AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 22 2017, Vol.357

毒ガエルは自らの化学防御に耐性を持つ (Poison frogs resist their own chemical defense)

毒ガエルは、捕食から身を守る神経毒を産生する。 しかしながら毒ガエルは、自身を中毒させる危険がある。 Tarvin たちは、カエル神経毒エピバチジンを研究し、この毒物が結合するアセチルコリン受容体で、たった 1 つのアミノ酸が置換されていることを見つけた。 この置換でアセチルコリン受容体の立体配置が変化し、それにより、エピバチジンに対する受容体の感受性が低減する。 しかし、アセチルコリンのシグナル伝達は正常な活動にとって必須である。 ヒト細胞中でカエルの受容体を発現させることにより、毒ガエルの異なる系統の中では別のアミノ酸置換が起こっていて、その結果、標的とする神経伝達物質であるアセチルコリンを有効に機能させる一方で、毒ガエルが自らの毒に対する耐性を可能にすることが分かった。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • エピバチジン:アセチルコリン受容体に作用し、構造がニコチンに類似したアルカロイド系の神経毒。
  • アセチルコリン:副交感神経や運動神経の末端から放出され、神経刺激を伝える神経伝達物質。
Science, this issue p. 1261

ネアンデルタール人の成長様式 (Neandertal growth patterns)

ネアンデルタール人の個体発生学は、骨格の各部についてそれぞれの骨やその断片から研究されてきた。 Rosas たちは、4 万 9000 年前のスペイン北部の遺跡から発掘された 7、8 歳のネアンデルタール人の子供の、かなり完全な骨格の知見を提示している。 この骨格には、歯・頭骨・体幹四肢骨が含まれていて、年齢による歯と骨格の成熟度についての評価を可能にしている。 骨格各部のほとんどは、現生人類の子供と同様の全体的な成長速度を示している。 ネアンデルタール人と現生人類の間の主な違いは脊柱にあり、ネアンデルタール人では第 1 頸椎(環椎)と一部胸椎の成長がやや遅い。 また、脳頭蓋内面の特徴から脳の成長が進行中であることがわかる。 脊柱の独特な成長様式と脳成長の長期化は、成長速度全体の根本的な違いというよりは、ネアンデルタール人の幅広い体格を完成させるために必要なエネルギーを充分には獲得できないことが影響しているのかもしれない。(MY,bb)

【訳注】
  • 個体発生:動植物の個体が卵から完熟した成体になるまでの過程のことで、系統発生に対置する用語。
Science, this issue p. 1282

プレート・テクトニクスの早期のお召し (An early call for plate tectonics)

地球の歴史におけるはるか昔の大陸の地殻の組成は、プレート・テクトニクスがいつごろ現れて、海洋化学に影響を与えたかについての洞察を与える。 Greber たちは、地球の誕生に近い 35 億年前の組成を推定するために、頁岩のチタン同位体を調べた。この頁岩は、浸食大陸の地殻の堆積物から形成されたものだ。 彼らは、ケイ酸に富む組成を発見しており、このことは、プレート・テクトニクスがはるか遠い過去に起きていたことを示している。 その他の地殻組成の変化は、海洋の化学的な変化や大気の酸化などの大事象に関連している可能性がある。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1271

人とそのビジネスの成長を手助けする (Helping people and their businesses grow)

途上国の多数の低所得の人々は、賃金を受け取るのではなく、五人以下の小企業の自営事業者である。 金融やマーケッティングのような正式のビジネスコースを教えることで、小規模ビジネスを成長させるよう企業家たちを手助けすることは、功罪相半ばする結果を生み出してきた。 Campos たちは、企業家のスキル、すなわち個人的な自発性と企業家としての振る舞い方、を自営業の人に教えることは、売り上げと利益向上の双方の点で良好に機能することを示している。 企業家訓練は個人の自発心を高める心理機構に依拠している。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1287

豚からの PERV の除去 (Taking the PERVs out of pigs)

移植に必要な臓器の深刻な不足に対して、異種移植(非ヒト臓器のヒトへの移植)はその代替源となる。 ブタの臓器のいくつかは、ヒトの臓器と大きさや機能が似ている。 課題は、ブタのゲノムが、有害かもしれない結果を潜在的にヒトに渡す可能性があるブタ内在性レトロウイルス(PERV)を持っていることである。 Niu らは、PERV の全てのコピーが CRISPR-Cas9 ゲノム工学によって不活性化されたブタを作った(Denner による展望記事参照)。 この研究は PERV の活性についての洞察を提供するだけでなく、ブタからヒトへの異種移植のためのより安全な臓器や組織の供給源への扉を開く。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. 1303; see also p. 1238

どう吸盤は掴むのか (How the sucker comes to grip)

コバンザメは、害を及ぼすことなく他の海の生き物に付着することを可能にする吸盤が付いた、楕円形の第一背びれを持っている。 コバンザメに見られるこの吸盤を詳細に調べることにより、Wang たちは、天然の魚のとげ、骨、および繊維組織と同様の剛性を持つ素材を用いて、類似の吸盤を製作することができた。 強度と安定性を与える炭素繊維のとげは、硬い部分と柔らかな部分を混じり合わせて印刷されたアクリレート重合体中に模様化され、それは柔らかな駆動部材を用いて操作可能であった。 設計して作られた吸盤は、いろいろな表面に付着し、吸盤重量の最大 340 倍の引きはがし力を生み出した。(Sk,nk,kh)

Sci. Robot. 10.1126/scirobotics.aan8072 (2017).

ひとひねりされた光電子放出 (Photoemission with a twist)

アト秒時間分解能の分光法は、原子や固体中の最速の電子的過程を調べる能力を提供している。それにもかかわらず、固体からの光電子放出の過程は十分解明されていない。Siek たちは、層状のファンデルワールス材料である WSe2 からの光電子放出を調べ、電子放出が時間的順番で生じ、その順番が明らかに、固体中における放出電子の角運動量が小さい方から大きい方に並んでいることを見出した(Yakovlev と Karpowicz による展望記事参照)。 この結果は、光電子放出過程のより詳細な姿を提供する助けになるだろう。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1274; see also p. 1239

もっと転移性であるよう FAK を編集する (Editing FAK to be more metastatic)

キナーゼ FAK によって仲介されるような細胞遊走経路を抑制する薬物は、がん患者の転移を防止し得る。 Amin らは、RNA 編集酵素 ADAR が FAK 活性を支えることを見出した。 肺腺がん細胞では、ADAR は FAK の mRNA に結合してこれを編集し、その安定性を改善し、FAK タンパク質濃度を高め、細胞の遊走を強める。 高濃度の ADAR 発現は、患者の予後不良と相関する。 したがって、FAK の抑制は、ADAR 陽性肺腺がん患者の治療成績を改善する可能性がある。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • FAK(Focal adhesion kinase):接着斑キナーゼ。インテグリン信号伝達系の重要な因子で、チロシンやセリンのリン酸化を制御し、増殖促進や接着斑に重要な役割を果たしていると考えられている。
Sci. Signal. 10, aah3941 (2017).

ヒト由来ニューロンはその答えを提供する (Human-derived neurons provide the answers)

リソソームによるエネルギー代謝と細胞破片の除去を含む経路は、パーキンソン病の変性から我々の脳を保護する上で重要な役割を果たす。 Burbulla らは、パーキンソン病の患者由来のヒト・ニューロンにおけるミトコンドリアとリソソームの機能障害の有害な連鎖を同定した。 この機能障害は、酸化ドーパミンとα-シヌクレインの蓄積によって仲介されるが、ドーパミン代謝における種特異的な差異のために、パーキンソン病のマウス・モデルでは見出されなかった。 ヒトとマウスのニューロン間の固有の種特異的差異は、パーキンソン病および関連するシヌクレイノパチーの治療のための適切な標的を同定するためにヒト・ニューロンを研究する価値を強調する。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • リソソーム:細胞内の小器官の一つで、内部に加水分解酵素を含み、細胞外から取り込んだ高分子化合物や細胞内の高分子化合物の分解に寄与する。
  • シヌクレイノパチー:正常脳では前シナプスに局在しているタンパク質α-シヌクレインがリン酸化し脳内に蓄積する神経変性疾病。
Science, this issue p. 1255

相分離と細胞組織 (Phase separation and cellular organization)

細胞は区画化され、全く異なる過程が膜で区切られた複数の小器官で起こることを可能にしている。 しかし、細胞成分に対する同じような空間的制約が、細胞内の非膜性の会合や濃縮物において、丁度水中の油滴のように、また、起きていると思われる。 これらの区画は、多数の生物学的過程と制御機構に寄与する。 Shin と Brangwynne は、こういった構造形成に至る、タンパク質-タンパク質およびタンパク質-RNA の相互作用について概説している。 彼らは、生化学的反応物のシグナル伝達および局所的制御から空間的な分離にわたる広範な例において、そのような構造についての既知および潜在的な機能を説明している。 病気の場合、そのような凝集がうまくいかず、タンパク質の不適正な凝集が関係する神経変性症候群の一因となる可能性がある。(MY,kh)

Science, this issue p. eaaf4382

大地震向き普遍的尺度の構築 (Universal scaling for big quakes)

大きな断層が破壊した際に解放されるエネルギーの量は、地震全体の大きさについての、いくつかの手がかりを提供してくれる。 Meier たちは、100 以上の大きな地震に対する、このエネルギーの解放を考察した。 エネルギー解放の速度から、地震の全体の大きさは予測できないが、最小の大きさは推定できる。 この最小の大きさの予測は、早期の地震警告の発令手順に対して貴重な数秒を付加し、被害を回避するとともに、人々を怪我や死から守る助けになるかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1277

多芸多才のエンハンサー (Multitalented enhancers)

DNA からの有効な転写は、開始、伸長および終止の段階を必要とする。 エンハンサーは、転写を開始するためにプロモーターとループを作る DNA 配列である。 Chen たちは、エンハンサーがまた転写伸長を調整することで遺伝子発現を調節することを示している。 RNA ポリメラーゼII 関連因子である PAF1 は、エンハンサー上に座っている。 これが、プロモータで停止したポリメラーゼの転写伸長成功向け解放に必要な、エンハンサーの十分な活性化を妨げる。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • プロモータ:DNA から RNA を合成するその開始段階に関与する遺伝子の上流領域で、この領域に RNA ポリメラーゼが結合することで転写が開始する。
  • エンハンサー:活性化因子と結合することで遺伝子の発現(転写)を大幅に強める(enhance)作用をする領域。遺伝子の上流、下流、或いは遺伝子内部に存在する。
Science, this issue p. 1294

環状 RNA の切断 (Cutting out circular RNAs)

環状 RNA は広範に存在するが、その機能は相対立する議論の的だった。 Piwecka たちは CRISPR-Cas9 技術を使用して、マウスのゲノムから環状 RNA Cdr1as をコードする座位を除去した。 興奮ニューロンにおける単一細胞電気生理学的測定は、このノックアウト・マウスからの自発的小胞放出の増加と、2 つの連続した刺激によるシナプス応答の低下を明らかにした。 このことは、Cdr1as 欠損が興奮性シナプス伝達の機能障害に導くことを示している。 ノックアウト・マウスの脳のいくつかの主要領域の小型 RNA の配列決定は、Cdr1 に結合する 2つのマイクロ RNA、miR-7 と miR-671 の発現が、それぞれ減少と増加することを示した。 これらの結果は発現分析と合わせて、ニューロンの Cdr1as が miR-7 の安定化または輸送を行い、次に種々の刺激に対する初期応答の遺伝子を抑制することを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaam8526

場所が重要 (Location, location, location)

細胞内の RNA の分布は、タンパク質への効率的な翻訳のために重要である。 RNA の非対称な局在化はいくつかの細胞型で知られているが、腸管上皮細胞ではほとんど理解されていない。 Moor たちは、腸細胞における転写物が細胞の頂側または基底の細胞端に分布する傾向があることを見出した(GasparとEphrussiによる展望記事参照)。 mRNAの局在化は、通常タンパク質の局在化と重なることはない。代わりに、リボソームは頂端に偏っており、結果としてより効率的な翻訳を可能にする。 絶食したマウスの積極的栄養補給において、リボソーム・タンパク質をコードする腸細胞 mRNA は、局在化の基底-頂側移動、および翻訳の増加を示す。 このようにして、mRNA の動的極性と極性化された翻訳は、腸上皮における翻訳効率を調節する。(KU,kh)

Science, this issue p. 1299; see also p. 1235

高エネルギー粒子は銀河系外のものである (High-energy particles are extragalactic)

宇宙線は宇宙から到来する高エネルギー粒子である。 そのあるものは、人類が作り出した粒子加速器が達成できるエネルギーをはるかに超えるエネルギーを有している。 低エネルギーの宇宙線は、太陽風由来であることが分かっているが、高エネルギー側の宇宙線の源は議論の対象となっている。 Pierre Auger Collaboration は、数エキサ-エレクロン・ボルト(1018eV:粒子当たりおよそ 1 ジュールを有する)の超高エネルギーを有する、数千個の宇宙線の観測を報告している。 それらは、わずかに双極性の分布で到達している(Gallagher と Halzen による展望記事参照)。 宇宙線の方向は、これらの粒子が他の銀河に由来しており、我々の銀河系内部の近傍の源からではないことを示している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1266; see also p. 1240

もし最初にうまくいかなければ、もう一度挑戦しろ (If at first you don't succeed, try again)

根性(メディアで流行っている忍耐と情熱の組み合わせ)は、誠実さとは異なるのだろうか。 人格特性は、人生の初期に組み込まれ、比較的安定した状態を保つのに対して、根性(少なくとも情熱の成分)は移り変わるかもしれず、従って順応性があるかもしれない。 Leonard たちは、幼児が、困難な課題での失敗を通り抜けてやり続けることを、大人たちから習得できることを示している(Butler による展望記事参照)。 あっという間の苦労の無い大人の成功だけを見た幼児が示した根性の無さと対照的に、大人がおもちゃを動かせるまで30秒間格闘しているのを観察した幼児は、遊ぶために彼ら自身の複雑なおもちゃを与えられた際に、辛抱強く挑み続けた。(Sk)

Science, this issue p. 1290; see also p. 1236

殺虫剤規制のためのより良い制度 (A better system for pesticide regulation)

農産業では、何百ものさまざまな殺虫剤が用いられる。 展望記事において、Milner と Boyd は、これらの物質の環境影響を理解するのに、あまりにも少ない情報しか利用できないと論じている。 医薬品の規制を引き合いに、彼らは、販売承認後の殺虫剤の環境影響の日常的監視のため、「殺虫剤警戒」の制度を導入すべきであると提案している。 そのような制度は、製造者と栽培者に殺虫剤の使用と効果を監視する責任を負わせ、それらの危険性と利益の系統的影響評価を可能にするであろう。(Sk)

Science, this issue p. 1232

移植片対宿主病でT細胞に対処する (Tackling T cells in GVHD)

移植片対宿主病(GVHD)は、幹細胞移植の結果生じることがあるが、組織提供者の幹細胞に由来するエフェクター T 細胞が媒介する。GVHD は提供者由来の制御性 T 細胞により抑止可能である。 そのため理想的な治療法は、エフェクター T 細胞を抑制すると同時に、制御性 T 細胞の応答を可能にするべきである。 Tkachev たちは、ヒト以外の霊長類モデルで、そのような治療法が可能であることを示す有望な結果を見つけた。 細胞成長の調整因子である mTOR の抑制が、T 細胞分化を調整する OX40L の遮断との併用によって、障害性 T 細胞を低減したが、制御性 T 細胞の活性を保存した。 この併用療法は、モデル動物であるサルの生存を高める結果となった。(MY,kh)

【訳注】
  • GVHD:提供者の組織(移植片)に混在した提供者の免疫細胞が、患者(宿主)組織を異物と認識して攻撃することで生じる疾患。 多くの場合、患者の皮膚や腸、肝臓が攻撃される。
  • エフェクター T 細胞:抗原提示を受けて最終段階まで分化し、免疫応答に直接関わる T 細胞。 ヘルパー T 細胞や細胞障害性 T 細胞が含まれる。
  • mTOR:増殖因子と栄養シグナルに応答して、細胞の増殖と分裂を促進する多機能キナーゼ(リン酸化酵素)の一種。
  • OX40L:CD4 陽性 T 細胞および CD8 陽性 T 細胞上に発現する受容体である OX40 に結合するリガンドタンパク質。 抗原提示細胞上に発現し、OX40 との結合で、T 細胞の増殖やサイトカイン産生の増強に関わる。
Sci. Transl. Med. 9, eaan3085 (2017).

ウィルスのヘリカーゼの勢いをそぐ (Killing viral helicases)

進化的に保存された病原体関連分子の認識は、自然免疫応答を促す。 Naiyer たちは、KIR2DS2 と呼ばれるキラー免疫グロブリン受容体(KIR)がナチュラル・キラー(NK)細胞の活性化を促進することを報告している。 KIR2DS2 は、フラビウイルス RNA ヘリカーゼ由来のペプチドを、それが HLA-C*0102 と呼ぶ特定のヒト白血球抗原(HLA)対立遺伝子によって提示されたとき、認識する。 2 つの異なるペプチド断片(LNPSVAATL と MCHAT)が KIR2DS2 によって検知される。 LNPSVAATL は C 型肝炎ウイルス単離物全体で保存されている。 MCHAT は、デング熱、Zika および黄熱病を含むいくつかのフラビウイルスにおいて保存されている。 したがって、単一の KIR 受容体が、複数の病原性ウイルスに応答して NK 細胞を活性化するよう進化した。(KU,kj,kh)

Sci. Immunol. 2, eaal5296 (2017).