AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 10 2017, Vol.358

次々に押し寄せる病 (Wave upon wave of disease)

コレラ病原菌である Vibrio cholerae は、あらゆる水系に遍在していると考えられ、根絶対策の計画をどうやら実りのないものにしている。 それでもやはり、地域的な及び全世界的な Vibrio 集団は依然として明瞭である。 Weill たちと Domman たちは、大陸間で驚くべき多様性が確立されていたことを示している。 ラテンアメリカとアフリカでは、伝染動態と環境適所が異なるさまざまなコレラ病原菌の変異体がある。 このデータは、大流行性コレラ菌の長期保菌宿主の定着、或いは気候事象との関係とは一致しない。(KU,MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 785, p. 789

ある氷床の消失 (Disappearance of an ice sheet)

最終退氷期の温暖化と海水面上昇が千年以上も前に先んじて始まっていたにも関わらず、コルジレラ氷床は約 13000 年前まで西端カナダを覆ってきたと考えられている。 この非同調的なふるまいは、どのような機構が理由となりうるのか不明であるため、氷河学者たちを惑わせてきた。 Menounos たちは、西部カナダの多くが、早くも 14000 年前には氷河のない状態だったことを示す圏谷と谷氷河の年齢の測定結果を報告しているが、このことは地球全体の氷の量の記録と良く一致する結果となっている(Marcott と Shakun による展望記事参照)。 以前の復元研究は、氷床衰退の複雑さを適切に反映しなかったようだ。(Uc,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 781; see also p. 721

ゲノム安定性の代謝による調節 (Metabolic regulation of genome stability)

細胞は、ゲノム安定性のための保護手段として DNA 複製速度を調整することで代謝変動に応答する。 Somyajit たちは、複製フォークの動態と代謝経路とを調整するその細胞機構を解明している(Gómez-González と Aguilera による展望記事参照)。 代謝ストレス下での活性酸素種(ROS)の濃度上昇が、複製複合体から複製促進物質を解離させ、複製の減速をもたらし、結果として複製ストレスを防止する。 ガン細胞において働いている、ROS 濃度を上昇させて複製適合性を増加させるというこのゲノム監視機構の研究は、腫瘍を特に標的とする機会を提供するかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 797; see also p. 722

メディアの影響力を測定する (Measuring the impact of the media)

人々の積極的な参画は、民主主義が機能する中心的要素の 1 つである。 King たちは、ニュース記事が特定のトピックに関する人々の討論の増加に因果関係があることを理解するために、米国で実社会での無作為抽出実験を行った(Gentzkow による Policy Forum 参照)。 ソーシャル・メディアへの投稿は、幅広い話題に関するニュース記事の発表の翌日にほぼ 20% 増加した。 さらに、その投稿は、政治的な属性、性別、米国内の地域を横断して、比較的均等分布していた。(ST,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 776; see also p. 726

著者貢献申告を評価する (Evaluating author contribution statements)

多くの学術誌は、その研究の中で誰が何をしたかを確認する著者貢献申告を要求している。 しかしながら、学術誌は方針と実施が様々であるため、貢献申告が著者の順序を越える堅実な価値を付加するかどうかは不明である。 その有用性と、認識された価値を定量化するために、Sauermann と Haeussler は 12,000 件を超える著者貢献に関する記載からのデータを用いて、6,000 人の責任著者を調査した。著者の順序は著者貢献の幅と型に強く相関するとともに、ほとんどの研究者、特に若手の研究者は、著者貢献申告に価値を認めた。 しかしながら、著者の順序は依然として貢献の重要性のより良い指標として認識され、他人を評価する際に依然として支持されていた。(KU,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700404 (2017).

散乱光、それは皆同じ (Scattered light, it is all the same)

物質(媒体)は、その中での散乱の密度に応じて、透明から不透明まで変化し得る。 光は物質中を伝播するので、直感は散乱体が多く存在するほど光が伝搬できる経路が短くなること示唆するかも知れない。 Savo たちは、これが正しくないと予測する最近の理論的な提案を確証している。 彼らは、一連の、変動する散乱体密度の試料を通して光を照射し、光が伝わる平均経路長がこのような試料の微細構造とは無関係であることを見出した。 この知見は、音響波と物質波にも適用可能だろう。(Wt,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 765

β 遮断薬によるガン・ストレスの解消 (De-stressing cancer with β-blockers)

一般的な知見によると、ガン患者にとってストレスは良くないと考えられている。 しかし、ガンの診断とそれに関連する治療の両方が、心身にとって非常に困難なものであることを考慮すると、ストレスを避けることは難しい可能性がある。 Nilsson たちは、非小細胞肺ガンの治療中におけるストレス・ホルモンの潜在的な影響を調べた。 ストレス・ホルモンは、ガン細胞の β2 アドレナリン作動性受容体を活性化し、EGFR(表皮成長因子受容体)阻害剤に対する腫瘍耐性を促進する、シグナル伝達カスケードを引き起こす。 EGFR 阻害剤は、この疾患の重要な治療薬である。 逆に言えば、ヒトで使用される薬物の一般的な種類である β 遮断薬は、この耐性機構を遮断し、肺ガン治療方法に対する有用な補助剤となり得る。(Wt,MY)

Sci. Transl. Med. 9, eaao4307 (2017).

ハエの脳が計算アルゴリズムに着想を与える (Fly brain inspires computing algorithm)

ハエは、アルゴリズム的な神経細胞の戦略を用いて匂いを感知し、分類する。 Dasgupta たちは、このハエの方式からの洞察を応用して、計算科学問題への解決法を着想した。 ハエが用いる、ある匂いを区別し、同様の匂いを類別するアルゴリズムに基づき、著者たちは、ウェブ上で似た画像を探すような作業の土台となる最近傍探索問題に対する新しい解決法を作り出した。(MY,kh)

Science, this issue p. 793

トポロジカルか単純か? (Topological or trivial?)

マヨナラ束縛状態(MBS)は、トポロジカル量子計算の構築基盤を提供すると期待されており、MBS に対する証拠は幾つかの材料系で見出されてきた。 一般的に MBS の実験的な識別特性は、ゼロ・エネルギーにおけるスペクトルのピークであるが、MBS 以外の機構が慎重に規則的に除外される必要がある。 Jeon たちは、スピン偏極走査トンネル顕微鏡を用いて、超伝導鉛に堆積された鉄原子鎖を研究し、従来よりはっきりとしたトポロジカル状態の識別特性を見つけた。 単純なゼロ・エネルギー状態とは違い、MBS は特徴的なスピン偏極信号を示した。(MY,kh)

【訳注】
  • スピン偏極走査トンネル顕微鏡:磁気スピンの向きに偏りを持つ磁性探針を用い、探針-試料間の距離一定で電圧電流特性を測定することで、試料表面のスピン分布を二次元的に測定する走査トンネル顕微鏡。
Science, this issue p. 772

輸送層が安定性を改善する (Transporter layers improve stability)

ペロブスカイト太陽電池は、20% 以上の電力変換効率にすることが可能だが、熱的安定性や紫外線照射安定性が限られる場合がある。 これは、ある程度、活性層から電荷担体(電子と正孔)を引き抜くのに用いられる材料のためである。 Arora たちは、有機正孔輸送層を CuCSN (チオ・シアン酸銅)に置き換え、熱安定性を改善した。 導電性の還元型酸化グラフェン・スペーサーを CuSCN 層と金電極の間に追加すると、素子寿命が向上した。(MY,MY)

【訳注】
  • 還元型酸化グラフェン:グラファイトの単分子層に酸素含有官能基が結合した酸化グラフェン(絶縁性)を還元して導電性にしたもの。 極性溶媒などへの分散が可能であるため、湿式塗布が可能である。
Science, this issue p. 768

タッグ・チームが取り組むルイス酸触媒作用 (Lewis acid catalysis tackled by tag team)

近接した2つの窒素 - 水素基を有する分子触媒は、ピンセットのように作用でき、二重の水素結合により脱離基に引っ掛け、次いでそれを引き離すことで炭素中心を活性化する。 得られたイオン対において、この触媒の形状が起こすべき反応に偏りを持たせ、可能な2つの鏡像生成物のうちの1つだけを有利にすることができる。 Banik たちは、この構造を用いてルイス酸共触媒を活性化し、炭素の代わりにケイ素から脱離基を引き離した(Mattsonによる展望記事参照)。 結合した触媒対は、不斉環状付加のような炭素上のより脱離しにくい基を含む反応に対してより効果的である(NA,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 761; see also p. 720

リソソームによるアミノ酸排出の調節 (Regulated lysosomal efflux of amino acids)

ある新規技術が、リソソームの高速精製と、液体クロマトグラフィーや質量分析による代謝プロファル解析を可能とする。 Abu-Remaileh たちは、培養ヒト細胞を遺伝子操作し、リソソーム膜上にタンパク質による標識を作った。 この標識は、磁性ビーズ上へ素早く精製リソソームを堆積するのに利用できるものであった。 さまざまな条件下でのリソソーム含有物の分析は、リソソームからのほとんどの必須アミノ酸の排出(ただし、ほとんどの非必須アミノ酸の排出はそうでないが)が、調節された過程であることを示した。 栄養欠乏の条件では、mTOR(ラパマイシンの機構的標的)タンパク質キナーゼ複合体阻害の結果として、アミノ酸輸送が抑制された。(MY,kh)

【訳注】
  • リソソーム:加水分解酵素を含み,細胞の消化作用を助ける細胞内小器官。 ここで消化されたタンパク質から生じたアミノ酸はリソソーム外に排出され、タンパク質合成へと再利用される。
  • mTOR:増殖因子と栄養シグナルに応答して細胞の増殖と分裂を促進する多機能キナーゼの一種。
Science, this issue p. 807

SAMTOR がファミリーに加わる (SAMTOR joins the family)

アミノ酸の一種であるメチオニンは、動物生理に興味ある影響を及ぼすと広く認められている。 低メチオニン食は、寿命と健康全般を向上させ、特にグルコース恒常性を高める。 Gu たちは、メチオニンの制限と、成長制御系である mTOR 複合体1(mTORC1)との機能の間における分子レベルの関係の可能性について述べている。 後者は、多くの生物で十分立証されている生存寿命と健康寿命の制御因子である。 彼らは、mTORC1 上流側の栄養感知経路の成分として、自分たちが SAMTOR と名付けたタンパク質を特定している。 SAMTOR は、メチオニンから作られる代謝物の S-アデノシルメチオニン(SAM)と結合し、メチオニン応答における mTORC1 の調節に必須である。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 813

分化のために有糸分裂を飼いならす (Taming mitosis for differentiation)

有糸分裂振動系は、細胞分裂を駆動することが知られている分子スイッチ群からなる。 この進化的に保存された規則正しい調節回路は、分裂以外の細胞過程に以前は関係づけられていなかった。 多繊毛細胞は、脳、呼吸器、および生殖機能に不可欠な、繊毛運動による流れを生成する。 Al Jord たちは、有糸分裂振動系が、多繊毛細胞の最終分化前駆細胞において調整された様式で活性化されることを見出した(Levine and Hollandによる展望記事参照)。 この振動系の機能は、有糸分裂の拘束を回避しながら、繊毛核形成中心小体の大量生産を駆動するために使用された。 このように、哺乳類の有糸分裂後の前駆細胞は、増殖の代わりに細胞分化のタイミングと方向性を課すために、有糸分裂振動系を動員し、調整することができる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 803; see also p. 716

人間が植物侵入を方向付ける (Humans shape how plants invade)

人間活動は、世界中の生態系に外来種を更なる速度で導入しつつある。 これらの種のいくつかは侵襲的になり、経済的または環境的な害を引き起こす。 展望記事において、Kueffer は、人間の影響が外来種の導入に留まらず、その先に拡大して、そのような種がどのようにして活動範囲に広がり、どれが侵襲的になるかまで影響していることを説明している。 これらの影響を十分に考慮する侵襲理論を再構成することは、どの種が侵襲的になりやすいか、そして何処でそうなるかを説明し、予測するのに役立つ。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 724

匂いを代謝に結び付ける (Connecting smell to metabolism)

匂いの知覚と嗅神経細胞が代謝を調節できるという証拠が、特にげっ歯類において蓄積している。 例えば臭覚の除去が、高脂肪食によって誘発される肥満への耐性を導くことができる。 展望記事で Garrison と Knight は、これらの結果の可能性のある機構と意味を代謝の調節との関連で、そしてこれが哺乳動物の寿命にどのように影響するのかについてもまた議論している。(Sh,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 718

翻訳と Rac1 信号伝達の平衡 (Balancing translation and Rac1 signaling)

脆弱 X 症候群(FXS)の神経機能障害と知的障害は、mRNA 翻訳抑制因子 FMRP の喪失によって引き起こされる。 Santini たちは、FMRP の喪失が、翻訳開始因子 eIF4E によって仲介されるタンパク質合成を促進することを見出した。 その結果、シナプスの可塑性と学習に必要なアクチン重合制御機構が損なわれた。 eIF4E が仲介する翻訳機構の形成を阻害するペプチド 4EGI-1 は、FXS モデル・マウスにおいて、海馬シナプス機能と樹状形態そして学習行動を改善した。(Sh,kh)

【訳注】
  • Rac1 (RAS-related C3 botulinus toxin substrate 1) :ヒト細胞に存在するタンパク質で、細胞骨格の形成を調節して細胞の運動を制御する。 神経上皮細胞の維持や樹状突起棘の維持と再構成において重要な役割を果たしている。
Sci. Signal. 10, eaan0665 (2017).

抗真菌応答を調整する (Calibrating antifungal responses)

真菌感染に対する免疫応答は、真菌が環境要因に応じて複数の形態で存在し得るという事実によって複雑になる。 Verma たちは、感染が進行するにつれて単細胞酵母形から糸状菌糸に移行する真菌である Candida albicans に対する自然免疫応答を評価した。 菌糸関連タンパク質で病原性因子である Candidalysin は、C.albicans に対する免疫応答を強める危険信号として働いた。 Candydysin 欠損株は僅かの上皮損傷しか引き起こさず、著しく低レベルの 17 型免疫応答を誘発するに留まった。 したがって、C.albicans に対する先天性抗真菌応答は、Candidalysin が細胞損傷を引き起こし、それがインターロイキン-17 由来の炎症によりさらに増幅されるという相乗作用によって駆動される。(Sh,ok,nk,kj,kh)

Sci. Immunol. 2, eaam8834 (2017).