AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 16 2016, Vol.354

より激しくより頻繁に風が吹く (Blowing harder and more often)

米国においては、ほぼ過去半世紀にわたり、トルネード・アウトブレーク(竜巻の集団発生)の頻度と極めて強力な竜巻現象の数が増加し続けている。Tippettたちは、1970年代以降、トルネード・アウトブレークがより普通になってきたことを見出した。この増加は、竜巻がより発生しやすくなるような気象環境への一貫した変化により、引き起こされているらしい。しかしながら、その変化は必ずしも気候変動から予想されるものではなく、それが、この傾向が継続するかどうかを予測することを困難にしている。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1419

細菌と遺伝学の相乗効果 (A joint effect of bacteria and genetics)

関節リウマチは自己免疫疾患であるが、科学者らは細菌感染(そして特に歯周病)がその病変形成に関与している可能性があると長い間疑ってきた。 Konigらは、Aggregatibacter actinomycetemcomitans(Aa)と呼ばれる特定の歯周病原因菌が、好中球の機能の変化を誘発することを実証している。これら歯周病原因菌は感染者のタンパク質の過剰なシトルリン化を招くが、それはまた、関節リウマチ患者の関節においても観察された。さらに、組織適合性抗原のRB1対立遺伝子の存在と関節リウマチのリスク増加の関連性は、Aaに曝露された患者においてのみ観察された。したがって、この対立遺伝子の保持者がAa菌への感染で関節リウマチのリスクが高まる、と言うことでAa菌との因果関係を同定出来るかもしれない。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • Aggregatibacter actinomycetemcomitans:ヒトの口腔内に片利共生しており、歯周病の一種である侵襲性歯周炎の原因菌として知られる真正細菌
  • シトルリン化:遺伝子に規定されたアミノ酸のひとつであるアルギニンが、遺伝子に規定されないアミノ酸であるシトルリンに変化する脱イミン化反応。
  • HLA:第6染色体にあり組織適合性抗原として働く。A,B,C,DR,DQ,DPなど多くの抗原の組み合わせで構成され、それぞれに数十種類の異なる対立遺伝子を持つ
  • 対立遺伝子:対になった形質を支配する相同染色体上の同じ遺伝子座に位置する遺伝子
Sci. Transl. Med. 8, 369ra176 (2016).

ダイアモンドはその起源金属環境を選ぶ (Diamonds rock their metal roots)

大きなダイアモンドは、希少で、高価で、魅惑的である。これらのダイアモンドは、今や、その大きさだけでなくその起源も特有であるように見える。Smith たちは、これらの非常に大きなダイアモンドの鉱物含有物を調査し、還元性ガスで囲まれた大量の鉄金属の細長い小片を見つけた。このことは、大きなダイアモンドが、地球マントル中の液体金属から成長したことを示唆している。その含有物はまた、長い間推測されていた、より還元性のマントルを必要とする金属析出反応の、直接の証拠を提供している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1403

多すぎる道路 (Too many roads)

道路は、人類が地球全体に広がっていくことを助け、世界的な移動や交易を維持するために、大いに役立ってきた。しかしながら、道路はまた、野生の領域に損害を与え、急速に生息環境の悪化や種の絶滅の一因となっている。Ibischたちは、世界の道路の目録を作成した。世界の大半は道路で覆われているわけではないが、世界は道路で断片化され、道路で作り出された土地の断片のうち100km2以上の面積は僅か7%にすぎない。さらに、道路のない領域の環境保護は不十分であり、世界の残された原生自然のさらなる悪化を招くこともありえる。(Sk,KU,kh)

Science, this issue p. 1423

三重項状態の調整による不斉触媒反応 (Asymmetric catalysis by tuning triplets)

三重項励起状態は、その不対電子と関係する独特の反応様式を示す。しかしながら、二つの鏡像生成物、即ち鏡像異性体の一つだけを選択するようこの反応を調整することは、困難である。Blumたちは、ルイス酸の配位が、化合物の三重項状態のエネルギーを下げ、その結果,光励起増感剤を用いて三重項状態を反応に使えるようにできることを示した。このルイス酸は三重項状態の形成にとって必須であるが故に、反応経路を単一の鏡像異性体に向けることも可能にした。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1391

誘発地震は型にはまらない (Triggered quakes get unconventional)

人間活動によって誘発される大きな地震は、殆どの場合廃水処分と強く関係している。しかしながらBaoとEatonは、カナダ西部における地震の原因には水圧破砕(あるいはfracking)が関係していると見ている(Elsworthの展望記事参照)。アルバータ州フォックス・クリーク付近で行われた水圧破砕は、断層を再活性化し、古い断層トレースに沿って地震を群発させた。地震活動が誘発されやすい他の多くの地域では、しかし、水圧破砕は大きな地震の原因となってはいないようだ。異なる地域それぞれの地震活動の根本原因を理解することは、被害地震を制限する健全な規制を開発するために死活的である。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. 1406; see also p. 1380

火山監視が海に達する (Volcano monitoring goes into the deep)

Axial Seamountは、合衆国西部の沖のJuan de Fuca中央海嶺に沿った巨大な、かつ活発な海底火山である。1988年と2011年の噴火の後にマグマ注入期間が続き、Axial Seamountは、海洋観測戦略的ケーブル網(Ocean Observatories Initiative Cabled Array)の中に取り込む海域として理想的になった。Wilcockたちは、噴火前と噴火中のマグマの追跡を可能にした、2015年4月の最も新しい噴火による実時間地震データを報告している。NoonerとChadwickは、噴火が変形データに基づいて予測可能であることを示している。データによると、Axial Seamountの下にマグマが溜るにつれて、Axial Seamountは膨張し、その膨張が一定の臨界値に達すると噴火している。二つの研究は、陸地での火山を数の上で圧倒する、海底火山の力学を明らかにしている。(KU,nk,kj)

Science, this issue p. 1395, p. 1399

糖をめぐる決闘 (Dueling for sugars)

細菌は糖を糧にする。植物細胞も同じである。今回,Yamadaたちは,病原性細菌が植物に侵入している時に,植物細胞の周りの細胞外空間で糖に対する戦いがどのように展開するのか示している(DoddsとLagudahによる展望記事参照)。モデル植物であるシロイヌナズナでは,病原性細菌の存在により誘発される防御応答の一部に,糖輸送体の転写調整および転写後調整が含まれる。その結果生じる細胞外空間からの単糖の取り込みが,侵入細菌にとって生活を少しばかり難しくする。(MY,nk)

【訳注】
  • 輸送体:細胞膜を貫通する形で存在し,細胞膜を横切って所定の物質を輸送するためのタンパク質
Science, this issue p. 1427; see also p. 1377

欠陥のあるmRNAを取り除く (Getting rid of faulty mRNA)

細胞は,その中に存在するmRNAの健全さを監視して,欠陥のあるものや損傷したものを破壊する。エキソソーム複合体による破壊は,それらのmRNAが、不正常で潜在的に危険なタンパク質を合成するために使われるのを防ぐ。Schmidtたちは,mRNAを結合したリボソームと共同してRNAをエキソソーム複合体破壊機構に誘導するSkiヘリカーゼ複合体の構造を決定した。そのmRNAの末端はリボソームからヘリカーゼの中心へと通され,そこから,そのmRNAがエキソソーム複合体の胃袋へと運ばれるのだろう。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • エキソソーム複合体:様々なRNAを分解する多タンパク複合体で,真核細胞では核および細胞質双方に存在する
  • ヘリカーゼ:DNAの2本鎖をほどく酵素,または,RNAの絡みをほどく酵素。本論文では後者が該当する
Science, this issue p. 1431

抗生物質の猛攻撃を寄せ付けない (Defying the onslaught of antibiotics)

抗生物質治療中と後での細菌パーシスタンス現象は、臨床における遺伝的耐性の進化と同じく挑戦的課題であることがますます認識されている。殆どの病原体を含めて、殆どの細菌はストレスからの生存を確実にするために、危険回避戦略として休眠期に入るという生まれつきの能力を持っている。その戦術と機構的詳細は数多い。Harmsたちは、細菌パーシスタンスに関与するトリガーとシグナル伝達、そしてパーシスタンス現象における毒/抗毒素モジュールの重要な役割、及びパーシスター細胞がどのように生き返るかに関して概説している。より楽観的な言い方をすると、パーシスタンス現象の根底にある機構に関する我々の最近の理解は、抗生物質の効果を増す補助薬発見への道を開くものである。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • パーシスタンス:抗生物質を投与されると死滅する共通遺伝子を持つバクテリア集団中に極少数、遺伝子変異なしに生き延びる個体が存在する現象
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf4268

白金の活性向上 (An activity lift for platinum)

白金は、燃料電池に不可欠な酸素還元反応触媒 (ORR)における優れた触媒であるが、高価である。白金と他の金属との合金化手法は、安価な金属のコア(核)の上に白金のシェル(殻)を創ることが可能で、それはまた白金の表面露出を増やし、さらにそのシェル内の圧縮ひずみが触媒活性を高めることもできる(Stephensらの展望記事参照)。Buらは、引っ張りひずみを内在する、白金シェルで被覆された白金-鉛コアのナノプレートを作った。このナノプレートは安定で高い ORR活性を示す。この活性は、白金-酸素結合力を最適化するひずみから生じると、理論予測されている。Liらは、表面に露出している白金の量と比活性の両方を最適化した。彼らはニッケル酸化物コアと白金シェルからなるナノワイヤーを作り、それらを金属合金へと焼きなまし、次いで粗面を形成するためにニッケルを浸出した。質量比活性はこれまで報告されている最高値の約2倍であった。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1410, p. 1414; see also p. 1378

細胞のタンパク質を工学的に制御する (Engineering control of cellular proteins)

タンパク質を活性・不活性の高次構造の間で切り替えることができれば、それらの機能に関する洞察が得られる可能性がある。Dagliyanたちは,タンパク質活性を制御するドメインを挿入する方法を提供している。彼らは,活性部位に結合するタンパク質のループ部を計算的に特定した。このループ部に挿入された刺激感受ドメインは,その高次構造が光やリガンド結合で変化した場合,タンパク質活性を調節することが出来た。著者たちは,細胞シグナル伝達に関与する異なる3組のタンパク質中にこれらのドメインを設計し、そしてこのタンパク質を活性・不活性な状態間で切り替えることで,生細胞の形と動きを制御できることを見出した。(MY,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • リガンド:特定の受容体に特異的に結合する物質のこと
  • ドメイン:タンパク質を構成するコンパクトな3次元構造の単位で、それぞれ独立な機能を持つ
Science, this issue p. 1441

停止したリボソームを救済すること (Rescuing stalled ribosomes)

細菌のmRNAは、わずかな比率で終止コドンが欠如している。リボソームはそのような mRNA末端で活動を停止し、そのような停止リボソームの蓄積は致命的となる可能性がある。第一の救済機構では、終止コドンを含む一片のRNA上で翻訳が継続するようになっており、薬剤標的に使われる。しかしながら、細菌はもう一つの代替案を持っている。Jamesらは、ArfA (alternative rescue factor A)が、リボソームmRNAチャネルに結合して RF2 (release factor 2)を勧誘することで, 終止コドンの代用になる機構を提示している。それは、 RF2がペプチド遊離を触媒するために必要とされる構造変化に介在する。(NA,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • コドン:核酸の塩基配列が、タンパク質を構成するアミノ酸配列へと生体内で翻訳されるときの、各アミノ酸に対応する3つの塩基配列のこと
  • 終止コドン:遺伝暗号を構成する64種のコドンのうち、対応するアミノ酸(とtRNA)がなく、最終産物であるたんぱく質の生合成を停止させるために使われているコドン。
Science, this issue p. 1437

海面は上昇するだろうが、どれほどまでになるのだろうか? (The seas will rise, but by how much?)

地球の気候の温暖化に伴い、海洋の水の膨張と氷河や氷床の融解の結果として、海面は上昇すると予測されている。しかし、その上昇の大きさに関する不確定さにより、適切な政策立案は困難なものとなっている。OppenheimerとAlleyは、展望記事の中で、2100年までに、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)の最近の評価報告書よりも海面は高くなる、と予測した近年の研究成果を強調している。この高い推定を導いた主要因は、南極の氷床に由来する寄与が従来より大きいと予測されていることである。政策立案者は、南極の氷の消失の進展に関する科学的な理解が進むに連れて、柔軟に対応できる水防対応を進めるのが賢明であろう。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1375

血管石灰化を防ぐ (Preventing vascular calcification)

遺伝子疾患ACDC(CD73の欠乏による動脈石灰化)の患者に現れる動脈石灰化は,末梢性虚血を招く。これらの患者から得られた細胞では,ピロリン酸塩(石灰化を阻止する化合物)を分解する酵素レベルが増加している。Jinたちは,ACDCの患者からの細胞ではピロリン酸塩のレベルが低く,mTOR経路の活性が高い(石灰化を促進する)ことを見出した。これらの細胞は,マウスに注入されると,石灰化した奇形腫を形成した。石灰化した奇形腫は,マウスをmTOR阻害剤やピロリン酸塩に類似する薬剤で処置することで減少した。これは,この疾患に対する新たな治療選択肢を示唆する。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • CD73:細胞膜結合型の酵素
  • mTOR:増殖因子と栄養シグナルに応答して細胞の増殖と分裂を促進する多機能キナーゼの一種
  • 奇形腫:胚細胞腫瘍の一種で,体の中の様々な種類の組織が混在して存在する様相を示す
Sci. Signal. 9, ra121 (2016).

キャプシドの柔軟さに関する構造的洞察 (Structural insights into capsid flexibility)

ウイルスのキャプシドは、ウイルスの遺伝子材料を包むタンパク質構造である。HIV-1キャプシドの以前の構造的研究は、組換え型や架橋型や変異型のキャプシド・タンパク質に依存してきた。Matteiたちは、無傷のウイルス粒子からの HIV-1キャプシドのナノメートル以下分解能の低温断層撮影構造を報告している。その構造はキャプシドが中空錐体形状であることを追認し、その格子構造内部でのキャプシド・タンパク質の六量体・五量体個別の配置を可能にしている。その構造はまた、キャプシドの柔軟な特性を示し、それは、宿主の細胞因子との相互作用に適応するのに役立っているらしい。(KU,kh)

Science, this issue p. 1434