AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 4 2018, Vol.360

マラリアの変異生成を飽和させる (Saturating malaria mutagenesis)

マラリアは、赤血球に古典的な感染をするPlasmodium属の真核原虫により引き起こされる。 この原虫は、ゲノムに AT(アデニン、チミン)を多く含むため、遺伝子学的に調べることが困難な微生物である。 Zhang たちはこの特質を piggyBac トランスポゾン挿入部位の使用で利用して飽和水準の変異生成を達成し、必須遺伝子および薬剤標的の特定と順位付けを行った(White と Rathod による展望記事参照)。 薬剤標的の現状の候補遺伝子は、多くのワクチン標的遺伝子とは対照的に、必須と特定された。 とりわけプロテアソームによる分解経路の重要性が、関わる幾つかの重要遺伝子と現状の最前線薬剤であるアルテミシニンの作用機構との関係のため、治療行為の開発標的にすべきと確認された。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 飽和変異生成:核酸の単一あるいはコドンの組みをでたらめに置き換えて、その位置で可能な全てのアミノ酸を作らせる、変異生成の技術のこと。 薬剤耐性の評価などに使用される。
  • piggyBac:ガの一種に由来するトランスポゾンで、さまざまな対象への遺伝子導入に用いられる。 このトランスポゾン中に目的遺伝子を導入し、対象細胞に注入することで、目的遺伝子が対象ゲノム中のTTAA部位に組み込まれる。
  • トランスポゾン:ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列。
  • プロテアソーム:真核生物に普遍的に見られ、細胞内の特定のタンパク質を分解するたんぱく質分解酵素の1つ。
Science, this issue p. eaap7847; see also p. 490

複雑なナノ構造の逆合成 (Retrosynthesizing complex nanostructures)

複雑性と非対称性を持つナノ構造の溶液合成は、いまなお挑戦的課題である。 多くの応用にとって、粒子の大きさと形態、構成材料、内部界面の同時制御の獲得は重要であろう。 Fenton たちは、単純なナノ粒子の合成要素(今回は、Cu1.8S のナノ粒子、ナノ棒、ナノシート)から出発し、化学的逆合成を真似た方法を開発した。 各種の接続部分と接合が、例えば、カチオン(陽イオン)置換により導入できる。 この措置は、合成要素の対称性を壊し、より高次の構造へと合成要素を集合させる。 このようにして、非対称領域、つぎはぎ領域、多孔性領域、彫り刻み領域を持つナノ構造の形成が可能である。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 化学的逆合成:目的とする化合物を得るための効率的な合成経路を選択する方法。 そのために、目的とする分子を単純な構造の前駆体へと合理的に切り分けて考察する。
Science, this issue p. 513

ナノ規模のチューリング構造 (Turing structures at the nanoscale)

チューリング構造は、拡散速度の不均衡が安定な定常状態系を小さな異種擾乱に敏感にさせると生じる。 例えば化学反応で、速い動きの抑制物質が、遅い動きの活性化物質の動きを規制する場合、チューリング模様が発生する。 Tan たちは、界面重合を用いてポリアミド膜を成長させた。 この重合反応は油水層の界面で生じる。 水相へのポリビニル・アルコール添加は、単量体の拡散を低下させた。 この処理で、さらなる凹凸、空隙、および島のある膜が生成し、この膜は、水の淡水化にさらに有利であることが判明している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • チューリング構造:非線形性の強い化学反応と拡散が共役して生じる時間に依らない空間模様。 アラン・チューリングにより提示された数理モデル。
Science, this issue p. 518

北アフリカ人の間の関係 (Relationships among North Africans)

一般的な見方では、大部分のユーラシア人は、およそ 50,000~100,000 年前にサハラ以南のアフリカから外部に拡散したある単一の集団の子孫である。 現代の北アフリカ人は、彼らの祖先の大部分を現代の近東諸国の人々と共有しているが、サハラ以南のアフリカ人とは共有していない。 Van de Loosdrecht たちは、この難問を研究するために、約15,000 年前の後期石器時代に属するモロッコ東部の Taforalt 遺跡の 7個体の人骨のサンプルから得られた高品質のDNAの配列を決定した。 Taforalt 遺跡の個体は、近東の集団(Natufian、ナトゥーフ文化人)と非常に密接に関連しているが、彼らの祖先の 3分の1 はサハラ以南のアフリカに由来していることがわかった。 遺跡は(かつて、北西アフリカからヨーロッパに広がったと考えられた)Iberomaurusian 文化に帰属するにもかかわらず、西ヨーロッパ人の遺伝子侵入に関する証拠は見出されなかった。 祖先のサハラ以南の遺伝子が、具体的に現代または初期完新世のアフリカのどのグループに由来するかはわかっていない。(Wt,MY,bb)

Science, this issue p. 548

より優れたモルフォゲン勾配を構築する方法 (How to build a better morphogen gradient)

発生生物学の洞察を医療応用に翻訳するには、正確な細胞の局在位置を保証する技術が必要である。 モルフォゲン勾配は、発生の際の正確かつ高度に再現性のあるパターン形成を可能にする。 in vitro の実験とモデル化により、Li たちは、モルフォルゲン分子のひとつ、ヘッジホッグ(HH)のシグナル伝達の異常な特性の影響を調べた。 HH モルフォゲン受容体である Patched(PTCH)は、HH リガンドが結合していない場合にはパターン形成に抑制的シグナルを送るが、リガンド結合するとシグナルを送らなくなる。 PTCHはまた、HH リガンドを隔離することでシグナルの空間的分布を調節する。 さらに、受容体を介したシグナル伝達は、より抑制性の受容体合成を促進する。 これらの特性は、勾配形成を速め、そしてモルフォゲン生成速度の変化に対する系の堅牢性を説明するのを助ける。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • モルフォゲン:濃度依存的に細胞の発生運命を決定する物質
Science, this issue p. 543

複合、多様、複雑 (Multiple, diverse, and complex)

カルシウム・イオン流は、小さなカラシナであるシロイヌナズナの発生中の花粉管を特性づけ、また、花粉管先端の伸長と関係がある。 この系は、植物中のCa2+シグナル伝達機構を調べる際に実際に使われるモデルである。 Wudick たちは、グルタミン酸受容体様(GLR)チャネルについての複合的な多様体(variant)を分析し、幾つかは単独で機能し、他は一対あるいは三つ組で機能することを発見した。 GLRの細胞内局在化は、いくらかのGLRを原形質膜に残し他を内部のカルシウム貯蔵場所に運ぶという、分別タンパク質CORNICHONへの複雑応答の結果である。 成長中の花粉管先端でのカルシウム・イオン流は、明らかに複数の細胞内イオン流を合体したものらしい。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • CORNICHON:3 回膜貫通型のタンパク質で、イオンチャネル型のグルタミン酸受容体に対してチャネルを構成する補助サブユニットとして結合し、チャネル活性の制御や細胞膜発現の局在を調整する。
Science, this issue p. 533

カルシウムがカリウム・チャネルのゲートを開閉する方法 (How calcium gates a potassium channel)

小コンダクタンスCa2+-活性化K+(SK)チャネルは、神経系全体で発現され、ニューロンの内因性興奮とシナプス伝達の双方に影響を及ぼす。 細胞内カルシウム濃度の増加がそのチャネルを開いて、細胞膜を横切るカリウムを導く。 Lee と Mackinnon は、ヒトSK4-カルモジュリン・チャネル複合体の低温電子顕微鏡構造を報告している。 カルシウムがカルモジュリンに結合すると、活性化が起こる。 カルモジュリンは、柔軟性のある領域で分けられた、C とN として知られている 2つのローブ(葉片)を持つタンパク質である。 チャネル四量体中の各単量体はカルモジュリンの C -ローブに構成要素として結合する。 カルモジュリンの N -ローブは、カルシウムに結合するまで束縛されないように合理的になっている。 カルシウムに結合すると、次にチャネルに結合し、立体構造変化を誘発し、細孔を開く。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • カルモジュリン:カルシウム結合タンパク質で4個のカルシウム結合部位を持ち、細胞のカルシウム濃度に応じて細胞機能を調節する。
Science, this issue p. 508

細かくしても熱的に安定に (Smaller but more thermally stable)

極めて小さな(ナノスケール)粒径の金属を合成することは、これまでよりずっと強い材料を生み出すことにつながる。 しかし、極小粒子から成る材料は比較的低温で粗粒化が始まり、その最も望ましい性質を消し去ってしまう。 Zhou たちは、液体窒素温度で銅とニッケルを機械粉砕することで、この問題を回避する方法を見出した。 この加工方法は、ナノ粒子間に小角粒界を作り出し、その結果、熱的安定性を高める。(NK,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 小角粒界:隣接する結晶の方位差が小さい粒界のこと。
Science, this issue p. 526

触覚受容体の喪失が、かゆみをもたらす (Loss of touch receptors leads to itch)

皮膚への軽い接触への反応におけるかゆみは、老化に伴う問題である。 この現象はアロネーシスと呼ばれ、乾燥肌に関連する深刻な病状になることがある。 Feng たちは、メルケル細胞の喪失または機能不全が、マウスにおいて掻痒を引き起こすことを発見した(Lewis と Grandl による展望記事参照)。 メルケル細胞数の減少は、発火の型と頻度を減少させ、ゆっくり順応する求心性神経線維の活性化閾値を変化させる。 毛細胞のように、メルケル細胞は年齢とともに失われる。 痛いくらいにかくことは、それが残りのメルケル細胞による十分な活性を引き起こすため、多分一時的にかゆみを緩和するのだろう。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • メルケル細胞:触覚細胞の一つで,表皮と外毛根鞘の基底層に分布している。
  • 求心性神経線維:興奮を身体の各部から中枢神経系のほうへ伝導する神経線維。
Science, this issue p. 530; see also p. 492

意識的認識に火をともす (Setting conscious perception alight)

意識的認識を可能にする神経機構は何なのか? 何故にある画像は潜在意識に残るのか? Van Vugt たちは低コントラストの画像を検知するようサルを訓練し、脳領域 V1、V4 および背外側前頭前野における神経活動を比較した。 刺激の伝播距離に依存して、ある画像刺激は意識的認識にまで達し、他のものは潜在意識に留まる。 弱い刺激に対しては伝播距離は一定でなく、色々に変わり得る(Mashour による展望記事参照)。 強く伝播された刺激は、より高次の脳領域において「点火」と呼ばれる状態を引き起こした。 この点火は短い刺激に関する情報を持続させ、多数の脳領域間の回帰的な相互作用を通じてその刺激情報を送り返した。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 537; see also p. 493

補体はCD8陽性T細胞の代謝調節剤である (Complement is a CD8+ T cell metabolic rheostat)

全身性エリテマトーデス(SLE)は、補体タンパク質 C1q の欠乏と関連している。 C1q はアポトーシス細胞の除去に役割を果たしているが、いくつかの余分な除去経路が存在する。 一つの経路の破壊は自己免疫欠陥には至らない。 SLEの慢性移植片対宿主病モデルにおいて、Ling たちは、C1q が自己抗原に対する CD8陽性T細胞応答を弱めていることを示している。 C1q は、ミトコンドリア細胞-表面タンパク質 p32/gC1qR を介して代謝を調節している。ウ イルス感染中の C1q の欠如はまた、CD8陽性T細胞応答を増強する。 このように、C1q は、エフェクター CD8陽性T細胞の「代謝調節剤」としての役割を果たしている。(KU,kh)

【訳注】
  • 補体:抗原抗体複合体に結合し免疫反応に動員されて生物活性を発現する体液成分の総称で C1~C9 まで存在する。
Science, this issue p. 558

生物多様性保全に資金を (Financing biodiversity conservation)

生物多様性を守るための世界的基金は、野生生物の生息数の減少と、種の絶滅の増大を防ぐのには少なすぎる。 展望記事において Barbier たちは、パリ気候変動合意を模範とした、国単位の目標、政策そして時間スケジュールを備えた世界的な生物多様性合意を呼び掛けている。 この包括的な目標は野心的である。 すなわち地上、陸水、沿岸、そして海洋の生息環境の少なくとも 50% を 2050 年までに保全するというものだ。 とりわけ水産物、林業、農業および保険のような分野に属する民間部門の正式な関与が、それに必要な資金の調達に不可欠となるであろう。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 486

直接的プラズモン化学 (Direct plasmon chemistry)

光は金属表面でプラズモンを励起することがあり、その後に崩壊して、吸着分子の化学反応を引き起こすホット・エレクトロンを作り出すことある。 Kazuma たちは、走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて、銀と銅の表面上の単一の二硫化ジメチル分子の表面上で解離を引き起こしてその精密な模様を示した。 銀のSTM探針は、この分子から種々の距離で、局在化したプラズモンを作り出した。 プラズモンは、この分子の価電子を非占有状態に励起することにより、解離反応を直接生じさせ、イオウ−イオウ結合を切断した。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 521

骨を曲げる (Curving bones)

より大きな長さ尺度では骨が階層構造を持つことが知られていて、そこではリン酸カルシウムの小さな結晶がコラーゲンのらせん体の周囲に並んでいる。 これらが、緻密骨に見られる骨単位のような、より大きな構造を作り出している。 しかしながら、より小さな長さでも、この階層構造は存続しているのだろうか。 三次元電子断層撮影法を二次元電子顕微法と組み合わせることにより、Reznikov たちは、ナノメートル尺度以上の構造的秩序化を観察した。 最も小さな尺度では針状の無機質単位が小板を形成していて、それが複数のコラーゲン単位を橋渡しする積み重なりにまとまっている。(Sk,kh)

【訳注】
  • 緻密骨:骨の外表面の緻密で硬い部分をいい、内部の小孔と網目状の骨梁からなる部分を海綿骨という。
  • 骨単位:毛細血管の通る小孔を取り囲む同心円状の緻密な骨の層からなる、直径約200μm、高さ数mmの円柱形の構造体であり、この単位が集合して緻密骨を構成する。
Science, this issue p. eaao2189

細胞分裂の後もくっついたままでいる (Staying attached through division)

ある細胞が分裂を準備するとき、そのDNAを複製して染色分体と呼ばれる各染色体の対にする。 微小管は、動原体と呼ばれるタンパク質複合体を介して染色体対にくっつく。 細胞分裂のときに、微小管脱重合は染色分体を引き離す。 Jenni と Harrison は、微小管周囲に環を形成する DASH/Dam1c複合体である酵母動原体の必須構成要素の構造を記述している。 この構造は、動原体が伸び縮みの周期を通して微小管末端まで辿ることができるよう、DNC/Dam1c環が微小管と動原体構成要素とどのように相互作用するかを示している。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 染色分体:細胞の核分裂の前期から中期にかけ、各染色体は1本のように見えても実は縦裂して1対になっている。 その各1本ずつのことで、クロマチドともいう。
  • 微小管:二種のチューブリンというたんぱく質がつながった(重合した)細胞内にある細胞の運動や形の保持に関わる管状の構造物。 細胞分裂の際には紡錘糸となって現れる。
  • 動原体:細胞分裂の際の染色体の紡錘糸付着点。
Science, this issue p. 552