AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 1 2016, Vol.353

菌類が窒素の制約を外す (Fungi relieve nitrogen limitation)

大気中の二酸化炭素濃度の上昇は、植物の成長を促す。その効果は、人為的活動に起因する気候変動の速度を減少させるかも知れない。 しかし、植物はまた、成長のために窒素も必要とする。これまでのところ、実験的な窒素の添加によるO2取り込み量への効果は、疑わしいものであった。 Terrer たちは、植物の成長に対する窒素の効果が、有効態窒素と菌根土壌菌共生との間の関係に依存すると説明している。 その根に外生菌根菌を有する植物のみが、窒素の制約を克服できる。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 菌根菌:植物の根に着生して共生し、土壌中に張り巡らした菌糸から、主にリン酸や窒素を吸収して宿主植物に供給する菌類。 植物の根を包み込み鞘状の菌糸を形成する外生菌根菌と、根の内部で伸長する内生菌根菌に大別される
Science, this issue p. 72

PARPによる ADPリボシル化の地図化 (Mapping ADP-ribosylation by PARPs)

多くの細胞過程において、ADPリボースが、ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ(PARP)によって NAD+からタンパク質基質に転移される。 Gibsonたちはリボース転移事象を追跡する或る方法を開発し、そしてプロテオームとゲノムを横断的に PARP 1、2、3に対する数百の ADPリボシル化部位の地図を作成した。PARP-1標的の一つはNELF(RNAポリメラーゼIIによる転写の休止を調節するタンパク質複合体)である。もし、NELFがリボシル化されると、休止が終わって生産的な転写伸長が再開する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ :タンパク質翻訳後修飾の一つで、1個以上のADP(アデノシン2リン酸)リボースを付加する反応を触媒する
  • NAD+:ニコチンアミドアデニン・ジヌクレオチド
Science, this issue p. 45

うろこ、羽毛、毛は、似た者同士 (Scales, feathers, and hair have a lot in common)

爬虫類、鳥類、哺乳類の皮膚付属器は、お互い非常に異なっているので、それらは独立して生まれてきたとされてきたが、これは事実ではないことが分かった。 Di-Poi とMilinkovitch は、ワニ、トカゲ、ヘビと、うろこのない変異体のトカゲにおける、うろこの発生を調査した。彼らは、うろこが、羽毛や毛嚢と同じように、プラコードとよばれる、胚の局所的な肥厚領域から発生し、全て同様の分子発生経路に従うことを見出した。(Sk,kj,nk)

Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.1600708 (2016).

ペロブスカイトが一瞬でより良くなる (Better in a flash of perovskite)

20% を超える、無機・有機ペロブスカイト太陽電池の変換効率は、一般的に、0.1平方センチ以下の面積に対して報告されてきた。もし、同じ材料を大面積にしてみると、欠陥が電荷担体の移動を制限し、効率が低下する。 Li たちは、溶媒の真空フラッシュ蒸発により急速な結晶化を引き起こして高品質膜を作製し、1平方センチ超の照射面積に対して20%近い効率を得た。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 58

2つのフッ素をただ1つの炭素に付加する (Adding two fluorines to just one carbon)

フッ素は,創薬研究において多目的の置換基として登場してきている.フッ素の分子骨格への組み込みは,溶解性はもちろん,空間的および電子的な性質を変更する. Bankたちは,フェニル置換オレフィン中のただ1つの炭素中心に選択的に,2つのフッ素を付加した.この反応は,フッ素の付加がフェニル基を隣接炭素に転移させることによる移動機構で進行する. これはキラル中心を作り,そこから,キラルな単純ヨウ素触媒が,グラム量のジフルオロ・メチル化された構成要素を生成することができる.(MY,kh)

Science, this issue p. 51

火星の砂丘の予想外の形 (Unexpected forms of sand dunes on Mars)

地球では、砂の上を通り過ぎる風と水は、大きな砂丘や、小さな波紋を形成することになる。これらは、まとめて砂丘形と呼ばれている。 Lapotre たちは、軌道からと、(NASAの)火星表面探査車Curiosity roverから撮影された、火星の砂丘形の画像を分析した。 彼らは、その惑星上に地球ではみられない第三の大きさ-- 波紋と砂丘との間の大きさ -- の砂丘形があることを見出した。 これは、地球とは異なる大気状態によるものである。砂丘形は堆積岩の中に保存されている可能性があるため、原理的にはそれらの痕跡から火星大気の過去からの進化を決定することに用いることができる。(Wt,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 55

RNA発現の空間構造 (Spatial structure of RNA expression)

RNAシークエンシング(RNA配列決定)及び類似の方法は、細胞内および細胞間での遺伝子発現を記録することができる。現在の方法は、一般的に位置情報を失い、多くは面倒な単一細胞の単離とシークエンシングを必要とする。 Stohlらは、固定化脳あるいはガン組織サンプルのバー・コード付き逆転写酵素プライマーへの直接アニール、逆転写遂行とそれに続くシーケンシング、そして計算的再構成、による転写物の空間分布測定方法を開発した。そしてこれは多重遺伝子にも同様に行うことができる。(Sh,MY,ok.kj,kh)

Science, this issue p. 78

雲を使って滑空する軍艦鳥 (Cloud-gliding frigate birds)

軍艦鳥は、トリの世界で最も高いところを飛ぶ鳥の一つである。Wiermirskirchたちは、大きな軍艦鳥が、大気条件を利用する様々な戦略を用いることで、一度に何ヶ月間も空中を飛び続けることを示している (Huey and Deutschによる展望記事参照)。 場所によっては、軍艦鳥は上昇気流と順風を利用するが、しかし長距離の大洋横断の旅においては、滑空のために、雲の中の低圧条件 (上昇気流) を利用して4000 mまで舞い上がる。 この印象的な軍艦鳥の戦略を理解することは、長距離移動に関する我々の理解を深め、そして飛翔への適応が到達可能な極限に対する我々の認識を高める。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. 74 see also p. 26

転移経路の構築 (Building the route to metastasis)

死につつある腫瘍細胞はリン脂質S1Pを放出するが、それは腫瘍関連マクロファージに、タンパク質のリポカリン-2の分泌を含む炎症促進性の反応を引き起こす。 Jungらは、乳がんの場合に、このS1P経路が、新しいリンパ管の形成を促す因子を、リンパ管内皮細胞に放出させることを発見した。問題は乳がん細胞がリンパ管を介して転移できることだ。 マウスではS1P-リポカリン-2経路が阻害されれば、転移が抑制される。同様に感染はS1Pの放出を起こし得て、だからこれもやはり転移を促進するのかもしれない(RodvoldとZanettiの展望記事参照)。(Sh,MY,kh,nk)

Sci. Signal. 9, ra64 and fs13 (2016).

ヒト族の歯からの進化の教え (Evolutionary lessons from hominin teeth)

進化は抵抗の最も少ない経路をとり,最適ではないが,より素早く到達可能な解へと達するのかもしれない.UngarとHluskoは展望記事で,百万年以上前に暮らしていたヒト族の歯と,ゴリラの歯を比較している. 両者は硬い植物を食べ物とする類似した食習慣にも拘わらず,ヒト族は,硬い食べ物の咀嚼に有効な,尖った咬頭のあるゴリラのような歯ではなく,エナメル質が厚く,咬頭が平らな歯を持っていた. 著者たちは,歯冠エナメル質が,個体の適応度に影響するかもしれない他の表現型の変化を起こすことなく,厚くなりうると主張している.対照的に,歯の咬頭の数と配置は遺伝学的には複雑で,進化にはより長い時間がかかる.(MY,bb)

【訳注】
  • 咬頭(こうとう):犬歯,臼歯の歯冠の尖っている部分
Science, this issue p. 29

健康なタンパク質群を作り維持するには (Making and maintaining a healthy proteome)

細胞質は、細胞を健康に保ちづつけるために、作られそして維持される必要のあるタンパク質で満たされている。Balchinたちはどのようにしてタンパク質が細胞内で折り畳まれ、折り畳み状態を正しく維持しているのかという点について概説している。 分子シャペロンのネットワークが、タンパク質の折り畳みと組み立てを監視しているが、我々の細胞がタンパク質群を健康に保つための能力は経年的に減少する。このような能力の低下が、神経変性やある種の慢性疾患における共通のメカニズムなのかもしれない。(Uc,MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • シャペロン:標的タンパク質の内部に存在し、標的タンパク質の正しいフォールディングを導き、かつ、フォールディング後にプロテアーゼによって切除される部分的アミノ酸配列
Science, this issue p. 42

MANFは組織修復に十分 (MANF enough for tissue repair)

幾つかの病状の治療に,幹細胞に基づく再生療法が開発されつつある.再生療法でよく起こる厄介な問題は,置き換え細胞の生着がよくないということで,その原因は,多くの変性疾患や炎症性疾患から生み出される不適微小環境のためである. Nevesたちは,中脳アストロサイト由来神経栄養因子(MANF)が免疫細胞を制御し,損傷した網膜視細胞に効果があることを,ショウジョウバエやマウスで見出した(CameronとGoldbergによる展望記事参照). マウスでは,MANFはまた,網膜変性症治療用の移植の後に,新しい光受容器の統合を促進し,視覚の回復を助けた.(MY,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 変性疾患:細胞や組織などが徐々に変質し機能を失ってしまう疾患
  • アストロサイト:脳に多く存在し,神経細胞ネットワークを構造的に支え,また,細胞外イオン環境の調節,血中から脳内への物質移行制御する等の機能を有する細胞
  • 神経栄養因子:神経細胞の生存・成長・シナプスの機能亢進などに必要な液性タンパク質
Science, this issue p. 43; see also p. 30

金属から電子が出る時間を測る (Clocking electrons as they exit a metal)

光照射によって金属から電子が放出する光電効果を量子力学的に説明した功績によりアインシュタインはノーベル賞を受賞した。その一世紀以上後に、アト秒分光法の出現により、研究者はその過程をリアルタイムに計測することが可能になった。 Taoらはアト秒パルス・トレインを用いて、ニッケル表面から離散状態に励起される電子の力学を自由空間に対して区別した。彼ら非占有バンド準位への励起に伴い、約200アト秒の遅延があることを時間分解することに成功した。(NK,kj,kh)

Science, this issue p. 62; see also p. 28

望まれない中心体の追い出し (Kicking out an unwanted centrosome)

一対の中心小体からなる中心体は、動物細胞の中で、鍵となる微小管形成中心であり、もっぱら精子から受け継がれる。 Pimenta-Marquesらはショウジョウバエを用いて、卵形性、即ち卵子形成 (Oogenesis)の過程で、中心小体の消失の機構について調べた。 ポロ・キナーゼと呼ばれる酵素の欠失または実験的ノックダウンと、中心小体の欠失が一致して起こった。もし卵子形成の過程でポロ・キナーゼが実験的に中心小体に "繋ぎとめられる”と、中心小体の消失が妨げられ、異常な減数分裂(減数分裂異常)、胚性欠損、そして雌性不稔を導く。(NA,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 44

メスに致命的なYob遺伝子の産物 (Female-fatal product of the Yob gene)

性決定の機構は,無脊椎動物においては非常に変化に富み,大変複雑である.生物が媒介する病気の制御戦略にとって,関与する生物体の生殖生物学を理解することが重要である. Krzywinskaたちは,ハマダラカ種における性決定について研究した.この蚊のメスは,血を吸ってマラリア寄生虫を感染させうる(Sinkinsによる展望記事参照). Yobと呼ばれるある遺伝子は,オスのY染色体上でのみ見出される.Yobは産卵後2時間以内にオスの胚に発現し,その転写は生涯続く.もしYobが,産卵後2時間以内の雌雄混合の胚に注入されると,オスの蚊だけが出現する.それは,Yobの存在がメスの胚にとって致死的なためである.(MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 67; see also p. 33

変化する性別比 (Changing sex ratios)

もし性の決定が気温に関係するならば、温暖化による気温変化は種の性別比に影響を与えると予測されるだろう。Petryらは、性が遺伝的に決定されている種に対し、温暖化が間接的にその性別比を変化させ、繁殖適応度を悪化させるかもしれないことを示している(EttersonとMazerの展望を参照)。 ある雌雄異株の高山植物集団の性別比は、雄株と雌株で水に対する必要度が異なっている結果として、40年以上にわたり雌株が増加してきている。 雄株の不足は雌株の繁殖成功度と適応度を悪化させている。このような環境に対する感受性の性における僅かな差が、やがては集団の減少につながっていくのかも知れない。(ST,kh,nk)

Science, this issue p. 69; see also p. 32

スターゲージンとAMPA受容体 (Stargazin and the AMPA receptor)

AMPA-サブタイプ・イオンチャネル型グルタミン酸受容体 (AMPAR)は、高速の興奮性神経伝達に仲介し、学習や記憶といったより高次の認知プロセスに寄与している。 脳において、AMPARの輸送、ゲート開閉、及び薬理をしっかりと制御する多様な補助的サブユニットとのタンパク質-タンパク質複合体として、AMPARは存在する。 この複合体の破壊は多くの精神疾患や神経変性疾患と関係している。Twomeyたちは低温電子顕微法を用いて、主要な代表的膜貫通 AMPAR調節タンパク質である、スターゲージン(stargazin:STZ)と AMPARとの複合体構造を決定した。 STZは AMPARのシナプス標的、シナプス可塑性、区画-特異的な活性、薬理、及びゲート開閉を制御している。(KU,kj)

Science, this issue p. 83

新型のガン細胞塊 (A new type of cancer cluster)

Cimaたちは,ガン患者の血液中の循環腫瘍細胞(CTC)を単離しようとして,代わりに,単一細胞よりはむしろ細胞の塊が沢山あることに気が付いた. しかし,これらの塊はCTCのようではなかった:これらの細胞は,上皮細胞のマーカーであるEpCAMを発現しておらず,また,原発腫瘍と同じ変異を持っていなかった. その代わり,この塊は内皮細胞の遺伝子型や表現型と一致し,凝集により形成されたよりはむしろ,そのままの塊としてマウスやヒトの腫瘍から脱離したものだった. 患者に内皮細胞の塊があることは,初期段階のガンと相関しており,治療開始前の特有のガン指標となるかもしれない.(MY,kj,kh)

【訳注】
  • EpCAM:主に上皮の基底膜(上皮細胞に隣接して存在する薄い層状構造)に発現する細胞接着因子で,循環している転移性ガン細胞の診断マーカーとして有用
  • 原発腫瘍:ある箇所の腫瘍が,別の箇所の腫瘍が転移して発生するのではなく,その箇所の細胞から発生する腫瘍のこと
Sci. Transl. Med. 8, 345ra89 (2016).