaたちは、公海での漁業の努力を全世界的に定量化し、公海での漁業が経済的に意味を持つかどうか、どの時期なら意味を持つかを評価したいと考えた。彼らは衛星データと機械学習を使用して、3600隻以上の漁船の活動をほぼ実時間で追跡した。漁業収益の傾向は、国、漁業の種類、港までの距離によって大きく異なっていた。現在の公海における漁場の54%程度は、多額の政府の補助金なしでは採算が取れないと思われ、公海における補助金の取り扱いの改善についての最近の要請を裏付けている。(Sk,ok)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat2504 (2018).

大型類人猿ゲノムに対する注目 (A spotlight on great ape genomes)

現在までに作成された非ヒト霊長類ゲノムの多くは、多くの配列ギャップを入れたり、基準のヒトゲノムによる誘導に頼ったため、敢えて「ヒト化」されてきた。このヒト化効果を除去するため、Kronenbergたちは、チンパンジー、オランウータン、および二人のヒトの長鎖読み取りゲノムを生成し組み立て、それらを以前に生成したゴリラのゲノムと比較した。この分析により、ヒトおよび特定の類人猿系統に特異的なゲノム構造の変異が分かった。ヒトとチンパンジーの脳の類臓器間の比較は、チンパンジーと比較して、ヒトでは特定遺伝子の発現の発現低下を示した。それは、この分析で同定された、非コード領域の変異に関連していた。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 長鎖読み取りゲノム:長い読み取り配列決定技術で読み取られたゲノム
  • 非コード領域:ゲノムDNAのうち、遺伝子・タンパク質をコードしていない領域
Science, this issue p. eaar6343

喘息におけるPNECの役割の発見 (Finding a role for PNECs in asthma)

肺神経内分泌細胞(PNEC)は、気道および肺胞上皮に位置するまれな細胞型であり、しばしば感覚神経線維と接触している。それらは広い系統分布を有し、比較的原始的な両生類と爬虫類の肺でも見られ、重要な機能であることを示唆している。Suiたちは、PNECを欠くマウスが2型(アレルギー性)免疫応答を抑制していることを見出した。PNECは、気道分岐点の周りの第2群の先天性リンパ球系細胞(ILC2)のすぐ近くで観察された。そのPNECは、CGRP(calcitonin gene-related peptide:カルシトニン遺伝子関連ペプチド)を分泌することによってILC2活性を増強した。それらはまた、神経伝達物質GABA(γ-aminobutyric acid:γ-アミノ酪酸)を介して杯細胞の過形成を誘発した。興味深いことに、ヒト喘息患者はPNEC数の増加を示していることが観察され, それは喘息治療に対する治療標的となる可能性を示唆している。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 杯細胞:粘液分泌性の単細胞腺で、気道粘膜において繊毛上皮間に散在する
Science, this issue p. eaan8546

コレステロール吸収における失われた環 (A missing link in cholesterol absorption)

コレステロールは一般的な健康にとって重要だが、あまりにも多いと動脈壁に蓄積して心血管疾患を引き起こす可能性がある。低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-C)は、しばしば「悪玉コレステロール」と呼ばれ、LDL-Cを厳しい限度内に保つことが、心臓発作と脳卒中の危険を減らすために推奨されている。Zhangたちは、いくつかの個体がLIMA1遺伝子(EPLINまたはSREBP3としても知られる)に遺伝的枠変化突然変異を持っている人がいることを発見した。この遺伝子は、変異前は脂質代謝に関連していなかったが、変異したLIMA1は腸からのコレステロールの吸収を減少させることによってLDL-Cの血漿中濃度を低く維持することが分かった。したがって、LIMA1経路を通した薬理学的標的設定は、心臓の健康を改善するための戦略を提供できるかも知れない。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 枠変化突然変異:遺伝子の一つのヌクレオチドの挿入や除去が起こった結果、生成したタンパク質が変異点の下流ではまったく異なるアミノ酸配列になる変異
Science, this issue p. 1087

量子双極子が液体になる (Quantum dipoles go liquid)

量子スピン液体は、可能な最低温度であっても磁気秩序状態を示さない。Hassan等は、スピン液体と双極子液体の双方になる可能性のある有機化合物について研究をした(Powellによる展望記事参照)。層状材料である κ-(BEDT-TTF)2Hg(SCN)2Brにおいて、分子は三角形格子上に配列する荷電二量体を形成する。個々の二量体に属する過剰の電荷は、二量体を形成する2つの分子のいずれかで "活きている" ことがあり、結果として二量体に対して非ゼロ電気双極子モーメントをもたらす。ラマン分光と熱容量測定から、量子スピン液体におけるスピン同様に、これら二量体は可能な最低温度に至るまで非秩序状態を維持していることが明らかになった。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 1101; see also p. 1073

アンテナ色素は木陰でパートナーを切り替える (Antenna switches partners in the shade)

曇った日や陰を作る樹木は、明るさの変動を引き起こし、植物の光化学系 IとII(PSIとPSII)におけるエネルギーの流れの均衡を崩す可能性がある。 Panたちは、2つの集光性複合体(LHC)に結合したPSIの構造を解明した。LHCの一方は、PSIと恒久的に会合している。他方のLHCは、最適な条件下でPSIIに光エネルギーを送達する。しかし、葉緑体の酸化還元環境を感知するキナーゼによるリン酸化後に、PSIに会合する状態に切り替わることができる。光化学系間のLHCの移動は、釣り合いの取れたエネルギー流動の維持に役立つ。2つの葉緑素含有サブユニットは、PSIコアを各LHCに結合する構造内で見ることができる。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • アンテナ色素(複合体):光合成において光を吸収してそのエネルギーを反応中心へおくる
Science, this issue p. 1109

分子検出を目的とするメタ表面 (Metasurfaces for molecular detection)

中赤外(mid-IR)分光法は分子指紋法の頼みの綱であるが、少量の試料に注目するときには、その感度が幾分減殺される。ナノフォトニクスは、検出能力を高めるための基板技術を提供する。Tittlらは、特別に設計された散乱要素からなる、全面が誘電体メタ表面アレイからの反射に基づく中赤外線ナノフォトニック・センサーを構築した。このバラ撒き部品は、広範囲の中赤外域波長にわたって幾何学的に調整することができた。この方法は、様々な分子の吸収指紋を首尾よく検出し、識別した。この技術は、分光計、周波数走査、または機械的作動部品の移動を必要とせずに、オン・チップでの分子指紋法の見通しを提供する。(NA,KU,kj,kh)

【訳注】
  • メタ表面:負の屈折率を持つメタマテリアルから作られる2次元の表面
Science, this issue p. 1105

「極端な」降水量の変化を予測する (Predicting changes in “extreme” precipitation)

温度が上昇すると、地球の大気はより多くの水分を保持することができる。この含水量の上昇は、最も極端な降水事象の強度においておおよそ匹敵するような上昇をもたらすと予想される。展望記事の中で、Pendergrassは、この予想が妥当なのかどうかは、極端な降水量の定義に依存すると説明している。Hurricane Harveyに見られるように、最も極端な事象の強度は想定以上に上昇する可能性がある。その一方、それほど極端でない事象の強度は、予想よりも低くなる可能性がある。大気循環の変化はまた、場所ごとに異なるやり方で降水事象に影響を与える。極端な降水量に関する明確な定義は、極端な事象の将来の変化を予測し準備する上で鍵となる。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • Hurricane Harvey:このハリケーーにより、2016年8月26日以来テキサス州で豪雨が続き、未曾有の洪水が起きた。
Science, this issue p. 1072

小胞が運ぶ防御装備 (Defense cargo shuttles in vesicles)

植物は低分子RNA(sRNA)を用いて、病原体中での病原因子遺伝子の発現を妨害することがある。Caiたちは、小さなアブラナ科植物であるシロイヌナズナが細胞外小胞を介して、防御用のsRNAを屍体栄養真菌である灰色かび病菌(Botrytis cinerea)へと往復させることを示している(ThommaとCookによる展望記事参照)。この小胞にはテトラスパニン・タンパク質が付随しており、相互作用して膜マイクロドメインを形成することができる。発病過程を標的にする数十のさまざまなsRNAが、選択的にシロイヌナズナから灰色かび病菌に運ばれた。(MY,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • テトラスパニン:膜4回貫通性のタンパク質ファミリー
  • 膜マイクロドメイン:流動性を持つ生体膜中で動的にタンパク質などが集まり、分子の集合体となった微小領域のこと。
Science, this issue p. 1126; see also. p. 1070

ゼロを理解する (Understanding zero)

社会によるゼロの理解が発展したことが、人間の知性の大きな進歩を引き起こしたと言われてきた。また、我々はゼロを理解する唯一の存在であると思われてきた。いくつかの他の脊椎動物の中には「空集合」の概念を理解することを近年の研究が示してきたが、今回、Howardたちは、この概念の理解が, 食餌の報酬によって刺激物個数の大小 (2~5) を区別するよう訓練されたミツバチの, 見たことのなかった 2 個とゼロ個を区別する能力として, 存在することを示している(Niederによる展望記事参照)。この発見は、そのような理解が、自身の環境の複雑さを処理する遠縁種で独自に進化したことを、また、以前認識されていたよりも広範囲に及んでいるかもしれないことを示唆する。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1124; see also p. 1069

胚発生をモデル化する (Modeling embryogenesis)

初期胚発生の分子的事象および細胞的事象を理解することは、生殖補助医療を改善し、発生学的出生異常を予防するために重要である。ヒトにおけるこのプロセスはマウスでの比較研究から明らかにされた部分もあるが、かなりの相違が存在するために、胚発生をより良くモデル化する必要がある。展望記事において、RossantとTamは、初期発生をより良く研究し、理解するために非ヒト霊長類胚とヒト幹細胞由来のモデルを用いることの可能性について議論している。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 生殖補助医療(assisted reproductive technologies):難治性不妊症に対する不妊治療の総称。体外受精・胚移植・顕微授精など
Science, this issue p. 1075