AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 6 2018, Vol.360

ヒゲクジラの進化について(On the evolution of baleen whales)

ヒゲクジラ亜目は、これまでに存在した最大の動物を含んでいるが、その進化の歴史は、遺伝子と形態学からの矛盾する証拠のため、読み解くのが困難であった。Arnasonたちは、シロナガスクジラと5種の他のヒゲクジラ種の全ゲノムの配列決定を実施し、その進化の歴史を詳細に再現した。すべての現存する種は、地球気候が極に向かって次第に寒冷化するにつれて、過去1000万年以内に誕生した。分類学的関係は、地理的障壁の不在により容易になった遺伝子流動と種間の交配の形跡により、複雑化されている。種分化は、たいていの動物に特有の古典的ダーウィン型の分岐樹というよりも、同時発生した系列が織りなす編み目の中で生じていた。(Sk,ok)

【訳注】
  • 遺伝子流動:ある地域に生息する特定生物種の集団に、外部から、異なる地域の遺伝子が入り交雑すること
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aap9873 (2018).

光はハイブリッド・ペロブスカイトををくつろがせる(Light relaxes hybrid perovskites)

有機-無機ペロブスカイト太陽電池におけるイオン移動は、デバイスの安定性および性能を制限するものである。Tsaiたちは、セシウムをドープされた混合有機カチオン随伴三ヨウ化鉛ペロブスカイトが、1 sunの放射照度で180分間の曝露後、均一な格子膨張を起こすことを見出した。この構造的変化は、太陽電池の接点における電荷キャリアのエネルギー障壁を減少させた。その結果の18.5%から20.5%への電力変換効率の増加は、1500時間以上の照明の間、維持された。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • 1 sun の放射照度は 1000W/m^2 の程度.
Science, this issue p. 67

遠くから造血幹細胞に合図を送る(Signaling hematopoietic stem cells from afar)

私たちの生涯を通じて、造血幹細胞(HSC)は私たちの全ての血液細胞を作る。骨髄微小環境、即ちニッチ(活動適合場所)は幹細胞活動を活性化するのに重要である。Deckerたちは今回、局所骨髄由来ではなく、肝臓で産生された血小板産生因子がマウスの生体内でHSCを維持していることを示している。このように、全身性内分泌因子は体性幹細胞を遠くから維持するのに必要とされる。この知見は、治療用途でHSCを刺激する方法を考える際に重要であるかもしれない。(MY,ok)

Science, this issue p. 106

分数量子ホール効果を超えて(Beyond fractional quantum Hall)

ほとんどの電子トポロジカル現象と異なり、分数量子ホール効果は電子相関を必要とする。Spantonらは、これと関連があるが、更により特異な状態、すなわち分数チャーン絶縁体について報告している(RepellinとRegnaultの展望記事参照)。筆者らは二層グラフェン層の試料でこの状態を観測したが、そこではグラフェン層の一つが隣接する六方晶窒化ホウ素層に対し小角度の整列乱れがある。この整列の乱れが超格子ポテンシャルとトポロジー的に自明でないエネルギー帯をつくり出し, そのエネルギー帯は強力な電子相互作用のために分数充填されていた。これら発見は、エキゾッチク励起をもたらすと予測されている相関効果を持つトポロジカル状態の種類を広げるものである。(NK,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 分数量子ホール効果:二つの異種半導体の接触界面が作る二次元の電子系において界面に垂直に磁場をかけた時、二次元平面上で印加された電流の直角方向に量子化された伝導性が現れその伝導率を特性化する量子数が半整数の場合を言う。
Science, this issue p. 62; see also p. 31

DNAループ押出しの実況画像化 (Live imaging of DNA loop extrusion)

染色体の空間的に構造化するために、コンデンシンとコヒーシンを含む環状タンパク質複合体が、DNAループを押し出すものと仮定されていた。コンデンシンはDNA上を移動するモーター機能を示すことが知られていたが、押出しについては直接的に観察されていなかった。Ganjiたちは単一分子画像化法を用いて、コンデンシン仲介の、アデノシン三リン酸依存性の高速DNAループ押出し過程を実時間で可視化した。ループ押出しは、コンデンシンが押出すDMAの一方の末端だけを巻き寄せ、非対称的に生じた。これらのデータは、染色体の構造化に対するループ押出し機構の疑いの余地のない証拠を与える。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 102

現代馬の起源に立ち戻る(Revisiting the origins of modern horses)

馬の家畜化は、人類の歴史において非常に重要であった。しかしながら、現代馬の祖先およびその出現の場所と時期は、はっきりしないままである。Gaunitzたちは42頭の古代馬のゲノムを解読した。それらの元になる試料は、最も初期に家畜化された馬を含むと考えられている、中央アジアのボタイ遺跡のものを含んでいた。予想外に、ボタイの馬は現代の家畜馬ではなく、むしろ現代のプルツワルスキー馬の先祖であった。このように、馬の家畜化に関する現在の考え方とは裏腹に、現代馬は他の、もっと西方的な、原産地の中心で家畜化されたのかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • プルツワルスキー馬:地球に現存する最後の野生種と考えられていた(別名モウコノウマ)であるが、この結果から、野生種ではなく、家畜馬が野生化したものだと判明した
Science, this issue p. 111

脳卒中治療のための小分子(A small molecule for stroke therapy)

脳卒中後の運動障害に対するより良い治療法が、大いに必要とされている。マウスと非ヒト霊長類において、Abeたちは、エドネルピク・マレアート(edonerpic maleate) が、脳への外傷障害後のシナプスの可塑性と機能回復を増大させることを見出した(Rumpelによる展望記事参照)。この運動機能の回復は、大脳皮質の機能的再構成を伴う。(Sk)

【訳注】
  • エドネルピク・マレアート:富山化学が創製した化合物で、アルツハイマー病の治験も行われている
Science, this issue p. 50; see also p. 30

岩の包囲から解放されて(Freed from a rocky embrace)

窒素の利用可能性は陸生植物成長の中心的な制御要素であり、それゆえ、炭素循環と気候変動の中心的な制御要素でもある。大気が地球上の窒素供給の主要供給源であると、広く考えられてきた。驚いたことに、Houltonたちは今回、全世界の地球環境の主要区域に渡って、岩盤が同程度に大きな窒素供給源であることを示している。彼らは、表層環境における岩石の窒素移動度と反応性について、三種類の異なる、概ね独立した評価を用いた。これらの取り組みは、窒素供給源としての大気と岩盤の同等の重要性を示す、収束する見積値を与えた。(Sk,kh)

Science, this issue p. 58

ヘルペスウイルスに焦点を当てる(Focusing in on herpesvirus)

ヘルペスウイルス類は、口唇ヘルペスを引き起こす単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)と、性器ヘルペルを引き起こす単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)を包む。ヘルペスウイルスは、カプシドと呼ばれる複雑で大きなタンパク質のかごに封入された大きなDNAゲノムから構成される(Heldweinによる展望記事参照)。DaiとZhouは電子顕微鏡を使って、カプシドと核膜の間の空間を占める外被タンパク質に結合したHSV-1カプシドの高分解能構造を決定した。この構造は、これらの構成要素がウイルス輸送においてどのように役割を果たしているのかを示唆する。YuanたちはHSV-2カプシドの高分解能構造を記述し、この殻がどのようにして会合し、また、安定化されているのかに対する洞察を与えている。(MY,kh)

Science, this issue p. eaao7298, p. eaao7283; see also p. 34

漏出性エンドソームの迅速修理(A quick fix for leaky endosomes)

細胞は、さまざまな型のエンドサイトーシスを通じて広範なエンドリソソーム・ネットワークへと多様な材料を内在化する。生理的および病態生理学的な状況の中で、エンドリソソーム膜の完全性を守ることは細胞の健康に重大な意味を持つ。Skowyraたちは、膜補修の間のエンドリソソーム小器官に対するESCRT(endosomal sorting complex required for transport:輸送に必要なエンドソーム選別複合体)機構の役割について述べている(GutierrezとCarltonによる展望記事参照)。ESCRTは、限定された膜損傷を修復する最初の応答者として作用し、それによりエンドリソソーム区画の損傷部と機能を回復させる。このESCRTの活性は、小器官を処分する経路とは異なる。これらの知見は、侵入する病原体と破壊的になる可能性のある炎症誘発性微粒子への細胞応答の理解に重要となるだろう。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • エンドサイトーシス: 細胞が, 細胞膜を通り抜ける事ができない細胞外の物質を取り込む過程。
  • エンドソーム:エンドサイトーシスにより、細胞内に形成される小胞。
  • エンドリソソーム:エンドサイトーシスの際にエンドソームとリソソームが融合して作られた細胞内小器官。外部から取り込んだ病原体や微粒子によりエンドリソソーム膜が損傷を受ける。
Science, this issue p. eaar5078; see also p. 33

ヘムで作られたダブル・リング(Double rings made with heme)

隣接する三炭素環(ビシクロブタン)を持つ環状有機構造は、環の歪が極端であるため、化学合成および材料合成用の出発材料として有用である。これらの分子を作ることは、特に単一の立体異性体が望まれる場合、有機化学者にとってやりがいがある。Chenたちは、ヘム含有酵素を遺伝子操作して、アルキン基質を用いた逐次カルベン挿入反応を触媒した。カルベン1つの挿入を触媒できるだけの酵素から始め、一連の変異により、ビシクロブタンの立体選択的生成を効率的に触媒する変異体がもたらされた。反応性の高くないアルキン基質を用いることと、活性部位が変異したさらなる変異体を選別することで、著者たちはビシクロブタン生成の中間体であるシクロプロペンの、どちらの光学異性体にも立ち寄る、どちらの光学異性シクロプロペンでも反応が停止する酵素を見つけた。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ヘム: 2価の鉄原子とポルフィリン (ヘモグロビンや葉緑素などに含まれて生物に広く分布する環状有機化合物) からなる錯体.
  • アルキン:分子内に炭素間三重結合を1つ有する鎖式炭化水素。
  • カルベン:価電子を六個しか持たず、電荷を持たない二配位の炭素を持つ化学種。
Science, this issue p. 71

フルオラス・カップリングのためのイオウの仲人(A sulfur matchmaker for fluorous coupling)

フッ素化は、医薬品化合物の特性を微調整するための、いま躍進中の技法である。残念なことに、薬品研究において炭素-炭素結合を形成するために広く使用されているクロス・カップリング反応は、フッ素置換基によって妨げられることがある。Merchantらは、アリール亜鉛試薬とそのフルオロアルキル基とのニッケル触媒によるカップリング反応に関与する、容易に合成される固体スルホン化合物の一種を報告している。このスルホン化合物は、フッ素化の合成手順に厳密に焦点を合わせた多段階の方法を必要としていたこれまでの類似フッ素化物への合成経路をかなり単純化する。(NA,ok,kj,kj,kh)

【訳注】
  • フルオラス・カップリング:水素の多くがフッ素に置換した水素化炭素分子間のカップリング反応
Science, this issue p. 75

胚芽から成体多様性のかすかな兆候(Embryonic hints of adult diversity)

成体の脳は、ニューロンの回路を制御して精緻化する数多くの異型の介在ニューロンを含んでいる。Miたちは単一細胞のトランスクリプトミクスを用いて、これらの亜型がマウス介在ニューロンの成長中に出現する時期を調べた。胚介在ニューロンのトランスクリプトームは、分化介在ニューロンの成体での部類への類似性を示し、こうして未成熟の胚介在ニューロンを類別した。ほぼ1ダース種の胚ニューロンは、既知種の成体皮質介在ニューロンとの転写体の類似性によって、それらの最後の有糸分裂の直後に同定できた。したがって、胚介在ニューロンの運命は、ニューロンが移動して分化と神経回路統合の最終部位に達する前に、それらのトランスクリプトームで読み取ることがでる。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 介在ニューロン:比較的短い軸索を持ち、近傍の神経細胞のみと情報交換を行うニューロン。
  • トランスクリプトミクス:特定の状況下において細胞中に存在する全てのmRNA(ないしは一次転写産物)の総体を指すトランスクリプトームを扱う学問で、例えばDNAマイクロアレイのように一度に多くのmRNAを識別する技術で解析される。
Science, this issue p. 81

アフリカの中期旧石器時代(The Middle Stone Age in Africa)

南ケニア地溝帯のオリゴザイリー盆地は、120万年前まで遡る地層を有しており、人間活動と環境条件に関する長期的な考古学上の記録を保存している。三つの論文が中期旧石器時代(MSA)の東アフリカ最古の証拠について報告し、ホモ・サピエンスの起源と関連する技術と行動の体系を明らかにしている。Pottsたちは、MSAに先立つアシュール文化の技術の終焉に関する証拠を報告しており、MSAの特徴を予期させるような後期アシュール人の行動における変化を記述している。MSAへの移行期は大型哺乳類の入れ替わりと大規模な地形の変化を伴っていた。Brooksたちは、320,000~305,000年前頃に東アフリカの集団が、遠くから入手される道具作成用黒曜石の獲得に関する技術的な転向を遂げていたことを立証しており、このことは初期の社会的交換の発達を示している。Deinoたちは、これらの発見に関する年代的な基盤を与えている。(Uc,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 86, p. 90, p. 95

静止細胞を段階分けする(Staging quiescent cells)

組織特異的幹細胞は、分裂するか、身体に必要とされるまで静止状態で待つかのいずれかである。静止状態の幹細胞は、活性化されて再び細胞周期に入る前は、G0段階にあると考えられていた。しかしながら、OtsukiとBrandは今回、ショウジョウバエの脳中の大部分の静止状態の幹細胞が、G2に拘束されていることを示している。この二つの相にある細胞は、差異を見せる。例えば、G2の幹細胞は、保存された偽キナーゼTribblesが調節的役割を果たすことにより、G0の幹細胞より急速に目覚める。この異なる経路と静止状態の根底にある機構を解明することは、再生薬設計に情報を与える手助けになるかもしれない。(Sk,ok)

【訳注】
  • 偽キナーゼ:リン酸化によってタンパク質の活性を変化させるキナーゼと構造が似ているが、リン酸化する能力をもたず、他のタンパク・キナーゼの重要な調節因子として浮上している
Science, this issue p. 99

いたるところにマイクロプラスチックが(Microplastics everywhere)

過去10年半にわたり、最終的には海塩や海産物中に入り込む小さなプラスチック片(マイクロプラスチック)で海洋環境が汚染されていることが数多くの研究によって示された。展望記事において、Rochmanは、淡水と陸上環境のマイクロプラスティック汚染を対象とした最近の研究に光を当てている。マイクロプラスティック汚染は、海洋と同様にこれらの環境でも同じように遍在しているが、その知識はずっと限定されたものである。マイクロプラスチックの淡水と陸上に対する汚染に関する研究は、海洋へのマイクロプラスチックの供給源と輸送を理解する上で重要であるとともに、これらの環境そのものの独自のプロセスと影響を解明する上でも極めて重要であろう。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 28

パーキンソン病の標的?(A target in Parkinson's disease?)

キナーゼLRRK2は、パーキンソン病患者の一小集団において突然変異によって活性化され、治療標的となる。展望記事でAlessiとSammlerは、LRRK2が活性化した患者においてパーキンソン病につながる可能性のある機構について議論する。特に、著者らは、細胞内小胞輸送に重要である多様なRABであるグアノシン三リン酸フォスファターゼの調節におけるLRRK2の役割について記載している。さらに炎症でのLRRK2の役割は、パーキンソン病での可能な一般的な病原機構として議論されている。(Sh,ok,kj,kh)

【訳注】
  • RAB:活性化されたときにオルガネラ膜に局在して小胞輸送を促進する分子スイッチとして機能する低分子量グアニンヌクレオチド結合タンパク質。
Science, this issue p. 36