AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 16 2016, Vol.353

聴覚を切り替え, "カエルのうた" に迷わない (Swapping senses to avoid the din)

獲物の獲得や移動のために音を利用する種は,騒がしさが増大するこの世の中では不利な立場となる.しかしながら,種の中には,背景騒音にもかかわらずやっていく能力を持つものがある.カエルクイコウモリは一般的に,求愛の鳴き声を聞き分け,カエルを捕える.Gomesたちは,騒がしい環境では,このコウモリがカエル音の受動的な音響受信から、鳴き声を出しているカエルの膨張する咽頭嚢を検知する反響定位の使用に切り替えることを見出した.(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 反響定位:自分が発する音波の反響で周囲の探知をすること
Science, this issue p. 1277

脳内の神経細胞群の動力学 (Neuronal assembly dynamics in the brain)

鋭波に重なるリップルは,記憶固定で役割を果たす可能性のある海馬で観測される神経細胞活動パターンの一種である.この現象を調べるためMalvacheたちは,生きたマウスの複数の海馬神経細胞におけるカルシウムの動力学を同時撮影した.場所細胞と呼ばれる部類の神経細胞は,マウスが走行ベルト上を走っている際に活性化した.マウスが止まると,マウスが走っている間に細胞が活性化した順列を呼びだす高速の再生事象が起きた.そしてこれらは,鋭波のリップルと一致した.異なる細胞群が参加する再活性化期間もまた観測された.マウスのカルシウム画像は,神経細胞群同士が協調して,リップル事象の断片を作り出すのかもしれないことを示した.(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1280

規模が同じでも傾向は違う (Like in scale, different in pattern)

これまでに、地球上では5回の大規模な絶滅事象があった。以前の絶滅を特徴付ける傾向とその過程を理解することは、現在起きている絶滅のレベルを理解し、おそらくはそれを軽減するのにも重要である。Payne たちは、脊椎動物や軟体動物を含む海生分類群を観察して、いくつかの重要な相違点を見出した。最も特徴的なことは、現在の絶滅は大型種に集中していて、それらの生活史戦略に無関係であることである。これは、海洋における絶滅の主要な推進者が、人間の狩猟者や漁業者であり、少なくともこれまでのところは気候変動によるものではないことを考慮すると、もっともなことといえる。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1284

面前の反強磁性を見つめる (Staring antiferromagnetism in the face)

量子ガス顕微鏡は、光格子中の原子を格子レベルの分解能で直接観測する能力を有している。量子位相研究に対する可能性は無限に見えるが、主要目標としてクプラートの高温超電導現象に類似のd波超流動の実現がある。3つの研究グループが、クプラートの相図にも表れる反強磁性相関を直接画像化することで、この目標に向かって前進した。Parsonsらは、フェルミオン原子が半分程度充填された2次元光格子にて画像化に成功し、またBollらは1次元鎖にて研究した。さらに、Cheukらは2次元格子での電荷相関に対するドーピングの影響について明らかにした。温度をさらに低下させることで、これら実験を超流動領域に近づけることができるはずだ。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • クプラート: 銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオン
Science, this issue pp. 1253, 1257, and 1260

結合部を引き延ばす (Stretching the connections)

重合体の弾性挙動を測定することは、過渡的な絡み合いや、時間依存的挙動を引き起こす可能性のある長鎖構造のために難しい。固定輪状欠陥を含む、ハイドロゲルのような共有結合重合体の場合は、さらなる複雑さが生じる。Zhong たちは、重合体合成時に欠陥構造を制御することにより、重合体ゲル中の欠陥を数え、それらを弾性およびレオロジー的な挙動と関連づけることができる。現状のモデルでは、彼らの観察結果をとらえることはできないが、修正幽霊網目理論に基づく真弾性網目理論は、位相的分子欠陥の影響を説明することができる。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1264

海洋における機能的微生物の分布 (Functional microbial distribution in the ocean)

海洋微生物に関する膨大なゲノム・データが利用可能である。分類学的傾向の意味を求めて、データは慎重にえり分けられているが、Loucaたちは、分類学だけでは微生物群落の構造を表現しきれないことを示している。Tara Oceansプロジェクトの期間に集められたデータのメタ解析から、30,000を越える細菌と古細菌を、光合成無機栄養と窒素固定から硫酸塩呼吸に至る機能的代謝グループに分類した。分類学的差異から機能的差異を見出すことで、環境条件が、地球規模の海洋「種子銀行(seedbank)」から、分類ではなく機能に対して選択を行っていることが示唆される。(KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • メタ解析:複数の研究結果を統合して解析する統計学の方法の一つ
Science, this issue p. 1272

均一なナノロッドを払い落とす (Brushing out uniform nanorods)

ナノ材料合成に関する現在進行中の課題は、ある程度の量の均一な生成物を作り出すとともに、その化学的性質、構造、寸法を制御する方法を見つけることである。Pang たちは、ビン洗浄ブラシのような形状をしたブロック共重合体を用いて、材料成長を内側から外まで完全に誘導するうまい方法を考え出している(Houlton による展望記事参照)。重合体は狭いサイズ分布で成長させることができるので、それらは様々な前駆物質に対する均一な鋳型の役割を果たす。金属性、強誘電性、光量子性、半導電性、発光性、熱電性、磁性、あるいはそれらを組み合わせた特性を持つ材料を含む、広範囲の材料を成長させることが可能である。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ナノロッド:形状が棒状のナノ微粒子のこと
Science, this issue p. 1268; see also p. 1204

薬の作用を明らかにする (Uncovering how a drug works)

薬のジメチル・フマル酸 (DMF)は、乾癬や多発性硬化症を含む自己免疫疾患の治療に用いられ、タンパク質のシステイン残基を修飾することで作用している可能性がある。その薬の使用が、患者によっては命を危うくするような感染症に導いたために、どのように作用するかをより良く理解することが必要だ。Blewettたちは、ヒトT細胞タンパク質において DMFと反応するシステイン残基を同定した。彼らは、DMFによるキナーゼ PKCθの修飾が、 PKCθの十分なT細胞活性化への仲介を妨げていることを見出した。(KU,kh)

【訳注】
  • 乾癬(かんせん):慢性の皮膚角化疾患(皮膚上皮の角質細胞の剥がれ落ちたもの)
  • 多発性硬化症:脳や脊髄に多発性の硬い病巣が見られる病気で、起こって治りまた再発を繰り返す
Sci. Signal. 9, rs10 (2016).

ゲノム編集に役立つAIDという助っ人 (A useful AID for genome editing)

原核生物が持つCRISPR-Cas獲得免疫機構は,ゲノム編集に大変革をもたらしてきたが,幾つかの技術的な問題が残っている.そこで使われるCas核酸分解酵素はガイドRNAにより,その標的部位に導かれ,その後,そのDNAに切れ目を入れる.この切断の修繕が,望まない挿入や欠失をわずかに生じる可能性がある.Nishidaたちは,違う生物種のCas核酸分解酵素の変異体を,脊椎動物の免疫系の一部である活性化誘導シチジン脱アミノ酵素(AID)のオーソログに融合し用いることで,修繕の不正確さの問題を回避している(ConticelloとRadaによる展望記事参照).このAIDオーソログは,DNAを切断することなく標的遺伝子座でのヌクレオチド置換を触媒し,このため,標的遺伝子以外に対する非特異的な効果を低減し,CRISPR-Cas道具箱の効率性を高めている.(MY,kh)

【訳注】
  • 変異体:本来のCasが核酸分解機能を持つのに対して,ここではそれを持たない変異のこと
  • 活性化誘導シチジン脱アミノ酵素:DNA中のシチジン基(その塩基はシトシン)からアミノ基を取り除く酵素タンパク質
  • オーソログ:共通の祖先から配列を保持しながら種分岐を経て進化してきた遺伝子やタンパク質のこと.ここでのオーソログはタンパク質に対するものとして使われている
Science, this issue p. 1248; see also p. 1206

食べて良し、地球にとっても良し (Good to eat, good for the planet)

食料の生産・加工そして使用は、地球の温暖化ガス排出量の約1/4の責を負うている。展望記事においてGarnettは、健康によい食料を供給しつつ、より持続的となるように、食料システムがどのように変更可能かという点について考察している。既存の研究は、世界中で消費量が増加している典型的な欧米風食物が及ぼす強い環境影響と、健康への悪影響について焦点を当てている。しかし既存の研究は、何が持続的な食料を構成するのかという点について、部分像しか提供していないため解決策はそれほど明確でない。さらに、政策が成功するためには、単に何が食事にとって大事かだけでなく、食料生産と配分の研究と支援の重要性を考慮する必要がある。(Uc,MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1202

耳いっぱいの治療法 (Treatment by the earful)

一般には耳感染症と呼ばれている中耳炎は幼児期によく見られる疾患で、小児科医の受診や抗生物質の処方箋が多いことの原因となっている。しかしながら、小さな子供に経口抗生物質を与えるのは必ずしも容易なことではない。さらに、抗生物質の全身投与は抗生物質耐性の発生や他の副作用を引き起こす。これらの問題に対処するために、Yangらは抗生物質を耳に直接投与することを可能とするハイドロゲルを使ったシステムを開発し、チンチラを使って、中耳炎の原因となる事が多い、型分類不能なインフルエンザ菌の耳感染に効果があることを示した。チンチラの血液中には薬が検出されず、この局所的投与方法の特異性が確かめられた(ST,nk,kj)

Sci. Transl. Med. 8, 356ra120 (2016).

病原菌は腸内酸素を活気づける (Pathogen stimulates gut oxygen)

いくつかの病原菌は、注射器のような機構として遺伝子を伴うT3SSと呼ばれる可動性の分泌装置を持つ。組み立てられたT3SSは宿主細胞に、毒性を持つ病原機能タンパク質を注入する。Lopezらは、マウス病原菌由来の毒性因子がT3SSで注入されると、宿主腸上皮において、炎症、修復応答、および陰窩の過形成を誘発することを見出した。成熟した結腸細胞はその生理学的作用のため、水の吸収時に酸素を使うが、未成熟な過形成性結腸は、成長のために酸素を必要としない。したがって過形成時には、好気性病原菌が増殖するために利用可能な酸素の量が増し、定住している嫌気性微生物叢は締め出される。病原菌はまた、増殖を発酵に依存している微生物には利用できない炭素源を利用する利益がある。(Sh,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • T3SS:Type III Secretion Systemの略。病原菌の体外にタンパク質を分泌するために、ある種の病原菌が持つ注射器のような分泌装置の1つ
Science, this issue p. 1249