AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 5 2016, Vol.353

難民認定の遅れが就業の機会を減らす (Asylum delay reduces employment)

現在の難民危機は、難民が受入国の生活にどの溶け込んでいくかという点について、より良い理解を求めている。鍵となる融合の要素は、賃金の得られる労働である。Hainmuellerたちは、受入国政府の難民認定が通常より1年遅れた難民は、区分(性別とか言語とかいう)や出身にかかわらず、結果として就業機会を得ることが難しくなったことを発見した。この発見は、難民認定申請の遅い難民が、心理的に落胆してしまうパターンと一致する。このように、難民認定処置のスピードアップが、弱者である人々の経済的な可能性の道を開く賢明な政策であると考えられる。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600432 (2016).

曲げろ、形を作れ、記憶しろ(Bend it, shape it, remember it)

形状記憶合金は、大きく変形させた後も元の形状に戻るという、有用な性質を有している。この過程は、金属中の多くの小さな無機粒子の、集団的な挙動に依存している。Sedmakたちは、三次元X線回折を用いて、この変形が進行している時の、ニッケル・チタン形状記憶合金中の15,000個以上の粒子を追跡し、それにより微視的変化を巨視的な物体の変形に関連付けた。(Sk,ok,nk)

Science, this issue p. 559

治水が中国文明を生む (Flood control initiates Chinese civilization)

約4千年前、禹王は黄河流域の大洪水を治めることに成功した。これが夏王朝の樹立と中国文明の誕生につながったと考えられている。しかしながら、その出来事の時期と出来事同士のつながりは明確でなく、議論の余地がある。Wuらは層序データと放射性炭素年代測定を使って、紀元前1900年頃に大洪水が発生したこと、および夏王朝が誕生したことを実証し、それによって歴史年表と考古学的年表を調和させた(モンゴメリーによる展望記事参照)。(ST,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 579; see also p. 538

核内部の空間的組織 (Spatial organization inside the nucleus)

真核細胞では、DNAはクロマチンと呼ばれる複雑な高分子構造に詰め込まれている。Wangらは、個々の染色体上の複数の領域の位置を可視化する画像化法を開発し、その結果から、クロマチンは、TAD(位相的関連領域)と呼ばれる大きな接触領域に組織化されていることを確認している。しかし意外なことに、大きな長さ尺度でみると、その折り畳み構造は古典的なフラクタル・グロビュール・モデルから外れている。(Sh,kh)

【訳注】
  • TAD(位相的関連領域):百万塩基程度の大きさのクロマチン集合体。TAD間には境界領域があり、隣接するゲノム領域が影響し合わないよう3次元的に隔離していると考えられている
Science, this issue p. 598

適時の単繊維の1針 (A monofilament stitch in time)

頸管縫縮術(縫合することで子宮頸管開口部を強化する処置)は,早産のリスクを下げるため,たびたび用いられてきた.Kindingerたちによる臨床研究は,縫縮に編んだ糸を使うことが,単繊維の糸を使うよりも,早産や子宮内死のリスクの増加を伴うことを示している.編んだ糸は,細菌の繁殖を招きやすく,それが膣内細菌異常や炎症となる.これは臨床所見の説明に役立つ.(MY,kj,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 350ra102 (2016).

HIVワクチンのお膳立て (Setting the stage for HIV vaccines)

HIV感染者の中には、複数の HIV株を標的にできる広域中和抗体を産生する人もいる。Moodyらは、広域中和抗体を持つ人は通常よりも、自己抗体が多く、調節性T細胞が少なく、循環型記憶濾胞性ヘルパーT細胞が多いことを見出した。だから、これらの免疫系攪乱を模倣できるようなワクチンの実施手順は、HIVに対する免疫応答をより高めるかも知れない。(Sh,kj,nk,kh)

Sci. Immunol. 10.1126/sciimmunol. aag0851 (2016).

核生成に先立つ認識 (Recognition before nucleation)

藻の中には,円石とよばれる装飾的な結晶構造を成長させる,素晴らしい能力を進化させたものもいる.この構造は,有機物の基床と外側に広がる複雑な炭酸カルシウム無機物から成り立っている.Galたちは,藻が,基床と成長する無機物端の間の相互作用によってではなく,多量のカルシウムを成長させたい基床に向かわせることによって,基床の部位特異的な石化を制御していることを見出した.関連する2つの有機成分同士が認識し結合することで,いつ,どこで結晶の核生成が起きるかを決める.(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 円石:海洋性の単細胞藻類が細胞表面に形成する炭酸カルシウムの層
Science, this issue p. 590

ALSにおける軸索の病理とネクロプトーシス (Axonal pathology and necroptosis in ALS)

カスパーゼ非依存型の細胞死であるネクロプトーシスは,RIPK1と呼ばれるキナーゼを抑制することで,疾病状態で低減させることが可能である.現在まで,ヒトでの変異はどれも,ネクロプトーシスに関係付けられていなかった.Itoたちは,ヒト神経変性疾患であるALS(筋萎縮性側索硬化症)に関連付けられていた遺伝子により符号化されているオプチニューリンの欠損が,ネクロプトーシスや軸索変性を招き易くなることを示している.RIPK1-キナーゼ依存性シグナル伝達が,オプチニューリン欠乏マウスで壊されると,ネクロプトーシスが阻止され,軸索変性が好転する.(MY,KU)

【訳注】
  • ネクロプトーシス:あらかじめプログラムされた遺伝子発現によって細胞自らが起こす壊死
  • カスパーゼ依存型細胞死:タンパク質分解酵素の一種であるカスパーゼが関与して誘導される細胞死のこと
  • 軸索変性:抹消神経系神経細胞の軸索が壊れること.これにより運動や間隔の信号伝達が損なわれる.筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病などの神経変性疾患で共通に認められる
Science, this issue p. 603

グラフェンのカイラリティーを引き出す (Teasing out chirality in graphene)

カイラルな素粒子は、その運動量と同方向あるいは逆方向を示すスピンを有している。グラフェンにおいては、電子が類似のカイラリティーを有しているが、それを電気的輸送の実験で観察するのは厄介である。これを行うため、Wallbank たちは、絶縁性の六方晶系窒化ホウ素の層で分離された、二枚のわずかにずらしたグラフェン薄板間を、電子がどのようにトンネル効果で移動するかを研究した。電子のカイラルな性質は、トンネル効果による移動に制約を課し、それによりデータ中のカイラリティーのサインが識別可能になった。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 575

メタンからベンゼンを作るための膜 (Membranes to make benzene from methane)

メタンガスは輸送すると高くつく。それは通常、一酸化炭素と水素に変換され、次いで液化される。これは非常に大きな規模においてだけ、経済的である。これゆえに、遠隔地で産出量の少ないメタンは、燃やされるか、あるいはそもそも取り出されない。有望な代替案は、モリブデン・ゼオライト触媒を用いての、ベンゼンと水素への変換である。残念ながら、これらの触媒はカーボンの付着形成により非活性化する。加えて、水素は反応を促進するために取り除く必要がある。Morejudoらは、固体状態の BaZrO3の膜反応器を用いてこれら二つの問題に取り組み、電気化学的に水素を取り除き、酸素を供給してカーボン付着形成を抑えた。(NA,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 563

CRISPR-Casの進化的混合 (The CRISPR-Cas evolutionary mix)

原核生物は、ウイルスや寄生DNAの絶えざる攻撃のもとにある。多くの細菌は CRISPR-Casと呼ばれる適応免疫系を持っており、この猛攻撃から自分を守っている。 CRISPR-Casに基づく免疫の根底にある機構は原核生物種の中で似ているけれども、多くの変型が存在する。Mohanrajuたちは、CRISPRの座位と関連するエフェクターの Casタンパク質の基本構造と機能における共通の設計と多くの差異を調べている。Abudayyehたちは、クラス2 CRISPR-Cas単一エフェクターの興味深い例を報告しているが、それは細菌の一本鎖RNAウイルスを標的としているらしく、そして一連の生物工学的手段において有効に活用されるかも知れない。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad5147, p. 10.1126/science.aad5573

電池の劣化を監視する (Watching batteries fail)

電気化学反応の繰り返しによる電極の物理的変化のため、再充電可能な電池の容量は一部、減少する。Limらは、電極材料 LiFePO4内の Fe(II)と Fe(III)の相対濃度を高分解能X線吸収分光法を用いて測定することで、 LiFePO4の反応挙動を追跡する(Schougaardの展望記事参照)。その後、交換電流密度を Li+の挿入と除去に対して可視化した。結果として、速い充放電サイクル速度においては、 Li+が挿入され、除去される際に固溶体が形成された。一方、遅い充放電サイクル速度において、ナノスケールの相分離が電池粒子内で生じ、結果として電池寿命を縮めた。(NK,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 566; see also p. 543

長寿命のエキシマ類似の構造 (Long-life excimer-like structures)

金属の量子集合体は、画像化のような医学応用に理想的な性質を有している。課題は、有用な装置を製作するために、その過渡的変化の時間を長くすることにある。Santiago-Gonzalezたちは、超分子の格子中に水素結合で保持した金のクラスターを配置し、この材料が繊維芽細胞の画像化に使用できることを示した。超構造中で、金分子はエキシマとして励起状態において集合し、その後解離して光を放出する。それらは格子中にあるので、この挙動は長時間安定性を示す。さらに、格子の超構造は活性酸素種を除去し、細胞の損傷を低減する。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • エキシマ:電子励起状態の原子分子が、他の原子分子と形成する分子(励起二量体)
  • 超構造:複数の種類の結晶格子の重ね合わせにより、その周期構造が基本単位格子より長くなった結晶格子の構造(超格子構造とも言う)
Science, this issue p. 571

太陽を求めて (Searching for the Sun)

未成熟なひまわりが成長する時は、太陽の動きを追いかける。若いひまわりは、一日が進むにつれて、西に向かって傾くが、毎夜再び東に向き直る。花が成熟し開花すると、東に顔を向けて安定した向きで落ち着く。Atamianたちは、ひまわりの概日リズムが、若いひまわりの茎の細胞の東西への伸長をどのように調節しているかを示している (Briggsによる展望記事を参照のこと)。彼らは、東に向いた花は、西向きの花よりも暖かいこと、そして、この温覚が花粉媒介者を惹きつけることを示している。茎の中のオーキシンのシグナル伝達経路は、成熟したひまわりが東を向いたままとなるように働く。(Wt,KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 587; see also p. 541

救助に向かう生体異物 (Xenobiotics to the rescue)

微生物汚染は、バイオ燃料や他の産業目的に対するサトウキビ、或いは乾燥粉末トウモロコシといった、複合低価格原料の大規模な発酵に極めて有害となることがある。課題は、拡大しつつある抗生物質耐性への心配の故に、抗生物質を使わずに外来生物を抑制しなければならないことである。Shawたちは細菌と酵母を遺伝子操作して、栄養源として珍しい化合物を利用した (Lennenによる展望記事参照)。例えば、窒素源としてメラミンを消化するように一般的なバイオ触媒の大腸菌を遺伝子操作することで、汚染生物体を打ち負かすことが可能になった。同様に、窒素に対してシアナミドを、或いはリンに対して亜リン酸エステルを利用するよう酵母を遺伝子操作することで、競合適応性が改善された。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 583; see also p. 542

チャネル変異から神経障害へ (From channel mutation to neuropathy)

進行性で早発性運動神経障害の子どもによって、この重度の能力障害への分子レベルでの解決の手がかりが明らかになった。Kahleたちは、患者の末梢神経系において K+-Cl-輸送体 KCC3をコードしている遺伝子の点変異を発見した。その変異した輸送体はリン酸化により抑制されることなく、常時活性型のままであった。同じ変異を持つ KCC3を発現するマウスは、輸送体の活性増加と歩行運動機能の障害を示した。(KU,ok,kh)

Sci. Signal. 9, ra77 (2016).

結晶のフェルミ粒子動物園を分類する (Classifying the cyrstalline fermionic zoo)

素粒子は自由空間の規則と対称性に従わなければならないが,周期的な結晶格子中に存在する場合はその限りではないことが判っている.この周期性は,そこに存在するフェルミ粒子種の多様性を増大させ得る.Bradlynたちは,半金属と呼ばれる部類の材料中でフェルミ粒子型の準粒子を分類し,その位相幾何学的性質を調べている(Beenakkerによる展望記事参照).特徴づけが十分になされ,自由空間で「生息」可能な,ディラック型,マヨラナ型,ワイル型のフェルミ粒子に加え,結晶空間群の対称性が,他の型のフェルミ粒子の存在を可能にする.すでに知られた結晶のフェルミ準位付近に,これらのフェルミ粒子型が生じることを計算が示しており,これは,それらの実験観測に向けて幸先がよい.(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • フェルミ粒子:フェルミ・ディラック統計に従って,1つの状態に1個しか入れない粒子で,電子が代表例
  • 準粒子:ある離散的な振る舞いをする粒子の集団(粒子系)が一つの仮想的な粒子として見なせる場合,この仮想粒子を準粒子と言い,フォノンやプラズモンなどが含まれる
  • 半金属:伝導帯の下部と価電子帯の上部が,フェルミ準位をまたいでわずかに重なり合ったバンド構造を有し,これにより,わずかに金属と同様の自由電子が生じている物質.生じた自由電子の有効質量は小さく,移動度は大きい
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf5037; see also p. 539

プロテアソームのがん抑制に関する洞察 (Insights into proteasome inhibition)

プロテアソームは、適切な細胞の生理と増殖を維持するために、タンパク質を分解して除去する大きなタンパク質複合体である。プロテアソームは、抗がん治療に対して確証された標的であるが、阻害剤がどのように活性部位と相互作用しているかの乏しい理解により薬剤設計が遅れていた。Schraderたちは、様々なプロテアソーム-阻害剤複合体の結晶化に成功した。彼らは引き続いて、未変性のヒト・プロテアソームと8つの異なる阻害剤との複合体に関する結晶構造を1.9と2.1オングストロームの間の分解能で得た。試料とされた阻害剤は、がん治療において承認されてる、或いは臨床試験中の薬剤を含んでいる。(KU,kh)

Science, this issue p. 594