AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 18 2018, Vol.360

保護されたけれど、まだ難しい (Protected yet pressured)

自然保護区は、生物多様性を守るために欠くことのできない方法として、ますます認識されている。 国際的保護区のネットワークに含まれる土地の割合は 9%から 15%に増加したが、Jones たちは、この地域の 3分の1 が激しい人間活動の影響を受けていることを見出した。 したがって、保護を受けている地域の状況でさえ幾らかの人間による圧迫を受けていて、最も奥地の北方地域のみがほとんど手つかずのまま残されているだけである。(Wt,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 788

SnSeに特異なやり方でドープする (SnSe doped a different way)

熱は、熱電材料により電気に変換できる。 そのような材料は、固体冷却素子用として有望視されている。 効率的な熱電材料を開発する上での課題は、高い電気伝導度でありながら低い熱伝導度を確保することである。 Chang たちは、セレン化スズ(SnSe)への臭素ドープが、この層状材料の面外方向への低い熱伝導を維持することにより、まさにこれを実現することを発見した。 この結果は、電荷担体として電子を用いる有望な n型熱電材料であり、SnSeで熱電素子を開発するための重要な一歩である。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 778

二酸化炭素からエチレンへのまさに基本的な塩基経路 (A very basic pathway from CO2 to ethylene)

エチレンはプラスチック用の重要な汎用化学品である。 エチレンは、二酸化炭素(CO2)からの再生可能資源合成にとって、取扱容易な目標物と考えられている。 問題は、この反応に必須な塩基性条件下で転化に用いられる銅電解触媒が、CO2と塩基から重炭酸塩を形成する反応との競合の影響を被ることである。 Dinh たちは、CO2の触媒部位への拡散を最適化することにより、塩基の影響に耐えられる電解反応電極を設計した(Ager と Lapkin による展望記事参照)。 この触媒設計は、150時間の間、70% の効率を与える。(MY,kj,nk)

Science, this issue p. 783; see also p. 707

生物多様性についての 1.5度 (One and a half degrees on biodiversity)

昆虫は地球上でもっとも多様性のある動物グループであり、陸上の食物連鎖の至るところに存在する。 我々は変化しつつある気候における彼らの運命に関してほとんど情報を有していない。 すなわち、昆虫に関しては、他の生物グループに比較してデータが乏しい。 Warren たちは、気候変動が及ぼす昆虫分布への影響について、地球規模の分析を行った(Midgley による展望記事参照)。 脊椎動物および植物にとって、2100 年までにその地理的分布範囲を半分以上失う種の数は、温暖化が 2°Cの減少予想と比べ、1.5 度以内におさまる場合は半減する。 しかし昆虫の場合、分布範囲喪失種数は2/3も減る。(Uc,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 791; see also p. 714

腸への良性定着 (Benign colonization of the gut)

腸内の微生物群は高度に個性的なのかもしれない。 この特異性を生み出すのは何なのだろうか? 腸は、病原体の攻撃から腸を保護すると推定されている免疫グロブリンA(IgA)抗体をグラム量単位で特徴的に産生する。 Donaldson たちは、一般的なヒトの共生細菌であるBacteroides fragilis の系統を遺伝子操作して、その表面莢膜を変化させた。 これは、無菌マウスの腸に定着する能力に影響を与える。 莢膜の変化は、様々な変異体に結合する IgAの能力を変えた。 この共生細菌種は、IgAの固着力を特異的に利用して、自身に競争力を与え、腸内での定着を促進するらしい。(KU,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 795

転写のプロファイリング - スラム・ダンク (Profiling transcription—a SLAM dunk)

転写因子の直接的標的遺伝子の同定は、健康な細胞がどのように悪性になるかを明らかにすることができるかも知れない。 Muharたちは SLAM-seq と呼ばれる転写マッピング方法の修正版を適用して、がん研究で大きな関心を持たれている2つの転写調節因子の標的遺伝子を同定した(Sabo と Amati による展望記事参照)。 MYC腫瘍タンパク質は、基礎細胞代謝に主に関与するごく少数の遺伝子の転写を選択的に活性化する。 対照的に、BRD4(ガン治療の標的とされつつあるブロモドメイン含有タンパク質)は、多くの遺伝子の転写を活性化する。(KU)

【訳注】
  • スラム・ダンク(SLAM dunk):バスケットボールにおける強烈なダンクシュート。
  • SLAM-seq:[thiol(SH)-linked alkylation for the metabolic sequencing of RNA]
  • ブロモドメイン:ヒストンのアセチル化リジンを認識し、制御タンパク質を集めて遺伝子発現を制御するタンパク質ドメイン。
Science, this issue p. 800; see also p. 713

動機が開示を左右する (Incentives drive disclosure)

一部の科学者は出版前に研究結果を公開するが、他の多くの研究者は公開しない。 そのような違いを説明する要因は何だろうか? Thursby たちは、9つの科学分野にわたって 7103人の米国、ドイツ、スイスの現役教職員研究者からの調査回答と論文公開データを分析した。 調査分野にわたる開示の違いの70%は、そこで認識されている規範、競争、および商業的志向で説明される。 回答者の67.2%が、論文公開前に研究結果を開示した。 これらは主として参考意見を求めるためだが、時には研究協力者を引き寄せるためのものもあった。 工学者やコンピュータ科学者にとっては商業的利益が重要であるが、彼らが開示する可能性は最も低い。 一方、社会科学者や数学者は最も開示可能性が高い。(Wt,MY,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aar2133 (2018).

応力下でのより優れた性能 (Better performance under stress)

材料中へ応力あるいは歪みを作ることが、材料の性能を向上させることがある。 例えば、シリコン素子に機械的応力を加えることにより、電子移動度が向上したトランジスタが作り出される。 Ghadimi たちは、構造中に応力を設計することにより、微小機械式発振器の振動特性を向上させる可能性を探索している(Eichler による展望記事参照)。 微小機械式発信機を注意深く設計し、連合した応力を組み込むことにより、並外れた振動特性を生み出すことができる。 そのような改良された発振器は、鋭敏な力覚センサとして用いられるかもしれない。(Sk,MY,kj)

Science, this issue p. 764; see also p. 706

腎臓を細胞ごとに巡る (Touring the kidney, cell by cell)

私たちの腎臓は、私たちを健康に保つのに極めて重要な役割を果たしていて、その事実に私たちは毎日数回気づかされる。 慢性腎臓病は世界人口の10% を冒しているが、この内臓の細胞複雑性が、その根底にある機構の理解の進展を妨げてきた。 Park たちは単一細胞の転写プロファイリングを用いて、健康なマウスの腎臓に対する包括的な細胞図表を作成した(Humphreys による展望記事参照)。 集合尿細管内で予想されていなかった細胞型は、既知の2つの細胞型間の移行状態のようだ。 ある細胞型から他の細胞型への移行は、ノッチ・シグナル伝達経路により調節されていて、代謝性アシドーシスと関係する。 著者たちはまた、共通の臨床的特徴を示し発生論的に異なる腎臓病が、共通の細胞起源に由来していることを見出している。(MY,kh)

【訳注】
  • ノッチ・シグナル伝達経路:細胞間の情報伝達機能を担い、細胞運命、細胞分化などを制御している遺伝子調節経路。
  • 代謝性アシドーシス:腎臓起因のものは、腎臓の機能低下により水素イオンが尿中へ排出できず、血液の酸性度が高くなり過ぎる障害のこと。
Science, this issue p. 758; see also p. 709

選択的なオートファジー受容体が同定される (A selective autophagy receptor identified)

オートファゴソームは、リソソーム中の細胞成分を貪食し分解する。 リボソームの分解はリボファジーと呼ばれ、重要な栄養源である。 最近報告されたリソソームの単離方法を用い、Wyant たちは、様々な栄養条件下でのリソソームの全たんぱく質動態の概略を描いた(Nofal と Rabinowitz による展望記事参照)。 タンパク質 NUFIP1 は、飢餓状態で誘発されたリボファジーの間、リボソームに対するオートファジー受容体である。 NUFIP1 は核の外へと往復し、オートファゴソーム膜タンパク質に結合することにより、その積荷であるリボソームを直接標的にする。 NUFIP1 の喪失は、飢餓状態中の十分量ヌクレオチドの提供不能と、したがって低栄養条件下での細胞喪失を意味する。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • オートファゴソーム:細胞が自己の内容物を消化するために内容物を膜で取り囲んだ状態の小胞。
  • リソソーム:多くの加水分解酵素を含み、消化作用を行う細胞小器官。 膜性の小胞で、細菌などの異物や老朽化した自身の細胞の消化などの役割を果たす。
  • リボソーム:タンパク質とRNAから構成され、mRNAからタンパク質を合成する翻訳反応を行う細胞内小器官。
  • オートファジー受容体:分解対象標的と、オートファゴソーム膜に繋がれたタンパク質の両方へ結合でき、アダプターの役割を持つタンパク質。 結合した標的をオートファゴソーム膜に結び付けることでオートファゴソームの形成を促進する。
Science, this issue p. 751; see also p. 710

2種類の並びを見出す (Finding order in twos)

ネマチック液晶では、液晶分子の局所的配向は平均配向方向を中心に揺れている。 配向制御は特有の光学的性質を与える。 理論上は、適切な二次元形状をもっていれば二軸秩序性を持つネマチック性の創成が可能なはずだが、この証明は不確かのままだった。 Mundoor たちは、ネマチック性溶媒の中に棒状コロイド粒子を分散した(Poulin による展望記事参照)。 ある領域の温度と濃度で、棒状粒子はネマチック性溶媒分子に対して直交して整列し、このようにしてこの混合物に、二軸液晶から期待される類の特性を与えた。(MY,kj)

Science, this issue p. 768; see also p. 712

暗闇の中の可塑性材料 (Plastic in the dark)

シリコンやヒ化ガリウムなどの無機半導体は脆い材料である。 この性質は、大きな単結晶が薄いシートへと劈開されることを意味している。 それに対し、硫化亜鉛は完全な暗闇の中で変形されると塑性材料であることを Oshima たちは示している。 塑性変形は光が存在すると阻害される可能性が高い。 なぜならば、光励起された電荷担体が変形部位にトラップされ、静電効果によりこれらの変形部位を動けなくするからである。(ST,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 772

ホット・エレクトロンの温度を測る (Taking the temperature of hot electrons)

半導体チップが小型になるにつれ、効率的に熱を散逸させることがより難題となる。 そのような素子中の電子は、短い距離で急加速され、熱系の残り部分との平衡から逸脱して熱くなる。 Weng たちは、約 50ナノメートルの空間分解能でホット・エレクトロンの有効温度を測定する検温探針を設計した。 本手法は電流ノイズを光学的に測定することに基づいており、動作中の素子で熱がどこで自然と散逸されるのかを垣間見ることができる。(NK,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 775