AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 11 2016, Vol.354

くすぐったがり問題を解決する (Resolving a ticklish problem)

くすぐったさと神経との相関は何だろうか? IshiyamaとBrechtがラットをくすぐったとき、この動物は声を出して、うれしそうな反応を示した。くすぐっている間著者たちは、動物の胴体と関連がある体性知覚皮質の深い層における神経細胞の活性を観測した。さらに、この脳領域の微小刺激が、同様のふるまいを引き起こしていた。人間と同様に、気分がこの神経活性を調整している可能性がある。不安を引き起こす状況は細胞発火を抑制し、そしてもはやその動物はくすぐったがりしなくなった。(Uc,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 757

ハンセン病に感染したイギリスのリス (British squirrels infected with leprosy)

アメリカにおけるアルマジロの例外はあるが、ハンセン病感染はほぼ間違いなくヒトに限定されていると考えられている。Avanziたちは、イギリス諸島に於けるアカリスの顔面と四肢に生じたいぼ状の増殖を調べ、ハンセン病をもたらす二種の細菌のせいであることを見出した (StinearとBroschによる展望記事参照)。ブラウンシー島のリスの南の集団におけるライ菌(Mycobacterium leprae)は、中世のヒト系統から生じた。最近発見されたライ菌の一種、 M. lepromatosisは、イギリスとアイルランドの他の場所からの赤リスで発見された。ヒト・ハンセン病は、有効な薬があるにもかかわらず、根絶するのが困難であることが判明している。おそらく他の野生生物種もまた、この厄介な病気の菌保有動物である。(KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ブラウンシー島(Brownsea Island):南イングランド・ドーセット州のプール湾にある島。島のほとんどが自然保護区に指定されている
Science, this issue p. 744; see also p. 702

N-H或いはO-H結合の配位切断 (Coordinated scission of N–H or O–H bonds)

アンモニアと水は、室温で良く研究された、水素陽イオンの交換を中心原理とする酸・塩基の化学的性質を持っている。対照的に、水素原子交換を伴う遊離基化学作用は、高エネルギの刺激がない状態では、これらの分子では比較的まれにしか起こらない。Bezdekたちは、モリブデン錯体へのアンモニア或いは水の配位が、そのN-H或いはO-H結合を著しく弱める(60℃の加熱で水素を遊離するほど)ことを示している。理論的及び電気化学的解析が、結合を弱くするこの現象の基礎を明らかにしている。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 730; see also p. 707

怜悧なナノ分光学への道 (A cool route to nanospectroscopy)

光を空洞に留めることは,光と,空洞内に保持した粒子との相互作用を高めるためにしばしば用いられる。Benzたちは,1枚の金膜と1個の金ナノ粒子で挟まれた,ビフェニル-4-チオールの自己組織化単層分子膜を用いて研究した。彼らはレーザ照射を用い,金ナノ粒子中の原子を動かし,極低温度で安定な"ピコ空洞"を作った。その結果著者たちは,個々の分子由来の時間依存ラマン・スペクトルを得ることができた。1nm3をはるかに下回る体積までの光局在化を可能にする波長以下の大きさの空洞は,原子の大きさ規模での光学実験を可能にするだろう。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 726

なぜ海氷はなくなりつつあるのか? (Why we are losing sea ice)

北極海の氷は、急速に消滅しつつあり、近い将来、夏には氷がなくなると予測されている。夏の海氷喪失の時期に関する多数のシミュレーション結果は、かなり異なっており、その喪失速度の評価を困難にしている。NotzとStroeveは、9月の平均海氷面積とCO2の累積放出量との間には、線形な関係があることに気がついた。これにより、北極の夏の海氷を観測記録から直接的に予測することが可能となった。興味深いことに、大半のモデルは、CO2 効果による海氷喪失量を過小評価している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 747

最近の淘汰を受けた遺伝子を見分ける (Identifying genes under recent selection)

進化的解析は、淘汰を受けてきた可能性が高い遺伝子の最近の変化を確かめようとしている。Field たちは、単一ヌクレオチド変異濃度得点(singleton density score)という、そのような変化を見極める方法を提示し、3000以上のヒトゲノムにそれを適用した。過去約100世代(2000年から3000年)にわたって、欧州人は、身長と同じように、肌や髪の色に影響するものを含む遺伝的変異淘汰を経験してきた可能性が高い。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 760

初期多発性硬化症の一瞥 (A look at early multiple sclerosis)

動物の多発性硬化症や類似する病気では,脳が炎症を起こし,最終的には神経細胞の変性を招く。Gerwienたちは,この過程に不可欠な2つのタンパク質分解酵素(MMP-2とMMP-9)を見つけた。MMP-9は免疫細胞中に存在し,この病気が始まる時に,これらの免疫細胞が脳に侵入するのに必要である。著者たちは,多発性硬化症の初期段階やマウスでのその同等疾患の初期段階で,免疫細胞が脳でその炎症性浸潤をまさに開始した時に,MMP阻害剤を可視化する手段を開発した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 多発性硬化症:中枢神経系の神経細胞を取り囲む髄鞘が破壊される病気で,再発を繰り返す。病変が生じる部位により様々な症状が現れる
  • 炎症性浸潤:白血球などの炎症性細胞が血管内などから外部組織へ入り込むこと
Sci. Transl. Med. 8, 364ra152 (2016).

AIMを的にして組織損傷を阻止する (AIMing to block tissue damage)

電離放射線は,腸や骨髄中に存在するような活発に分裂する細胞を殺す。Huたちは,放射線照射で引き起こされる組織損傷におけるタンパク質AIM2の病理学的役割を見つけた。AIM2は細胞質中に存在する外来性のウイルスや細菌由来の二本鎖DNAを検知し,体に感染を注意喚起するその役割で最もよく知られている。AIM2は放射線で生じるDNAの損傷もまた検知し,その後,腸上皮細胞や骨髄細胞が死ぬ引き金を引くらしい。AIM2が欠失したマウスは,放射線照射で引き起こされる胃腸症候群や造血不全から守られた。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 765

IP3のシグナル伝達に関する新たな理論的枠組み (A new paradigm for IP3 signaling)

二次メッセンジャーのイノシトール三リン酸 (IP3)は、小胞体 (ER)からのカルシウム放出を刺激する。Dickinsonたちは動物細胞において IP3の限局的放出を誘発し、そしてカルシウムの「ひと吹き」の強さ、即ち ERから放出されるカルシウムの局在化した増加を測定した(LeybaertによるFocus記事参照)。IP3は、試験管内で最初に測定されたよりも細胞内で遥かにゆっくりと拡散した。このように、IP3は、大域的な細胞シグナルとして機能するというよりも, 局所的なシグナルを作ることができ、IP3生成刺激への応答の中で符号化できる情報の複雑さを増す。(KU,kh)

Sci. Signal. 9, ra108 and fs17 (2016).

蓄積する影響 (Accumulating impacts)

人為起源の気候変動は今や本格化しており、地球平均気温はすでに産業革命以前の水準より1℃上昇している。多くの研究が、変動する気候からの、種や地域に特有な個々の影響を実証し続けているが、個々の影響は蓄積し、より広範囲に増幅されつつある。Scheffers たちは、遺伝子、種、生態系にわたって観察されてきた影響を一括して総説し、世界がすでに相当の変化を受けつつあることを明らかにしている。我々は温暖化しつつある世界に向かって進んでおり、これらの変化の原因、結果、見込みのある緩和策を理解することは必須であろう。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aaf7671

設計による凝集 (Aggregation by design)

アミロイド凝集は,特有のアミロイド構造へと自己組織化するタンパク質内の短配列により駆動される。およそ30のヒト・タンパク質がアミロイド関連の病気に関与しているが,さらにほとんどのタンパク質が潜在的にアミロイド生成可能な短鎖を含有している。Gallardoたちは,血管内皮増殖因子受容体(VEGFR2)に存在するアミロイド生成配列に基づき,ペプチドを設計した。このペプチドは,アミロイド症に関係しないVEGFR2に,アミロイド特有の特徴を持つ凝集体の形成を誘発した。アミロイドはVEGFR2の活性が必要な細胞内でのみ有毒で,有毒性はアミロイド凝集体もともとの有毒性によるというよりは,VEGFR2の機能喪失によることを示唆した。このペプチドは腫瘍マウス・モデルで,VEGFR2依存性の腫瘍増殖を抑制した。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aah4949

RNAiは静止状態への道を滑らかにする (RNAi soothes the path to quiescence)

幹細胞ニッチの細胞や免疫記憶細胞のような細胞は、非分裂性の静止状態で存在し、適切な信号のもとでその状態から覚醒される。RNA干渉 (RNAi)は、多くの生物で重要な後成的経路である。Rocheたちは、分裂酵母において、RNAiが静止状態の必須の制御因子であることを見出した。RNAiは静止状態に移行する際に特有の染色体の分離を促進する。RNAiはまた、静止状態の間でのリボソームDNAの不適切なサイレンシングを防ぐ。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 幹細胞ニッチ :幹細胞がその性質を維持するために必要な微小環境
Science, this issue p. 10.1126/science.aah5651

重度インフルエンザに対する終生保護 (Lifelong protection against severe influenza)

子供が経験するインフルエンザの最初の発病は,このウイルスに対するその子の終生免疫が漸増する手段に効果がある可能性がある。さまざまなA型インフルエンザ・ウイルスの亜型が人間に感染する。H5亜型はHAグループ1(このグループはH1とH2亜型も含む)に属し,H7亜型はHAグループ2(このグループはH3亜型も含む)に属している。Gosticたちは,最初に経験した感染が季節性H3亜型である同齢個体群が,致死可能性のある鳥インフルエンザ・H7N9ウイルスに対して,より感染しにくいことを見出した(ViboudとEpsteinによる展望記事参照)。これとは逆に,若者時代にH1またはH2亜型にさらされた高齢者は,鳥インフルエンザH5N1を持つウイルスに,より感染性しにくかった。この刷り込みがもたらす予防効果の数学モデルは,もしかすると,将来の世界的流行に対する感染の世代分布や重症度を予測するのに有益であることが分かるかもしれない。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 722; see also p. 706

ヘリウムのメチャクチャひっくり返りを観察する (Watching as helium goes topsy-turvy)

理論家は、長い間、正しく上を向いたピークと逆さまになったピークが近接したように見えるスペクトル特性である、ファノ共鳴の裏付けについて熟考してきた。この特性の特によく研究された例は、過渡状態が遅延イオン化をうける時にヘリウムの電子スペクトルに見られる。今回、二つの研究が、実時間でこの状態の力学を明らかにした。Gruson たちは、光電子分光法を用いて、可変の遅延時間で共鳴するように調整された基準波束との干渉を引き起こした後の、電子波束の振幅と位相を抽出した。Kaldun たちは、極紫外吸収分光法を用いて、強い近赤外場による様々な強制イオン化の過渡状態を探った。(Sk,MY,kh)

Science, this issue pp. 734 and 738

活動的マイコバクテリアの地球規模の伝播 (Global spread of aggressive mycobacteria)

多くのマイコバクテリアは、ハンセン病と結核を引き起こすものを含めてヒトに感染する能力を持つ。その幾つかは、嚢胞性線維症(CF)のような免疫抑制や慢性的疾患に苦しむ患者で特に危険なことがある。Bryantらは、CF診療機関に顔を出す患者に、薬剤耐性を持つマイコバクテリア膿瘍とほとんど同一の分離菌の集団があることを観察した。分離菌の類似は、環境からの獲得というよりも患者間の感染を示唆している。この細菌は土着の形質に回帰する性質の強いこと(environmental resilience)で良く知られているのだが、どのようにして広範囲なCF患者社会の中で長距離感染しているのかは謎である。(ST,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 751

生物学的にハッと吸入して還元する (Biological inspiration for reduction)

微生物は、洗練された酵素の機構を進化させ、過塩素酸塩や硝酸イオンを還元してきた。それらの経路のエネルギー論は異なるが、対応するヘム含有活性部位は著しく類似している。非ヘム鉄錯体を用いて、Ford らはこれらの活性部位に基づきこれら反応を媒介する無機触媒を作った。 鉄中心近傍の第二配位圏に、硝酸塩または過塩素酸塩のオキシアニオンを整列させ、鉄-オキソ錯体を形成した。プロトンと電子の存在下で触媒を再生すると水が遊離され、これはきつい試薬の使用を必要とする還元方法よりも潜在的にはるかに環境調和度の高い手法である。(Sh,MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ヘム:2価の鉄原子とポルフィリンから成る錯体
  • オキシアニオン:化学式 AxOyz-(Aはある元素を指し、Oは酸素原子を指す)で表される化合物
Science, this issue p. 741

CRISPRのふるいがエンハンサーの機能を照らす (CRISPR screens illuminate enhancer function)

タンパク質翻訳領域の転写を制御する遺伝子を取り囲む非翻訳領域を同定することは、困難である。CRISPR干渉系(CRISPRi)を活用することで、Fulcoたちはエンハンサー・プロモータ結合を同定し、二つの必須の転写因子である GATA1とMYC座位に対する遺伝子調節に影響を及ぼす特定の非翻訳領域を図化した(EinsteinとYeoによる展望記事参照)。将来的に、このような CRISPRi図化は、中立的に機能的にプロモータ・エンハンサー区切りを評価するのに用いることができる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • エンハンサー:隣接する遺伝子の転写を促進する調節領域
Science, this issue p. 769; see also p. 705