AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 16 2018, Vol.359

インフルエンザ・ワクチンの効力を精査する(Investigating flu vaccine effectiveness)

季節性インフルエンザ・ワクチンは何十年もの間推奨されてきたが、ヒトの抗原特異的リンパ球に焦点を当てた研究はわずかである。Koutsakosたちは、インフルエンザ・ワクチン接種を受けた人たちの長期的な抽出標本を調査して、どんな応答が防護免疫を生み出すのかを特定した。ワクチン接種は、循環性記憶濾胞性ヘルパーT細胞、抗体分泌細胞、および記憶B細胞を誘発することができたが、他の型のリンパ球に影響しないようであった。ワクチン接種の時点でインフルエンザに対して存在している抗体は、このようなワクチン接種応答を弱めた。著者たちは、インフルエンザ記憶B細胞のためのさまざまな組織を調べたあげく、彼らは記憶B細胞を循環系外でそれを見つけた。この細胞を標的にしてより優れた免疫応答を引き出すことは、インフルエンザ・ワクチンの効果を改善するかもしれない。(MY,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 縦断的調査:同一検体を継続的に追跡調査すること。同一検体の時間経過による変化を調べることができる。
  • 記憶濾胞性ヘルパーT細胞:B 細胞の成熟と活性化、および抗体産生を制御する濾胞性ヘルパーT細胞が、長期にわたって抗体を記憶する免疫細胞となったもの。記憶免疫応答の際に、記憶B細胞と相互作用することで効率の良い抗体産生応答を誘導する。
Sci. Transl. Med. 10, eaan8405 (2018).

リポ多糖はどうやって隙間に架橋するのか(How lipopolysaccharides bridge the gap)

グラム陰性菌の外膜は、大型糖脂質, つまり細胞への薬剤の侵入を防ぐリポ多糖から構成されている。リポ多糖の組立てを破壊すると、菌は抗生物質に対して過敏になる。Shermanたちは生化学的な道具を用いて、リポ多糖の輸送を観察した。全てのグラム陰性菌で進化的に保存されている7つのタンパク質が、アデノシン三リン酸を使って内膜から外膜へのリポ多糖の輸送を促進する, タンパク質の一つの架橋を形成しているらしい。このリポ多糖膜間輸送を調節する能力は、阻害剤の開発と特性を明らかにする取り組みに役立つだろう。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • グラム陰性菌:細菌の分類のためにハンス・グラムが考案した染色法で陰性と判定される細菌で、大腸菌、赤痢菌、サルモネラ、ペスト菌、コレラ菌、ピロリ菌などが含まれる。陰性菌と陽性菌は細胞壁の構造の違いで生じる。
  • グラム陰性菌の外膜:内側にリン脂質、外側にリポ多糖が配向した非対称な脂質二重層からなり、外膜の内側にある細胞質膜(内膜)とは微小な隙間(ペリプラズム空間)で隔てられている。
  • リポ多糖:共有結合で結ばれた脂質と多糖の複合体。グラム陰性菌では内膜で合成され、ペリプラズム空間を越えて外膜へ輸送される。
Science, this issue p. 798

SNFで抗腫瘍免疫を見つけ出す(SNF'ing out antitumor immunity)

免疫チェックポイント阻害剤は、全てではないが一部のがん患者において永続性のある腫瘍縮小を引き起こす。これらの薬剤に対する腫瘍感受性を決定する機構を理解することは、それで益を得る患者の数を増す可能性を秘めている(GhoraniとQuezadaによる展望記事参照)。Panらは、予め実験的に特異的SWI/SNFクロマチン・リモデリング複合体を不活性化した腫瘍細胞が、T細胞介在の殺傷作用に対してより感受性が高いことを発見した。その細胞はインターフェロンγに対してより応答性があり、抗腫瘍免疫を促進するサイトカインの分泌の増加を引き起こした。Miaoらは、免疫チェックポイント阻害剤で治療された転移性腎細胞がん患者からの腫瘍のゲノム特徴を調べた。同じSWI/SNF複合体のサブユニットをコードしている、PBRM1遺伝子に不活性化の変異を入れた腫瘍は、これらの阻害剤により高く反応するようだった

Science, this issue p. 770, p. 801; see also p. 745

CRISPR-Casはファージの進化を促す(CRISPR-Cas accelerates phage evolution)

標的突然変異生成のためのCRISPR-Cas系の使用が増加しているにもかかわらず、細菌-ファージの関係におけるこの防御系の基礎生物学の理解にはほとんど注意が払われていない。Taoたちは、この系がファージの、そしておそらくは細菌の進化の推進因子であるということを示唆している。著者たちは、CRISPR-Cas系で標的となるファージゲノム中の制限スペーサー配列中のDNAにメチル化を行い、切断逃避能の高、低が起こるように突然変異体の特徴を記述した。高い制限酵素切断の配列を逃れたファージの突然変異の頻度は予想通りに低かったが、低い制限酵素切断の配列を逃れたファージでも突然変異の頻度は極めて高く、自然突然変異の頻度より約6桁大きかった。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • CRISPR-Cas系: 細胞内に侵入した外来DNAはCas9タンパク質のはたらきによりCRISPRのスペーサーとよばれるゲノム領域に取り込まれる。スペーサーから転写されたガイドRNAは、Cas9タンパク質と複合体を形成する。Cas9-ガイドRNA複合体は、ガイドRNAと相補的な外来DNA(感染経験のあるDNA配列)を認識し切断する。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aar4134 (2018).

危険信号の認識(Recognizing danger signals)

古典的な補体経路において、C1開始複合体は、微生物または損傷した宿主細胞の表面上の危険パターンに結合し、免疫応答を誘発する。免疫グロブリンG(IgG)抗体は、C1複合体に対して高い結合性を有する細胞表面上に六量体を形成する。Ugurlarたちは低温電子顕微鏡法を用いて、C1複合体の六量体がIgG六量体とどのように相互作用するかを示した。構造誘導性突然変異生成により、C1がどのようにして免疫応答を誘発するかが明らかになった。(KU)

【訳注】
  • 補体(complement):抗原抗体複合体と結合して、炎症反応、免疫反応などに動員されて生物学的活性を発現する体液成分の総称、第1成分から第9成分が存在する。
Science, this issue p. 794

それはひとくるみ(It's a wrap)

対象物の形状が規則的か不規則のどちらであっても、それを薄膜で包むことは難しい。Kumarたちは、水に浮かぶ薄いポリマー・シートの上に油滴を落とした (Amstadによる展望記事を参照のこと)。十分な衝撃力により、そのポリマーは、ほぼ継ぎ目なしで液滴の周りを包み込んだ。その結果得られた、包まれた液滴の形状は、最初に空気-液体界面に置かれたたシート形状に依存していた。(Wt,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 775; see also p. 743

光の束縛状態を作る(Forming photonic bound states)

光子同士は本来相互作用をしないもので、相互作用させるためには特別な処置が必要である。Liangらは、一連のパルス・レーザーで励起されたルビジウム原子雲である、リュードベリ原子のガスが、伝搬している光子間に強い相互作用を誘発できることを示している。筆者らは、相互作用の強さを調整して光子を二量体や三量体の束縛状態に作ることができた。この手法は、光の新しい量子状態と量子もつれをオン・デマンドで作るために有用となるはずである。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 783

全身痙攣発作を防ぐ方法は?(A way to prevent generalized seizures?)

側頭葉てんかんは、成人におけるてんかんの最もありふれた型である。患者は、自発性発作および重大な認知障害発生の危険性を有している。Buiたちは、側頭葉てんかんの動物モデルを研究した(Scharfmanによる展望記事参照)。歯状回の苔状細胞の光遺伝学による選択的操作による抑制は、脳波の発作性異常が全面的な行動上の痙攣発作に拡大する可能性を増大させた。苔状細胞の活性化は可能性を減少させた。このように、苔状細胞の活性は、発作伝播の抑制に役立つかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 歯状回:広義の海馬組織(海馬台、海馬、歯状回、脳梁灰白層からなる)の一部で, 海馬の内側面に小児の歯のような隆起の列として見える
  • 光遺伝学:光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法を用いて特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術
Science, this issue p. 787; see also p. 740

大気汚染の進展(Air pollution evolution)

交通・輸送活動に由来する揮発性有機化合物(VOC:volatile organic compound)の排出は,厳しい大気汚染の管理によって減少している。このことは、農薬・塗装・印刷用インク・接着剤・洗剤そしてパーソナル・ケア製品に含まれる化学物質の相対的重要性が増えていることを意味している。McDonaldたちは、このような揮発性化学製品が今や、33の工業都市で排出されるVOCのほぼ半分の原因となっていることを示している(Lewisによる展望記事参照)。したがって、努力目標としてのオゾン形成と有毒化学物質量の軽減は調整する必要がある。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 760; see also p. 744

左手型または右手型のC-H結合の活性化(Left- or right-handed C–H bond activation)

有機化合物は、主に炭素原子と水素原子で構成されているが、化学合成の戦略は伝統的に、散在する少数の高反応性の酸素、窒素、ハロゲンを標的としている。C-H結合を直接修飾する方がより魅力的な方法であるが、選択可能性が依然として課題のままである。Saint-Denisらは、遷移金属触媒を用いて2つの鏡像C-H結合のうちの1つだけを切断し、次いでその場所により複雑な置換基を付加するという最近の進歩を概説している。配位子の設計は、様々な分子設定において、別の方法では類似の結合を区別するのが難しいことがわかった。(NA,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaao4798

進化の予測可能性を見積もる(Estimating the predictability of evolution)

進化は、対立遺伝子を固定化させる淘汰のような予測される影響と、異常な環境変動や遺伝的浮動のような確率的効果によって生じる。進化的変化の予測可能性を判定するために、Nosilたちは、ナナフシの、3つの自然発生的変異型を調査した(ReznikとTravis による展望記事参照)。彼らは、変化する環境条件にかかわらず、どの選択要因が変化を予知するのに使えそうかを、決定したかった。ある変異型は、捕食のためと思われる、負の頻度依存選択に合致しているが、他の変異型頻度の変遷は、予測不能のまま残った。このように、特殊な場合に対しては、我々は集団内の短期的変化を予測できるが、それが複数の選択要因と環境条件の不確定さの間の均衡を含む場合は、進化は予測するのがより困難である。(Sk,kh,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝的浮動:同じ生物集団内で特定の遺伝子の占める割合が,偶然に変動する現象
  • 頻度依存選択:表現型の適応度が集団中の他の表現型との相対的頻度によって決まる現象で、正の頻度依存選択では集団中で多数の表現型が数を増し、負の頻度依存選択では集団中で多数の表現型の適応度が低くなる
Science, this issue p. 765; see also p. 738

タンパク質骨格、破壊されると修復される(Protein backbone, broken and mended)

翻訳後に修飾される小さなペプチドは、微生物によって抗菌剤として、または隣接細胞と情報交換するために生成される。ペプチド骨格の変更は、ペプチドの構造を変えたり、または反応性の分子の一部を導入したりすることができる。Morinakaたちは、短いペプチドからチロシン残基の側鎖およびα-炭素を切断し、α-ケトアミドを後に残す細菌酵素を特徴を明らかにした。この骨格の官能基はいくつかのプロテアーゼ阻害剤で見いだされており、直交型化学反応(bio-orthogonal chemistry)のための貴重な手段である。この酵素は、短い認識超二次構造を有するペプチド基質を受け入れ、修飾されたペプチドのデータ集を作るために使用できることを示唆している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • The term bio-orthogonal chemistry refers to any chemical reaction that can occur inside of living systems without interfering with native biochemical processes.
Science, this issue p. 779

もっと、もっと多くの花粉媒介者が必要(Many, many more pollinators needed)

生態系の機能にとって生物多様性が必要であることが、数多くの研究で示されている。しかしながら、これらの大多数は、比較的小さな実験規模で行われている。Winfreeたちは、生物多様性と作物の受粉の間の関係を、3000平方キロメートル以上にわたって調べた(Kremen による展望記事参照)。うまく受粉させるのに必要な野生ハナバチ種の数は、空間規模とともに急速に増大した。これには、主に、調査対象地全体にわたって存在するハナバチ種群の変化と最豊富種が役割を果たす程度の変化に負っていた。結局、生態系が十分機能するためには、小規模実験で予測されたより一桁以上多くのハナバチ種が必要であった。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ハナバチ: ミツバチ上科に属する単系統分類群で, ミツバチやクマバチなど 20,000 種以上を含む. 花に訪れ、蜜や花粉を集め、幼虫の餌としてそれらを蓄える習性をもつ.
Science, this issue p. 791; see also p. 741

ATF6が果たす、発生初期の役割(A primitive role for ATF6)

小胞体ストレス応答(UPR)は、成熟細胞における小胞体(ER)の恒常性を維持する。しかし、UPR関連転写因子ATF6における不活性化突然変異は、先天性視覚障害を引き起こし、このことはATF6の発生上の役割をも示唆している。Kroegerたちは、一部は細胞分化中のER拡大を促進することによって、中胚葉系統への幹細胞の分化にATF6が重要であることを見出した。培養幹細胞でATF6を活性化させた結果、実用的な血管内皮細胞が生成し、研究または治療のための中胚葉組織の生成を促進する潜在的な戦略が示唆された。(Sh,kh)

【訳注】
  • 小胞体ストレス応答(unfolded protein response (UPR)):小胞体ストレスに対する細胞の反応で、異常タンパク応答とも言う。変性タンパク質が過剰に蓄積して小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死が誘導され、神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられている。
Sci. Signal. 11, eaan5785 (2018).