AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 17 2016, Vol.352

北の森林の将来 (A future for boreal forests)

気候変動下での(資源環境の)保護活動は、特定の生物や生態群集にとって、将来どこが適するかを予測する課題を提示する。D'Orangevilleたちは、北米大陸東部のカナダ・ケベック州における亜寒帯森林に関する見込みのある将来の分布範囲を評価しているが、そこでは森林樹木がその自然な分布範囲で大きな温度上昇を受けると予想されている。数多くの森林樹木からの年輪データを用いて、彼らは高温化により樹木の成長が助長される領域、そして森林が少なくても2070年まで持続して存在するだろうという領域の地理的範囲を描いている。(KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1452

サプリメントが筋肉の老化を防ぐ (A dietary supplement protects aging muscle)

細胞内の酸化型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)はミトコンドリアの機能にとって極めて重要で,その補給で寿命の向上をもたらすことができる.Zhangたちは,加齢マウスに NAD+の前駆体であるニコチンアミド・リボシド(NR)を与えると,マウスは筋肉の衰えを防ぐことを見出した(Guarenteによる展望記事参照).NR療法は筋肉機能を高め,また,マウスが筋幹細胞を減らすことも防いだ.この療法は,同様に神経幹細胞や色素幹細胞を守り,このことが,NRで処置された動物の寿命を伸ばすことに寄与したのかもしれない.(MY,kh,nk)

Science, this issue p. 1436; see also p. 1396

オンラインの脅威の進行を食い止める (Tackling the advance of online threats)

例えば、イスラム国(ISIS)のような敵対関係にある集団に対するオンライン支援は、局地的な 脅威を世界的な脅威に変えたり、補充兵士や資金調達を呼び込む可能性がある。Johnsonたちは、2015年1月1日から8月31日までの間で108,086人の追随者を含む複数の ISIS関連のウエブ・サイトで集めたデータを分析した。彼らは ISISのオンライン支援者の間の行動パターンを同定することを狙った統計モデルを開発し、この情報を用いて大きな暴力事件の兆候予測に使用した。ISIS支援の一時的なウエブ・グループ(集団:aggregates)の数の突然の上昇が暴力事件の開始に先んじて発生していた。この現象の起き方は社会的なメディアでのISISへの言及のみに着目していては検知できなかっただろうこのモデルによって、このような集合体の発展と進化をどのように防ぐことができるか、ということが示される。(Uc,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1459

アメもムチもコカイン常用者には効かない (Punishment doesn't work in cocaine addicts)

中毒症、特にコカイン中毒を治療することは非常に困難である。動物実験からは、薬物中毒の概念が異常な目標指向学習と習慣形成と看做されるようになった。Erscheたちは、報酬といった正の強化を用いた過剰訓練が、コカイン中毒患者に自分たちの行動結果に無関心にさせることを見出した。 対して、罰の概念に関する過剰訓練は何等の効果も与えなかった。このように、習慣がコカイン利用者の行動を決定するのかもしれない。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1468

何故ストレスがてんかんを悪化させるのか (Why stress makes epilepsy worse)

制御不能な神経活動で引き起こされる発作は,しばしば嗅皮質と呼ばれる脳部位で始まる.嗅皮質の活性は通常,コルチコトロピン(ストレスへの応答で放出される神経ペプチド)放出因子(CRF)によって抑制される.Narlaらは,実験的にてんかん誘発性にしたげっ歯類では,CRFはこの部位の脳の神経活性を抑制するのではなく,むしろ向上させることを見出した.これは,CRFの受容体が別の Gαタンパク質を通して信号伝達したためであり,このことはストレスや不安が何故,てんかんの発作頻度を増加させる傾向があるのかを説明できるかもしれない.(MY,kh)

【訳注】
  • 神経ペプチド:興奮の伝達あるいは抑制に作用するペプチド神経伝達物質
Sci. Signal. 9, ra60 (2016).

混合で調整される有機太陽電池 (Organic solar cells tuned by blending)

電子工学者は、異なる半導体材料を混合することで、堅い太陽電池やトランジスタのエネルギー特性を微調整することができる。しかし、この調整手順を可撓な部類の炭素系半導体に適応することは容易ではない。Schwarzeらは、幾つかの有機フタロシアニンやそのフッ素化或いは塩素化誘導体の混合比を変えることにより、連続的にエネルギー準位の調整が実際に可能であることを示している。彼らは、モデル太陽電池において、四重極子相互作用に起因すると考えられるその効果を実証した。(NK,KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1446; see also p. 1395

顔を救う (Saving face)

現在、顔面変形を直すには患者の骨を移植する方法が用いられるが、バイオマテリアルに基づく方法が有用となるであろう。Bhumiratanaたちは幹細胞、脱細胞化骨、そしてカスタム設計された灌流バイオリアクターに基づく顔面再構築方法を考案した。最初にミニブタの骨の欠陥部に合うように脱細胞化骨の形を整え、次に幹細胞がその骨の上で培養された。人の顔面骨再構築に必要な一連の製作及び移送手続きを予行して、生きた骨を 含むバイオリアクターが手術部位に送られた。組み込まれた足場物質はうまく宿主の組織と融合し, 新しい骨を形成し, 血管を新生した。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • 灌流バイオリアクター:生体薄膜の積層による再生組織構築装置
  • 脱細胞:移植による拒絶反応を防ぐために組織から細胞を除去すること
Sci. Transl. Med. 8, 343ra83 (2016).

安定な分子スイッチ (Stable molecular switches)

多くの単一分子の電流スイッチが報告されてきたが、その殆どは金属電極への接点が弱いために安定性に劣っている。Jiaたちは、グラフェン電極にジアリルエテンを共有結合させて、そして室温で安定な光スイッチ素子を実現した (Frisbieによる展望記事参照)。分子とグラフェンとの間への短い架橋アリキル鎖の組み込みは、そのパイ電子系を脱共役させ、開・閉の環状態の高速切り換えを可能にした。(KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1443; see also p. 1394

幹細胞の運命を時間と空間で追跡 (Tracking stem cell fate in time and space)

損傷後と恒常状態では、組織は細胞の喪失と再生の均衡に依存している。 Rompolasらは、生きたマウス表皮の個々の幹細胞をその生存期間にわたり可視化した。数世代にわたる幹細胞の追跡により、以前から考えられていた非対称細胞分裂によってではなく、同胞細胞の運命と寿命の協調を通して、マウスの表皮組織の恒常性が維持されることを明らかにした。さらに分化した幹細胞は、現存する表皮の中に組み込まれることでその空間組織を再利用した。(Sh,kh,nk)

Science, this issue p. 1471

T細胞中での自然免疫の混線 (Innate immune crosstalk in T cells)

免疫活性化に対する古典的な見解は、マクロファージや樹状細胞などの自然免疫細胞が侵入した病原菌を認識し、その後 T細胞のような適応免疫細胞に反応するよう警告するというものだ。 Arboreらは、ヒトとマウスのT細胞では自然免疫と適応免疫が同じ機能に収斂することを示している。活性化された T細胞は補体カスケードの成分を発現し、それが次に NLRP3インフラマソームの組み立てに導びく。両者は宿主の検出を助け、病原菌を排除する自然免疫の決定的な成分である。T細胞において、補体とインフラマソームは協力して働き、T細胞を細胞内細菌を排除するために重要な特化した T細胞サブセットへと分化させる。(Sh,KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1424

翻訳の, 何時、何処で、そしてどのように (The when, where, and how of translation)

高分解能の単一分子イメージング法は、分子事象の空間的、時間的力学を示す(Iwasaki and Ingoliaによる展望記事参照)。Wuたちと Morisakiたちは、生細胞における単一のメッセンジャーRNAの翻訳を研究する方法を開発した。多量体を形成する抗原決定基(エピトープ)を含む新生ポリペプチドが蛍光抗体断片で画像化され、それと同時に異なる蛍光タグを用いて単一の mRNAを検出する。この方法は、開始と伸長の直接的読み取りを可能にしたばかりでなく, 翻訳の空間的分布を明らかにし、ポリソームの運動性と翻訳力学を相互に関係づけることを可能にした。単一のポリソームが高次のポリソーム複合体と区別できたように、膜を標的にした mRNAは細胞質の mRNAと区別することができた。更に、この研究は翻訳の確率(転写とほぼ同じく、恒常的かあるいは突発的に起こる)と神経細胞の樹状突起における翻訳の空間的調節を明らかにしている。(KU,kh)

Science, this issue p. 1430, p. 1425; see also p. 1391

中国の全国生態系評価 (China's national ecosystem assessment)

中国は最近、2000年から2010年の期間を対象とした、初めての全国生態系評価を完了した。Ouyang たちは、評価の主要な調査結果を提示している。自然資本の回復と保存への投資は、測定された主要な生態系サービスの大部分において、全国レベルで改善しているという結果になった。特に、食物生産、炭素隔離、および土壌保全については力強い増加を示した。一方で、生物多様性に対する生息環境の供給は、徐々に減少していることが示された。それでもなお地域格差が残っており、さらに大気の質や地球規模原材料輸入量のような領域で、直面することになる深刻な環境課題がある。(Sk,KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1455

抽象概念の脳での符号化 (Coding abstract concepts in the brain)

格子細胞は脳内の空間知識の根底をなす神経符号を提供すると考えられている.格子細胞はほとんど,経路統合に関連して研究されてきた.しかしながら,最近の理論的研究は,格子細胞は一般知識の組織化において,より広い役割を果たしている可能性があることを示唆してきた.Constantinescuたちは,概念の神経細胞表現が,空間の嗅内皮質中表現に類似した構造をとっているのか調べた.嗅内皮質や腹内側前頭前野を含む幾つかの脳領域は,概念空間を神経細胞が,(格子細胞と同様)格子状に表現していることを示した.(MY,kh)

【訳注】
  • 格子細胞:脳内の嗅内皮質に存在する細胞群で,現在の場所の認知に合わせて活性化し,経路や方向,距離を認知する.格子細胞内での場所受容野(複数)は正三角形状に配列しており.このため格子細胞と名付けられた
  • 統合経路:移動者が, 目標物を用いずに移動に関する情報 (速度と加速度) に基づいて, 現在位置を計算・更新する過程
Science, this issue p. 1464

生細胞内のNAD+用蛍光センサー (A fluorescent sensor for NAD+ in living cells)

代謝,加齢,病気における細胞内酸化型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド (NAD+)の役割は多くの関心を集めてきたが,生細胞内で NAD+量を測定する方法は無いままだった.Cambronneたちは,細胞の様々な区画で遊離 NAD+の濃度測定に用いることができる,遺伝的にコード化されたバイオセンサーを開発した(Guarenteによる展望記事参照).そのような NAD+の濃度は,サーチュインや ADPリボシル基転移酵素のような NAD+消費酵素の活性調節に重要であるように見える.著者たちはこのセンサーを用いて,ヒト培養細胞のミトコンドリア内 NAD+濃度が複数の機構で制御されうることを示した.(MY)

【訳注】
  • サーチュイン:遺伝子発現に重要な役割を果たしているヒストン(DNAが巻きついているタンパク質)の脱アセチル化酵素.脱アセチル化により転写が抑制される方向になる
  • ADPリボシル基転移酵素:NADのADPリボシル基をタンパク質へ転移させる反応を触媒する酵素
Science, this issue p. 1474; see also p. 1396

禁止にもかかわらず、PCBの脅威は続く (PCB threats continue despite ban)

ポリ塩化ビフェニル(PCBs)は、ストックホルム会議において禁止された残留性有機汚染物質である。ここ数十年間、多くの野生生物種でのその濃度は低下してきている。Jepsonと Lawは、展望記事の中で、シャチのような海洋の捕食動物がいまだ非常に高いPCB濃度を有していることを明らかにしている。特に哺乳類では、この汚染物質は生殖に影響し、PCBは母乳を通して子供に移される。PCB濃度に関するデータは限られているが、多くの海洋肉食動物は絶滅の危機に瀕している。したがって、残存する PCB保管物や PCB含有物質の安全な処分や破棄は優先事項である。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1388

救いの土壌 (Soils to the rescue)

今日の農法は、植物の病気を防ぐために農薬に頼る傾向にある。Raaijmakersと Mazzolaは、展望記事の中で、どのようにして土壌もまた植物が病原体を打ち負かすのに役立つのかについて述べている。土壌による病気の抑制は特定の病原体に特異的であるかも知れず, そして土壌間で移すことが可能である。しかしながら、個々の種を単離することによって土壌の病気抑制特性を制御しながら利用しようとする試みは、大きな成功を収めていない。土壌・微生物・植物間の相互作用は複雑であるため、持続可能な病気管理の取り組みは、個々の種に基づくのではなく、土壌の微生物群に基づくべきである。(Sk,KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1392

宇宙で発見されたキラル分子 (Chiral molecule discovered in space)

キラル分子は、互いに鏡像である二つの型を有するものである。これは、鏡像異性体と呼ばれる。生物系は、一つの鏡像異性体をもう一つのものに対して圧倒的に利用しており、そして隕石の中には一つの型を過剰に示す物もある。二つの型は化学的にほとんど同一であり、それゆえ、この過剰が最初にどのようにして生じたのかは不明である。McGuire たちは電波望遠鏡を用いて、宇宙で最初に知られたキラル分子: プロピレン・オキサイドを検出した。この研究は、いかに、そして、なぜ最初にその過剰が現れたのかを発見するために、惑星が形成されつつある領域を含む、まざまな天体において鏡像異性体過剰率を測定できるという期待を高める。(Wt,KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1449

願い星、叶い星 (Star light, star bright?)

世界人口の80%以上が、人工的な光源の発光する光で汚染された空の下で暮らしている。Falchiたちは、増大する光汚染がいかに夜空を不鮮明にしてしまっているかということ、それがこの惑星の3分の1以上の人々から、天の川のような天体の魅力を隠しているということを示す地図を提供している。この地図は、研究者が地球的光汚染の今後の変化をそれと比較可能な正確な位置を示しており、この惑星上での人工的な光源の影響を研究する手段を提供している。(Sk,kj,kh)

Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.1600377 (2016).