AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science July 17 2015, Vol.349


涼しさを保つには(Keeping cool)

シルバーアリは、地球上で最も熱く乾いた環境の1つであるサハラ砂漠に生息している.サハラ砂漠では,ほとんどの昆虫は砂に触れるとすぐに,干からび死んでしまう.Shiたちは,シルバーアリを覆っている三角形の銀色の体毛が、この生き物の生存を可能にしていることを示している.カンカン照りの条件のもとでさえ、この毛は近赤外線の反射を高め,かつ,アリの体から中間赤外線により熱を散逸させている.このアリにおける、猛烈な高温に対処するために進化が与えた簡素な解決法は, 人間の工作物を受動冷却するための更に優れた設計へとつながるかもしれない.(MY,ok,nk,kh)
Keeping cool: Enhanced optical reflection and radiative heat dissipation in Saharan silver ants (Science, this issue p. 298)

SIVを打破するために、タンパク質の強化免疫を加える(To defeat SIV, add a protein boost)

30年に及ぶ努力にもかかわらず、HIV-1ワクチンは何一つ存在しない。Barouchたちは、アカゲザル(可能性のある HIV-1ワクチン候補を調べるために通常使用されている発病前モデル動物)において有望な戦略の一つを評価した。彼らは、SIV(サル免疫不全ウイルス)遺伝子を発現するように遺伝子操作されたアデノウイルス-36 ベクターを用いてサルに免疫を付与し、 次いで SIV由来の組換え型の gp120外被糖タンパク質 (Env)を用いてサルに強化免疫を行った。この療法は、ウイルス・ベクターに基づく強化免疫を用いた戦略よりもより強い防御を与えた。SHIV(サル/ヒト免疫不全ウイルス)に基づくワクチンと挑戦モデルを用いた平行試行は、同じような結果であった。この特定のアプローチがヒトにおいても同じく成功するかどうかは、今後評価されなければならない。(KU,nk,kh)
Protective efficacy of adenovirus/protein vaccines against SIV challenges in rhesus monkeys (Science, this issue p. 320)

三層の中にスキルミオンが現れる(Skyrmions emerge in trilayers)

スキルミオンは、将来の素子において情報の担体となる可能性を持った、磁気スピンのごく小さな渦である。スキルミオンは、これまでに複数の物質で観察されてきたが、たいていは非実用的なほどに低い温度においてであった。Jiangたちは、三層の系における圧縮を用いて室温でスキルミオンを作り出した(von Bergmann による展望記事参照)。著者らは、面内電流を用いた圧縮により細長い磁区を圧縮して、個々のスキルミオン・バブルを形成させた。(Sk,nk,kh)
【訳注】
・スキルミオン:キラル磁性体を磁場に置いた際に生じる、数千個の電子スピンからなる渦巻き状の構造
・キラル磁性体:鏡に映した像が互いに重ならない結晶構造を持つ磁性体
Blowing magnetic skyrmion bubbles (Science, this issue p. 283; see also p. 234)

小さな小さな白金粒子を観察する(Looking at teeny tiny platinum particles)

電子顕微鏡法は、ある瞬間における粒子の写真や原子サイズに近い分解能の画像を得る強力な技術である。Parkたちは、電子顕微鏡法と液体セルを用いて、自由浮遊する白金ナノ粒子を調べた(Colliex による展望記事参照)。彼らは生物分子を調べるために開発された分析技術を用いて、原子に近い分解能で白金粒子の三次元形状を再構築した。この手法は、混じり合った粒子を一個ずつ調べたり、それらの合成過程を溶液中で起きている状態で調べたりすることもできる。(Sk,nk)
【訳注】
・液体セル:電子顕微鏡に必要な高真空条件化で、液体試料を観察するための観察窓付き密閉容器
3D structure of individual nanocrystals in solution by electron microscopy (Science, this issue p. 290; see also p. 232)

モルヒネ生合成での基質チャネリング(Substrate channeling in morphine biosynthesis)

ケシは今なお,優れた鎮痛剤であるモルヒネに対する経済的に最も採算の合う原料である.今回Winzerたちは,ケシにおけるモルヒネ生合成経路の中で主要酵素を同定した.この酵素は,シトクロムP-450と酸化還元酵素の両方を構成要素として含む、珍しいタンパク質であることが判明している.これらの構成要素は一緒になって,生合成経路中の連続する2つの段階の処理を行っている.この酵素の同定はモルヒネ生合成に対して,ケシ栽培の依存性がより低い、別の経路を可能にするかもしれない.(MY,kh)
【訳注】
・基質チャネリング:酵素反応が連続して生じる際に,上流側の酵素の触媒機能による生成物が下流側の酵素の反応原料(基質)として,直接受け渡されること
・シトクロムP-450:ほとんどすべての生物に存在し,活性部位にヘムを持つ酸化酵素
Morphinan biosynthesis in opium poppy requires a P450-oxidoreductase fusion protein (Science, this issue p. 309)

生殖細胞はどのようにして精子や卵子となるのか(How germ cells become sperm or egg)

脊椎動物の発生時に、生殖細胞は性未分化の状態から,卵または精子のどちらか確定した状態に切り替わる.一般的には,生殖腺の体細胞からの信号が生殖細胞の性分化に影響すると考えられている.しかしながら,Nishimuraたちは,硬骨魚であるメダカで生殖細胞に固有な性決定の合図が作用することを示している.フォークヘッド転写因子(forkhead box transcriptional factor)foxl3は精子形成を抑制する.foxl3の機能が欠如した場合、メスは,機能しうる精子で一杯になった卵巣を発生させる.このように,生殖腺の環境が雄性であることが精子形成には必要とされないのである.(MY,nk)
【訳注】
・生殖腺:生殖細胞と体細胞で構成される.脊椎動物では,性決定は体細胞で行われ,その影響で生殖細胞が精子あるいは卵へと分化すると考えられている
・フォークヘッド転写因子:転写因子の1種で,転写時にDNAと結合する部位がフォークヘッドとして分類される特徴を有している.胚の発生,細胞の成長・増殖・分化などに関わる遺伝子発現の調節で重要な役割を果たしている
foxl3 is a germ cell-intrinsic factor involved in sperm-egg fate decision in medaka (Science, this issue p. 328)

駆動器と加振器(Movers and shakers)

氷床の端が折れ、海に落下する時(分離)、氷床の残りの断片は後退し、下方に動く。そして、氷河地震を蒙る可能性がある。Murrayたちは、グリーンランドの Helheim 氷河の分離について研究した。氷床の末端の動きに変化を引き起こす力は、また、付随する地震をも引き起こす。これらの地震の信号は、地球全体に配置された装置によって検知できるため、これらの氷河地震を、氷河分離の代用として計測に利用できるであろう。(Wt,nk,kh)
Reverse glacier motion during iceberg calving and the cause of glacial earthquakes (Science, this issue p. 305)

耐性マラリアを治療する持続性薬剤(Long-acting drug to treat resistant malaria)

マラリアは、毎年60万人の命を奪っている.現在入手可能な薬剤は,マラリア原虫が耐性を進化させたため,もはや十分有効ではない.今回 Phillipsたちは,薬剤 DSM265を究明した.この薬剤は,DNAや RNAの合成に必要な前駆体を作る能力を標的とすることで,薬剤感受性原虫および薬剤耐性原虫の両方を殺す.DSM265は血液や肝臓にいる原虫を殺し,また,持続時間が十分長いため,一回の投与でマラリアを治癒したり,毎週投与すると効果的な化学予防を提供できたりする可能性がある.(MY)
【訳注】
・化学予防:予防やリスク低減のため,前もって薬剤を服用すること
A long-duration dihydroorotate dehydrogenase inhibitor (DSM265) for prevention and treatment of malaria (Sci. Transl. Med. 7, 296ra111 (2015))

GBSの毒は宿主防御のためにマスト細胞を活性化する(GBS toxin activates mast cells for host defence)

上行性 B群連鎖球菌 (GBS)は、早産の主要な原因である。母親がどのようにして、 GBS感染症を防御するかは明らかでない。マウスの研究において、Rajagopalたちは、マスト細胞と呼ばれる免疫細胞が、GBSによって産生される脂質毒で活性化されることを見出した。この脂質毒は、細菌を赤く染めるオルニチン・ラムノ・ポリエンである。その毒は細菌による胎盤の突破を補助する。その毒は又、細菌感染症を打破する宿主努力の初期段階である、マスト細胞の脱顆粒をも刺激する。(KU,kh)
【訳注】
・上行性(ascending):細菌が尿道をさかのぼって感染症をもたらすこと
Mast cell degranulation by a hemolytic lipid toxin decreases GBS colonization and infection (Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1400225 (2015))

染色体のサイレンシングにおけるタンパク質協力者(Protein partners for chromosome silencing)

雌の哺乳類は二本の X染色体を持っており、その内の一本は発生の際にほぼ完全に閉ざされている。長い非コード Xist RNAがこのプロセスで役割を果たしている。一本の完全な染色体がどうして安定に不活性化されるのかを理解するために、Minajigiたちは、コヒーシンを含むXist RNAに結合しているタンパク質の多くを同定した。逆説的であるが、Xistとコヒーシン・サブユニット間の相互作用が、不活性な X染色体からコヒーシン複合体の反発作用をもたらし、このことが完全な染色体の3次元形状を変える。(KU,kh)
【訳注】
・Xist:不活性化されたX染色体上に存在する非コード遺伝子。この遺伝子からの転写産物が Xist RNAで、この転写産物がX染色体を覆うことで不活性化が引き起こされる。
・コヒーシン:姉妹染色分体を繋ぎ止めているタンパク質複合体
A comprehensive Xist interactome reveals cohesin repulsion and an RNA-directed chromosome conformation (Science, this issue 10.1126/science.aab2276)

草原の多様性と生態系の生産性(Grassland diversity and ecosystem productivity)

植物種の多様性と生態系の生産性との関係については、議論の余地がある。その議論は、多様性が生産性の中間レベルでピークになるかどうか(humped-back model:湾曲モデル)、または明確に予測可能な関係にないのかどうかということに関してである。Fraserらは、規模、標準化さらには地理的にも多様な6大陸からの草原のサンプルを使用して、湾曲モデルの妥当性と普遍性を確認した。彼らの発見は、種の多様性を制御している因子の機構的な理解を深めるための道を開く。(hk,KU,nk)
Worldwide evidence of a unimodal relationship between productivity and plant species richness (Science, this issue p. 302)

六ホウ化サマリウムの絶縁状態を調べる(Probing the insulating state of SmB6)

強力な磁場を金属に与えると、電子は配置を変え新しいエネルギー準位を形成し、電子特性を磁場の関数として振動させると考えられている。意外なことに、Tanらは、量子振動と呼ばれるこの現象を、近藤絶縁体である六ホウ化サマリウム(SmB6)において観測した。彼らは、磁気トルクを測定し、重フェルミオン化合物のバルク体から発生する量子振動を観測した。この量子振動は特異な温度依存性を示しており、絶縁状態の六ホウ化サマリウムの素性を解明するという新たな理論研究課題を理論家に与えている。(NK,kh)
Unconventional Fermi surface in an insulating state (Science, this issue p. 287)

結局普通どおりということだ(Not that unusual after all)

極地方の氷が後退するので、ホッキョクグマは夏季に餌が得られる機会が減少するという、生息環境の変化に直面している。ホッキョクグマは、いわゆる「動き回る冬眠」で自身の代謝必要量を減少させることによって、夏季の餌不足に対して防御しているという仮説があった。Whitemanたちは、夏季に海氷上とその氷が解けて岸辺ですごす双方のホッキョクグマのエネルギー消費を観察し、エネルギー消費量は減少しているが、 これが通常の哺乳類の絶食レベルとより類似していることを発見した。このように、ホッキョクグマは夏季の食料供給不足に対するエネルギー防御法を何等持っているわけではなく、もし夏季の食料環境が悪化し続けるなら、餓死の脅威の増加に直面することになるであろう。(Uc,KU,nk,kh)
Summer declines in activity and body temperature offer polar bears limited energy savings (Science, this issue p. 295)

24時間時計の生化学的基礎(Biochemical basis of a 24-hour clock)

概日時計は、生物が、明るさや活動、食物の入手可能性などの毎日の周期との同期を維持している。ラン藻における概日時計は、その3種の構成タンパク質がよりずっと速い時間尺度で生じる生化学的活性をもつにも関わらず、必要な24時間周期を保持している。Abeたちは、ラン藻の時計の成分である、自己リン酸化と自己非リン酸化が可能な KaiCというATP分解酵素に注意を向けた。KaiCのゆっくりした ATP分解酵素活性(ペプチドの異性化反応に結びついている)が、24時間時計の速度を設定するゆっくりした反応速度をもたらした。Chansたちは、別の時計成分である KaiBもまた、そのタンパク質構造にゆっくりした変化をもち、これがその時計とそのシグナル出力の周期変動の設定を助けていることを発見した。(KF,KU,nk,kh)
Atomic-scale origins of slowness in the cyanobacterial circadian clock (Science, this issue pp. 312)
A protein fold switch joins the circadian oscillator to clock output in cyanobacteria (Science, this issue pp. 324)

多様性の利点(The benefits of diversity)

病原体や寄生生物は、すべての生態系の不可欠な一部である。しかし、それらが病気の原因となる可能性は、環境因子に依存している。展望記事において、Keesingと Ostfeldは、多様性の関数としての病気の罹患率に関する最近の研究に注目している。ヒトや他の動物、植物において、多様性が高い場合には、病気の罹患率はより低い。これは病原体の多様性がより高いときですら、より多様な系においてそうだ。生態系から生物多様性が失われていくにつれ、生態系は感染に対してより脆弱になる。(KF,kh)
Is biodiversity good for your health? (Science, this issue p. 235)

好中球によるNETが動脈硬化を悪化させる(Neutrophil NETs drive atherosclerosis)

動脈内での脂肪やコレステロール、その他の物質の蓄積は、アテローム性動脈硬化症の原因となり、これが血流を制限して、心発作や脳卒中をもたらすことがある。炎症はアテローム性動脈硬化症による病変形成の一因となるが、いかにそうなるか、完全には分かっていない。Warnatschたちはこのたび、好中球と呼ばれる免疫細胞が、NET(neutrophil extracellular traps:好中球の細胞外捕捉)を遊離していることを明らかにしている(NahrendorfとSwirskiによる展望記事参照)。このNETは、DNAと抗菌タンパク質から構成されていて、アテローム性動脈硬化症の状況下で、マクロファージ中の自然免疫シグナル経路を活性化する。これがマクロファージに炎症誘発性サイトカインを分泌させ、病気を悪化させる。間接的には、NETは、炎症誘発性応答をさらに増幅させる特化した T細胞のサブセットを引きつけもする。(KF,nk,kh)
【訳注】
・アテローム性動脈硬化症:動脈硬化の一種。血管内膜が損傷し、血管内膜の下に入り込んだコレステロールがマクロファージに捕食され、その死骸がアテローム(粥状の塊)状になった状態。
・好中球:白血球の1種で、殺菌性特殊顆粒を持つ顆粒球である。盛んな遊走運動を行い、主に生体内に侵入してきた細菌や真菌類の貪食殺菌を行う。
Neutrophil extracellular traps license macrophages for cytokine production in atherosclerosis (Science, this issue p. 316; see also p. 237)

炎症反応の微調整(Fine-tuning the inflammatory response)

細菌の産物であるリポ多糖(LPS)のマクロファージ上の受容体 TLR4への結合は、転写制御因子 NF-κBを必要とする炎症反応を引き起こす。TLR4は、原形質膜にあるときにはアダプタータンパク質 MyD88を補充し、エンドソーム内に内部移行した後では、別のアダプタータンパク質 TRIFを補充する。Chengたちは、LPSによって刺激されたすべての細胞における一過性の NF-κB活性化の初期のピークにおいて、MyD88が必要とされることを発見した(WilliamsたちによるFocusも参照のこと)。対照的に TRIFは、細胞のサブセットにおけるより持続的な NF-κB活性化の際に必要とされた。つまり、マクロファージは双方のアダプタータンパク質を用いて、NF-κB活性化を微調整し、適切な炎症反応を誘発しているのである。(KF,nk,kh)
The rise in computational systems biology approaches for understanding NF-κB signaling dynamics (Sci. Signal. 8, ra69 (2014))
Distinct single-cell signaling characteristics are conferred by the MyD88 and TRIF pathways during TLR4 activation (Sci. Signal. 8, fs13 (2014))
[インデックス] [前の号] [次の号]