AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 1 2018, Vol.360

種子休眠に対する制御 (Controls on seed dormancy)

草食動物、それに折悪しい突然の寒気による打撃は、植物のかよわい苗を破壊することがある。植物は、より好ましい成長条件を当てにして自らの種子の休眠を制御する。ChenとPenfieldは、モデル植物であるシロイヌナズナにおいて、種子休眠に対する分子的制御を分析した。春化の過程により知られる2つの遺伝子と1つのアンチセンスRNAが外気温を組み入れ、春化とは反対の構図で種子休眠を制御する。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 種子休眠:植物の種子が発芽に適した環境条件の下でも発芽しないこと。
  • 春化:シロイヌナズナでは、花芽形成(花成)抑制遺伝子であるFLCによりセンスRNA(mRNA)が転写翻訳されて、花成促進遺伝子であるFTの活性化を抑えているが、春化では、長期の低温を感受したFLCによりCOOLAIRと呼ばれるアンチセンスRNA(長鎖非翻訳RNA)が転写され、これがクロマチン修飾を介してセンスRNAの翻訳を抑制し、FTが活性化されて春化(花芽形成誘導)が起こる。
Science, this issue p. 1014

食料生産の世界的な影響 (The global impacts of food production)

食料は、何百万人もの農業従事者や仲介業者により世界中で生産、処理され、大きな環境コストを伴っている。生産者が多様であることを考慮すると、食料の環境影響を減らすためには何が最も良い方法なのだろうか? PooreとNemecekは、多様なタイプの食料生産システムを比較するメタ分析において、世界中で40の様々な農業品を生産する38,000の農家の複数の環境影響のデータを統合した。同一品を生産する生産者間の環境コストには大きな差が存在するらしい。しかしながら、この多様性は環境に最大の打撃を加えている少数の生産者を標的とする機会を生み出す。(Uc,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 987

捕食は冒険嫌いに有利に働く (Predation favors the unadventurous)

選択は、個体間の行動の違いに作用することによって、行動を形作るように思われる。この考えを試験することはずっと興味をそそってきた。Lapiedraたちは、アノール・トカゲが繁殖しているカリブ海の小さな島からなる列島を利用した。行動選択に関する一連の反復実験が設定された。その実験では、茶色アノール・トカゲの個体数が捕食者の有無で定まる。捕食者のいない島ではより探求的なトカゲが有利で、一方、捕食者が存在する場合は、より冒険嫌いの動物がより生き残った。行動に対しての選択は、形態に対しての選択と同時に生じたが、捕食者が存在する場合に顕著だった。(MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1017

地熱地帯での地震誘発 (Triggering quakes in a geothermal space)

高温岩体地熱発電(Enhanced geothermal systems EGS)は、クリーンで豊富なエネルギー源を提供する可能性を秘めている。しかし、最近韓国で、EGS用地の開発中に2つのマグニチュード 5の地震が発生した。GrigoliたちとKimたちは、Pohangで発生したこれらの地震のうちの2番目の地震を誘発事象とみなしうる地震学的及び地球物理学的証拠を与えている。地域の地震計ネットワークや坑井の記録、衛星観測、地震波形解析、応力モデルからのデータを組み合わせた結果は、その地震がおそらく、あるいは、十中八九、ほとんど確実に人為的に誘発されたという判断に導く。この地震が EGS用地内で偶発的に発生した可能性は残っているが、余震分布やその他の一連の証拠は、この地熱資源の今後の開発にとっての不安材料である。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1003, p. 1007

短縮された対話 (Curtailed conversations)

ここ数年、米国の政治について書かれたほとんどの記事は、進みつつある有権者の二極化を述べてきた。しかし、これは本当なのだろうか、それとも単に進みつつあるメディアの二極化を反映しているだけなのだろうか?ChenとRohlaは2016年に、主催者と招待者が敵対的投票の選挙区に住む感謝祭の夕食会は、同一政党の選挙区の夕食会よりも、50分近く短かったと推定している。つまり、議論を呼びそうな主題について話すことを避けるように言われた家族が、単に、あまり話をしなくなっただけなのかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1020

アレーンが銅の上で光の後押しを得る (Arenes get a light boost onto copper)

ハロゲン化アリール結合中へのパラジウムの挿入は、炭素-炭素結合を作るために用いられる多様な方法のあるクロス・カップリング反応の第一工程である。銅は、その豊富な量と後工程での反応特性故に、このような反応を行うための魅力的な代替触媒である。しかしながら、酸化的付加反応と云われる、この第一工程は、この安価な金属触媒の場合、法外なほど遅くなることが多い。Leらは、この課題を回避する光触媒方式を報告している。シランと対になった光酸化還元触媒は臭化アリールを活性化して、おそらくはアリール・ラジカルを経由して銅と反応することができる。この場合の銅は、その後アレーンのトリフルオロメチル化反応を触媒する。(NK,KU,nk,kj)

【訳注】
  • ハロゲン化アリール:芳香族化合物のうち、芳香環上の水素の1個がハロゲン原子 (F, Cl, Br, I) に置換したものの総称
  • アレーン:芳香族性を示す単環(MAH)あるいは複数の環(縮合環)から構成される炭化水素
Science, this issue p. 1010

脊椎動物の発生状況のマッピング (Mapping the vertebrate developmental landscape)

胚が成長するにつれ、他と異なる機能と形態を持つ多くの細胞型が多能性細胞から生じる。3つの研究グループは単一細胞のRNA配列決定を用いて、脊椎動物の胚成長に伴う転写の変化を分析した(Harlandによる展望記事参照)。Wagnerたちは、ゼブラフィッシュの発生期間を通して9万以上の細胞に対するトランスクリプトームの配列決定を行い、体軸パターン形成、胚葉形成、および初期の器官形成の間に、細胞がどのようにして分化するかを明らかにした。Farrellたちは、何万もの胚細胞のトランスクリプトームのプロファイル作成を行い、計算的手法を応用して、ゼブラフィッシュの25の異なる細胞型に導く転写の軌跡を描写する分岐樹を作成した。この分岐樹は、ますます分化するにつれて細胞が遺伝子発現をどのように変化させるのかを明らかにした。Briggsたちは、初期の器官形成から接合子のゲノム活性化に至る、カエルの胚全体を調べて、全ての細胞系列にわたって細胞の状態と分化を経時的にマッピングした。これらのデータと手法は、発生期間における転写の軌跡を包括的に再構成する道を切り開くものである。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(全RNA)のこと。 これを評価することで、対象に対する遺伝子発現の全体像を把握することができる。
  • 胚葉:多細胞動物の初期胚で、卵割によって形成される多数の細胞が、次第に規則的に配列して出来る各上皮的構造のこと。
  • 接合子:生殖により二つの配偶子が合体して生じた細胞のこと。
Science, this issue p. 981, p. eaar3131, p. eaar5780; see also p. 967

冥王星上のメタン氷の砂丘 (Methane ice dunes on Pluto)

風に吹かれた砂や氷の砂丘は、地球や火星、金星、タイタン、彗星67P / Churyumov-Gerasimenkoにおいて知られている。Telferたちは、New Horizons探査機によって撮影された画像を用いて、冥王星の Sputnik Planitia 地方の砂丘を鑑定した (Hayesによる展望記事を参照のこと)。モデル計算では、これらの砂丘は、冥王星では普通の風で輸送された砂サイズの固体メタン粒によって、形成された可能性がある。そのメタン粒は、周囲の窒素の氷の融解によって大気中に吹き上げられたか、近くの山から吹き飛ばされたのかもしれない。冥王星の条件下で砂丘がどのように形成されるのかを理解することは、太陽系内の他の場所で見出された類似の特徴を解釈するのに役立つであろう。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 992; see also p. 960

感じるんだ! (I've got a feeling)

感覚(または求心性)神経は、中枢神経系および脳に対して、接触、痛み、または温度変化の感覚をもたらす。Kimらは、有機エレクトロニクスの手段と材料を用いて、圧力センサ、リング発振器、およびイオン・ゲル・ゲート・トランジスタを組み合わせ、人工的な機械受容器を形成した(Bartolozziによる展望記事参照)。この組み合わせにより複数の圧力の入力検出が可能になり、センサ信号に変換して、ゴキブリの脚の動きを振動様式で駆動するために使用できる。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • イオン・ゲル・ゲート・トランジスタ:ゲート絶縁膜としてイオン・ゲル(イオン液体と高分子を混ぜ合わせたゴム状の材料)を用いた構造のトランジスタ
  • 機械受容器: 機械的刺激をうけて最終的に求心性神経刺激の発生をひきおこす受容器の総称
Science, this issue p. 998; see also p. 966

現代集団における始祖効果 (Founder effects in modern populations)

古代人のゲノムは人類の初期移住パターンを明らかにすることができる(Achilliたちによる展望記事参照)。アイスランドには、定住が比較的最近にもかかわらず(約1100年前)、遺伝的に独特の集団が住んでいる。Ebenesersdottirたちは、アイスランドの植民期から間もない古代アイスランド人のゲノムを調べ、今日のアイスランドの住民のものと比較した。古代DNAは、原初入植者がゲール人とノース人の起源を持つことを明らかにした。初期定住以来の遺伝子浮動は、独特のものである対立遺伝子頻度を現代アイスランド人に残してきたが、いまだノース人の始祖側の方に歪んでいる 。Scheibたちは、米国カリフォルニア州のチャンネル諸島とカナダ・オンタリオ州からの古代ゲノムの配列決定を行った。古代オンタリオの人間集団は、他の古代北米の住人にも、また現代のアルゴンキン語を話すアメリカ先住民にも類似していた。対照的にチャンネル諸島の人たちは、今日メキシコと南米で暮らしているグループにむしろ近かった。遺伝的分裂および集団の隔離が氷河期に起き、その人たちは後世に再び混ざりあったようだ。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ゲール人:北西ヨーロッパに先住したケルト系の人々の集団。
  • ノース人:スカンジナビア(特にノルウェー)を本拠地とし、古ノルド語を話した人々の集団。
  • 遺伝子浮動:生物の個体群において、適応とは無関係に、ある形質にかかわる遺伝子が無作為に選択され、次世代に伝わる遺伝子の頻度が変動すること。比較的個体数が少ない集団内で生じる。
Science, this issue p. 1028, p. 1024; see also p. 964

グリフォセート、脅威か救世主か? (Glyphosate: Menace or savior?)

除草剤グリフォセートは、ラウンドアップ(Roundup)を含む非常に多くの製品に使われていて、農作物と競合する雑草を殺し、また、収穫前の農作物を乾燥させその収穫を容易にする。 van StraalenとLeglerは展望記事で、さらに5年間グリフォセートを再認可する最近の欧州連合による決定に注目している。幾つかの影響評価が、通常遭遇する濃度でグリフォセートは人間に対して危険をもたらさないと結論付けたが、これらの評価は、除草剤製品の他の化学物質との組み合わせ効果を説明していない。グリフォセートが環境系にどのように影響するのかはほどんど分かっていないので、その使用を増やすことは心配である。農薬依存に関する社会的懸念は、政策決定過程の一部として社会経済的影響分析を通じて考慮される必要がある。(MY,kj)

【訳注】
  • グリフォセート:米モンサントが開発した除草剤であるラウンドアップの主成分。植物中で芳香族アミノ酸を含むタンパク質・代謝産物の合成を阻害し、非選択的に植物を枯らす。これに耐性を持つ遺伝子組み換え作物とともに用いられる。
Science, this issue p. 958

代謝の可塑性が医薬品開発を失敗させる (Metabolic plasticity foils drug development)

がん細胞の代謝は、ますます医薬品開発の標的とされつつあるが、患者でのその結果は前臨床モデルと必ずしも一致しない。展望記事でMuirとVander Heidenは、代謝を標的とする医薬品に対する応答の決定要因としての微小環境での栄養有効性の重要性と、どのようにがん細胞中で代謝標的をより効率的に同定出来るかについて議論している。(Sh,kj)

【訳注】
  • 微小環境:がんの周囲にあって、がんに栄養を送っている正常な細胞、分子、血管など
Science, this issue p. 962

漁獲量を維持しながら混獲を減らす (Reducing bycatch while sustaining harvests)

混獲(非標的海中生物の捕獲)を減らすことは、何十億人もの人々に不可欠なタンパク源を提供する世界の漁業にとって、懸案のままである。よく管理された漁業でも、カメ、海鳥、サメなどの種の捕獲は問題である。多くの種にとって、混獲を軽減するために用いられた解決策は成功してこなかった。 Hazenらは、カリフォルニアの流し網漁に焦点を当て、複数の種の動きに関する何種類かの過去のデータを組み合わせて毎日の捕獲量を予測する、複数種生物の海洋管理手法を開発した。この手法を用いて、彼らは、固定した漁獲上限値に基づいたより静的な漁業管理ではなく、毎日の海洋状況に基づいてカリフォルニアの流し網漁を行うことで、漁獲量を維持しながら混獲を大幅に減らせることを発見した。(Sk,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aar3001 (2018).