AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 15 2016, Vol.352

グレート・バリア・リーフの白化 (Bleaching of the Great Barrier Reef)

オーストラリアのグレート・バリア・リーフ(GBR)は、世界でもっともすばらしい天然の奇観の一つであるが、気候変動に対して脆弱である。Ainsworthたちは、サンゴ有機体への30年間の増加する熱ストレスの影響を追跡した。過去には、暑季の前兆となる短期間の高温気象が、サンゴ有機体の環境順応や熱ストレス耐性を強化してきた。しかし、近年になると、気温上昇は激しく、環境順応を圧倒した。その結果は白化や死滅の増加であり、エルニーニョの余波が残る2016年の期間に特に顕著だった。(Uc,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 338

核膜のほころびを修復する (Repairing tears in the nuclear envelope)

核膜は、細胞質からゲノムDNAを分離し、細胞質基質と核の間のタンパク質輸送を調節する。間期の間、核膜を完全な状態に保つことは重要と考えられる。しかしながら、Raabたちと Denaisたちは、遊走する免疫細胞と癌細胞が狭い空間を通って移動する際に、核膜の一時的な損傷を頻繁に受けることを示した (Burkeによる展望記事参照)。その核膜は、ESCRT III 膜・再構築機構の成分に補助されて、間期の間に急速に欠損部を再封する。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 間期(interphase):細胞周期において M期を除いた時期
Science, this issue pp. 359 and 353; see also p. 295

ブラジルのジカ・ウイルスのゲノム (Zika virus genomes from Brazil)

ジカ・ウイルスの流行はブラジルの大きな心配の種で,そこでは,さもなければ稀であったはずの先天性欠損や神経病理の報告の増大がジカ・ウイルスと関連付けられた.Fariaたちは系統発生解析で,アメリカ大陸へのジカの伝来が1回であると推測し,その時期がほぼ2013年の5月から12月で,ウイルスの報告よりおよそ12か月前であると見積もった.このタイミングは,ジカ・ウイルスの流行地域からの旅行者数の増大を伴う,ブラジルの文化暦の大きなイベントと相関している.小頭症発生と妊娠17週との間でも,相関が認められた.(MY,ok.nk,kh)

Science, this issue p. 345

Cassiniが星間塵粒子を検出 (Cassini detects interstellar dust grains)

星間物質は、塵粒子(ダストグレイン)として知られている小さな固体粒子の集合体を含んでいる。Altobelli たちは Cassiniの検出装置に搭載されたダスト分析器を用いて、Cassiniが土星のそばを通過した際に、36個の星間物質由来のダストグレインを検出し、そして、彼らはそのグレインの元素存在度を測定した。その結果で注目すべきは、これらのグレインには炭素の入った化合物がないことで、またその組成が鉄包含物を伴う珪酸塩へと星間物質のなかで均質化されていたことを示している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 312

治癒する免疫応答を設計する (Engineering a healing immune response)

感染症や手術、そして外傷はすべて、大きな組織損傷を引き起こすことがある。組織再生を助ける、バイオマテリアル・スキャフォールドは、組織修復を促進する興味深い、新たに出現した治療法である。Sadtlerたちは、バイオマテリアル・スキャフォールドが、損傷した組織内の免疫系とどのように相互作用して、修復を促進するかを調べた (Badylakによる展望記事参照)。心筋や骨の細胞外基質成分から得られたスキャフォールドは、損傷した筋肉を持つマウスにおいて組織修復性の T細胞免疫応答のきっかけを作った。(KU,,kj,kh)

Science, this issue p. 366; see also p. 298

巨大分子機械に関する設計図 (Blueprint for a macromolecular machine)

核膜孔複合体 (NPC)は、ほぼ1000個のタンパク質サブユニットから成り、核を囲む膜内に埋め込まれ、そして核と細胞質の間の輸送を調節する。NPCの全体的形状は知られているが、この巨大分子複合体の詳細は曖昧であった。Linたちは、孔の成分を再構成し、成分間の相互作用を決定し、そしてそれら成分を 断層撮影的再構成図に当てはめた。Kosinskiたちは、孔の内側リングの構造図を与えた。(KU,kh)

Science, this issue pp. 10.1126/science.aaf1015 and 363

小さな、小さなエンジンを作る (Making a teeny tiny engine)

蒸気機関車や車、そして水飲み鳥の玩具は全て、熱を, それが異なる温度にある二つの熱溜めの間を循環する際に、有用な仕事に変換する。通常、熱・仕事変換が起きるような作業物質は液体か気体であり、それらは多くの分子からなる。Roβnagelたちは、先端が細くとがったイオン・トラップ中に単一のカルシウム・イオンの作業物質を作った。レーザ冷却ビームがカルシウム・イオンに対する低温熱溜めの役割を果たし、電場ノイズが高温熱溜めとして作用する。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 作業物質(working substance):ピストン内の気体のように、熱機関で外部と熱や仕事のやりとりをする物質
Science, this issue p. 325

火に油を注ぐ (Adding fuel to the fire)

癌に対処するために用いられる抗酸化薬は、望ましくない副作用の原因となりうる。糖尿病患者は、癌を成長させる危険性が高い状況にあり、Wangたちは、癌のマウスモデルで、糖尿病を治療するための抗酸化特性をもつ薬剤がすべて、転移を促進することを示した。人間の患者では未検証だが、癌の成長する危険性が高い患者に、こうしたタイプの薬剤を処方する際に注意を喚起するのが賢明なことであるだろう。(KF,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 334ra51 (2016).

鈴木カップリング反応でPdとBが出会うところ (Where Pd and B meet in Suzuki coupling)

鈴木・宮浦反応は,炭素-炭素結合の形成に広く用いられている.炭素中心をホウ素からパラジウムへ転移させる(この受け渡し自体は起きるのが速すぎて,見ることはできないが)ことで,この反応は進行する.ThomasとDenmarkは,以前は見つけにくかった中間複合体の姿を捕えた。この複合体は介在酸素によりパラジウムをホウ素に結合させている.彼らは低温核磁気共鳴分光法を用いて,炭素が転移する直前の中間体構造の特徴を明らかにした.(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 329

鉱山の廃棄物は全てどこに行くのだろうか? (Where do all the mine wastes go?)

採掘作業は,ほとんどどの国でも有毒廃棄物の莫大な蓄積を招いた.Hudson-Edwardsが展望記事で説明しているように,鉱山廃棄物は生態系や人類の健康に相当な危険を突き付けている.選鉱クズのせき止めが決壊して,大量の有毒性,腐食性,あるいは放射性の物質が流域へと溢れ出る場合には,環境への影響は特に深刻である.風化や風もまた,鉱山廃棄物を拡散する力となり,有害な結果をもたらす.環境保護の法的整備は役に立ったけれど,鉱山廃棄物の動態をもっとよく明らかにし,その環境への影響を制御する必要がある.(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 288

太陽電池の全体像を見渡す (Surveying the solar cell landscape)

ここ数年の大規模な光起電システムの開発速度や配置は、かつてないものとなっている。光起電システムのコストは、太陽電池のコストは部分的に効くだけで、効率が太陽エネルギーのコスト低減の重要な要素である。低コストで高い効率を達成するために探索されている、いくつかの材料系がある。Polmanたちは、包括的・系統的に、主要な候補材料を再評価し、各系の限界を提示し、これらの限界をいかにして克服でき、総合的な電池性能が改善出来るかを分析している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad4424

作用中に捕えられたRNAメチラーゼ (An RNA methylase caught in the act)

RNAのメチル化は、RNA機能と抗生物質耐性に重要である。RNAメチラーゼである RlmNは、二重-特異性をもつ酵素で、リボソームRNAおよび転移RNA (tRNA)に作用することができる。RlmNはラジカル・S-アデノシルメチオニン(SAM)酵素で、これはタンパク質/RNAが架橋された中間体を産生する。Schwalmたちは、tRNA基質に架橋された RlmNの構造を決定し、そしてこの酵素が tRNAの全体形状を認識することを発見した。次にその酵素はアンチコドン領域を再構成して、メチル化する塩基に接近する。この再構成の活性が、この酵素の二重-特異性のカギであるらしい。(KF,KU,ok,kj)

Science, this issue p. 309

安定な単一原子磁石 (Stable magnets from single atoms)

分子磁性の重要なゴールは、単一原子で永久磁石を実現することである。表面に吸着された金属原子は、印加磁場中で強い磁化を発生し、いわゆる常磁性を示すことが知られている。Donatiらは、銀基板上に成長した酸化マグネシウム・フィルムに吸着された単一ホルミウム原子が、30ケルビンまでの温度に対して残留磁化を示し、また10ケルビンにおいて1500秒続く双安定性も示すことを見出している (Khajetooriansと Heinrichによる展望記事参照)。この原子はスピン緩和を, 量子状態対称性の組み合わせと, 酸化膜がスピンの基層金属とのトンネル効果相互作用を妨害することにより、回避する。ホルミウム原子のスピン緩和が異常に遅いのは、基底量子状態の対称性が保護されることと、マグネシウム酸化薄膜により下の銀原子とのトンネル効果による相互作用が遮蔽されていることの二つの組み合わせに依って実現されている。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 318; see also p. 296

単一水素結合における量子効果 (Quantum effects in single hydrogen bonds)

水素結合は、静電気と水素原子核の軽量に起因する原子核の量子効果の寄与との組み合わせである。しかしながら、水素原子核の量子状態は局所環境との結合に対して非常に敏感であり、これらの効果は、通常の分光法や回折技術ではぼやけ、平均化される。Guoたちは、量子効果が、食塩表面に吸着された水の層における個々の水素結合の強さを変化させることを示している。これらの効果は、塩素終端走査型トンネル顕微鏡チップで得られた、非弾性トンネル・スペクトルに現れている。(Sk,kh)

【訳注】
  • 非弾性トンネル・スペクトル:試料分子を吸着させた絶縁層をトンネルする電子と試料分子の相互作用を利用して得られる、振動励起スペクトル
Science, this issue p. 321

金属酸化物を調整する (Modulating metal oxides)

燃料電池や水の電気分解における比較的難しい段階は、酸素発生反応である。この反応に用いる貴金属を置き換えるための地球上に豊富にある物質の探索は、多くの場合、鉄のような三次元金属の酸化物に向かっている。Zhangたちは、この反応を進めるのに必要な印加電圧が、タングステンを添加した鉄・コバルト酸化物により低減されることを示した。タングステンの添加は、オキソ水酸化物の電子構造を好ましい状態に調整する。鍵となる開発は、金属がよく混合された状態を維持し、分離相の形成を防ぐことである。(Sk,ok,kj)

Science, this issue p. 333

成木間での炭素取引 (Carbon trading between adult trees)

個々の植物間での資源をめぐる競争はよく知られているが,資源の共有もまた存在しているかもしれない.Kleinたちは,スイスの混合温帯林における高木の根の間で,炭素が木同士で往復していることを観測した(van der Heijdenによる展望記事参照).彼らは,炭素安定同位体による標識化を個々の木の樹冠に適用することで,ある個体の細根中の炭素40%までもが隣接する木の光合成産物に由来している可能性を示している.このような,植物に着生した土壌中の菌類,すなわち菌根によって仲介される炭素移行は,より小規模なものが苗木で報告されていたが,成木ではではされてなかった.(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 342; see also p. 290

薬剤耐性によって伝播が阻止される (Transmission blocked by drug resistance)

抗マラリア薬、アトバコンへの耐性はこの原虫の弱点になることを証明するかもしれない。耐性は、薬剤標的である、原虫のミトコンドリアのチトクロム b複合体における変異を介して急速に発生する。Goodmanたちは, 耐性ネズミ・マラリア原虫がマウスで生き残るものの, 吸血マラリア蚊の中で, その変異がメス原虫を繁殖できないほどひどく阻害することを発見した。ヒト特異的な熱帯熱マラリア原虫は、蚊において実験的に研究されるだけだが、類似の効果がみられた。つまり、アトバコン耐性の原虫は、他の哺乳類やヒトに伝播する可能性は少ない。(KF,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 349

病原性のGタンパク質スイッチ (A disease-causing G protein switch)

エンドセリン・シグナル経路の要素の変異は、神経系が適切に発生するのを妨げ、これが、耳介下顎症候群 (ACS)に特徴的な頭蓋顔面欠損をもたらす。ACS患者の中には Gαi3に変異をもつものがあり、これはエンドセリン・シグナル経路の正常な成分ではない Gタンパク質サブユニットである。Marivinたちは、この ACSに付随する Gαi3変異が、Gαi3に不適切にエンドセリン受容体に結合することを可能にし、他の Gタンパク質の結合を妨げることを発見した。Gαi3変異体は酵素活性を欠くので、受容体がシグナル伝達するのを変異体が妨げた。(KF,KU)

【訳注】
  • Gタンパク質:グアニンヌクレオチド結合タンパク質の略称。細胞内の生化学的反応を切り替える「スイッチ」としてグアノシン三リン酸 (GTP)をグアノシン二リン酸 (GDP)へと替えていく(wikipediaから)
Sci. Signal. 9, ra37 (2016).