AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 28 2017, Vol.356

両親よりももっとよくなることを求めて (Aspiring to do better than one's parents)

「アメリカン・ドリーム」は、勤勉さや機会がより良い人生へ導くことを約束する。何が良い人生を構成するのか、という点の詳細は世代から世代へと変化していくけれども、一つ変わらないことは、子供たちは彼らの両親よりももっと良くなることを、少なくとももっとうまくやるための適切な機会を得ることを期待するということだ。Chettyたちは、20世紀半ばに生まれた子供たちにとってこの夢が現実のものとなっていたことを示しているが、1984年に生まれた子供たちではその半分にすぎないことを示している(KatzとKruegerによる政策フォーラム参照)。より大きな経済成長よりも、経済成長のより等しい分配の方が、より多くの子供たちにその夢を充足させることになるであろう。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 398; see also p. 382

脳のパターン形成(Pattern formation in the brain)

発生中の脳のニューロンは、回路を構築するために協調する。Mountoufarisたちは、ほぼ50個の可変プロトカドヘリン遺伝子が組み合わせで決まる軸索個々のアイデンティティ・コードの土台となって数百万の嗅覚ニューロン軸索を約2000個の糸球体に仕分けしていることを見出した。同じ嗅覚受容器を持つニューロンは軸索を1つの糸球体へ収束させ、そしてプロトカドヘリンの多様性により、複数の軸索が集まる際に互いに接触することが可能になる。 一方、Chenたちは、 単一のC型プロトカドヘリンが、中枢神経系全体にわたってセロトニン作動性ニューロンをタイル状に張りめぐらせる基礎になっていることを見出した。プロトカドヘリンのアイデンティティが共通するこれらのニューロンは、隣接するニューロンに触れることがなければ、均一に広範囲に衰える。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • プロトカドヘリン:神経回路の形成過程において,機能的に同じグループに属するニューロンの軸索はまとまって伸長し束を形成するが、個々の軸索にアイデンティティーを持たせ、その認識により集団的な伸長をささえる役割をはたすタンパク質ファミリー。
Science, this issue p. 411, p. 406

リンを健康な形にする(Getting phosphorus into healthy shape)

ProTide(pronucleotide)の治療薬は、ヌクレオシド類似体を通常のリン酸の代わりに非天然のアミド亜りん酸で修飾することで、必要とする所でヌクレオシド類似体を得ることで、体を欺く。 これらの化合物は並外れた合成課題を提起するが、その理由はその立体配置がリンの位置で制御される必要があるからである:殆どの方法は炭素の幾何学的配置を操作するために精緻化されてきた。 DiRoccoたちは、 両方の反応パートナーを活性化することでヌクレオシド・アミド亜りん酸化の高い選択性を達成する、金属を含まない小分子触媒を報告している。 初期的原型を用いた動力学的研究は触媒に関する二重の役割を明らかにし、それがより活性で選択的な二量体構造の合理的設計を促した。(KU,kj.kh)

【訳注】
  • アミド亜りん酸:リン酸の3つのOHの一つがNH2に代わった分子
  • ProTide(pronucleotide)の治療薬:体内で切断されてヌクレオチドとなり薬効を発揮する薬剤
Science, this issue p. 426

真菌の生物発光を見る (Taking a look at fungal bioluminescence)

ある種のキノコは燃える炎なしに自ら光を発する。2000年以上昔のアリストテレスのこの記述以来の謎であったこの質問に取り組むことで、Kaskovaらは、キノコの生物発光の源を発見した。そのキノコは、これまでは解明されていなかった発光触媒経路において、基質の酸化ルシフェリンと酵素ルシフェラーゼを使用している。ルシフェラーゼは期待される以上により幅広い基質特異性をもち、結果として分析や可視化の技術において、生物発光を用いるための可能性を広げるかもしれない。(NA,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 自己発光:蛍もこの発光酵素ルシフェラーゼによって発光基質の化学エネルギーが光へと変換される化学反応による)
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1602847 (2017).

原子ソリトン隊列を可視化する (Imaging an atomic soliton train)

伝搬中その形状が変化しない波として定義されるソリトンは、光学媒体中など波が伝播する様々な環境で発生する。ボゾン原子からなる一次元チューブ中では、ソリトンが原子間の相互作用が斥力から引力に急に切り替えられる際に形成される。この切り替えが原子を凝集させて、ソリトン隊列を形成する。Nguyenらはほぼ非破壊的可視化技術を用いて、このソリトン隊列の力学を調べた。ソリトンは互いに反発し、呼吸(breathe)モードとして知られている集団振動を示した。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 422

亜鉛はリチウムに太刀打ちできる (Zinc can compete with lithium)

リチウム電池はいたる所で使われているが、材料の入手性に関する懸念だけでなく、その寿命や安全性に関してもまだ課題がある。亜鉛を基にした水性二次電池が代替案となるかもしれないが、繰り返し使用中の樹状突起の形成に悩まされてきた。Parkerたちは、亜鉛を三次元スポンジ状に形成すると、ニッケルと一緒に用いて、深放電可能な一次電池を作り上げることが可能であることを示している。またこのスポンジは、何千回も繰り返し使用可能できてリチウム・イオン電池に太刀打ちできる、二次電池を作るためにも使用可能である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 415

ウマの家畜化の古代ゲノム科学 (Ancient genomics of horse domestication)

ウマの家畜化は、人類の文化の進化において影響力が大きい出来事であった。Libradoらは、家畜化が始まった4千年から2千年前頃の青銅器時代と鉄器時代の14頭のウマからゲノム配列を得た。彼らは、毛色を決定する変異体と家畜化の過程で選択された遺伝子を同定した。彼らはまた、家畜化後にも野生ウマとの交配があった証拠と、それに関連して、有害な変異体の蓄積を含む家畜化過程に関する個体群統計をも知ることができた。ウマは、単に食用として家畜化された動物とは異なるタイプの家畜化過程を経てきたようである。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. 442

高感度かつ特異的CRISPR診断 (Sensitive and specific CRISPR diagnostics)

非常に低レベルであっても、病原体の存在を知らせる核酸を容易に検出することのできる方法が、必要とされる。 Gootenbergたちは、特定のRNA配列とDNA配列を検出するために、リコンビナーゼ・ポリメラーゼ増幅方法とCRISPR-Cas13aの対立遺伝子特異的検出能力を組み合わせた。この方法は、病原菌の存在だけでなく、アト・モル濃度のジカ・ウイルスをも検出した。それはまた、無細胞DNAからヒトの遺伝子型同定を行うために使用可能かも知れない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • リコンビナーゼ:遺伝子の組み換えを行う酵素
  • 無細胞DNA:血漿や血清から直接抽出したDNA。様々なサイズの断片となっている
Science, this issue p. 438

建築を現場で考える (Thinking local about building)

特注生産は一般に、小さい特殊化された部品と設計を連想させる。しかしながら、ずっと大きな建物や物体を作るために、様々な新しい道具が開発されつつある。Keatingたちは、建築用材料として、砂、圧縮された土、氷、再利用樹脂、それに鎖を利用する、太陽電池駆動の一連のロボット・アームにより、直径15メートルの天井の開いた半円形の構造物をうまく建設した。このロボットは、実時間的情報を用いてその工程を調整し、その現場の条件に適応できるようにした。(Sk,ok,kh)

Sci. Robot. 2, eaam8986 (2017).

脳における単一細胞多様性 (Single-cell diversity in the brain)

生物体を構成する細胞は,すべて1つのゲノムから出発するかもしれないが,体細胞変異の結果として,生物体を構成する個別細胞のゲノムが,発生系統に沿ったどこかで分化する。McConnellたちは,脳の機能に対して,単一細胞ゲノムが持つ多様性の影響や原因について概説している。可動性遺伝因子やDNAの修復エラーで引き起こされる体細胞変異が,ある種の精神神経疾患の根底にあるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 可動性遺伝因子:ゲノム内での移動や挿入が可能なDNA断片のこと。トランスポゾンやプラスミドなどが含まれる。
Science, this issue p. eaal1641

要求対応の生殖細胞 (Germ cells on demand)

動物とは異なり,植物は生殖細胞系列をしまいこむことはない。その代わり,生殖細胞は体細胞系列から要求に応じて発生する。Zhaoたちは,小さな植物であるシロイヌナズナで,体細胞から生殖細胞発生への移行を管理する調節経路について調べた(Vielle-Calzadaによる展望記事参照)。胚珠の発生には早い段階で,転写因子WUSCHEL (WUS) が必要だった。その後間もなく,サイクリン依存性キナーゼを介して作用する3つの阻害剤が,転写抑制因子によるWUSの下方制御を可能にした。これが,種子ごとの生殖単位数を1に制限しながら,減数分裂への扉を開いた。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 調節経路:遺伝子発現の分子レベルの過程である遺伝子の転写に対し,その開始を促進したり抑制する経路のこと
  • 転写因子:転写を制御するDNA領域に特異的に結合し,転写過程を促進,あるいは抑制するタンパク質
  • WUS:シロイヌナズナにおいて,その成長点である茎頂の分裂組織で成長を停止させないよう,幹細胞維持に作用することが知られているタンパク質
  • サイクリン依存性キナーゼ:細胞分裂の進行の可否を監視する2種のタンパク質のうちの1つ。
Science, this issue p. eaaf6532; see also p. 378

昔からの抗がん剤が見せる新たな分解特性 (An old cancer drug's degrading new look)

通常、臨床試験において少数の患者のみしか助けないと判明した抗がん剤はその先の追究は取り止めとなる。将来の精密医学の世界では、 これが変わるかもしれない。そこでは、バイオマーカーが特定薬物を最も反応しそうな患者に組み合わせるだろう。 Hanらは、以前に固形腫瘍患者に試験されたスルホンアミドであるインジスラムと呼ばれる抗がん剤の作用機序を明らかにした。 インジスラムととその同系のスルホンアミドは、mRNA前駆体スプライシングを遮断することによって細胞を死滅させた。 この薬物は、CUL4-DCAF15ユビキチン転移酵素へ「接着」することによって、特定のRNAスプライシング因子を分解の標的とした。がん細胞株の実験は、これらの薬物の臨床試験は今後、DCAF15発現レベルが高い白血病とリンパ腫に焦点を当てるべきであることを示唆している。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • mRNA前駆体スプライシング(pre-mRNAスプライシング):mRNA前駆体にあるイントロン部を除きタンパク質配列を示すmRNAをつくることをいう
  • ユビキチン:他のタンパク質の修飾に用いられ、タンパク質分解、DNA修復、翻訳調節、シグナル伝達などさまざまな生命現象に関わるタンパク質
Science, this issue p. eaal3755

太陽熱が湿気の回収を手助けする (Solar heat helps harvest humidity)

大気中の湿気や水滴は、特に乾燥した環境では当たり前の低い相対湿度(RH)水準では、莫大な淡水資源となる。水はゼオライトのような微多孔質材料により吸着されるが、多くの場合、このような材料から水を遊離するには、あまりに多くのエネルギーを必要とし実用的ではない。Kimたちは、狭いRH範囲で水分吸収が急峻に増大する有機金属構造体(MOF)材料を用いて、この材料を加熱するのに自然の太陽光のみを利用して水を回収した。彼らは、20% RHで、毎日、MOFのkgあたり2.8リットルの水を得た。(Sk,KU,ok,nk,kj)

Science, this issue p. 430

クエーサーのペアを用いて滑らかさを計測する (Using quasar pairs to measure smoothness)

銀河間の空間は、銀河間物質(intergalactic medium IGM)として知られている希薄な気体で満たされている。様々なの赤方偏移を示すIGMの中で水素原子の存在は,背景にあるクエーサーのスペクトル中に一連の吸収線として刻み込まれている。Roraiたちは、空間的に近接したクエーサーのペアを調べ、それら吸収線がどのように類似しているかを横方向の隔たりと赤方偏移の関数として定量化した。これにより、彼らは、比較的小規模--銀河の数倍の大きさ--での IGM の平滑さを評価した。その結果は、紫外光子による加熱現象のような、銀河とIGM間の相互作用に制約を課すものである。(Wt,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 418

力が配向に依存する場合 (When forces depend on orientation)

配向性をもった付着で、小さな核や結晶は集合してより大きな結晶を形成するが、これは相補的な面が互いに近接した場合だけである。これは、二つのナノ結晶の間に働く力に、配向依存性があることを意味するのであろうか? Zhangたちは、ルチル型TiO2ナノ結晶間に働くファンデルワールス引力を測定するための、精巧な方法を報告している。彼らは、環境制御型透過電子顕微鏡法で現位置での接触点を画像化し、それによって粒子間距離を正確に測定することを可能にした。これにより、ナノ結晶の配向、表面の水和、および相互作用の間の関連が解明された。この結果は、結晶間にはトルクを生じさせるのに十分な力が働き、確実に相補的な面での相互作用が生じることを示唆している。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • ルチル型:二酸化チタン結晶からなる金紅石 (ルチル) の示す正方晶系の結晶構造
Science, this issue p. 434

正しい木を植える (Plant the right tree)

都市の樹木は、有害な微粒子を大気から取り除き、都市住民の身体的および精神的健康を高めるなど、重要な機能を果たている。しかし、WillisとPetrokofskyは、展望記事において、すべての樹木が同じように有益であるわけではないと解明している。粒子状物質の取り込みは、樹木の種に応じて大きく異なる。また、樹木の大きさや形も重要である。なぜならば、大きな木は大気汚染を閉じ込めることができるためである。特定の樹種からの花粉は重度のアレルギー反応を引き起こすことがある。都市における植林活動は、単純な美的観点を越えて、都市生活改善のため、個々の樹種の明確な長所と短所への配慮に移っていくべきである。(Wt,kh)

Science, this issue p. 374

インターフェロン非依存性の抗ウイルス防御 (Interferon-independent antiviral defense)

通常、抗ウイルス応答は、インターフェロンの産生によって開始され、それがSTAT1とSTAT2のリン酸化と活性化を促す。転写調節因子IRF9との複合体において、これらの転写因子は抗ウイルス遺伝子の発現をもたらす。 Wangらは、インターフェロン刺激と同じ遺伝子発現が、リン酸化されていないSTAT1とSTAT2によってもインターフェロンの産生またはシグナル伝達がないときに、IRF9と複合体を作って仲介され得ることを報告している。 この複合体はウイルス感染から細胞を保護した。したがって、これは恒常性のあるインターフェロン非依存性の抗ウイルス応答を仲介している。(Sh,KU,kj)

Sci. Signal. 10, eaah4248 (2017).

肥満関連の糖尿病における肝臓T細胞 (Liver T cells in obesity-associated diabetes)

肥満は,循環器疾患や2型糖尿病を含む,様々な病気発症の危険性増大と関係している。肥満者においては,非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ばれる肝臓での脂肪蓄積が,インスリン抵抗性の発生に結び付けられてきた。Ghazarianたちは, NAFLD患者と肥満マウス・モデルにおいて,肝臓でⅠ型インターフェロンが駆動するCD8陽性T細胞の活性化が,インスリン抵抗性と相関することを見出した。さらに, 腸内細菌群が,肥満マウスの肝臓で炎症を促進する上で重要な役割を果たしていた。これらの発見は,肥満関連の代謝疾患における免疫軸の認識の高まりに加わるものである。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • I型インターフェロン:ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系のサイトカイン
Sci. Immunol. 2, eaai7616 (2017).

医療装備に加わる抗マラリア薬 (An antimalarial to add to the armamentarium)

マラリアはアフリカのほとんどで禍であり続けている。Paquetたちはヒトマラリア原虫,Plasmodium falciparumに対する低分子ライブラリを選別し,強力な活性を持つ化学物質として,2-アミノ・ピリジン類を特定した。最適化した化合物のMMV390048は,哺乳類宿主と媒介蚊の両方において,原虫に対する複数の生活環段階に対して有効で,また,薬剤耐性原虫をも殺した。MMV390048は,マラリア原虫のホスファチジル・イノシトール 4-キナーゼを遮断することで原虫を殺し,マラリア感染からサルを守った。MMV390048は,新規な抗マラリア薬としての可能性を持ち,全世界のマラリア撲滅努力に貢献するかもしれない。(MY,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaad9735 (2017).