AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 16 2017, Vol.356

菌類向けの食べ物 (Food for fungi)

非常に多くの植物は,アーバスキュラー菌根菌との共生関係をその根で作り上げている。この菌は無機物の微量栄養素を,土壌から植物へと送り,植物はこの菌に有機栄養素を供給する。JiangたちとLuginbuehlたちは,この交換の一環として,植物が自身の共生菌に脂質を供給することを見つけた。このようにして,菌の代謝要求のために強固な炭素資源を菌に提供するのである。(MY,kh)

【訳注】
  • アーバスキュラー菌根菌:およそ80%の陸上植物と共生している菌根菌のうち,宿主の皮層細胞内に菌糸を侵入させるもの
Science, this issue p. 1172; p. 1175

製薬でも流れに乗れ (Go with the flow in drug manufacturing)

多くの日用化学製品は連続流通法で製造されるが、医薬品は今もなお大部分が大規模な単発のバッチ法で製造されている。Coleらは、現在の適正医薬品製造基準のもとで、抗がん剤候補であるプレキサセッテル・モノ乳酸・一水和物を1キログラムを越える量の小容量・連続的合成に関する実施手順について報告している。この方法の利点は、反応と精製段階の両方で収率と選択性の改善のみならず、危険な試薬と中間体のより安全な取り扱いを含んでいる。 並行する分析モニタリングはまた、製造行程中の迅速な問題解決を容易にした。(ST,KU,ok,kh)

【訳注】
  • バッチ法:反応容器中に反応にあずかる物質を一度に仕込んで合成する方法
  • プレキサセッテル:低分子チェックポイント・キナーゼ阻害剤
Science, this issue p. 1144

より大きく、より狂暴に (Bigger and badder)

段階的増大仮説は、捕食者の大きさは今まで長い時間で増大してきたが、それが被食者の運動性や防御力の増進につながっていると仮定している。この仮説は、有力ではあるが、検証が困難であった。Klompmakerたちは、5億年にわたる二枚貝の貝殻で、捕食者が空けた孔を観察した。空孔の大きさは増大していたが、被食者の大きさは比較的一定のままであった。 この捕食者-被食者の変化する寸法比は、食べられる被食者の数が増大したらしいことを示唆しており、このような比は、複雑な食物連鎖網や栄養価の高い被食者が得られることで可能となった。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1178

地震を雨期までとっておく (Saving earthquakes for the wet season)

地震は、間隙水圧の変化のような、地殻応力の変化によって引き起こされることがある。その結果として、地震が多発するカリフォルニアでの雨期と乾期の繰り返しが、地震発生率に影響するはずである。Johnsonたちは、過去9年の詳細な地震の記録を高分解能GPSデータと結びつけることにより、これが本当に事実なのかどうかを問うた。応力のわずかな変化が、実際に地震のタイミングに影響しており、それにより年間の水文学的負荷の周期変化が、カリフォルニアの微小地震活動を調節していることが確認される。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 間隙水圧:地下水による地盤内の水圧
Science, this issue p. 1161

量子の電話で、地球を呼び出す宇宙 (Space calling Earth, on the quantum line)

量子通信網がうまくいくかどうかは、受信基地との間の長い距離を通して、もつれ光子を配送する能力に依存するであろう。これまで、自由空間での実証は、都市間または山頂間の見通しのきく中継機器に限定されてきた。散乱や干渉による減衰が、中継機器間の距離を100 km程度に制限してきた。Yinたちは、昨年打ち上げられ、特殊な量子光学機器を搭載した、「墨子号」衛星を用いた。彼らは、1200 km以上離れた受信基地に対する衛星起点のもつれの配送を、首尾よく実証した。この結果は、将来の世界的量子情報通信網の可能性を例証している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1140

鬱病感受性における年少期ストレス (Early life stress in depression susceptibility)

年少期のストレスと成人期の行動鬱病とのつながりは複雑だ。 Penaらは、マウスにおいて、ストレス感受性の特に強い発達初期の期間を限定す ることができた。この期間にストレスを受けたマウスは、成体期にストレスからの回復力が弱かった。 転写因子オルソデンティクル・ホメオボックス2(OTX2)によって調節される遺伝子は、成体期の鬱病に対する応答に感作を示した。年少期のストレスは後の鬱病の下地を築くことがあるかも知れないが、その準備刺激(priming)は適切な瞬間での介入によって元に戻すことができるかもしれない。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • オルソデンティクル・ホメオボックス2:前脳および中脳の神経前駆体ドメインで特異的に発現される転写因子
Science, this issue p. 1185

絶食の間に饗宴の準備をする (Preparing for the feast during the fast)

mTORC1として知られているプロテイン・キナーゼ複合体は、細胞代謝と栄養感知に重要な役割を果たす。 Di Maltaらは、絶食から摂食への移行の間に必要な代謝変化を調節する機構を解明した。飢餓の間、一対の転写因子が、mTORC1の活性とリソソームへのその補充に必要な一対のグアノシン三リン酸分解酵素の発現を促進する。 しかしながら、mTORC1活性はまたアミノ酸を必要とし、それは飢餓の間不足している。 それにもかかわらず、細胞はこのプロセスによって発動準備状態になり、栄養の再取り込み時には、mTORC1を効率的に再活性化し、そしてmTORC1はリソソーム表面に補充される。 この機構はがん細胞において特に重要である。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • プロテイン・キナーゼ:タンパク質分子にリン酸基を付加する酵素
  • グアノシン三リン酸ホスファターゼ:グアノシン三リン酸を結合し加水分解する一群の酵素あるいはタンパク質
Science, this issue p. 1188

現地の利害関係者の関与 (Engaging local stakeholders)

生態学的知識それ自体は、環境行動の変化を誘発しないことが多い。 したがって、生態学的課題の最前線にいる現地の利害関係者にとって、適応型生態系管理の選択がますます重要になってくる。 Fujitaniたちは、漁業の適応管理に関与するドイツの釣りクラブのメンバー181名について、多年にわたる調査を行った。 これらのメンバーは、標準的な講義だけを受けている者と比較して、生態学的な話題の知識を保持し、環境に配慮した行動を意図する傾向がより高かった。持続可能性に関連する現地の意思決定には、利害関係者を生態系管理に関与させることが重要となるであろう。(KU,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1602516 (2017).

がん細胞の部位特異的切り換え (A site-specific switch for cancer cells)

転移するためには、がん細胞は上皮(極性化および固定化)表現型から間葉(運動性および侵襲性)表現型に切り替わり、原発部位と転移部位の両方で播種し、コロニー形成しなければならない。 Zhouたちは、 長い非翻訳RNA H19が部位特異的マイクロRNAスポンジとして作用し、腫瘍細胞において上皮と間葉の間の切り替えを促進することを見出した。 原発部位および転移部位の上皮様表現型腫瘍細胞において、H19はマイクロRNAであるmiR-200b/ cを隔離し、最終的に遊走を阻害した。循環中の間葉様表現型播種細胞において、H19は異なるマイクロRNAであるLet-7bを隔離し、最終的に遊走を促進した。(KU,kj,kj)

【訳注】
  • 原発部位(primary site):がん細部が最初に生じた部位
  • マイクロRNAスポンジ:マイクロRNAを抑制することで、遺伝子サイレンシングに関与する
Sci. Signal. 10, eaak9557 (2017).

重要なものになるまでろ過する (Filtering through to what's important)

膜は、気体や液体の分離に広く用いられている。一連の気体対の分離についての歴史的解析は、流量を制限する膜透過性と、分離工程の質を制限する選択性の間のトレード・オフに、上限があることを示していた。Parkたちは、過去のこの上限を打ち破ろうとしてなされてきた進歩を総説している。ある着想は生体膜に由来していた。著者らはまた、難問が改善後の分離性能以外の領域に存在する事例についても、光を当てている。(Sk,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaab0530

静かにたるみを取る (Silently taking up the slack)

巨大地震は、固着した沈み込み帯の断層が突然滑るときに発生し、揺れを発生させ、津波を引き起こす。しかし、地震学的には静穏で低速な地震も、また、これらの危険な断層における滑りを開放する。Arakiたちは、海洋の掘削孔からのデータを示し、日本の沿岸沖の南海海溝近傍の 8回のスロー滑り事象を解析した。これらの事象は、6年間にわたるプレート収束の半分量まで対応する。この事象は定期的に発生するようであり、この地域の危険性評価に長期的な影響を有している。(Wt,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1157

病原体がゲノム変異を選択する (Pathogens select for genomic variants)

構造変異(SV)と呼ばれる、遺伝子の大規模な欠失と複製は、ヒトゲノム内で一般的であり、疾患と関連付けられている。 マラリアに対して選択的に感染しにくい型に関わるゲノム領域を調べることで、Lefflerたちは詳細なマッピングを用いて、重篤なマラリアの危険を推定40%低下させる特定のSVを特定した(Winzelerによる展望記事参照)。 アフリカの人びと(サハラ砂漠以南)からのデータは、集団がこのゲノム領域で異なるSVを持っていることを明らかにした。 さらに、高度に複雑なゲノム領域を詳細に調べることにより、著者たちは、原因となる可能性の高い要素を同定した。 この要素は、グリコホリン・タンパク質に影響を及ぼすハイブリッド遺伝子をコードしており、このタンパク質は感染したマラリア原虫によって用いられ、重篤な疾患に対する 抵抗力と関連する。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaam6393; see also p. 1122

3D空間における細胞の移動を助ける (Helping a cell to migrate in 3D space)

クラスリン被覆ピットは、受容体仲介のエンドサイトーシスに関与することがよく知られている。エンドサイトーシスにおけるその役割とは無関係に、Elkhatibらは、クラスリン被覆構造が、移動する細胞中のコラーゲン線維に沿って強く蓄積することを観察した。クラストリン被覆構造が線維上に組み立てられ、その後部分的に、そのまわりを包み込み、線維を挟んでいた。3次元(3D)ネットワークでは、この機構は、細胞突起に沿って複数の定着点(anchoring points)を提供した。クラスリン被覆構造が存在しない場合、突出部はより短く、移動が損なわれた。この接着モードは古典的な細胞接着斑(focal adhesion)と協働して、3D環境でがん細胞が動くのを助けているのかもしれない。(NA,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaal4713

一つの光源から生まれた二つの異なる光コム (Two different combs from a single source)

光コムは光学的な周波数範囲を櫛歯の密な間隔の並びに分割し, それは、分子の吸収スペクトルを並外れた精度で測定することができる。この精度をマイクロ波領域に拡張する一つの魅力ある方法は、マイクロ波周波数の大きさだけ櫛歯の並び間隔が僅かに異なる二つの光コムを同時に用いることであるある。その課題は、二つの光コムの同期維持を保証することである。Linkらは、同じ半導体レーザー光源から両方の光コムを発生させることで、この課題を解決している。この結果としての二重光コムは、水蒸気の高度に正確な吸収スペクトルをもたらし、そして、この方法は半導体レーザー源を調整することで光スペクトル全域に一般化できるかも知れない。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1164

長い焼き固め後の急速な噴火 (Quick eruption after a long bake)

ジルコンのような(ケイ酸塩)鉱物は、火山噴火前のマグマの貯蔵状況を記録している可能性がある。Rubinたちは、ニュージーランドのTaupo超巨大火山複合体からの7個のジルコン鉱物中のリチウム濃度の変化曲線と伝統的な 238U-230Th 年代決定法とを組み合わせて、マグマ貯蔵条件を決定した。そのジルコンはその寿命の90%以上を、噴火もせず、ほぼ結晶状態の、深部にあるマグマ溜りの中で過ごしてきた。そのジルコンは、最終的には、より高温で、より浅い、そして噴火可能なマグマ体に輸送され、そこで、噴火前のほんの数十年から数百年を過ごした。この結果は、大きな温度変化を伴うマグマ・システムに対して二段階モデルを示唆している。(Wt,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1154

電子放出時の詳細な観察 (A detailed look at an electron's exit)

光の連射が原子から電子をはじき出す場合、遅れての2個荷電粒子群検出が、非常に多くの断続的な量子力学的複雑性を覆い隠してしまう。Villeneuveたちは、強い赤外場のアト秒のパルス列から得た2個の光子によって追い出された、ネオン原子から出現したばかりの電子の、波のような性質における印象的な観察を提供している。位相分布はf波の特徴的な3つの節の構造を示しており、それは強い電場によるシュタルク・シフトで、3つの角運動量成分のもつれを解いてたった一つの磁気量子数0の波を選び出しているように見える。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • アト秒:10の-18乗秒
  • シュタルク・シフト:原子や分子に一様な外部電場をかけた時に、スペクトルが変化する現象
Science, this issue p. 1150

植生と気候のループ (The vegetation-climate loop)

陸生植物のバイオマスがまさに、大気中のCO2の増加、気候変動、他の人為起源の影響にちょうど応じて増大しているように、気候も植生におけるそれらの変化によって影響される。Forzieriたちは衛星の観測結果を用いて、植物の生育密度の測定指標である葉面積指数(LAI)の変化が過去数十年間を通じて、どのように地球のエネルギー収支と局地的な気候に影響を及ぼしているかを分析した。LAIの増加は表面反射率の低下を通じて亜寒帯地域を温暖化し、表面からの蒸発を増加させることで南半球の乾燥地帯を冷却することを助けている。更に言えば、より大きい植生密度の地域が、地表のエネルギー収支における急速な気候変動の影響を緩和するための、より大きい能力を発揮した。(Uc,nk,kh)

Science, this issue p. 1180

機能的および機能障害性の痛みにおけるマイクロRNA (MicroRNAs in functional and dysfunctional pain)

痛みは、私たちに危険を警告する有用な目的を果たしている。 しかしながら、慢性的な痛みは、機能障害性応答から生じることがある。 Pengたちは、一群のマイクロRNAが、生理的痛みと機能障害性痛みの両方の背後にある遺伝子ネットワークを調節することを見出した(CasselsとBardeによる展望記事参照)。有毛皮膚に見られる軽い接触を力学的に感知する受容器の部分集合を調節する遺伝子の動員は、機能障害性痛みの発生にとって決定的であった。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1168; see also p. 1134

共同研究にはうまみがある (Joined-up research brings rewards)

古代DNAの研究は,過去十年にわたって激増し,人の移動や人集団間の生物学的な関係についての洞察を与えている。Johannsenたちは展望記事で,古代人の移動に対する文化的な原因と結果の理解には,遺伝学者と考古学者の間の有効な連携が必要とされると論じている。例えば,紀元前六千年紀と三千年紀にヨーロッパへと移動した人集団は,文化的背景の大きな違いに遭遇し,この違いが移動集団と地域集団がどのように相互作用したのかに影響した。遺伝学と考古学を組み合わせる研究は,人類の歴史に対して根本的な洞察を生む可能性を持っている。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1118

KRASを標的とするアンチセンスの方法 (An antisensible approach to target KRAS)

KRASガン遺伝子の活性化を引き起こす変異は,肺ガンや膵臓ガンのような治療抵抗性の腫瘍型を含む,ヒト・ガンでよく見られる。KRASは,低分子での標的化が困難なことで悪名高い。この課題を克服するため,Rossたちは遺伝子技術に取り掛かり,KRASを阻害するためのアンチセンス・ヌクレオチド低量体に基づく治療法を開発した。このアンチセンス・ヌクレオチド低量体は,特別な運搬手段の必要を避けるため,皮下注射により全身に送り届けることができるよう化学修飾が施された。著者たちは,非小細胞肺ガンの複数のマウス・モデルでこの治療法の有効性を試験し,また,霊長類でその安全性を評価し,ヒトへの転用に適合する可能性を実証している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • KRAS遺伝子:細胞の増殖に関与する遺伝子の一つ。ガン細胞の受容体に上皮増殖因子が結合することで,ガン細胞のKRAS遺伝子が活性化されてガン細胞が増殖するが,変異したKRAS遺伝子では,上皮増殖因子からのシグナルがなくても遺伝子が活性化し,常に細胞増殖のシグナルを出し続け,ガン細胞を増殖する。
  • アンチセンス:ある配列のDNAやRNAに対して相補的な配列をもつDNA断片やRNA断片。センス鎖に取り付き遺伝子発現を阻害する。
  • 非小細胞肺ガン:組織学的に分類される肺ガンの1つで,肺ガンの約80%を占める。腺ガン,扁平上皮ガン、大細胞ガンなどが含まれる
Sci. Transl. Med. 9, eaal5253 (2017).

シス立体異性体に逆らって選ぶ (Selecting against cis conformers)

重合体を作るために1,3-ブタジエンを用いる前に,大量にエネルギーを消費する蒸留過程で類似炭化水素から分離される必要がある。Liaoたちは,亜鉛を用いた金属有機構造体が,1,3-ブタジエンのシス異性体を取り込むことができることを示している。1,3-ブタジエンのシス体は2つのπ結合の共役が壊れるため,ブタンやブテンより金属有機構造体との結合が緩やかである。彼らはこれによる優先的脱離を利用して,1,3-ブタジエンを大気条件下で99.5%以上の純度で分離した。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 金属有機構造体:金属イオンとそれらを連結する架橋性の有機配位子を組み合わせることで組み立てられる内部に細孔を持つ結晶性の高分子構造体
Science, this issue p. 1193