AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 3 2015, Vol.349


機械的複雑さをデザインする(Designing mechanical complexity)

トポロジカル絶縁体で観測される量子的特性は、ニュートンの運動方程式に支配された機械系にも適用できる。電子系においては、荷電キャリアに与えられた多体相互作用と多自由度が様々な特異挙動を引き起こす。SusstrunkとHuberは、同じ理屈が、連成振り子の大きな格子からなる機械系に拡張できることを示している。機械的励起は、ちょうどトポロジカル絶縁体と同じように、格子内部では取り除かれ、外周部に限定されている。この手法は、構築しやすい実験系を用いた複雑現象の研究のみならず、振動抑制技術にも応用できるであろう。(NK,KU,nk,kh)
【訳注】
・トポロジカル絶縁体:物質の内部は絶縁体でありながら、表面は電気を通す物質
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%AB%E3%83%AB%E7%B5%B6%E7%B8%81%E4%BD%93
Observation of phononic helical edge states in a mechanical topological insulator (Science, this issue p. 47)

哺乳類の脳を折りたたむ最も良い方法(The best way to fold a mammalian)

脳は進化を通してより大きく成長するにつれて、脳の組織化や折りたたみも変化した。多くの哺乳類の種を比較する一連の統計学的解析において、Motaと Herculano-Houzelは、脳の折りたたみが、単純に脳の質量増加の系統発生学的な結果ではないことを見出した(Striedter and Srinivasanによる展望記事参照)。露出した皮質の表面積は、総ての哺乳類及び個体全般にわたって皮質の全表面積と皮質の厚さの平方根の積の単一のべき法則で増加する。(KU,nk,ok,kh)
Cortical folding scales universally with surface area and thickness, not number of neurons (Science, this issue p. 74; see also p. 31)

免疫学的な人違い(Immunological mistaken identity)

2009年の A/H1N1インフルエンザの大流行に対する全世界的なワクチン接種活動後に、過眠発作を引き起こすナルコレプシーの発生が増加したが、増加が起きたのはいくつかの国に限られていた。Ahmedたちは、国が使用したワクチンに含まれるタンパク質を調べた。あるインフルエンザ・タンパク質、ヌクレオペプチド A、中の一つの注目すべきペプチドが、ヒト・ヒポクレチン受容体 2(これは過眠症と関連付けられていた)と残基を共有していた。ワクチン接種後に過眠症を発生した患者は、インフルエンザとヒポクレチン受容体 2エピトープの双方に交差反応する抗体を産生した。新たな過眠症患者の発生していない国で使用されたワクチンでは、ヌクレオプロテイン A の濃度が低かった。(KU,nk,ok,kh)
【訳注】
・エピトープ:抗体が認識する抗原の一部分
Antibodies to influenza nucleoprotein cross-react with human hypocretin receptor 2 (Sci. Transl. Med. 7, 294ra105 (2015))

酵素の補助因子としてのニッケル・ピンサー錯体(Nickel pincers as enzyme cofactors)

実験室で合成されている有機金属ニッケル錯体は、自然界でも酵素中に同様に存在している。Desguinたちは、細菌の乳酸ラセミ化酵素における Niを含む活性部位の構造と金属に結合するアミノ残基を決定した(Zambleによる展望記事参照)。ジチオジニコチン酸モノヌクレオチド誘導体の補助因子は、イオウと炭素の結合を通して Niに結合し、合成法のニッケル・ピンサー錯体に似ている。この補助因子の合成に関与しているアクセサリータンパク質をコードしている遺伝子は、他の細菌に広く分布しており、このことは他の酵素におけるその関与を示唆している。(KU,kh)
【訳注】
・ピンサー錯体:三座配位子を持つ錯体
A tethered niacin-derived pincer complex with a nickel-carbon bond in lactate racemase (Science, this issue p. 66; see also p. 35)

あくせくせずにバラの香りをかぐために立ち止まる(Stop to smell the roses)

香しい匂いのバラがあり,しかしまた,きれいに見えるだけのバラもある.Magnardたちはこの違いを利用して,ゲラニオール(バラの香りに存在するモノテルペンアルコール)の生合成について研究した(ThollとGershenzonによる展望記事参照).バジルのような他の植物でゲラニオールを合成することが知られている酵素群は,バラに対してはその機能を与えないようだった.その代り,バラ花弁の細胞中の細胞質で機能する二リン酸ヒドロラーゼが,香りのよいバラが放つゲラニオールを産生する.この酵素とその遺伝子を特定することで,マーカー支援育種【訳注】を用いて美女に香りを戻してあげる.(MY,ok,kh)
【訳注】
・マーカー支援育種(marker-assisted breeding):優良な形質を持つ個体を選抜するため,その形質に関わるゲノム中の特定のDNA配列(マーカー)を決め,そのマーカーが交配で保存されるよう品種改良すること.育成後の形質発現結果をみて選抜可否を決定する従来の方法と比べ,格段に短い時間での選抜が可能となる
Biosynthesis of monoterpene scent compounds in roses (Science, this issue p. 81; see also p. 28)

野外における適応性の兆候(Signatures of adaptation in the field)

環境への適応は、全ての種において極めて重要である。作物において、農家や家畜飼育者が特定の形質を選択することで、この適応性が崩されたり、増強されたりする。遺伝子と局所環境との間の関連を決定するために、Laskyたちは、栽培モロコシ属のほぼ2000近くの地域的品種の世界的な遺伝子調査を行った。気候や土壌といった地域的環境ストレスが、適応の主要な決定要因であった。モロコシ属(サハラ砂漠より南のサブサハラおよびアジアの5億人の人々の主要な作物)や他の作物の増産は、適応した形質に関するマーカー支援選択(marker-assisted selection)に基づくことで可能となるであろう。(KU,nk,kh)
Genome-environment associations in sorghum landraces predict adaptive traits (Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1400218 (2015))

少数の保護に力を入れる(Focused on protecting a few)

違法な象牙取引は,安定した野生象集団の持続に対する脅威となっている.隠れてこっそりと行われる密猟の性質が,取り締まりを困難にしている.Wasserたちは遺伝的な手段を用いて,搬送中に押収された象牙の出処を特定した(Hoelzelによる展望記事参照).象牙のもととなった象の大半は,アフリカのごく僅か(しかも,2006年以降はたったの2地域)の野生象集団の一部だった.そのような僅かな地域の取り締まりにさらに力を入れることが,密猟行為を断ち切り,野生象の数を回復させるのに役立つ可能性がある.(MY)
Genetic assignment of large seizures of elephant ivory reveals Africa’s major poaching hotspots (Science, this issue p. 84; see also p. 34)

レーザーで重合体膜をパターン形成する(Laser patterning polymer membranes)

多孔性材料は、膜、フィルタ、エネルギー変換、触媒として有用である。それらの有用性は、多くの場合、孔の大きさとその連結度の両者を精密に制御する能力に依存している。Tanたちは簡単なレーザー処理工程を用いて、シリコン基板上に、フェノール・ホルムアルデヒド樹脂(レゾール)を混合したブロック共重合体の多孔性薄膜を作った。紫外線の露光による基板の急速な加熱が、レゾールの重合とブロック共重合体の分解を引き起こす。この方法は、調整可能な孔の大きさとその分布を持った、局所的な規模での薄膜の直接的なパターン形成を可能にする。(Sk,kh)
【訳注】
・レゾール:アルカリ雰囲気下で生成するフェノール樹脂。常温では液体で、加熱すると固まる。
Transient laser heating induced hierarchical porous structures from block copolymer-directed self-assembly (Science, this issue p. 54)

炭素放出とその海洋への影響(Carbon emissions and their ocean impacts)

人為活動による CO2放出は、直接的に大気の化学に影響を与えるが、また、海洋にも強い影響を有している。Gattusoたちは二つの CO2放出の道筋に基づいて、海洋の物理、化学、そして、生態がどのような影響を受ける可能性があるのかについて吟味している: 一つは今日と同じ高いレベル、もう一つは積極的な削減という道筋である。海洋の温暖化、酸性化、海水面上昇、酸素極小層の拡大は、海の生き物とその生態系に対してまぎれもない影響を持ち続けるだろう。CO2放出に関して人類のとる進路は、これらの現象の深刻さの大部分を決定するであろう。(Wt,KU,nk,kh)
Contrasting futures for ocean and society from different anthropogenic CO2 emissions scenarios (Science, this issue 10.1126/science.aac4722)

汎用オレフィンからアミンを精巧に合成する(Elaborate amines from commodity olefins)

炭素-窒素結合の形成に対する精密な空間的制御は,多くの薬剤や農薬の合成にとって必須である.Yangたちは,単純オレフィンに対するヒドロアミノ化【訳注】において,よく似た置換基の違いを敏感に識別できる銅触媒を合成した.この触媒は特に,メチル基とエチル基の相対的な配置が異なる2つの鏡像生成物のうちの片方を作るのに優れている.この選択性は,複雑なキラル【訳注】なアミン合成において容易に調達できる汎用オレフィンの使用を後押しするものである.(MY)
【訳注】
・ヒドロアミノ化:オレフィンC-C二重結合の炭素に対して,片方の炭素に水素が,もう片方の炭素にアミノ基が付加すること
・キラルな:対象としている化合物の立体構造が,移動や回転させても,その鏡像と重なり合わせることができない状態の構造であること
Catalytic asymmetric hydroamination of unactivated internal olefins to aliphatic amines (Science, this issue p. 62)

四角い尾の不思議なお話(The curious tale of the square tail)

動物の付属器官は一般に丸みを持っているが、タツノオトシゴの尾は四角い断面をしている。Porterたちは、この形状が、丸みを持った断面より優れた機能性や強度を与えていると仮説を立てている(Ashley-Ross による展望記事参照)。三次元印刷で作成した模型は、圧縮力を受けた時に、四角い断面形状がより有利に働く。損傷せずより大きく変形することが可能で、ねじれ変形に適応することで、四角い付属器官は受動的に元の形状に戻る。四角い断面により付加された可撓性が、対象物に巻き付く尾の能力を高めている。(Sk,KU,ok,kh)
Why the seahorse tail is square (Science, this issue 10.1126/science.aaa6683; see also p. 30)

予想外の気体硫黄化合物(An unexpected gaseous sulfur species)

硫酸は、工業および大気の双方で中心的な役割を演じている。そのため、気相のSO3混合物の挙動は一世紀を越えて研究されてきた。Mackenzieたちは、湿気を帯びた SO3とギ酸の気相での実験で、これまで認識されていなかった共有結合性の付加生成物:ギ酸無水硫酸、HC(O)OSO3Hを発見した。マイクロ波分光法と理論計算の組み合わせにより、その構造的特徴が明らかになった。この化合物は、H2SO4を生成する中間体として働くことにより、大気中の微粒子の核形成の一因となっている可能性がある。(Sk,KU,kh)
Gas phase observation and microwave spectroscopic characterization of formic sulfuric anhydride (Science, this issue p. 58)

1つのニューロンに投射する細胞を追跡する(Tracing cells that project to one neuron)

特徴抽出は、知覚処理の初期段階に関与している皮質ニューロンの顕著な特色である。Wertzたちは、注入された1つのニューロンとその直接の入力を逆行的に標識付けすることで、そうした応答を仲介しているネットワーク機構を明らかにした。単一方向選択性細胞のそれぞれのシナプス前ネットワーク層内にあるニューロンは、振る舞いの方向について類似の選好性を示した。あるネットワークでは、層特異的な機能モジュールが、シナプス後ニューロンの方向選好性と同一だった。しかしながら、シナプス前ニューロンは、シナプス後ニューロンにおける応答を誘発する刺激特徴への一般的傾向を示した。(KF,kh)
Single-cell-initiated monosynaptic tracing reveals layer-specific cortical network modules (Science, this issue p. 70)

持続可能なプラスチックをもっと合成する(Synthesizing more sustainable plastics)

ゼオライトは,生物由来の原料からより安価なプラスチック前駆体の合成に有用である.持続可能なプラスチックの製造は,より費用効率の高い石油化学に基づく合成経路と競争しなければならない.Dusselierたちは,微生物が作った乳酸からラクチド(合成が厄介な化合物で,生分解性ポリ乳酸プラスチックの前駆体)への転換を触媒するゼオライトに基づく方法を開発した.ほぼ80%の高い選択性は,ゼオライト細孔内への活性部位の空間的閉じ込め【訳注】に基づいている.この手段は,現在のコストの高い合成経路を大幅に単純化し,また,現状の反応器技術を使ってほぼ廃棄ゼロを実現する.(MY,KU,nk,kh)
【訳注】
・触媒作用のある活性部位がゼオライト細孔(通常0.2〜1.0 nm)内に閉じ込められていることにより,細孔の大きさに適合した反応原料や反応生成物だけが細孔に出入りできることで反応が進み,適合しない化合物では反応が進行しない
Shape-selective zeolite catalysis for bioplastics production (Science, this issue p. 78)

セレン含有タンパク質のゴミを掃除する(Clearing out selenoprotein garbage)

我々の DNAは、異なる20種のアミノ酸をコードするコドンで構成されている。もう1つ別のアミノ酸、セレノシステインもまた、いくつかのヒト・セレン含有タンパク質に見出されている。セレノシステインは、終止コドンの再コード化を介して取り込まれるが、このプロセスがうまくいかないと、タンパク質合成の終止が早過ぎる結果となる。Linたちは、そうした場合に形成される切り詰められた潜在的に危険なタンパク質が、タンパク質の品質監視システムによって、特異的に分解されることを示した。この監視システムは、未熟に終止した多様なセレン含有タンパク質の切断末端を特異的に認識し、その破壊を標的にする。(KF,ok)
CRL2 aids elimination of truncated selenoproteins produced by failed UGA/Sec decoding (Science, this issue p. 91)

デングウイルスを閉め出す抗体(An antibody to lock dengue virus out)

蚊由来のデングウイルス(DENV)は、公衆衛生への増大しつつある脅威である。毎年4億人近くが感染しているが、現在利用可能なワクチンはない。Fibriansahたちは、DENVの血清2型に特異的なヒト抗体(2D22)が治療に用いられた場合、マウスをこのウイルスの致死的型から守ることができると報告している。構造解析によって、2D22は複数の DENVエンベロープ・タンパク質に結合していて、これがおそらく、ウイルス侵入に必要な一定の向きに集まっていくそのタンパク質の能力を妨害していることが明らかになった。2D22がそのウイルスに結合するエピトープは、従って、潜在的なワクチン標的を示している可能性がある。(KF)
【訳注】
・エピトープ:抗体が認識する抗原の一部分のこと。
Cryo-EM structure of an antibody that neutralizes dengue virus type 2 by locking E protein dimers (Science, this issue p. 88)

未成熟なニューロンを興奮させ続ける(Keeping immature neurons excited)

出生後、脳における神経伝達物質 GABAによるシグナル伝達は、興奮性から抑制性に切り替わる。GABAは、Cl-を導くリガンド開口型のイオンチャネルに結合することによって、双方の応答を仲介している。このチャネルの開口は、ニューロンにおける Cl-の濃度に依存している。Friedelたちは、キナーゼ WNK1の活性に依存する K+とC-の共輸送体 KCC2中のリン酸化イベントを同定した。そのリン酸化イベントは KCC2活性を抑制し、細胞内の高いCl-濃度を維持することによって、未成熟なラットニューロン中でのGABA仲介シグナル伝達の脱分極効果に寄与した。(KF,kh)
WNK1-regulated inhibitory phosphorylation of the KCC2 cotransporter maintains the depolarizing action of GABA in immature neurons (Sci. Signal. 8, ra65 (2015))

砂場の中での景観の進化(Landscape evolution in a sandbox)

気候変化への丘陵と谷の長期的応答は、様々な物理的因子に依存している。Sweeneyたちは、降雨と隆起(自然界で正確に制御することが不可能な変数)の関数として卓上での浸食実験を行った(McCoyによる展望記事参照)。尾根と谷との間隔は、 山地斜面を下りながら谷を埋めていく土砂と川によって谷から流失する土砂とのバランスによって決められる。景観は、それ故に浸食速度を変える気候変化への応答として進化する。(KU,nk,kh)
Experimental evidence for hillslope control of landscape scale (Science, this issue p. 51; see also p. 32)

本来型のレトロウイルスのカプシド(Retroviral capsids in their native form)

レトロウイルスのカプシドタンパク質は、ウイルスRNA分子のまわりに保護性の格子を形成する。個々の全長のカプシドタンパク質がどのように結集して、ウイルスのゲノムを遮蔽しているかに関する正確な分子レベルの詳細は、しかしながら、よく分かっていない。ObalたちとGresたちは、このたび、ウシの白血病ウイルスとヒト免疫不全ウイルス1型、それぞれからの全長のカプシドタンパク質の高分解能の結晶構造を報告している。2つの研究は互いに補完し合って、カプシドタンパク質の組立ての動的性質と、個々のカプシドタンパク質の格子内での相互作用のやり方を明らかにしている。この知見は、薬剤設計に重要な関連をもっている可能性がある。(KF,kh)
Conformational plasticity of a native retroviral capsid revealed by x-ray crystallography (Science, this issue p. 95; see also p. 99)
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