AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 9 2017, Vol.356

何故放射線は口腔乾燥症を引き起こすのか (Why radiation causes dry mouth)

頭部や首のガンをもっていて放射線を浴びる患者は頻繁に口腔乾燥症を患うようになるが、それは唾液腺の細胞死が原因ではない効果である。Liuたちは、放射線によって活性化されるイオン・チャンネルTRPM2が、Ca2+センサーであるSTIM1の切断と不活性化を誘発することで唾液生成を抑制することを発見した。放射線照射されたマウスにおいて、STIM1を過剰発現させると唾液生成が増加したが、それはSTIM1の損失を防ぐ戦略が、放射線照射と関連した口腔乾燥症を防ぐ可能性があることを示している。(Uc,KU,nk,kh)

Sci. Signal. 10, eaal4064 (2017).

磁気的マヨラナ・フェルミオンの観測は? (Sighting of magnetic Majorana fermions?)

絶対零度においても電磁スピンが秩序にまとまらない材料、すなわち量子スピン液体は物理学者の関心を惹きつけてきた。きわだって非常に高い目標は、励起状態としてマヨラナ・フェルミオンを持つハニカム格子上のスピンのネットワークである、いわゆるキタエフ(Kitaev)スピン・モデルにより記述される材料を発見することである。Banerjeeらは、キタエフ・スピン液体の出現場所になると予言されていたα-RuCl3単結晶に関する包括的な非弾性中性子散乱の研究を報告している。そのデータのエネルギー、運動量、及び温度への異常な依存性は、キタエフ・モデルと矛盾しない。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1055

分子の無秩序さを設計する (Designing molecular disorder)

メラニンは、天然色素の仲間であり、肌の色に影響を及ぼす主要因である。Lampelたちは、高分子色素の前駆物質としてのチロシン含有トリペプチドを基材とする、メラニン-インスパイアード(類想)物質を調べた。彼らは、トリペプチド集合体の超分子構造が、支配的な役割を果たしているチロシン残基の位置と共に、酵素酸化の最重要因子であることを見出した。従って、単純にペプチドの順序を変えることで、得られる重合体の光学的及び電気的特性を調整することが可能であった。(Sk,KU,kj,kh)

【訳注】
  • XXXーインスパイアード物質:XXXを発想の源とする物質
Science, this issue p. 1064

イオウとリンに共有することを教える (Teaching sulfur and phosphorus to share)

もし、実際の化学構造が模型キットのように機能し、あなたが、もしかして一つの分子から一つの原子団を抜き出してもう一つの分子に付加することができるとしたら、素晴らしいことではないだろうか? Lianたちは、まさにこの方法でパラジウムの触媒作用により、一対の有機イオウまたは有機リンの断片間で、アリル環を交換できることを報告している。彼らは、市販の熱可塑性硫化ポリフェニレンの単純な単量体への分解により、このイオウの交換を披露している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1059

彗星は地球の大気に寄与した (Comets contributed to Earth's atmosphere)

地球の大気中キセノンの起源に関するモデルは、付加的な, 何十年間も謎であり続けた未知の源を必要とする。Martyたちは、67P / Churyumov-Gerasimenko彗星から放出されたキセノンの同位体比を測定し、それらがこれまでは未知であった源と一致することを見出した。キセノンは、太陽系が形成される前から彗星内部の氷の中に閉じ込められていたらしい。彗星は、地球上のキセノンの約4分の1に寄与しており、これは、彗星によって地球に供給された他の物質(水のような)の量を拘束する。(Wt,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1069

局所マクロファージによる大掃除 (Local macrophage clean-up)

感染症,特に蠕虫や細菌によるものは,組織損傷を起こすことがある(BoucheryとHarrisによる展望記事参照)。Minuttiたちは,蠕虫による感染・線維症のマウス・モデルを研究した。これらのマウス・モデルでは,補体成分C1qファミリーのメンバーである肺サーファクタント・タンパク質Aが肺に発現し,これがインターロイキン-4(IL-4)-仲介の肺胞マクロファージの増殖と活性を高めた。この活性化は蠕虫を取り除き,肺損傷を低減した。腹膜では,C1qが細菌感染後の肝臓修復のためのマクロファージの活性化を促進した。Bosurgiたちによる異なる取り組みでは,マウスにおいて,肺中での蠕虫移動により引き起こされた創傷の後や腸炎症の際に,IL-4とIL-13が,アポトーシスを起こした細胞の存在下でのみ作用して,局在マクロファージによる組織修復を促進することを発見した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 補体成分:生体が病原体を排除する際に抗体および貪食細胞を補助する免疫系である補体系に関与するタンパク質群。
  • C1qファミリー:補体第一成分C1を構成するタンパク質分子の1つであるC1qの持つ標的分子認識用の球状C1qドメインを持っているタンパク質群こと
  • 肺サーファクタントタンパク質A:肺のⅡ型肺胞上皮細胞より産生・分泌される肺特異的なタンパク質の一種。肺胞腔内のリン脂質を一定量に保つ作用,および気道感染に対する自然免疫作用を持つ
  • 肺胞マクロファージ:単球由来の免疫担当細胞で、吸入に伴い肺胞上皮に沈着した粒子状物質を貧食する機能を持つ。
Science, this issue p. 1076, p. 1072; see also p. 1014

X染色体を不活性化するためのポリコーム工程 (Polycomb steps to inactivate X)

XX染色体の雌は、X染色体の1つを抑制する。 これには、Xistとして知られる非翻訳RNAがX染色体の一つを被膜し、染色質サイレンシング因子を補充するプロセスを含む。 ポリコーム複合体であるPRC1とPRC2はまた、X染色体の不活性化に関与することが知られている。 Almeidaたちは、 Xist RNAによるポリコーム補充の開始において、特定の複合体であるPCGF3/5-PRC1の重要な役割を明らかにしている。 彼らは更に、ポリコーム補充が、Xistを介した染色体サイレンシングと雌の胚発生に対して決定的に重要であることを実証している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ポリコーム群タンパク質複合体:ヒストン修飾を介した染色質修飾により遺伝子発現を抑
Science, this issue p. 1081

薬剤の神経毒性への手掛かり? (A clue to a drug's neurotoxicity?)

薬剤BIA 10-2474は、特定のエンドカンナビノイドを分解するリパーゼ、脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)を阻害する。 この活性に基づいて、BIA 10-2474は、不安と痛みの潜在的治療法として開発されていた。この薬剤の第1相試験では、一人の被験者が死亡し、他の4人が脳損傷を受けた。 BIA 10-2474による標的外タンパク質阻害が、その臨床試験の神経毒性に寄与している可能性があるかどうかを調べる最初の段階として、van Esbroeckたちは活性に基づくプロテオーム分析を用いて、その薬剤によって標的とされるタンパク質を同定した。 この臨床試験に関与していない被験者からのヒト細胞と脳サンプルを調べることで、彼らは、BIA 10-2474が、FAAHに加えて幾つかの異なるリパーゼを標的としていることを見出した。 それはまた、培養神経細胞における脂質代謝を大きく変化させた。(KU,kh)

【訳注】
  • エンドカンナビノイド:大麻に含まれる化学物質の総称であるカンナビノイドに対して生体内で作られるカンナビノイドをいう
  • プロテオーム分析: 構造と機能を対象としたタンパク質の, 細胞や時間ごとの大規模な研究のこと
Science, this issue p. 1084

マラリヤ原虫の遺物が骨量減少を起こす (Plasmodium leftovers cause bone loss)

マラリア患者は時として、骨量減少や発育阻害などの感染による長期的な影響を受ける。Leeらは、マラリヤ原虫の代謝副産物であるヘモゾインが骨髄に残って、骨量減少を引き起こす可能性があることを発見した。ヘモゾインを産生しない変異マラリヤ原虫に感染したマウスは、骨量減少を起こさなかった。ヘモゾインは、破骨細胞および骨芽細胞前駆体における炎症応答を誘発し、結果として骨吸収をもたらした。 感染した動物をビタミンD3の類似体であるアルファカルシドールで治療することで、この骨量減少を防いだ。(ST,KU,kj,kh)

Sci. Immunol. 2, eaam8093 (2017).

細菌の感知機構が明らかに (Bacterial sensing mechanism revealed)

大腸菌は膜貫通センサー・タンパク質を用いて、外部環境における硝酸塩を感知し、生化学的応答を開始する。Gushchinらは、膜貫通ヘリックスを含むNarQ受容体の感知部の結晶構造をリガンドの結合した状態と非結合状態とで比較した。その構造は、ピストン及びレバー様の動きが細胞内の応答調整タンパク質に伝達されることによるシグナル伝達機構を示唆している。このような二成分系は、細菌においてごく一般的であり、もっとわかれば、抗菌治療の標的を提供するかも知れない。(NA,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • NarQ:nitrate/nitrite sensor histidine kinase
Science, this issue p. eaah6345

樹状細胞系列の発生を追跡する (Tracing development of the dendritic cell lineage)

樹状細胞(DC)は免疫系の重要な構成要素で,骨髄から生じ,2つの主要細胞系列である形質細胞様樹状細胞と従来型樹状細胞を形成する。Seeたちは,単一細胞RNA塩基配列決定法と飛行時間法による細胞分析法を用いて,これら2つの細胞の発生経路の特性を明らかにした。彼らは、細胞表面の標識を形質細胞様樹状細胞と共有するが,機能的には異なる血液DC前駆体を特定した。前DCの集団におけるこの思いもよらない複雑さの水準は,さらなる細胞型の存在を明らかにし,既知の細胞型に対する理解を精緻化する。(MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 形質細胞様樹状細胞:特定のToll様受容体(病原体に関連する分子パターンを認識し自然免疫を作動させるパターン認識受容体)を発現し,病原体を認識してI型インターフェロンを産生する免疫細胞。
Science, this issue p. eaag3009

ホウ素酸を炭素酸と交換する (Swapping boron acids for carbon acids)

炭素の結合したホウ素酸およびそのエステルは,炭素-炭素結合を作るカップリング相手として広く用いられている。さらに最近では,これらの化学物質はそれ自体において,薬学分野の関心を引き付けてきた。Liたちは,フタル・イミド活性化剤を用いることで,カルボン酸をホウ素酸エステルと交換する,汎用性の高いニッケル触媒法について報告している。この反応は,複雑な分子を後期段階で化学修飾するのに向いている。著者たちはこの方法を用いて,試験管内で強力なヒト好中球エラスターゼの阻害剤を作った。ヒト好中球エラスターゼは,炎症性肺疾患治療で関心を引いている標的である。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 好中球エラスターゼ:タンパク質分解酵素の一つで急性肺障害における重要な障害因子として注目されている。肺に集積した好中球から遊離され,肺結合組織を分解し,急性肺障害を誘発させる。
  • ホウ素酸: ホウ酸のヒドロキシ基をアルキル基やアリール基で置換したものであり、炭素-ホウ素結合を含んでいる
Science, this issue p. eaam7355

線虫における利己的遺伝子相互作用 (Selfish genetic interactions in nematodes)

利己的遺伝子因子の影響と進化を特定することは、そのバイアスのかかった遺伝のために困難となる場合がある。 Ben-Davidたちは、線虫Caenorhabditis elegans において母性効果型致死を引き起こす利己的遺伝子因子を同定した(Phadnisによる展望記事参照)。この不適合性は、母系から託された毒薬と接合体の発現する解毒薬との間の相互作用から生じる。 興味深いことに、この解毒薬はpha-1遺伝子によってコードされており、pha-1は胚発生に必須の遺伝子として記述されてきた。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 利己的遺伝子:生物進化を遺伝子中心の視点で考えること。英国のR.Dawkinsの「The Selfish Gene」で広く受け入れられるようになった
  • 母性効果: 劣性の突然変異において個体(接合体)の表現型が, その個体の遺伝子型ではなく, 母親の遺伝子型に依存する場合をいう。
Science, this issue p. 1051; see also p. 1013

一般相対性理論は白色矮星の重さを計る (General relativity weighs a white dwarf)

背景の星からの光は、太陽の重力場によって曲げられる。1919年には、この効果を用いて、一般相対性理論の最初の証拠の一つが提供された。Sahuたちは、この概念を別の星に適用した。Stein 2051 Bと呼ばれる近傍の白色矮星は、より遠く離れたところにある通常の星の手前の近くを横切った (Oswaltによる展望記事参照のこと)。著者らは、背景の星の見かけの位置の, 天文学的マイクロレンズと呼ばれる効果である, 微小なずれを測定した。見かけの移動は一般相対性理論の予測と一致し、著者は白色矮星の質量を決定することができた。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1046; see also p. 1015

マウスを越えてワクチン研究を進める (Moving beyond mice for vaccine studies)

ワクチンの効果を高めるのにアジュバントを用いることができるということは長年知られてきたが,具体的なアジュバントの免疫応答に対する影響の仕方の機構的な違いは解明が始まったばかりである。Liangたちはヒトそっくりにまねたモデルを追求し,そこで彼らは,プロトタイプのHIV抗原をさまざまなアジュバントと併用して,非ヒト霊長類の筋肉内に免疫を作った。その後彼らは,免疫化した筋肉とリンパ節を調べて,抗原提示細胞と生じた獲得免疫応答の特徴を明らかにした。彼らの発見は,ヒト・ワクチン開発に対するアジュバント選択に関する有益な情報を提供するはずである。(MY,kh)

【訳注】
  • アジュバント:薬物の作用を補助したり増強したり改良する目的で併用される物質。
Sci. Transl. Med. 9, eaal2094 (2017).

ガラス状炭素から混成炭素へ (From glassy carbon to mixed carbon)

世界で最も硬い材料の一つ(ダイアモンド)を、最も軟らかい材料の一つ(グラファイト)と同じ原子炭素成分から鍛造することは、多くの化学を学ぶ高校生の興味を引き付けてきた。炭素のこの器用さは、炭素がsp3とsp2という異なる二つの結合状態で存在できるという、その能力に由来している。これら二つの状態が共存する材料は、材料科学者から強く追い求められている。Huたちは、適温でガラス状炭素を鍛造することで、独特な特性の結合を有する、一連のsp3-sp2混成物が得られることを報告している。X線回折、電子顕微法、および電子エネルギー損失分光法により、圧縮力がsp2結合グラフェン薄板のsp3節点での局所的座屈を引き起こし、長距離での無秩序さと短距離での秩序を持ったグラフェンの網状組織を形成することが明らかになった。この研究は、これまで達成できなかった特性の組み合わせを有する炭素系バルク材料を生み出す道筋を明らかにしている。(Sk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1603213 (2017).