AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 27 2018, Vol.360

Starbucksにおける文化的差異(Cultural differences in Starbucks)

何千年もの間、中国北部の人々は小麦を栽培していたが、中国南部の人々は米を耕作していた。後者は、共同作業と協調した灌漑を必要とした。このように、米栽培は、より個人主義的な小麦栽培の文化とは異なる相互依存的な文化を育んだ。Talhelmたちは、米農業と小麦農業の対比に関連する特徴が、今日の文化に影響しているかどうかを知ろうとした。 彼らは、中国の6都市で、スターバックスの顧客を観察した。米栽培地域の顧客は、一人で座ることは少なく、狭い通路では身をすくめて通っ たが、小麦栽培地域の顧客は、進路の邪魔になる椅子をどける傾向が強かった。このように、農業に関連する歴史的な文化の差異が、人々の行動に影響を与え続けているらしい。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aap8469 (2018).

もつれを分離する(Splitting the entanglement)

量子力学系における粒子がもつれ状態にあるとき、その系の一部で行われる測定が、他の部分で行われた同じタイプの測定に、たとえこれら部分系が物理的に分離されているとしても、影響を与えることがある。Kunkel等、Fadel等およびLange等は、特に興味深い環境、即ち多数冷却原子の集団における、このいわゆる分布量子もつれを実現した。3つの研究の総てにおいて、量子もつれが最初にひとつの原子雲の中で生成され、次に拡大することが許された。原子雲の いろいろな空間的に離れた部分における局所的測定から、もつれが空間的な拡大でも維持されることが確認された。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 413, p. 409, p. 416; see also p. 376

リサイクル、リサイクル、リサイクル(Recycle, recycle, recycle)

清涼飲料水ボトルのポリエチレン・テレフタレートのようないくつかのポリマーは、解重合して出発モノマーに戻すことができる。このことは、繰り返し利用するための真に未使用の材料に再重合することを可能にする。Zhuらは、室温かつ穏やかな条件のもとで製造できるγ-ブチロラクトンから誘導される5員環環状モノマーに基づくポリマーを開発した(SardonとDoveによる展望記事参照)。この高分子量ポリマーは、高い 透明性と熱安定性を示した。しかしながら、十分に高温な条件、または塩化亜鉛触媒の存在下ではより低温において、ポリマーは出発モノマーに戻され、結果として新しい材料へと再利用されることができた。(ST,KU,kh)

Science, this issue p. 398; see also p. 380

CRISPR技術をさらに利用する(Taking CRISPR technology further)

CRISPR技法は、核酸検出技術の開発を可能にしつつある(Chertowによる展望記事参照)。CRISPR酵素特有の酵素特性を利用して、Gootenbergたちは、視覚的読み取りのためのラテラル・フロー試験と組み合わせた、多重化された定量的高感度検出のための改良型核酸検出技術を開発した。Myhrvoldたちは、試料作成手順を追加し、臨床試料中の特定の病原菌株を迅速に検出するための、現場で展開可能なウイルス診断基盤技術を作り上げた。Ⅴ型CRISPRタンパク質であるCas12a(Cpf1 としても知られる)は、二本鎖DNAを切断するのでゲノム編集に適用されている。Chenたちは、Cas12aが、また一本鎖DNAをより合わせる活性を持つことを発見した。この活性に基づく技術基盤は、患者の試料中のヒト乳頭腫ウイルスを高感度で検出した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • CRISPR:原核生物において、ファージやプラスミドに対する獲得免疫機構として機能するDNA領域であり、この仕組みを応用したゲノム編集技術が開発されている(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat;クリスパー)
  • ラテラル・フロー:吸水性膜の一端から他端に向けて染み込みながら進む被検体を、あらかじめ含浸させておいた標識抗体と結合させた後、膜の途中に判定ラインとして固定化された抗体と結合させて可視化する免疫測定法であり、妊娠診断、インフルエンザ等で応用されている
Science, this issue p. 439, p. 444, p. 436; see also p. 381

過去に脅かされる(Haunted by the past)

メキシコ湾における酸素不足の海域を減らすことは、農業での窒素使用を減らすことと同じくらい難しい。Van Meterたちは、流出による大量の窒素がミシシッピー川流域に蓄積し、たとえ将来の農業での窒素投入が削減されるとしても、湾内の富栄養化を減らすために必要とされる60%の量削減を実現するにはいまだ30年間かかるだろう、と報告している。この遺産効果(legacy effect)は、現在の農業生産レベルとは相容れないかもしれないような、土地利用実行の劇的変化がメキシコ湾の酸素不足を制御するために必要であろうということを意味している。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 427

記憶がシナプスに蓄えられる(Memories are stored in synapses)

記憶形成は、神経細胞間におけるシナプス結合の強度を変えると考えられている。しかしながら、1つの学習過程に関与する神経細胞の間での直接的な測定値は、取得困難である。Choiたちは、海馬のCA3錐体細胞とCA1錐体細胞間のシナプス結合を特定するために「dual-eGRASP」手法を開発した。この方法が異なる2組のシナプスを標識付けることが可能なら、結果として同一の樹状突起上での2種の細胞の収斂が定量化されるだろう。ある状況でマウスを恐怖条件付けした後に、CA3の記憶痕跡細胞からの入力を受けとるCA1の記憶痕跡細胞上で、棘の数と大きさが増加した。(MY,kh)

【訳注】
  • dual-eGRASP:緑色蛍光タンパク質(GFP)の相補的な構成要素を、シナプス前細胞とシナプス後細胞に別々に発現させ、シナプス結合によりシナプス間隙に再構成されたGFPの発光を利用して、シナプス結合を評価する手法。
  • 記憶痕跡細胞:記憶が蓄えられている脳内の特定の神経細胞群のこと。
  • 収斂(convergence):多くの神経細胞から1つの神経細胞が投射を受けること。
  • 棘:神経細胞の樹状突起上に多数存在する小さなとげ状の隆起で、シナプス部位として機能する。神経活動に依存して棘の形態が変化することが知られている。
Science, this issue p. 430

再生用レシピ(A recipe for regeneration)

人間とは違い、扁形動物プラナリアはある部類の組織を再生することができる。再生の間、既存組織が再編成され、未分化な前駆細胞が、指定された場所で分化した細胞型へと転換する。Atabayたちはプラナリアの目の再生について検討した(Tanakaによる展望記事参照)。切断と切除という外科的実験および目の移植実験で、組織を再生する前駆体の挙動を支配する3つの特性が明らかとなった。即ち、前駆体の自己組織化、外因的な前駆体の移動目標、広範囲な前駆体特定化領域の3つである。このモデルからの予測で、安定的に多数の目を持つプラナリアを作り出すことができた。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 404; see also p. 374

鞭毛を拍動させる方法を切り替える(Switching how to make flagella beat)

気道に見られる繊毛によって例証されるように、運動性の繊毛と鞭毛は、個々の細胞または組織を横切る液体の運動に動力を与える毛のような細胞付属物である。それらがどのように律動的な振動で動くのかという疑問は、何世紀にもわたって科学者たちを悩ませてきた。LinとNicastroは低温電子断層撮影法(cryo-ET)を使用して、個々のダイニン・モータの活動状態を拍動する鞭毛内のその位置に注意して可視化した。彼らは、ダイニン活動の非対称な分布、および活動鞭毛の両側間でのダイニンとその調節因子の構造の切り換えを観察した。その結果は、現在有力な「スイッチ・ポイント」仮説の「切り換え」に関する部分を確かなものとしたが、しかし鞭毛運動を駆動するためにダイニン活動がどのように協調されているかに関する見解を変えるものである。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaar1968

ホップ、スキップ、ジャンプ、言い換えると大きな跳躍(Hop, skip, jump, or massive leap)

生物学的および工学的なシステムでは、筋肉やバネ、あるいは、その2つの組み合わせによってもたらされる力と速度との間に固有のトレードオフが存在する。しかし、急な解放のためのラッチ機構を有する弓やパチンコにエネルギーを蓄えることによって、腕の最大投出力を増幅することができる。Iltonたちはモデル化を用いて、大きさの範囲全域で工学系と生物系におけるモータ駆動系対バネ・ラッチ系の性能を調べた。彼らは、運動エネルギーを最大にするために弾性構造を使用する、動物、植物、真菌、及び機械に共通のさまざまな一般的原則を見出した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaao1082

光と酸がラジカル付加を一方向へ進める(Light and acid steer a radical addition)

いわゆるミニスキ反応(Minisci reactions)は、炭素-炭素結合を作るために医薬品と農芸化学品の合成に何十年も使用されてきた。その反応は、炭素ラジカルをピリジン環の窒素に隣接する炭素中心に結合する。Proctorたちは、この反応を2つの可能な鏡像生成物のうちの一方だけに進める方法を考案した。ラジカルを作るために、彼らは広く利用可能なアミノ酸の誘導体を合成し、次にその誘導体をイリジウム光触媒で活性化した。同時に、キラルなリン酸触媒を用いて、ピリジンを活性化し、反応の幾何構造を一方向に偏らせた。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 419

タンパク質の重量を注視する(Watching proteins' weight)

光散乱の注意深い測定から、個々の巨大分子および複合体に関する情報を得ることができる。Youngたちは、20kDa程度の小さなタンパク質の正確な質量決定のために光散乱法を用いた(LeeとKlenermanによる展望記事参照)。タンパク質複合体の会合と解離の映像が、標識なしで単一分子と集合体から生物物理学的パラメーターを抽出するために分析された。この方法を使用して、著者たちは、原線維および凝集体成長の動態学、そして複雑なタンパク質-糖タンパク質集合体の会合定数をin vitroで決定した。(KU)

Science, this issue p. 423; see also p. 378

治療標的としての免疫代謝(Immunometabolism as therapeutic target)

フマル酸ジメチル(DMF)は、その作用機序が部分的にしか理解されていない多発性硬化症と乾癬を治療するために使われる免疫調節化合物である。 Kornbergたちは、DMFとその代謝産物であるフマル酸モノメチルが、解糖酵素GAPDHをコハク酸修飾することを見出した(MatsushitaとPearceによる展望記事参照)。DMF処理後、GAPDHは不活性化され、好気性解糖系は骨髄系細胞とリンパ系細胞の両方で活性が下方へ調節された。炎症性免疫細胞サブセットは好気性解糖を必要とするため、これは免疫応答の低下をもたらした。 従って、代謝は、自己免疫疾患において実行可能な治療標的として役に立つかもしれない。(Sh,kj)

【訳注】
  • 多発性硬化症:神経のミエリン鞘が破壊され、脳や脊髄、視神経などに病変が起こり、多様な神経症状が再発と寛解を繰り返す中枢性脱髄疾患の一つ
  • コハク酸修飾:修飾とは、特定の官能基を化学変化させ活性や反応性などの機能を変化させることで、ここでのコハク酸修飾は、フマル酸の二重結合が開いてコハク酸構造になってタンパク質のシステイン残基に付加する反応である
Science, this issue p. 449; see also p. 377