AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 23 2018, Vol.359

樹冠全体に関わるメッセージを送る(Sending a canopy-wide message)

植物の樹冠にある全ての葉が同時に光を浴びるわけではないだろうが、乾燥を防ぐためには、葉の細孔(気孔)の閉鎖を協調させることが有益である。Devireddyたちは、シロイヌナズナという植物において、活性酸素種とCa2+の波動が、光ストレスを感じた葉が光を浴びていない葉の気孔閉鎖を引き起こすことを可能にしていることを示した。気孔閉鎖には、光ストレスを感じた葉においてアブシジン酸を、光を浴びていない葉においてジャスモン酸を必要とした。この協調と動的応答が、植物が光ストレスに順応することを可能にしているのかもしれない。(Sk,kh)

Sci. Signal. 11, eaam9514 (2018).

単一細胞に対する改良された密かな観察術(Improved spy tactics for single cells)

生物発光イメージングは医学研究にとって、とてつもない資産で、生細胞をその自然のままの環境で、非侵襲的に観察する方法を提供する。発光イメージング方法の進展で、腫瘍増殖の測定、発生過程の可視化、細胞間相互作用の追跡が研究可能になっている。それでも技術的な限界はあり、しかも生体中の深部組織のイメージングや少数細胞の検知は困難である。Iwanoたちは、従来の技術と比べて1000倍にまでの明るさの発光を生じる生物発光イメージング装置を設計した(NasuとCampbellによる展望記事参照)。マウスの肺では腫瘍細胞個々がうまく可視化された。自然にふるまっている状態でのまうマーモセット(霊長類動物)の脳では少数の線条体神経細胞が検出された。今回使われた基質の血液脳関門を透過する能力は、神経科学の研究に重要な機会を提供するだろう。(MY,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 生物発光イメージング:ホタル等の発光機構である発光前駆体物質(基質)を酵素が酸化して発光が生じる分子機構を応用して生物現象を可視化する方法。酵素を発現する遺伝子を細胞に導入して発現させ、外部から基質を導入する方法がとられる。
  • 線条体:大脳の深部の大脳基底核にある神経細胞体の集まりの1つで、神経回路における大脳皮質からの入力を担い、運動機能、学習や記憶などさまざまな機能に関与する。
Science, this issue p. 935; see also p. 868

暴露の記憶(Memories of exposure)

防御性記憶B細胞の応答は、ナイーブB細胞のクローン選択と抗体親和性成熟を含む、複数の機構により形作られる。記憶B細胞の応答は、依然として著しく先行き不明の目標である、マラリア・ワクチンの開発の成功に必須と考えられている。Muruganたちは、熱帯熱マラリア原虫スポロゾイトに免疫を持つヒト志願者においてスポロゾイト周囲タンパク質(PfCSP:Plasmodium falciparum circumsporozoite)に対する記憶B細胞応答の特性を明らかにした。反復免疫付与は、ナイーブ記憶B細胞前駆体と既存の記憶B細胞前駆体のクローン選択により、PfCSPの免疫優性部位であるNANPくり返しに対して強い免疫応答を引き起した。つまり、B細胞応答は親和性成熟にあまり影響されなかった。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 記憶B細胞:特定の抗原に結合できる受容体(抗原受容体)を持つB細胞。同じ抗原による次回の感染時に抗原受容体が抗原と結合すると記憶B細胞が活性化し、抗体産生細胞へ迅速・大量に分化して免疫応答を発現する。
  • クローン選択:特定の抗体を産生するB細胞のクローンが体内に存在し、ある抗原が侵入すると該当するクローンが選ばれて増殖して抗体を産生するという、抗体産生特異性を説明する考え。
  • 抗体親和性成熟:抗原受容体の抗原結合部位のアミノ酸が入れ替えられ、抗原に対する結合性がより強くなった細胞が選択されること。
  • スポロゾイト周囲タンパク質:マラリア原虫のスポロゾイト段階(感染力を持つ)での主要な細胞表面タンパク質。肝臓への侵入に必須。
  • 免疫優性:免疫系において抗原提示細胞が提示するさまざまな抗原断片(抗原が部分に分解されたもの)に対し、少数の特定抗原断片で免疫応答が高まること。
Sci. Immunol. 3, eaap8029 (2018).

治療応答を模型化するガン類臓器(Cancer organoids to model therapy response)

ガン類臓器は小型、三次元細胞培養模型で、患者の原発腫瘍から作ることができ、実験室で研究できる。Vlachogiannisたちは、そのような「皿に盛った腫瘍」方法が、臨床での薬剤応答を予測するのに使えるのかどうか確かめた。彼らは、以前にⅠあるいはⅡ段階の臨床試験に登録されていた、転移性胃腸ガン患者由来の生体類臓器によるバイオバンクを作った。これにより、著者たちは、類臓器の薬剤応答と対象患者の臨床における実応答状態を比較することができた。おもしろいことに、類臓器は患者の腫瘍と分子プロファイルが類似していた。このことは、薬剤の選別および開発に対する技術基盤としての類臓器の価値を高めるものである。(MY,ok,kh,nk)

【訳注】
  • 原発腫瘍:ある箇所の腫瘍が、別の箇所の腫瘍が転移して発生するのではなく、その箇所の細胞から発生する腫瘍のこと。
  • バイオバンク:自発的提供又は手術・検査の際に摘出された組織を医療情報と共に保存し、研究・医療に役立てる仕組み。
Science, this issue p. 920

酸性化による珊瑚礁の流出(Acid reef-flux)

海洋による大気からの人類起源の二酸化炭素の吸収は、海洋の pH を低下させつつある。海洋酸性化が意味するのは、生物が珊瑚礁を作る材料となる炭酸カルシウムをより生み出しにくくなり、またそれがより迅速に海水に溶解する、ということであるう。Eyreたちは、いくつかの珊瑚礁が既に正味で堆積物の溶解に見舞われていると報告している。心配なことには、海洋酸性化が強まるにつれて、その消滅速度は増加するであろう。(Wt,KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 908

ネアンデルタール人の洞窟美術(Neandertal cave art)

現生人類だけでなく、ネアンデルタール人も、洞窟に絵を描いていたかもしれないと示唆されていた。Hoffmannたちは、炭酸塩からなる表層のウラン・トリウム年代測定法を用いて、スペインの3か所の異なる遺跡の洞窟美術が、64,000年以上古いものであるに違いないことを示した。これらの絵は、世界で最も古い年代の洞窟美術である。重要なことに、それらは欧州における現生人類の到着よりも少なくとも20,000年先行しており、それらがネアンデルタール人由来であるに違いないことを示唆している。この洞窟美術は、主に赤と黒の絵からなっており、いろいろな動物の描写、直線的な記号、幾何形状、白抜き手形、それに押し付け手形を含んでいる。このように、ネアンデルタール人は、これまで考えられていたよりずっと豊富な象徴化の行為を有していた。(Sk,kh)

Science, this issue p. 912

解決すべき課題(Irons in the fire)

移植は救命治療法であるが、新たな器官を受け入れる患者は、侵襲性で、命に関わる可能性もある感染症に対する、深刻な危険にさらされる。Aspergillus fumigatusは、特によく見られる厄介な病原真菌であるが、移植器官を侵襲するその能力は、ほとんど解明されていない。Hsuたちは、この特性を評価するため、マウスの移植器官を感染させた。移植された気道の小血管損傷で引き起こされた出血が、既知のAspergillus属の増殖因子である組織鉄の増加を引き起こした。従って、鉄分を阻止し、血管を保護する開発中の治療法は、器官移植患者の寿命を延ばすかもしれない。(Sk,nk,kh,KU)

【訳注】
  • 組織鉄:体内にある鉄分のうち筋肉や皮膚などに、ミオグロビン鉄や含鉄酵素として含まれるもの.
Sci. Transl. Med. 10, eaag2616 (2018).

小型化された光測距と光追跡(Miniaturized optical ranging and tracking)

光検出や光測距システムは多くの工学用および環境用の検知用途で用いられている。しかしながら、その比較的大きな寸法とコストが、自動運転車とドローンへの一般的普及を阻んでいる。SuhとVahalaとTrochaらは、微小共振器から作り出された光周波数コムが精密測距および高速移動物体の追跡に使用できることを報告している。微小共振器のその小さな寸法は、多岐にわたりその応用範囲を拡大するだろう。というのは、それが光集積回路に適した微小レーザー測距システムのための基盤技術を提供するからである。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 884, p. 887

大脱走(The great escape)

ミトコンドリアDNA(mtDNA)は、それが細胞質または細胞外環境に出る場合、自然免疫経路を起動する損傷関連の有力な分子パターンになる。mtDNAシグナル伝達は広範囲の疾病に関与している。しかしながら、mtDNA放出の機構は不明であり、このプロセスは、これまで実時間で観察されたことがない。McArthurたちは生細胞格子光シート顕微鏡法を使用して、内因性アポトーシスの際のmtDNA放出を調べた。細胞死促進タンパク質であるBAKとBAXの活性化は、ミトコンドリア外膜に大きなマクロ孔の形成をもたらした。この大きな穴により、ミトコンドリアの内膜が細胞質中に飛び出し、結果としてミトコンドリアのヘルニア形成をもたらした。このプロセスは、mtDNAを含むミトコンドリア基質の内容物が細胞質中に脱走することを可能にした。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 光シート顕微鏡法: シート状の励起光を試料側方から照射することで光学断面像を得る蛍光顕微鏡.
Science, this issue p. eaao6047

深海から脱出した CO2(CO2 escaped from the deep)

大気中の二酸化炭素濃度は、なぜ最終氷河後退期に大きく、かつ急速に上昇したのだろうか? 南極海の深部に古い炭素豊富な水が蓄積し、それが次にそこでの気候が温暖化するにつれて南極海の海水層構造が崩壊したとき、その蓄積を放出したことを示唆する証拠が集まり始めている。Basakたちは、氷河時代の南太平洋南方の深海水が垂直方向に対しかって層状化していた。まさに古い炭素豊富な水の蓄積に必要なように層状化していたことを明確に示すネオジム同位体の測定結果を与えている。彼らのデータは、また、北大西洋の推移は、以前考えられていたような氷河時代中の南極海の水-質量構造に対する支配的な制御因子ではなかったことを示している。(Wt,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 900

ボロンが窒素に逆供与するようになる(Boron learns to give back to nitrogen)

二原子窒素は不活性な分子で有名であるが、様々な遷移金属は逆供与(backbonding)と呼ばれるプロセスによって二原子窒素と結合することが出来る。窒素は自分自身の電子を弱く共有するので、金属からのいくつかの電子は窒素へ逆供与される。非金属は、このタイプの結合のための能力を持っているようには思われないが、Legareたちは、一般的には電子不足系であるホウ素をホウ素をうまく扱って窒素に結合させられることを示している(BroereとHollandによる展望記事参照)。著者たちは、窒素雰囲気下でカリウムを用いてホウ素に基づく前駆体を処理し、金属錯体を想起させる還元様式で2つのホウ素中心の間に挟まれた二原子窒素を有するいくつかの化合物を生成した。(KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 896; see also p. 871

ハイパボリック・メタ表面を形成する(Patterning a hyperbolic metasurface)

構造化されたメタ表面では、潜在的に、材料表面での励起の伝播方向の制御が可能である。しかしながら、これまで使われている材料に起因する高い減衰率が、励起の寿命を比較的短くしていた。Liたちは、六方晶系窒化ホウ素(hBN)の層中に波長以下の格子を形成し、励起の寿命と伝播長をずっと長くできることを見出した。ポラリトン励起の直接の画像化は、hBN がナノ光量子回路の実現可能な基盤技術になるかもしれないことを説明している。(Sk,nk)

【訳注】
  • ハイパボリック・メタ表面:金属と誘電体の周期構造を持つ二次元メタマテリアルであり、双曲線型の分散構造を持つためこのように呼ばれる(メタマテリアル:サブ波長の金属構成要素や誘電体構成要素からなる人工の光学媒質)
  • ポラリトン:結晶格子の振動を量子化した仮想粒子と光子とのカップリングによって生成されるボーズ準粒子
Science, this issue p. 892

海の魚の半分以上(More than half the fish in the sea)

この数十年間で、人口が増加していることから、我々は海洋からのタンパク質にますます依存するようになっている。Kroodsmaたちは、すべての水産漁船に装備された自動船舶識別装置を活用し、世界中の漁獲努力を地図化・定量化している(Poloczanskaによる展望記事参照)。世界の海の半分以上が産業規模での漁獲の対象となっており、地上で農業の行われている面積の4倍にまで広がっている。さらに、漁獲努力量は経済変動と環境変動に依存せず、むしろ社会的・政治的な暦の日程に影響されている。したがって、より積極的な対策が海洋資源の持続的使用を確実にするために必要となるであろう。(Uc,KU,ok,nk)

【訳注】
  • 漁獲努力量:漁獲のために投入される船舶数、船員数、操業回数などの総量
Science, this issue p. 904; see also p. 864

SEEKで探せ、そうすればもっと早くガンが見つかるかも(SEEK and you may find cancer earlier)

多くのガンは、転移する前に見つかると、手術および/あるいは全身療法で治癒することができる。この臨床結果は、ガンの急速な遺伝子変化が薬剤へのガンの応答を制限するという認識の高まりと相まって、この病気の早期発見手法に対する関心を刺激してきた。Cohenたちは、CancerSEEKと呼ばれる、8つの一般的なヒトのガン型を検出できる非侵襲性血液検査を開発した(KalinichとHaberによる展望記事参照)。この検査は、8つの血中タンパク質の生体標識と血中DNAの腫瘍特異的な変異を判定する。以前にガンと診断された患者1000人と健康な対照群850人との比較研究で、CancerSEEKは69~98%の感度(ガン型に依存)と99%の特異度でガンを検出した。(MY,KU,nk)

【訳注】
  • 感度:病気にかかっている集団の人たちに対する検査で、検査結果が正しく陽性となる人の割合のこと。
  • 特異度:病気にかかっていない集団の人たちに対する検査で、検査結果が正しく陰性となる人の割合のこと。
Science, this issue p. 926; see also p. 866

タンパク質親族間の距離の見積もり(Putting distance between protein relatives)

多くのタンパク質は複合体を形成して機能する。同種会合するタンパク質の遺伝子が重複すると、関連するタンパク質(パラログ)は、異種会合を可能にするような界面を保持するだろうということが予想されるかもしれない。Hochbergたちは、2量体を形成するパラログの大部分が実際に同種会合することを示している。同種会合するパラログは、異種会合するものよりも多くの多様な機能を持っており、このことは異種会合を維持することが新しい機能の進化を抑制することを意味する。著者たちは、二つの2量体の小さな熱ショック・タンパク質パラログがどのようにして異種会合を回避するかを実験的に調べ、相互作用接触面を除く領域での適応性が重要な役割を果たすことを見出した。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • パラログ:進化過程において遺伝子重複によりできた類似遺伝子で異なる機能をもつ
Science, this issue p. 930

PRC2の完全構造(Complete architecture of PRC2)

ポリコーム抑制複合体2(PRC2)は、ヒストンH3の27番目のリジンをメチル化して遺伝子サイレンシングを達成する。Kasinathたちは、中心部の4つの部分単位(EZH2、EED、SUZ12、RBAP48)と、2つの補因子(AEBP2、JARID2)を持つ、異なる活動状態にある完全なヒトPRC2の複数の構造を報告している。これらの構造は、AEBP2とJARID2がヒストンH3尾部を分子的にまねてPRC2の活動を調節することを説明し、また、この複合体の完全性と安定性の維持におけるSUZ12の組織的役割を明らかにしている。(MY)

【訳注】
  • 遺伝子サイレンシング:遺伝子発現の機構が、後天的に生じた細胞内の変化により機能しなくなること。ヒストンのメチル化は、mRNA合成が抑制されることによる遺伝子発現停止となる。
  • ヒストン尾部:ヒストンは球形に近い形のドメインと、ヒストン尾部と呼ばれ特定の形をとらないドメインからなる。この尾部はメチル化などの化学修飾を受け、これにより転写性が変化することが知られている。
Science, this issue p. 940

多剤耐性への道(A path to multidrug resistance)

透過性糖タンパク質(PgP)は、アデノシン三リン酸(ATP)加水分解からのエネルギーを用いて、細胞の外に基質を輸送する。その基質の多くは薬剤であり、それ故にPgPは薬剤耐性において重要な役割を果たしている。その内向きの高次構造における構造は、マウス、酵母および藻類のPgPに対して決定されてきた。KimとChenは、外向きの高次構造におけるヒトPgPの低温電子顕微鏡構造を提示している。2つのATP分子は2つのヌクレオチド結合領域間で結合している。膜貫通ドメインに位置する基質結合部位は、細胞の外側に向けて開いているが、圧縮されており、基質は結合されていない。 このことは、ATP加水分解ではなく、ATP結合が外向きの高次構造と基質放出への移行を促進することを示唆している。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 915

科学者は窒素固定する植物を作り出せるか?(Can scientists create nitrogen-fixing plants?)

地球全体で、毎年1000億ドル以上が窒素肥料のために費やされており、それはまたかなりの環境被害を引き起こしている。展望記事において、Goodは、空気中から直接窒素を固定化できる植物の作成に関する最近の研究に光を当てている。実験室での研究では、窒素固定に必要な遺伝子を植物に導入することが可能であり、これらの遺伝子組み換え植物は、窒素固定酵素ニトロゲナーゼの主要部分を生成可能であることが示されている。しかしながら、どの植物もまだ直接に窒素を固定化したことを示していない。最近の技術進歩を考えると、適切なモデル植物のいくつかに集中した研究努力を協調して行えば、この目標に向けたかなりの進展が短期間で実現されるかも知れない。しかし、一旦そのような植物が作られたとしても、この研究を実地に移すにはかなりの障害が残る。(Sk,ok,nk)

Science, this issue p. 869