AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 25 2017, Vol.357

ヒ素で汚染された飲料水 (Arsenic-contaminated drinking water)

世界の多くの場所において、周囲岩石からのヒ素の自然溶出による地下水汚染が重大な健康への脅威となっている。Podgorskiたちは、パキスタンの地下水のヒ素汚染に関する体系的な被害範囲と危険度の地図を生成した。広大なインダス川氾濫平野の飲料水の多くが、ヒ素の危険水準まで汚染されているおそれがあり、およそ5000から6000万人をヒ素汚染の危険に曝している。このようにインダス川平原の飲料水用井戸の包括的な調査が求められており、危機的状況を緩和するための転換が必要となっている。(Uc,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700935 (2017).

ねじれと曲がりを最大限に利用する (Making the most of twists and turns)

小型の携帯用電子機器及びウェアラブル装置の進歩は、機械的動きからエネルギーを取り出す方法に関する希望を高めた。このような方法は、場所をとらない電池不要の電力を供給するために使用可能かも知れない。Kimらは、ねじれと伸長の動きからの機械エネルギーを電気エネルギーに変換するカーボン・ナノチューブの糸から作られたエネルギー収穫装置を報告している。筆者らは、糸のねじれの度合と同じ向きにおよび向きが混ざって巻いた糸のその組み合わせがどのように発電力を最大化できるかを明らかにしている。(NK,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 773

免疫寛容性T細胞はプロバイオティクスを必要とする (Tolerogenic T cells need probiotics)

CD4+CD8αα+二重陽性上皮内リンパ球(DP IEL)は、経口免疫寛容を含む様々な免疫応答に関与すると信じられている最近発見されたクラスの腸内T細胞である。 この細胞は、無菌マウスには存在しないが、その発生を促進する機構は不明である。 Cervantes-Barraganたちは、プロバイオティック細菌の特定の種である乳酸桿菌レウテリ(Lactobacillus reuteri)がDP IELを誘導することを見出した。これは、免疫系を直接刺激することによっては起こらない。 代わりに、L.reuteriは、DP IEL前駆体の分化を促進する食物トリプトファンの特異的誘導体を生成する。 これらの知見は、良性の細菌、食生活、および腸の健康との間の微妙な相互作用の重要性を示す。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • プロバイオティクス:人体の健康に良い影響を与える生きた微生物(乳酸菌やビフィーズ菌等)
  • 経口免疫寛容:食物中に含まれるタンパク質等の多量の抗原物質に対して免疫反応を起こさないこと
Science, this issue p. 806

水で表面を映像化する (Imaging surfaces with water)

現実の材料の表面はしばしば化学的に大変不均一で,表面酸性度のような単純な特性でさえ,その報告値は多くの事例で大きく異なることがある。Macias-Romeroたちは,界面水の配向からの第二高調波発生に基づいて,表面を映像化する顕微鏡法を開発した(HungerとParekhによる展望記事参照)。彼らは溶液のpHを変えることで,ガラス・マイクロピペットに沿った二酸化ケイ素の脱プロトン化を追跡し,表面酸性度がマイクロピペット全体の平均から大きく外れた沢山の領域を見つけた。(MY,kh)

Science, this issue p. 784; see also p. 755

皮膚における毛包パターン形成の機構 (Mechanics of follicle patterning in skin)

皮膚の器官形成の研究は,分子の周期的前駆パターンが,毛や羽毛の周期パターンの開始を担っていることを前提としてきた。しかしながら今まで,これらの開始分子はよく分かっていないままだった。Shyerたちは,ニワトリの皮膚をモデル系として用いることで,羽毛の周期的スペース配置が,分子的な事象というよりも機械的事象で引き起こされることを見つけた(Grillによる展望記事参照)。さらに,これらの機械的事象は,前駆羽毛の構造およびその分子種の両方を作り上げる。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 811; see also p. 750

ぴったりの光に順応する (Adapting to the right light)

植物では,光化学系II が,太陽光を化学エネルギーに転換する装置機構での第1段階を担うタンパク質複合体である。このタンパク質複合体は,光エネルギーを集めるアンテナ複合体(LHCII)と,水を酸素とプロトンに分割する反応中心を含有する二量体コアから構成される。Suたちは,二量体の中核部,強く結合した2つのLHCII,それに適度に結合した2つのLHCIIからなる超複合体の,低温電子顕微鏡による構造を報告している(Croceとvan Amerongenによる展望記事参照)。強い光の下では,適度に結合した2つのLHCII が離れて集光効率を下方制御し,損傷を防ぐのかも知れない。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 815; see also p. 752

ジカ・ウイルスに対して経験が重要 (For Zika virus, experience counts)

免疫系にとっては,習うより慣れろである。前に感染に暴露したことが,より強力でより迅速な記憶免疫応答を生じさせる。しかし,似てはいるが同一ではない感染に対して、免疫系はどう応答するのだろうか? Rogers たちは,以前にジカ・ウイルスと近縁関係にあるデング・ウイルスに暴露されたことのある人々とない人々における,ジカ・ウイルス感染に対する中和抗体応答を追跡した。ジカ・ウイルス感染は,すでに存在するデング・ウイルスに対する免疫応答を刺激したが,この交差反応はジカ・ウイルスに対して,ほとんど中和効果がなかった。それに対し,新たに獲得されたジカ・ウイルスに対する免疫応答は中和効果が強力だった。このためジカ・ウイルス・ワクチンは,デング・ウイルス亜型にはない抗原決定基を標的にすべきである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 中和抗体:抗原に結合し,抗原の毒性や活性を減退または消失させる抗体のこと。
  • 交差反応:産生した抗体が,その抗体産生反応を引き起こした抗原以外の類似した抗原に結合すること。
Sci. Immunol. 2, eaan6809 (2017).

季節性の食事、季節性の微生物叢 (Seasonal diets, seasonal microbiota)

タンザニア西部のハッザ族の間では、数百人の人々が今も狩猟採集民として小さな集団で生活し、 食料源を野生の環境のみに頼っている。Smitsたちは、これらの人々の微生物叢が、様々な種類の食料の入手可能性の季節性変動を反映していることを見出した(Peddadaによる展望記事参照)。雨季と乾季の間で、彼らの腸の微生物群に顕著な違いが観察された。そこでは、ある分類群は明らかに消滅し、その季節が巡ってくるまで再出現しなかった。ハッザ族の微生物叢と都会化された様々な人々の微生物叢とのさらなる比較により、微生物群組成の明瞭に異なる諸形式が明らかになった。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 802; see also p. 754

ピッチ知覚の脳の仕組み (Brain mechanisms of pitch perception)

ある単語を強調するために、我々は簡潔にピッチを上げる。これだけで、文章の意味を変化させることができる。Tangたちは、臨床的に監視されている神経外科患者に対して、高密度の脳記録を実施した。彼らは、聴覚皮質にある高度に特化された専用の神経集団により、音調のピッチが表現されることを発見した。他と異なるある皮質部位が、音声信号から実時間で音調情報を抽出した。これらの部位は、音素や話者に関する情報のような、音声の他の重要な側面を符号化する部位と混在していたが、機能的には独立していた。(Sk,kj,nk)

【訳注】
  • ピッチ:周波数の混在した音声を知覚した際の心理量で、主として刺激の周波数成分に依存するが、音圧、波形にも関係する
  • 音調:音声の高低やイントネーション
  • 音素:語の意味を区別する音声の最小単位
Science, this issue p. 797

動的な血管表面 (Dynamic vascular surfaces)

血管は、血液細胞および循環細胞のための受動的な導管で、自発的な機能としてはせいぜい外因性サイトカインに応答するくらい、と長い間考えられてきた。しかしながら、最近の研究は、血管が循環と組織との間の非常に動的な界面として機能することを示した。AugustinとKohは、さまざまな器官における血管の発生と機能に関する分子機構を総説している。分化した血管内皮細胞は一種の敷石状の単層として発生し、体内で最大の表面の一つを形成する。血管による組織微小環境の制御は、正常組織の発生と恒常性だけでなく、炎症からガンに至る病状に対しても重要である。(NA,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. eaal2379

アクチンは卵の染色体分離を助ける (Actin helps chromosome segregation in eggs)

紡錘体微小管は、卵の発生中に染色体の分離を調整することが良く知られている。しかし、他の主要な細胞骨格成分であるアクチンは、このプロセスにおいて役割を果たしているとは考えられていなかった。 MogessieとSchuhは、染色体が哺乳類細胞でどのように分離されるかを調べた(MaiatoとFerrasの展望記事参照)。すべてが微小管依存的な機構を使うのではなく、哺乳類の卵母細胞はFアクチンからなる別のの紡錘体を使用して自らの染色体を正確に分離する。 紡錘体に関連するアクチンは、微小管を染色体分離を駆動する重要な構造である機能的動原体線維に束ねる。紡錘体中のアクチン線維数の増減は、動原体線維の束に不均衡をもたらし、これがヒトにおける流産およびダウン症候群の頻度の高い原因である、染色体分離エラーと異数性をもたらす。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 異数性:不完全な染色体分離による染色体の不足、過剰による異常。通常体細胞は2本で対を形成するがこれが1本とか3本とかになる
Science, this issue p. eaal1647; see also p. 756

ウイルスとその強化(A virus and its reinforcement)

腫瘍崩壊ウイルスは、肝細胞ガンを含む様々なガンに対して効果的であり、ウイルス治療は、人々の中に有効性の証拠を示しつつある。 Zhangたちは、肝細胞ガンに対するその有効性をさらに高めるためにM1と呼ばれる腫瘍崩壊ウイルスにペアとなる化合物を探索すべく高処理の薬剤スクリーニングを行った。 彼らは、バロシン含有タンパク質の阻害剤を同定し、次にM1と共にそれを使用し、ガンのマウス・モデルでこの処方の有効性を実証した。 さらに、この組み合わせは霊長類において十分に許容され、これはこの薬剤とウイルスの組み合わせがヒト患者に移行可能であることを示唆した。(KU,kh)

【訳注】
  • 腫瘍崩壊ウイルス:正常細胞では増殖できず、ガン細胞でのみ増殖できるようにした遺伝子組み換えウイルス
  • バロシン含有タンパク質:ATP分解酵素でパーキンソン病等の神経変性疾患に関与している
Sci. Transl. Med. 9, eaam7996 (2017).

流れに身を任せる (Go with the flow)

生物学で用いるアクアポリンのような、多数の狭い細孔の流路においては、水の促進輸送が生じる。Tunuguntlaたちは、細いカーボン・ナノチューブ(CNT)を通した分子輸送を、徹底的に明らかにした(SiwyとFornasieroによる展望記事参照)。それまでの研究とは対照的に、著者らは、脂質二重膜に埋め込まれた比較的短い(~10-nm)CNTの断片を通過する、水とイオンの輸送に焦点を合わせた。水分子を一列に並ばせるようなチューブの強い拘束が、生物学的水輸送で観察されるものと比べて、非常に加速された水流を生み出した。輸送速度を決める主な要因は、チューブに入って行くために必要な、分子間水素結合の同調性の再配置であった。さらに、ナノチューブの入り口の電荷を変化させることにより、著者らはイオン選択性を変化させることができた。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • アクアポリン: 細胞膜に存在する細孔(pore)を持ったタンパク質のこと.
Science, this issue p. 792; see also p. 753

渦の生と死に取り組む (Tackling the life and death of whirls)

乱流系のエネルギーは、粘性運動によって散逸するまで、大きな渦からより小さな渦に移動する。これがどのように働くのか厳密にはその詳細は不明であった。その理由の一つは、多くの長さ尺度を含む流体現象を、3次元で時間を追ってシミュレーションすることの困難さのためである。Cardesaたちは、乱流渦の生成と消滅に対して特徴的な長さスケールを示す、水のような流体の大規模数値シミュレーション結果を与えている。この研究方法は、大気やプラズマ、および、他の複雑系におけるエネルギー移動の理解に拡張することができる。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 782

二次元結晶の繰返し成長 (Cycling 2D crystal growth)

oS2やWSe2のような二次元(2D)遷移金属ジカルコゲナイドの電気的および光学的特性は、これらの材料から面内超格子やヘテロ構造を作り出すことにより、調節できる可能性がある。しかしながら、これらの材料の単一層は脆く、その後の成長段階で必要とされる処理条件に耐えられないことが多い。Zhangたちは、熱分解や不要な結晶核形成を回避する、逆流型反応器を開発した。彼らは、MoS2がWS2コアを取り囲む2Dヘテロ構造や、WS2とWSe2間で組成が交互に入れ替わる超格子のような、ブロックごとでのエピタキシャル成長のいくつかの例を実証している。(Sk,kh)

【訳注】
  • カルコゲナイド: カルコゲン元素 (S,Se,Te) との間の化合物
Science, this issue p. 788

YAPはドーパミン作動性ニューロンを支える (YAP supports dopaminergic neurons)

パーキンソン病の患者は、ドーパミン作動性ニューロンと運動制御の進行性消失を経験する。 Zhangらは、マウスで転写補因子YAPがドーパミン作動性ニューロンの生存を促進することを見出した。 YAPは、細胞外基質タンパク質のラミニン-511のインテグリンへの結合により活性化された。 YAPは次に転写的に、分化因子群と、アポトーシスに関わるタンパク質PTENの濃度を減少させる、あるマイクロRNAを活性化させた。 これらの知見は、以前は不明だったニューロンでのYAPの役割とパーキンソン病患者でのドーパミン作動性ニューロンの生存を促進するかもしれない経路を明らかにする。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • YAP(yes-associated protein): Hippo 経路(細胞の増殖や生死・分化などを制御して、組織の細胞数を調節し器官の大きさや組織の恒常性維持するがん抑制信号伝達経路の一つ)の中心的な役割を果たす転写共役因子の一つで、さまざまな遺伝子発現の誘導を介して細胞増殖を促進し細胞死を抑制することで Hippo 経路のエフェクターとして機能する。
  • ラミニン:細胞外基質の基底膜を構成する巨大タンパク質で、細胞接着や増殖に深く係わる。
  • インテグリン:細胞表面の原形質膜にある細胞接着分子で、細胞骨格と細胞外基質をつなぐ。
  •  
  • アポトーシス:遺伝子によってあらかじめ決められたプログラムに従ってもたらされる細胞死。
  •  
  • PTEN:腫瘍抑制機能をもつ脱リン酸化酵素の一つ。アポトーシスの抑制や細胞増殖などに重要な役割を果たすがん原遺伝子の細胞内信号伝達分子の働きを制御する
Sci. Signal. 10, eaal4165 (2017).

C-CおよびC-H結合の両方を首尾よく切断する (Slicing through both C-C and C-H bonds)

様々な触媒は4員炭素環の歪み結合を切断し、次いでその末端を反応性の相手に結合させることができる。Benderたちは、二重機能のルテニウム触媒が、まず環をこじ開けた後に、従来非反応性とされてきた相手に結合を形成できることを見出した。彼らはその反応を用いて、シクロブテノンをジオール中の隣接する飽和炭素中心に結合させた。 この方法は、ポリケチド天然物に共通の構造を効率的に作った。 反応は脱水素反応を経て進行し、開いた環をケトール試薬またはジオン試薬に容易に結合させることができる。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 779