AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 5 2016, Vol.351


湿った場所の小型コウモリの運命(Small bats in damp places doomed)

新たに出現する病気が特定の種にとって致死的になることがしばしば起きる.例えば,白い鼻症候群 (WNS)は,ある菌類病原体によって引き起こされ,この病原体は冬眠を妨害することでコウモリを殺す.この菌は、2008年に欧州から北米へもたらされ,26の州とカナダの5州に広がり,何百万匹ものコウモリを死に至らしめた.それでも幾つかの種は,欧州での対応種コウモリのように,感染を切り抜けて生き残る.Haymanたちは冬眠,病原体エネルギー論,局地気候からなる複雑モデルを用いて、WNSの謎めいた選択性を理解しようとした.湿った生息環境で冬眠する小型の感染コウモリは,乾燥した生息環境で冬眠する,より大型のコウモリよりも生き残る可能性が低い.これらの発見は,北米のコウモリにおける WNSの広がりと選択的犠牲数の予測に役立つかもしれない.(MY,KU,nk,kh)
【訳注】
・白い鼻症候群(WNS):真菌(カビ)が原因でコウモリが感染する病気で,真菌によりコウモリの鼻先が白くなる特徴を持つ.2006年に初めて確認され,北米で大量の冬眠中のコウモリが犠牲となった.

細菌の防御機構(A bacterial defense mechanism)

ポリモキシンは、細菌の細胞膜を破壊し,多剤耐性感染症の治療に用いられる抗生物質である.ArnTと呼ばれる細菌酵素は,脂質担体から脂質A(細菌外膜の1成分)へ糖類を移すことにより,ポリモキシンへの耐性に仲介することができる.Petrouたちは、 ArnT単独の構造と脂質担体との複合体での構造を記述し,脂質Aが結合する可能性の高い空洞を特定した.この酵素機構の知見は,ポリモキシン耐性に効く薬剤設計に生かすことができるかもしれない.(MY)
【訳注】
・多剤耐性感染症:多くの抗生物質に対して耐性を獲得した菌による病気

DNAを用いて制御されたコロイド結合(Controlled colloid bonding using DNA)

コロイド粒子は、結晶化や充填挙動を研究する際に原子の類似物として振る舞うことが可能であるが、原子のようには自然に結合しない。DNAの短鎖は、コロイド粒子同士を結合する一つの汎用的な方法である(Taoによる展望記事参照)。Kimたちは、ヘアピンループを開いたり閉じたりする DNA鎖によって、隣接する粒子を可逆的に結合したり離したりする DNAのリガンドでひとつながりになった金コロイドを設計した。Liuたちは、折り紙構造に詰まる一連の DNA鎖を考案した。各構造の内部には、金ナノ粒子を閉じ込めた鎖がある。これらは、さらに他の閉じ込められていないナノ粒子と結合し、ダイアモンド類似の構造を作り上げた。鎖の設計を変化させることで、広範な低密度充填のコロイド結晶が得られた。(Sk,kh)
【訳注】
・リガンド:錯体の中で、中心原子に配位しているイオンまたは分子など
・ヘアピンループ:二重らせん部分をつなぐ一本鎖の部分をループとよび、ヘアピン状の形態のループをヘアピンループとよぶ

頑固な磁石を操る(Manipulating a stubborn magnet)

電子スピンを用いたスピントロニクスは、電子の電荷を用いた従来のエレクトロニクスを代替する。磁気メモリのようなスピントロニクス・デバイスは一般的に強磁性材料を用いて、0と1のバイナリー・コードを表現する。この方法の弱点は、強磁場下でコード化された情報が消去されてしまうことであるが、強磁性体の代わりに反強磁性体を用いることでこの欠点を解消できるはずである。しかし、反強磁性体の磁気秩序を操作することは容易ではない。Wadleyらは新しい操作方法を見出した(Marrowsの展望記事参照)。反強磁性化合物である CuMnAs薄膜の特定方向に沿って電流を流すと、材料中の磁区が再配列した。(NK,KU,nk,kh)

欧州の管理された森林が温暖化に寄与する(Europe's managed forests contribute to warming)

驚いたことに、過去250年のほとんどの期間、欧州の管理された森林は最終的には炭素源となり、気候の温暖化を緩和するというより、それに寄与してきた。Naudtsたちは、陸域-大気モデルという面から、欧州の森林管理の経緯を再現した。森林が放置されたままであったなら落ち葉、枯れ木、土壌などの炭素溜まりに蓄えられるはずだった炭素が、管理の行き届いた森林では放出されることとなり、気候温暖化に寄与する一つの主要因となった。もう一つ、広葉樹林の針葉樹林への転換は、それらの森林の反射率や蒸発散量を変化させ、それもまた温暖化につながった。このように、欧州やその他地域における気候変動緩和政策は、森林管理の変更を検討する必要があるかもしれない。(Sk,nk,kh)

ベロアダニが媒介するウイルスの大流行(Varroa-vectored virus pandemic)

ミツバチは、個体群の崩壊を引き起こすいくつかの脅威に直面している。Wilfertたちは、欧州ミツバチが、チヂレバネウイルス(DWV)の一次感染源であることを見出した(Villalobos による展望記事参照)。しかしながら、おかしなことに、ミツバチ間での伝染は非効率である。寄生虫のダニが、ウイルス感染を助長しているらしい。欧州ミツバチは、おそらく女王蜂の商取引を介して、アジアのミツバチから急速にまん延するベロアダニをうつされた。ミツバチは、ダニからの直接的な被害を受けるだけでなく、効率的に DWVを接種されてしまう。(Sk)
【訳注】
・チヂレバネウイルス:羽化したハチの羽が縮むという症状を生じ、幼虫で発症すると死に到る

パワー・ダウンがより健康な心臓を与える(Powering down yields a healthier heart)

肥大型心筋症 (HCM)において、心筋は肥大し、そして血液の送り出しが徐々に悪くなる。HCMは、筋節(心臓の収縮単位)の成分、特にミオシン、の変異によって引き起こされることがある。過剰収縮は、これらミオシン変異を持つマウスで見られる最も初期の心臓障害の一つであり、この変異が、ミオシンの力発生を増すことで損傷を与えることを示唆している。Greenたちは、ミオシンに結合してその活性を抑制する小分子を同定した (Warshawによる展望記事参照)。若いマウスに経口投与すると、その分子は、骨格筋に悪影響を与えることなく HCMの幾つかの特徴の発生を抑えた。(KU,nk,kh)

転移性乳癌が骨を破壊する(Metastatic breast tumors break down bone)

乳癌細胞のほとんどは,骨の破壊を活性化して腫瘍転移を促進する.Wangたちはマウス中で,ABLキナーゼが,乳癌細胞の骨への侵入・破壊能力を高めることを見出した.乳癌細胞中で, ABLキナーゼは,破骨細胞(骨を破壊する細胞)を活性化する因子をコードしている遺伝子の転写を誘発する経路,および骨の微小環境中で乳癌細胞の生存を高める経路を活性化した.ABLの特異的阻害剤はマウスにおいて骨への乳癌転移を減少させた.(MY,kh)
【訳注】
・ABLキナーゼ:細胞増殖と腫瘍形成に関連したリン酸基付加を触媒する酵素

なぜ電池はダメになるのか(Why batteries go bad)

充電式電池は、ひげそりやノートパソコンから自動車や飛行機に至るまで、広範な日常的機器で見られる。時間とともに、これらの電池は次第に充電量が減少するか、厳しい環境条件下で作動しなくなって、発火や爆発を引き起こすような、もっと致命的な故障に至るような、故障を起こす可能性がある。Palacinと de Guibert はそのような故障を再検討し、そして多くの場合は化学特有のものであるが、共通の原因が見られることを示唆している。彼らはまた、先進的電池管理システムというような、新型充電式電池に必要とされる電池寿命の向上策を考察している。(Sk,ok,nk,kh)

休止期と退行期の毛包幹細胞(Quiescent and aging hair follicle stem cells)

幹細胞は正常な細胞恒常状態にあることも可能であるが、又、休止期にいて組織損傷後に容易に増殖し分化できるよう備えていることもある。このたび二つの研究が、毛包(毛髪成長と毛周期をもたらす皮膚の上皮性ミニ器官)における幹細胞の特徴を明らかにしている (Chuong and Leiによる展望記事参照)。Wangたちは、Foxc1転写因子が活性化された毛包幹細胞中で誘発され、これが次に Nfatc1と BMPのシグナル伝達を促進し、休止期を強めていることを見出した。Matsumuraたちは、退行時の毛包幹細胞を解析した。彼らは、薄毛原因の鍵として17型コラーゲン (COL17A1)を同定した。DNA損傷で誘発される COL17A1の欠乏は細胞分化を誘発し、結果として皮膚表面からの表皮角化細胞の剥落が生じる。これらの変化が、次に毛包の収縮と脱毛を引き起こした。(KU,nk,kh)

絡み合った秩序を解きほぐす(Disentangling intertwined orders)

銅酸化物の超伝導体では、いくつかのタイプの秩序が優位性を競っている。超伝導性に加えて、研究者たちは、電荷密度波(CDW 秩序)に周期的なパターンだけでなく、幾つかのクプラート単位セル内部における電子密度の非対称性(ネマティック状態)を見出した。CDW 秩序は、すべての主要なクプラート・ファミリーの低ドープ領域内で検出されてきたが、ネマティック状態が至る所にあるということは、それほど明らかではない。Achkarたちは共鳴X線散乱を用いて、3種のランタンをベースとするクプラートの銅酸化物平面において、ネマティック状態は、関連する構造的歪みの温度依存性とは異なる温度依存性を有していることを見出した。これは、ネマティック状態に対しては付加的な電子的なメカニズムがあることを示唆している。(Wt,KU,nk,kh)
【訳注】
・クプラート:銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオン(ウィキペディアによる)
・ネマティック状態:等方的対称性が破れた状態

硬い上層を保つ(Keeping a stiff upper layer)

グリーンランド氷床の内陸部は,その辺縁部で起きている薄化とは対照的に,より厚く成長しつつある.何故だろうか? MacGregorたちは,何千年前よりも,より多くの雪が積もりつつあり,そして氷床内陸部の氷がよりゆっくりと流れていると結論付けている(Hvidbergによる展望記事参照).最終氷期の間,今より高い比率の大気粉塵の堆積が,今より柔らかい氷を作った.この柔らかい氷はより塵が少ない氷より容易に流動する,しかしながら,完新世のほとんどの期間では,大気中の粉塵濃度は低く,生じた粉塵の少ない氷はより硬かった.これはさほど急激には、流動したり薄化したりはしなかったことを意味している.このように,今日グリーンランドの中央地域で見られるこの厚化は,一部は何千年前に起きた氷のレオロジー変化に対する応答である.(MY,nk,kh)
【訳注】
・完新世:最終氷期が終わったところから現在までの期間
・レオロジー:力が加えられた状態で材料が起こす流動と変形を研究する科学

多ければ、それだけ賑わう(The more the merrier)

腫瘍増殖を促進する上皮増殖因子受容体 (EGFR)に対する単クローン抗体は、しばしば大腸癌の治療に用いられる。残念ながら、この癌は一般に薬剤耐性変異を発生し、単クローン抗体が効かなくなる。この問題を克服するために、Arenaたちは、EGFR分子の複数の部分に同時に結合する、MM-151と呼ばれるポリクローナル抗体を用いたが、結果として 一度に一つづつの部位を変異させることでこの癌は耐性を発生させることができない。この方法は、前臨床モデルと他の抗EGFR治療へ耐性を示した患者の双方に有効であり、MM-151の更なる臨床開発を可能にする。(KU,nk,kh)
【訳注】
・単クローン抗体:単一の抗体産生細胞からのクローンから得られる抗体(単一の抗原決定基に結合する抗体のみを作る)、一方通常用いられるポリクローナル抗体は色々な抗体分子種の混合物

木々の中には単に炭素があるだけではない(It's not only the carbon in the trees)

森林の損失が気候に影響を与えるのは、それが持つ炭素サイクルに対する影響だけではなく、大地と大気の間のエネルギーと水の流れに対する影響のあり方にもよる。世界的な影響は、森林減少が気候帯によって異なる結果を生み出す可能性があるため複雑になり、一地域の傾向に止まらない大規模な傾向をとらえることを難しくしている。AlkamaとCescattiは、森林面積変化による生物物理学的影響の地球全体に対する評価を行った。森林の損失は、温度の日周変化を増幅し、大気の平均・最大気温を増加し、そして土地利用変化からの二酸化炭素排出量と比較して、重大な量の温暖化を引き起こしている。(Uc,KU,ok,nk,kh)

捕捉による癌治療(Cancer therapy by entrapment)

KRAS癌遺伝子の変異は、肺癌や膵臓癌を含む幾つかの最も致死的なヒト癌で高頻度で生じる。KRAS阻害剤の開発に向けて、多大な努力がなされてきた。KRASは、ヌクレオチドの GTPに結合してそれを GDPに加水分解する酵素をコードしている。発癌性の変異は、KRASをGTPに結合した活性状態に閉じ込めることで、この加水分解活性を無能にすると考えられていた。驚いたことに、Litoたちは、ある種の KRAS変異体 (G12C)が加水分解活性を保持し、活性と不活性の状態の間を循環し続けていることを見出した。彼らは、KRASの GDP結合型に結合することで、KRAS(G12C)シグナル伝達と腫瘍細胞の増殖を抑制する化合物に関して記述しており、この化合物は KRASをその不活性な状態で捕捉する。(KU,ok,kh)
【訳注】
・GTP:guanosinetriphosphate(グアノシン・トリフォスフェート)
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