AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 19 2018, Vol.359

データ駆動の難民割り当て (Data-driven refugee assignment)

終わりの見えない難民危機が、政府に対して、難民個人およびその家族が受け入れ側地域社会に定住する方法を見つける必要をせまっている。 Bansak たちは機械学習方法を用いて、難民全体の就業率を最適化するようさまざまな地域に彼らを配置するアルゴリズムを開発した。 著者たちはこのアルゴリズムを米国とスイスの登録データの一部に基づき開発して試した。 このアルゴリズムは難民の就業可能性を米国で 40 %、スイスで 75 %増加させた。(Uc,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 325

リンパ管のMRSAは後を引く (Lymphatics limp along after MRSA)

リンパ浮腫は皮膚・軟部組織感染症と関係し、この両方とも再発することがあり、罹患患者に絶え間ない苦しみをもたらす。 Jones たちは生体内造影を用いて、細菌感染とリンパ浮腫の関係に対する理解を深めた。 彼らは MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に感染したマウスのリンパ浮腫を調べ、リンパ管筋細胞の死を観察した。 それは、細菌除去の後の何か月もの長期にわたる機能障害をもたらした。 ヒト細胞を用いた生体外実験は、細菌毒素がリンパ管筋細胞を損傷させる原因であることを示した。 この知見は、患者中でのこのひどい循環を中断させるため、これらの細菌毒素が標的になるかもしれないを示唆する。(MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • リンパ浮腫:毛細血管から浸出したリンパが静脈やリンパ管に回収されずに皮下組織に過剰に溜まりむくみとなって現れる病気。
  • 皮膚・軟部組織感染症:水虫等の軽度の感染症から、皮下組織や肋膜まで達する重篤な壊死性筋膜炎などの疾患のこと。
  • リンパ管筋細胞:太いリンパ管の周りを囲む平滑筋を形成し、リンパの流れを作り出すリンパ管の収縮弛緩を生じさせる。
Sci. Transl. Med. 10, eaam7964 (2018).

DNA の腕を電気的に駆動する (Electrically driving a DNA arm)

たいていのナノ電気機械装置は、シリコンのような無機材料をエッチングすることにより形成される。 Kopperger たちは、6 本の DNA らせんの束から成る 25 nm 長の腕を、柔軟な一本鎖の交差継手を足場として、55 nm 四方の DNA の折り紙平板に連結するよう合成して、そのような機械の精度を向上させた(Hogberg による展望記事参照)。 十字形の電気泳動容器中に設置した時、この腕を、最大 25 Hz の角周波数で駆動し、2.5 nm 以内で位置決めすることが可能であった。 この腕は、蛍光体や無機ナノ粒子の輸送に用いることができるかもしれない。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 296; see also p. 279

ちっぽけな液滴中での大規模な遺伝子合成 (Large-scale gene synthesis in tiny droplets)

遺伝子合成技術は、DNA 配列の機能的特性解析や合成生物学の進歩にとって重要である。 しかしながら、現在の方法は、量的に拡張できる可能性が低く、高コストのため限度がある。 Plesa たちは、遺伝子合成法 DropSynth を開発した。 それは、バーコード化付きガラス小球を用いてオリゴ・ヌクレオチドを濃縮し、引き続きそれをピコリットルの乳化液滴中で合成遺伝子に組み立てる。 DropSynth は、何千もの遺伝子の巨大なライブラリを生成し、特定の配列でのすべての起こりうる変異を機能検査することが可能である。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • オリゴ・ヌクレオチド:比較的少数の(20 ~ 200 塩基対程度)ヌクレオチド(DNA の基本構成単位)からなる配列で、合成方法が確立している。
Science, this issue p. 343

インターフェロン回避を避ける (Avoiding interferon avoidance)

インターフェロン(IFN)の発現が、ウイルス感染に対する哺乳類の最初の応答である。 このため、ウイルスの多くは IFN を回避する機構を進化させてきた。 Du たちは、インフルエンザの弱毒化生ウイルスから、IFN 回避遺伝子を系統的に除去する方法を開発した(Teijaro と Burton による展望記事参照)。 彼らは、さまざまな IFN 回避変異体を組み合わせて、一過性の IFN 応答をマウスで引き起こすが、事実上自己複製能力を持たないウイルスを作った。 一過性の IFN 応答は、その後の、さまざまなインフルエンザ・ウイルスによる攻撃から守る頑強な抗体と免疫記憶応答を引き起こした。 この方法は、他の RNA ウイルス・ワクチンの改良に適合させることができるかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • インターフェロン:ウイルス感染で免疫系から分泌されるウイルス増殖抑制タンパク質。
Science, this issue p. 290; see also p. 277

希薄な量子液滴をつくる (Making dilute quantum droplets)

近年、量子流体の研究は、例えばアルカリ原子や関連種から作られるボーズ・アインシュタイン凝縮体(BEC)など、主に気体で行われてきた。 量子液体は、液体ヘリウム以外は実現するのが比較的困難であった。 Cabrera たちは2つの BEC を組み合わせ、それらの原子相互作用を操作して量子液体の液滴を作り出した(Ferrier-Barbut と Pfau による展望記事参照)。 相互作用に指向性がないため、液滴はほぼ丸い形状を取った。 この希薄系の簡素さは理論モデルに適していて、量子流体のさらなる理解を可能にする。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 301; see also p. 274

動原体によるセントロメアの認識 (Recognizing centromere by kinetochore)

動原体タンパク質 CENP-N と CENP-C は、セントロメア・ヌクレオソーム中のヒストン H3 異型 CENP-A を認識する。 これにより、適切な動原体の組立てと染色体の正確な分離が保証される。 Chittori たちは、ヒト CENP-A ヌクレオソームと CENP-N との複合体の低温電子顕微鏡構造を記述している。 CENP-N と、CENP-A およびヌクレオソーム DNA が一緒になったものとの相互作用は、特異的で安定したセントロメア・ヌクレオソーム認識を保証する。 ヒトおよびツメガエルの CENP-A と CENP-N のタンパク質の両方を用いた変異分析は、これらのタンパク質が共進化して、相互作用する境界面を保存してきたことを示唆している。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 動原体:細胞分裂期に染色体中に形成され構造体。 動原体が形成される染色体領域をセントロメアと呼ぶ。
Science, this issue p. 339

体積を下げて地震活動を抑える (Seismicity curbed by lowering volume)

なぜ、カナダの Duvernay Formation における水圧破砕(フラッキングとも呼ばれる)が地震を誘発したかを計量することは、将来の災害軽減のために重要である。 Schultz たちは、注入量が、Duvernay で誘発された地震と相関を持つ重要な操作パラメータであることを見出した。 しかし、地質学的要因もまた、大量の注入が地震を引き起こすかどうかを決定する上で重要な役割を果たしていた。 これらの知見は、地震発生のより良い予測につながるかもしれない枠組みを提供する。(Wt,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • Duvernay Formation :カナダ、アルバータ州中央部にある瀝青頁岩地層からなる一帯。 ガス・原油のシェール資源が埋蔵され、水圧破砕による採取が行われている。
  • 水圧破砕:地下の岩体に化学物質を含んだ高圧水を注入し、岩体に亀裂を起こす技術。
Science, this issue p. 304

アルゴリズムは予測を改善できない (Algorithms fail to improve predictions)

米国では、刑事犯罪の被告が再び犯罪を起こす見込みを予測するアルゴリズムが一般に使用されており、これらの予測結果は、予審、仮釈放、刑の宣告の決定に影響を与えている。 広く使用されている COMPAS システムのような市販ソフトウェアは、これらの予測を人間の判断よりも正確に行うと宣伝している。 Dressel と Farid は、COMPAS のいかにも重要そうで137の項目を有するブラックボックスが、2項目しか使わない単純な線形相関法とほぼ同等であり、両方法とも、刑事司法の専門知識をほとんど、あるいは、全く持たない人々による予測よりも正確でも公平でもないことを示している。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao5580 (2018).

有機合成のための可塑的な計画 (A plastic plan for organic synthesis)

化学合成のための基本的設備は概して、ある範囲のいずれかの端にある。 即ち、その合成目的で組み立てた小規模研究のガラス器具装置か、或いは資本集約型の専用の反応器を用いた大規模生産である。 Kitson たちは、相互接続された一連のプラスチック部品内で標的化合物を合成するための設計図を目的に合わせて作る複合手順を報告している。 その相互接続列は 3D 印刷で一括して組み立てて作製することができる(Hornung による展望記事参照)。 市販の筋肉弛緩剤バクロフェンに対して実証されたこの方法は、体系的な作業の流れを確立したが、それは自動化が容易であるという潜在性を秘めている。 合成と精製に必要なものは、原料溶液の導入と温度または圧力の変化だけである。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 314; see also p. 273

バレルの側面を通り抜ける (Making your way through the side of a barrel)

β-バレル・タンパク質の膜挿入と組立ての機構は、ミトコンドリア、葉緑体、それにグラム陰性菌の外膜生合成の中心的問題である。 Höhr たちは、この基本的な問題に対処するために分析を展開した。 彼らは、前駆体タンパク質がミトコンドリア Omp85 チャネル(Sam50)によって輸送される過程を体系的に図示し、自然な膜環境における前駆体の膜挿入経路全体を解明した。 彼らの発見は、ミトコンドリア Omp85 チャネルの管腔を通る前駆体タンパク質の移動、チャネルと前駆体との間のβ鎖交換によるシグナル認識、および側面通路を通って膜内へ抜け出ることを直接的に実証している。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • βバレル・タンパク質:タンパク質の3次構造の一つで、βシートが捩じれてコイル状になり樽のような形をしている。
Science, this issue p. eaah6834

運動する単一分子を観察する (Watching single molecules in motion)

X線結晶学や電子顕微法のような構造解析技術は、異なる立体構造の瞬間写真を提供することにより、高分子がどのように機能するかについての洞察を与えてくれる。 機能は、それらの状態間の経路にも依存するが、その経路を見るには、単一分子の動きの観察を必要とする。 これは、1996 年に初めて実行された1分子フェルスター共鳴エネルギー移動(smFRET)の出現により可能となった。 Lerner たちは、smFRET がどのように運動する高分子の研究に用いられ、DNA の修復、転写、および翻訳のような過程における機構的な洞察を提供してきたかを概説している。 彼らはまた、この方法の現在の限界についても述べており、将来の進展がどのように smFRET の応用を拡大し得るかを示唆している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET):近接した2個の色素分子間で、励起エネルギーが、電磁波ではなく電子の共鳴により直接移動する現象。
Science, this issue p. eaan1133

ナノ粒子の不斉な応答を高める (Boosting chiral nanoparticle responses)

不斉性と磁性を兼ね備えた光学ナノ粒子は、磁気光学のためと不斉触媒として有用である。 不斉無機ナノ構造体は大きな円偏光二色性を示すことがあるが、この光学活性を調節することは、通常、不可逆的な化学変化を必要としてきた。 Yeom たちは、L および D システインからなる表面配位子を有する常磁性酸化コバルト(Co3O4)のナノ粒子を合成した。 これらの配位子は、酸化コバルトの結晶格子に不斉歪を生成し、その結果、これによる異方性が、さらに強い不斉光学活性をもたらした。 紫外領域におけるナノ粒子ゲルの円偏光二色性は、約 1.5 テスラの磁場で変調可能だった。(MY,kh)

【訳注】
  • 円偏光二色性:円偏光に対する光学活性物質の吸光度が、左右の円偏光に対して等しくない性質のこと。
Science, this issue p. 309

土壌細菌の地球地図 (A global map of soil bacteria)

土壌細菌は、地球上の炭素の動態、養分の循環、および植物の生産性の調節に、重要な役割を果たしている。 しかしながら、これらの微生物の自然史と分布については、ほとんど記録がない。 Delgado-Baquerizo たちは、世界中で発見された支配的な細菌分類群の調査結果を提供している。 六大陸からの土壌採集物において、彼らは、たった 2% の細菌分類群が、全世界の土壌細菌群集のほぼ半分を占めることを発見した。 これらの支配的な分類群は、生息環境嗜好を共有する同時発生的な細菌の生態群にグループ分けすることができた。 この発見は、土壌細菌の多様性と分布に関する、より予測的な理解を可能にするであろう。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 320

解明されたダイサーによる基質認識 (Substrate recognition by Dicer elucidated)

ダイサー・タンパク質は、二本鎖 RNA(dsRNA)基質から短い RNA を生成し、RNA 干渉と抗ウイルス防御に極めて重要である。 Sinha たちはショウジョウバエのダイサー・タンパク質の構造を報告しており、その構造は、基質の認識と切断に関する2つの異なる機構を明らかにした。 すなわち、アデノシン三リン酸(ATP)非依存性である 3' 突出し dsRNA の分配的切断、および ATP 依存性である平滑末端 dsRNA の前進的糸通し型の切断である。 この柔軟さが、無脊椎動物に抗ウイルス防御に必要な最適化能力を与えているのかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 3' 突出し(overhang)dsRNA:短い dsRNA 構造において各 RNA鎖 の 3' 部分が2塩基分突き出た構造をとる。 平滑末端はこのような突出しが無い dsRNA。
Science, this issue p. 329

自然によって修飾されたセルロース (A naturally modified cellulose)

セルロースは地球上で最も豊富な生体高分子で、また、細菌が作るバイオフィルムの重要な成分である。 Thongsomboon たちは固体核磁気共鳴分光を用いて、自然由来で、化学修飾されたセルロースであるリン酸エタノールアミン・セルロースを同定した(Galperin と Shalaeva による展望記事参照)。 彼らは次に、細菌中でこの修飾の誘導に関与している遺伝的基盤と分子シグナル伝達を特定した。 この修飾は、バイオフィルム母質の構造と機能を調節している。 この発見は、細菌が持つバイオフィルムの理解および新規なセルロース材料の創成にとって意味を持つ。(MY,kh)

【訳注】
  • バイオフィルム:微生物が自身の産生する粘液により膜状に集合した状態のもの。
Science, this issue p. 334; see also p. 276

血管のためにマイクロ RNA を加工する (Processing microRNAs for blood vessels)

遺伝性出血性末梢血管拡張症(HHT)の患者は、出血と鼻出血を起こしやすい。 これは通常(常にではないが)、血管形成を調節する信号伝達経路の変異タンパク質のためである。 Jiang たちは、マイクロ RNA プロセシング酵素ドローシャを欠くゼブラフィッシュまたはマウスに、HHT 患者に見られるのと同様の血管障害があることを見出した。 典型的な疾患関連変異がない HHT 患者では、ドローシャ遺伝子に希な変異が不釣り合いに多かった。 これらの突然変異体のうちの二つをドローシャ欠損ゼブラフィッシュに導入したところ、ドローシャ活性の低下が見られ、血管の表現型を救うことができなかった。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • RNA プロセシング:多くの RNA は前駆体として合成され、切断・再結合・化学修飾などを受けて機能を持つ分子になるが、その一連の過程。
  • ドローシャ(Drosha):ゲノムから転写産物(マイクロ RNA 前駆体)が作られた後、核内と細胞質内でドローシャとダイサー(Dicer)によって切断され成熟型マイクロ RNA へと作られるが、ドローシャは他分子とタンパク質複合体を形成し核内でマイクロ RNA 前駆体を切断する酵素。
  • 表現型:ある生物のもつ遺伝子型が形質として表現されたもの。
Sci. Signal. 10, eaan6831 (2018).

胸腺中の再生回路 (Regeneration circuits in the thymus)

がん患者における化学療法と放射線治療は、胸腺を含むいくつかの組織と器官を損傷する。 長期の胸腺損傷は T 細胞不全を導き、日和見感染と悪性腫瘍に感染しやすくする。 Wertheimer たちは、致死量以下の全身照射後のマウスの胸腺の再生を調べた。 彼らは、胸腺再生に対して骨形成タンパク質4(BMP4)信号伝達が果たす重要な役割を見いだした。胸腺内皮細胞は BMP4 の重要な提供源であったが、この BMP4 が転写因子 FOXN1 の発現を胸腺上皮細胞で誘導して胸腺再生を促進するのである。(Sh,MY,nk,kh)

Sci. Immunol. 3, eaal2736 (2018).