AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 14 2016, Vol.354

地球の生物多様性と生産性 (Global biodiversity and productivity)

生物多様性と生態系の生産性との関係は草本植生にて詳細に研究されてきたが、森林における分布様式は良く理解されているとはとても言えない。Liangたちは、44ヶ国77万件を越える標本地からの全世界の森林データセットを集めた。「景観」「国」そして「生態域」の尺度において、樹木の多様性と生態系の生産性との間に、正の一貫した相関関係が明確に認められる。平均的に、生物多様性の10%の損失は生産性3%の損失につながる。このことは、地球の森林生産性のために生物多様性を維持することの経済的価値は、全世界の保全コストの5倍以上大きい結果を生む。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 景観:相互作用を持ちながら複数の生態系がまとまって成立している状態
Science, this issue p. 196

ペロブスカイト太陽電池の安定性を改良する (Improving the stability of perovskite solar cells)

無機-有機・ペロブスカイト太陽電池は,紫外光や湿度がこれらの材料を劣化させるため,長期的な安定性に乏しい。Bellaたちは電池を,紫外光を吸収してを可視領域で再放出する色素を含有する,耐水性フッ素化高分子で被覆することが,電池の効率を高め光劣化を抑制できることを示している。無機-有機・ペロブスカイト太陽電池の性能と安定性は,正しい格子を形成するのに必要な陽イオンの大きさによっても制限される。Salibaたちは,ルビジウム陽イオンが,それ自体では小さすぎてペロブスカイトを形成しないが,セシウムと有機陽イオンを添加すると格子を形成できることを示している。これらの材料に基づく太陽電池は,高分子被覆で環境保護されると,500時間以上にわたって20%超の効率を持つ。(MY,kh)

Science, this issue pp. 203 and 206

ジカ・ウイルスに対する DNAワクチン候補 (A DNA vaccine candidate for Zika)

南北中央アメリカとカリブ海諸島で進行中のジカ・ウイルスの流行は、防御ワクチンを緊急に必要としている。ジカ・ウイルスの構造上のプレメンブラン(premembrane)と外被タンパク質をコードする遺伝子から構成される二つの DNAワクチンが、サルで試験されてきた。Dowdたちは、2回の筋肉内ワクチン投与が、ジカ・ウイルスに感染させた18頭のサルのうちの17頭を完全に防御したことを示している。1回の低用量のワクチン投与では防御はできなかったが、しかしウイルス量を減少させた。防御作用は血清抗体の中和作用活動度と相関していた。これらのワクチンを試験する第I相臨床試験が既に進行中である。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 第I相臨床試験:動物実験の結果を受けて人に適用する最初の治験
Science, this issue p. 237

カモノハシの第六感が歯を犠牲にする (The platypus's sixth sense cost it its teeth)

カモノハシ(Ornithorhynchus anatinus)は、その嘴に電気機械的な感覚器官を有している。その特徴的な嘴から与えられる6番目の感覚によって、カモノハシは濁った水中で目を閉じていても餌を検知することができる。Asaharaたちは比較形態学と画像処理技術を用いて、その嘴中に行き渡る神経と血管の全てを含んで拡大した、眼窩下管の断層図を作成した。この解剖学的な配置の進化が、現代のカモノハシにおいて、歯根のための空間を制限したらしい。カモノハシは歯を失ったが、それでも角質状の厚肉で餌を「噛む」ことができる。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1601329 (2016).

多部位リン酸化による機能 (A function for multisite phosphorylation)

転写因子の多くは,複数のアミノ酸残基のリン酸化によって調節される。Mylonaたちは転写因子 Elk-1における多部位リン酸化を解析し,それが過剰な活性化を防いでいるかもしれないことを示した(WhitmarshとDavisによる展望記事参照)。キナーゼ ERK2によるリン酸化は転写因子 Elk-1の8つの部位で生じたが,それらの部位は別々の速度でリン酸化された。より速い速度でリン酸化された部位は転写活性化を促進した。より遅い速度でリン酸化された部位は,脱リン酸化酵素やその他の負の調節成分を必要とせずに,ERK2による過剰な活性化を弱めた。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 転写因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し,DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進,あるいは逆に抑制するタンパク質
Science, this issue p. 233; see also p. 179

リン酸化と真菌の進化 (Phosphorylation and fungal evolution)

転写後のリン酸化がタンパク質の活性を変える。リン酸化部位がどのように進化したかを理解するために、Studerらは一連の真菌種を研究した(Matalonらによる展望記事参照)。リン酸化部位は、研究された18種ではどうやら全ての共通の祖先で2,3の部位しか, 存在してなかったらしい。進化的年齢は、特定の保存されたリン酸化部位の潜在的な機能的重要性を予言するように思われた。(NA,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 229; see also p. 176

抗体がウイルス制御を持続する (Antibodies sustain viral control)

多くの感染者に対して、抗レトロウイルス剤療法 (ART)によって、もはやHIV-1診断は死の宣告でなくなっている。しかし、そのウイルスは治療された個別患者では生き残って、ウイルス量を抑える激しい薬剤療法に応じることが、患者にとって苦難のはずである。別の方法を探究することで、Byrareddyたちは、ARTで発病を抑えているサルを α4β7インテグリンを標的とする抗体を用いて治療した。ARTがこの抗体で治療したサルで停止されても、ウイルス量は検出不能レベルに留まり、正常な CD4 T細胞数が9ヶ月を越えて維持され、そして抗体療法を止めた後でも持続した。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • インテグリン:細胞表面に存在する細胞接着タンパク質で、α鎖とβ鎖の2つのサブユニットからなる。
Science, this issue p. 197

黄色のフォトリアーゼで二つの道が分かれた (Two roads diverged in a yellow photolyase)

フォトリアーゼ酵素は、紫外光で損傷したDNAを修復する。補助因子による青色光の吸収が電子移動段階を促進すると、この修復過程が始まる。Zhangたちは超高速吸収分光法を用いて、この段階の反応機構を調べた。電子移動経路における二つの道のうち、原核生物の酵素においては直接的なトンネル効果の道を、真核生物の酵素においては2段階の跳躍機構の道を利用している。この差が、原核生物におけるより高い修復量子収率を説明する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 黄色のフォトリアーゼ:黄色物質フラビン補酵素によりフォトリアーゼの DNA修復機構が始まる
Science, this issue p. 209

鎌状赤血球の変異を打ちのめす (Hammering out the sickle cell mutation)

鎌状赤血球症は、モグロビン遺伝子の一つの変異によって引き起こされる遺伝性疾患である。これが赤血球の変形を引き起し、血管の閉塞と激しい痛み、そして進行性の臓器損傷をもたらす。この病気の原因となる変異を直すために、De Wittらは CRISPR-Cas9遺伝子編集手法を使用して、鎌状赤血球症患者からの造血幹細胞を改変した。改変された細胞は、うまくマウスに移植され、鎌状赤血球症の改善に潜在的な臨床的有用性を示すのに十分な正常ヘモグロビンを産成した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 鎌状赤血球症:鎌状(三日月形)の赤血球と、赤血球の過剰破壊による慢性貧血を特徴とする遺伝性疾患。これの患者はマラリアに対する生存率が高い。
Sci. Transl. Med. 8, 360ra134 (2016).

ナノ・フォトニクスに向けての層化方法 (A layered approach for nanophotonics)

超高速技術であるナノ・フォトニクスは、オプティックスの速度とエレクトロニクスの微細な尺度を結びつけることを目指している。しかし、数桁異なる長さの尺度を橋渡しをする必要がある。Basovらは、2次元層状構造のファン・デル・ワールス材料が、この長さ尺度の違いをいかに橋渡ししているかについて概説している。多様な材料とそしてまたそれらの多様な光学特性や電子特性が活用できるため、所望のオプト・エレクトロニクス機能を持ったデバイスを作ることができる。(NK,KU,kj)

【訳注】
  • ファン・デル・ワールス材料:遠距離まで働く弱いファン・デル・ワールス力によって結合している材料
Science, this issue p. 195

亡命希望者に関する欧州の総意 (A consensus in Europe about asylum seekers)

集団間の激しい対立抗争は、しばしば大量の非戦闘員難民を生み出す。Bansakたちは、そのような亡命希望者に対する西欧の意識を調査した。彼らは、有権者たちが、受け入れ国の経済に貢献するであろう申請者、経済的困難よりもむしろ肉体的および精神的苦痛を受けていた申請者、イスラム教徒よりもキリスト教徒である申請者を好むことを見出した。これらの選好度は、どの国でも同様であり、有権者の特性とも無関係である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 217

強烈な隕石衝突 (An impactful event)

米国大西洋岸沖の広い領域にまたがる3ヶ所の海底堆積物中の、暁新世-始新世境界の層序学的深さ付近で、ガラス状石英の小球が見出されている。これらの標本の特徴は、地球圏外からの隕石の衝突に因む微小テクタイトの標本と一致する。Schallerたちによるこの発見は、暁新世-始新世温暖化極大期の隕石衝突の証拠であり、この期間は世界的に急速に気温が上昇し、炭素サイクルが大きく乱れた期間である。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 層序学:地質学のうち、地層のできた順序(新旧関係)を研究する分野
Science, this issue p. 225

微生物が石炭からメタンを作る (Microbes make methane from coal)

石炭床に由来するメタンは、重要な世界的天然ガス資源である。石炭中のメタンの多くは、微生物のメタン生成でもたらされる。Mayumi たちは、いろいろな種類の石炭で見つかっている何十種ものメトキシ芳香族化合物から、予想外にも、メタンを作ることができる Methermicoccus shengliensis というメタン生成菌株を明らかにした(Welteによる展望記事参照)。同位元素追跡実験により、この微生物は、二酸化炭素をメタンに組み入れることもできることが示された。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 222; see also p. 184

野鳥におけるインフルエンザの渡り (Migration of influenza in wild birds)

野鳥でのウイルス監視は,飼育場の適切な衛生管理と組み合わせれば家禽飼育単位での効果的インフルエンザ制御に導く, 早期警戒システムの提供を可能とするかもしれない。H5N8と関連インフルエンザウイルスの地球コンソーシアム (The Global Consortium for H5N8 and Related Influenza Viruses)は,発病性の強い鳥インフルエンザ・ウイルスに共通する H5部分が,容易に他のインフルエンザ・ウイルスと混じり合うことを見出した(Russellによる展望記事参照)。それ故,H5は新規病原性変異株の継続的発生源である。これらのデータはまた,近年欧州や北米の養鶏場で深刻な大流行を引き起こした H5N8が,北極の繁殖地で接触する渡りの鴨,白鳥,ガチョウからもたらされたことも示している。このウイルスは感染力が大変大きいため,野鳥の選別的な処分は効果的な制御措置ではない。(MY,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • The Global Consortium for H5N8 and Related Influenza Viruses:欧州,北米,東アジアなどの機関の研究者が参加するインフルエンザH5N8株に関するコンソーシアム
Science, this issue p. 213; see also p. 174

負の排出という賭け (The negative emissions gamble)

どのようにして地球温暖化を 2℃以下に保つことができるかというシナリオは、大気から炭素を取り除く技術の大規模な活用に大きく依存している。それらの技術は、一般に認識されている、炭素放出の削減量に対する必要を短期的には軽減できるため、政策担当者には魅力的なものである。展望記事において、Andersonと Petersは、必要とされる規模でこれらの技術を採用することは、不可能か、あるいは、賢明ではない可能性があると論じている。たとえば、炭素捕獲と蓄積を伴うバイオ・エネルギーは、特に有望なものに見えるが、それには、食糧生産や野生生物にはもう利用できない広大な土地を必要とするであろう。これらの投機的な技術に依存することにより、人類は、直接的に気候変化を緩和する決定的な可能性の窓を失ってしまうかもしれない。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 182

圧力に応じて弛緩する (Relaxing in response to pressure)

小径動脈は,大動脈を組織や臓器に栄養を供給する毛細血管床に繋いでいる。小径動脈の持続的狭窄は高血圧(高血圧症)をもたらす可能性がある。Khavandiたちは,動脈狭窄が、キナーゼ PKGを酸化し活性化する活性酸素種の生成をうながし,それが,血管の弛緩を誘発するカリウム・チャンネルを開けることを見出した(HillとBraunによるフォーカス記事参照) 。これらの結果は,活性酸素種を生成する幾つかの薬剤が、何故に高血圧症の治療に効果があるのかを説明するかもしれない。(MY,KU,kj,kh)

Sci. Signal. 9, ra100 and fs15 (2016).