AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 13 2017, Vol.355

あなたは、どれくらいうまく思い出すかを気にしていますか? (Are you aware how well you remember?)

自分自身の記憶を自己監視し評価することは、メタ記憶と呼ばれる心理過程である。メタ記憶が働くためには、我々は自分自身の記憶痕跡の強さに関する情報を入手する必要がある。メタ記憶に関与する脳構造と神経メカニズムは、まったく知られていない。Miyamotoたちは、マカク・サルのメタ記憶に関する試験方法を考案した。その試験では、マカク・サルは過去の経験の記憶に対する確信を判断する。著者たちは、この方法と機能的脳撮像を組み合わせ、思い出し対するメタ記憶の神経機構を明らかにした。前頭葉前部脳の特定部位が、メタ記憶が関係する意思決定に必須であった。この領域の不活性化は、メタ記憶を選択する上で障害をもたらしたが、しかし記憶自身には何等の障害を引き起こすことはなかった。(KU,MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 188

さまざまな空洞のタンパク質を設計する (Designing proteins with cavities)

新規なタンパク質の設計では,結合部位を特注で作ることは,結合部位がしばしば非典型的な骨格構造を含んでいるため,とりわけ難しい課題である。例えば,湾曲したβシートは一般的なリガンド結合構造部分である。Marcosたちは,βシートの湾曲を引き起こす法則を,天然タンパク質のβシートの幾何学構造の調査と折り畳みのシミュレーションにより研究した。酵素触媒の注文設計に向けた一歩として,彼らはこれらの法則を使ってβシートの幾何学構造を制御し,空洞形状の異なるタンパク質を設計した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • βシート:平行するタンパク質鎖のペプチド基間で水素結合し,形成される平面状の構造
Science, this issue p. 201

抗腫瘍攻撃を開始する (Initiating an antitumor attack)

ガンは治療後に再発することで悪名高い。そのような再発は,腫瘍を引き起こす幹細胞の一種である腫瘍始原細胞が推進する。Damelinたちは,PTK7と呼ばれるタンパク質が高頻度に腫瘍始原細胞上に存在することを見つけ出し,それを標的とする抗体薬物複合体を開発した。幾つかの種類の腫瘍に対するマウス・モデルで,これを用いた療法は腫瘍始原細胞を減少させ,標準的化学療法を凌ぐ成績を収めた。抗体薬物複合体はまた,腫瘍血管新生を減らし,抗腫瘍免疫を促進した。このことが,その有効性に寄与しているかもしれない。(MY)

【訳注】
  • PTK7:不活性型の受容体型タンパク質キナーゼの一種で,結腸ガンで多く発現するすることが知られている
  • 抗体薬物複合体:抗体と薬物を結合させ,抗体の抗原特異性を利用して薬物を標的部位に効率的に送達することを狙いとした抗体薬
  • 腫瘍血管新生:ガン細胞が自らの増殖に必要な酸素・栄養の供給を得るために,血管を増やす増殖因子を分泌して血管を新生すること
Sci. Transl. Med. 9, eaag2611 (2017).

スプライシング第二段階の構えを見せる (Poised for the second step of splicing)

真核生物では,転写されたmRNA前駆体の非翻訳配列は,活動的な巨大分子機械であるスプライソソームにより切り取られる。これには二つの逐次反応が関与している。最初の反応が非翻訳イントロンの片末端を切り,それを自分自身にくくって,イントロンの投げ縄構造を形成する。そして次の反応がイントロンを切除し,分断されていた翻訳mRNAを結合する。今まで,スプライシングの第一段階は次の2つの中間体の構造で明らかになっている,即ち,Bact複合体は触媒作用を開始し,C複合体はスプライシングの最初の反応後に形成される。Yanたちは今回,第二段階の触媒活性化したスプライソソーム(C*複合体)の高分解能構造を報告している。この構造は,スプライシングの第二段階反応を成し遂げるように触媒性の構造部分を適切に配置する立体構造の変化を示している。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 149

強い結合を引き起こす (Inducing strong coupling)

量子ドット、すなわち人工原子は、量子情報処理の基本設計のための有望な構成要素として追及されている。他の遠く離れた量子ドットとの情報交換には、光子とドットの電子状態間の強い結合を必要とする。Mi たちは、シリコン中に固定され、超電導空洞に組み込まれた二重量子ドットを用いて、そのような結合を達成した。産業関連の材料でのこの実証は、半導体に基づく量子演算装置の大規模な開発にとって幸先の良いものである。(Sk,ok)

Science, this issue p. 156

ファージは壁を作る (Phages build themselves a wall)

他の細胞質事象から隔離して、DNAの複製を区画内で行わせることは細胞核の重要な特色である。Chaikeeratisakたちは蛍光顕微法と低温電子断層撮影法を用いて、巨大なシュードモナス・バクテリオファージ201φ2-1の複製を研究した。ファージがバクテリア細胞に感染すると、核のような区画を構築することを、彼らは見出した。ファージのゲノムは一見切れ目のないタンパク質の殻で完全に囲まれ、その内部でDNA複製、組み換え、及び転写が生じていた。翻訳や前駆物質の生合成、そしてウイルスの組み立てはその構造の外側で生じていた。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 194

プリオンが別の生物ドメインに加わる (Prions enter another domain of life)

プリオンは自己増殖性のタンパク質凝集体で,哺乳類における致死性の伝達性海綿状脳症に関連して発見された。プリオンは菌類でも確認されてきており,そこでは,タンパク質を基盤とする遺伝因子として働く。プリオンは進化的に多様な真核生物種で見出されているが,細菌にプリオンが存在するかは分かっていない。YuanとHochschildは,プリオン形成タンパク質の決定的特徴を示す細菌タンパク質(ボツリヌス菌由来の転写終結因子Rho)を確認したことを報告している。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ドメイン:生物分類における界よりも上の最も高いランクの階級。3ドメイン説では、真正細菌、真核生物、古細菌の3つに大別する
  • 伝達性海綿状脳症:脳内に異常プリオンが蓄積することで発症する神経性の疾患。ヒトのヤコブ病,羊のスクレイピー,ウシの牛海綿状脳症などがある
  • 転写終結因子Rho:DNA上の特定の部位で転写を終結させる働きを持ち,細菌の増殖に必須なタンパク質
Science, this issue p. 198

GPCRを通して痛みを送る (Channeling pain through GPCRs)

Nav1.7の変異は痛みに対する感度の欠如をきたすが,このナトリウム・チャネルを標的とする薬剤は,鎮痛剤としては効果がない。Isenseeたちは,Nav1.7の欠如が,脊髄の痛みを感じる神経細胞中のGタンパク質結合受容体(GPCR)のシグナル伝達効率を変えることを見つけた。通常,増痛性のセロトニン受容体シグナル伝達は,鎮痛性のμオピオイド受容体シグナル伝達と釣り合っている。Nav1.7を欠損したマウスではこの釣り合いが変わり,オピオイド側の力が優位になり,その結果,セロトニン受容体シグナル伝達活性はより低くなり,また鎮痛シグナルへより応答しやすい神経細胞となる。(MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • Nav1.7:末梢神経に発現する痛み感覚に関与するナトリウム・チャネル
Sci. Signal. 10, eaah4874 (2017).

水分解によるより良い生活 (Better living through water-splitting)

化学者たちは、200年以上の間、水を水素と酸素に分解するための電気の使い方を知っている。それにもかかわらず、その電気化学的な方法は非効率なため、今日では水素のほとんどが天然ガスから作られている。Seh たちは、電気分解を加速する電極触媒の進展、燃料電池の基礎になる逆反応、および関連する酸素、窒素、二酸化炭素の還元における最近の進歩を再調査している。統合された理論的枠組みは、互いに関連した別々の反応中間体を選択的に安定化させる、触媒設計戦略の必要性を浮き彫りにしている。(Sk,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 146

リボソーム構築の機械 (A machine for building ribosomes)

リボソームは、タンパク質を合成するという困難なプロセスを行う巨大なタンパク質とRNAの複合体である。リボソーム自身の構築には、幾つかの分子機械と数多くのヘルパー・タンパク質及びRNAが関与している。Chaker-Margotたちは、これらの機械の一つ、酵母のスモール・サブユニットであるプロセソームの構造を決定した。その構造は、プロセソームがリボソームの個々の領域の成熟度にどのように役立っているかを明らかにし、その機構に、構造変化を促進する分子モーターが関与していることを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 147

奇数性を絞り捨てる (Squeezing out the oddness)

ヘリウム3(3He)における超流動と似てなくはないのだが、物質Sr2RuO4は、風変わりなおおよそ奇パリティの超伝導性を示すと長年考えられていた。この材料の電子構造を変えて行くと、超伝導性にどのように影響するのであろうか? Steppkeらは同物質に大きな一軸性圧力を加えると、臨界点が倍以上に高まり、その後,歪の関数で臨界点が下がることを見出した(Shenによる展望記事参照)。最高臨界点は、この物質のフェルミ面がトポロジー変化を示す温度とほぼ一致した。好奇心をそそる1つの可能性は、圧縮が超伝導ギャップのパリティを奇から偶へ変えることである。(NK,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 148; see also p. 133

糖を二量体にする環状触媒 (A cyclic catalyst to pair up sugars)

複合糖質を作るために糖分子を結合することは幾何学的な解決が必要な問題である。グルコースのような六炭糖には6つの異なる結合可能部位が存在し、また、発端の結合を固定化する2つの可能な立体配置もある。Parkらは、2つの糖の一方を塩化物で変更した後に、糖を二量体にする環状触媒を開発した。チオ尿素に基づくこの触媒は、塩化化合物を取り去るのと同時に、入ってくる第二の糖を活性すると考えられる。結果の結合形成過程は初期C-Cl立体配置を確実に逆転する。(ST,MY,kh)

Science, this issue p. 162

水素の場所を当てる (Pin the tail on the hydrogens)

X線回折は、結晶中の原子の位置を決定するために選択されてきた方法である。しかしながら、この技術は、より大きな原子番号の原子でより有効であり、最低限以上の大きさの単結晶を必要とする。Palatinusたちは、微小結晶分析に重要性を増しつつある技術である、電子回折を用いて、有機および無機物質中の水素原子の位置を同定した(McCusker による展望記事参照)。(Sk,kh)

Science, this issue p. 166; see also p. 136

バイオフィルムにおける酸化還元代謝物の役割 (Redox metabolite role in biofilms)

微生物の世界では、分泌代謝物の化学的多様性は膨大であり、それらの生理的役割は未開拓である。Costaたちは、日和見病原性緑膿菌によって生成される、酸化還元活性な二次的代謝産物であるピオシアニンを研究した。ピオシアニンは、病変形成に重要な細胞外DNAを含む厚いバイオフィルムの生成に介在する。著者たちは脱メチル化酵素PodAの特性を調べたが、この酵素はピオシアニンのヒドロキシ・フェナジンへの変換を触媒し、そしてバイオフィルム形成を乱す。PodAは難治性の細菌感染症に対する治療手段となるかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ピオシアニン:クロロホルム可溶性の緑色色素で、緑膿菌の感染した傷口を緑色に着色する
Science, this issue p. 170

土壌の生物相と植物の多様性 (Soil biota and plant diversity)

土壌生物相は, 菌根菌や窒素固定細菌のような共生生物を含めて、真菌・細菌の病原体と同様に、陸上植物の多様性や成長様式に影響を及ぼしている(van der Puttenによる展望記事参照)。Testeたちは、オーストラリアの灌木地植物種について、その植物の土壌生物相との組み合わせ、あるいは異なる栄養獲得戦略を用いる他の植物の土壌生物相との組み合わせで、成長と生存を観察した。植物-土壌フィードバックは、さまざまな種類の植物や、それらに関連する土壌の間の相互作用を通じて、地域の植物の多様性を推し進めているように見える。Bennettたちは、55種の北米樹木のうち550の木々から得られた土壌や種における、植物-土壌フィードバックを研究した。フィードバックは、菌根菌の共生の型に依存して正から負までにわたっており、また同一種の自然個体群における出現密度の程度に関係していた。(Uc,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 134, p. 173; see also p. 181

どうやってBの場所に行き着くか (How to get to place B)

私たちは常に自分たちの環境の中を移動している。これは、現在の場所 A から新しい目的地である場所 B に移動することを意味している。脳内の空間的地図について最近多くのことが判ってきているが、それによると場所細胞が現在位置を示している。しかし、移動目的地が脳内でどのように表されているかは不明である。Sarel らは、コウモリの脳の中のニューロンのある集団について記している。それらは、コウモリが目的地に向かって飛んでいるとき、コウモリの現在位置に対しての目的地の方向と距離に調整されている。この発見は、空間ナビゲーションに関わる計算プロセスを明らかにするものである。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 176

記憶形成における並列計算 (Parallel computation in memory-making)

海馬は、記憶の符号化、固定、想起において中心的な役割を果たす。記憶の固定化と想起は、海馬の細胞集成体の付近で、すでに獲得した記憶痕跡を再生することにより行われると考えられている。 したがって、海馬は記憶の再分配過程の開始器官であるとみなされている。しかしながら、O'Neillらは今回、内側嗅内皮質浅層が、海馬の活動と無関係な再生事象を示すことを報告している(MoserとGardnerによる展望記事を参照のこと)。従って、記憶システムにおける計算過程は、従来考えられていたより非階層的で、より並列処理的に構築されている可能性がある。(Wt,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 184; see also p. 131

より速い木の成長は万能薬などではない (Faster tree growth is no panacea)

気候温暖化、窒素堆積、および(肥沃な生態系において)増加する二酸化炭素は、植物のより速い成長を引き起こす可能性がある。この成長促進は、現存する森林でのより多くの炭素貯留をもたらし、気候変化の緩和に役立つことができるであろうか。展望記事の中でKörnerは、森林の炭素資本は、木の成長速度によってではなく、有機物中の炭素の滞留時間によって決まると論じている。より速い成長は一般に木々の寿命を縮め、そのため、長期的にはより多くの炭素を蓄えるのに役立たない。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 130

ドーパミン受容体にもっと光を (More light on dopamine receptors)

ドーパミンD4受容体は、注意欠陥・多動性障害および物質使用障害に関連するGタンパク質結合受容体である。Bonaventuraらは、この受容体の重要な部分の突然変異が機能的影響を持つことを見出した。この受容体は、ループによって連結された7つの膜貫通ヘリックス(TM)からなる。TM6とTM7との間の細胞内第三ループは、多型性の変異体D4.7Rにおいてはより長い。 D4受容体におけるこのループの発現は、皮質線条体のグルタミン酸放出を減少させた。この知見は、いくつかの神経精神症候群におけるD4受容体変異の役割とある種の覚醒剤の効果についての洞察を与える。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • Gタンパク質結合受容体:細胞膜を7回貫通する構造を持つ受容体で、細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容して、三量体タンパクであるGタンパクを介してそのシグナルを細胞内に伝える。
  • 注意欠陥多動性障害:不注意(集中力がない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(考えずに行動してしまう)の3つの症状がみられる発達障害
  • 物質使用障害:アルコールや薬物の乱用と依存
Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1601631 (2017).

腫瘍を TAMeる (矯める) (TAMpering with tumors)

免疫療法抗体は有望なガン療法であるが、Fc受容体結合を通した免疫細胞に対するこれらの抗体の非標的効果についてはほとんど知られていない。 腫瘍増殖の促進および阻害の両方に関与する腫瘍随伴マクロファージ(TAM)と腫瘍随伴好中球(TAN)は、多くのFcγ受容体を発現する。Lehmannらは、異なる部位(皮膚と肺)で増殖する腫瘍においてこれらの細胞を検討した。それらの器官の環境が、どのTAMとTAN亜集団が抗体依存性腫瘍免疫療法に寄与するかを決めた。これらのデータは、腫瘍を促進する細胞のみを標的とする治療戦略を微調整するのに役立ち得る。(Sh,kj,nk,kh)

【訳注】
  • Fc受容体:全ての抗体はY字型の4本鎖構造を持ち、その下半分の縦棒領域がFc領域で、2本の重鎖からなる。重鎖にはアミノ酸組成によってγ、μ、α、δ、εの5種がある。マクロファージや好中球は細胞表面にこのFc領域と結合するFc受容体を持つ
Sci. Immunol. 2, eaah6413 (2017).

三本のひもが鉄ゴテで密着した (Three strands ironed closely together)

髪やパンをより合わせる際に、三本の別々のひも状のものを絡み合わせることは珍しくない。しかしながら、分子レベルでは、合成物の結び方はこれまで二本のひものより合わせから到達できる構成に限られてきた。Danon たちは、鉄イオンの配位を用いて三本のひも状の有機配位子を誘導し、8個の離れた交差点を持つ結び目配置を形成した。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 159