AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 13 2015, Vol.347


主要な微量ミネラルが歯をすごく強化する(Key trace minerals greatly strengthen teeth)

歯の外層は虫歯になりやすいエナメルのナノワイヤーからできている。Gordonたちは、ナノメートルスケールで、いろいろなげっ歯類の歯のエナメル質の組成を分析した(Politi による展望記事参照)。境界領域により異なる微量元素を含む、普通および色のついたエナメル質において、マグネシウムを含む非晶質リン酸カルシウム、または鉄酸化物の混合相という二つの粒界相が、エナメル質の脱ミネラルの速度を制御していた。このことは、虫歯にならないように歯を強化するためのフッ素処理に対する代替手段があるかもしれないことを示唆している。(Sk,kh)
Amorphous intergranular phases control the properties of rodent tooth enamel (Science, this issue p. 746; see also p. 712)

超電導に対する光スイッチ(Light switch for superconductivity)

物質の電気伝導度は、有効キャリア濃度に強く依存している。物理学者たちは物質中にキャリアを誘導することで、キャリア濃度を制御できる。たとえば、物質を電場中のイオン性液体の隣に配置する手法が挙げられる。Sudaらは、代わりに層状スピロピラン分子を用いている。同層状物質は、紫外線照射により、非イオン性からイオン性に変化する。筆者らは、同層状物質を有機物質の薄い結晶上に配置している。スピロピランに紫外線を照射すると、界面でキャリアが誘導されて、隣接する物質が超伝導性を示すという。(NK,kh)
Light-induced superconductivity using a photoactive electric double layer (Science, this issue p. 743)

新しい近所をうまく利用する(Taking advantage of new neighborhoods)

哺乳類は形態学的に最も多様化した生物の一つであり、固有の生態学的条件に適応することで、ネズミからクジラに至るまでの多様な種類を作り出した。ジュラ紀中期の二種の新哺乳類の基本種は、この多様化が、従来考えられていたよりも何百万年も早い時期に、かなり進行していたことを示唆している。Luo たちは、現在の穴掘り動物と同様な手足や指の変異を有する穴掘り動物について述べ、推定される遺伝子とそれに関係する発生経路を同定している。Meng たちは、木登りのために変異した樹上性動物種について述べ、樹液の摂取を含めて、明らかに草食に適応した歯を持っていたことを述べている。(Sk,bb)
Evolutionary development in basal mammaliaforms as revealed by a docodontan (Science, this issue p. 760)
An arboreal docodont from the Jurassic and mammaliaform ecological diversification (Science, this issue p. 764)

私たちの海への法外なプラスチックの投棄(Dumping lots of plastics into our oceans)

私たちの海でのプラスチック破片の量と位置の決定法はかなり進歩したが、初期段階で、実際にどのくらい多くのプラスチックが海に捨てられているかは、より不明確である。Jambeckらは、固形廃棄物に関する利用可能なデータと人口密度と経済状態を用いるモデルとを組み合わせて、海洋に捨てられている陸上からのプラスチック廃棄物の量を推定している。廃棄物管理方法が改善されなければ、海洋へのプラスチックの流出は、今後10年以内に一桁増加する可能性がある。(hk,ok,kh)
Plastic waste inputs from land into the ocean (Science, this issue p. 768)

PETの脳腫瘍画像化への取り組み(A PET approach to imaging brain tumors)

癌は,陽電子放出断層撮影,すなわち,PETを用いることで容易に可視化される.この画像化方法においては,放射活性のある標識トレーサーが腫瘍に蓄積する.腫瘍細胞は多量のブドウ糖を必要とするため,しばしば,標識化されたブドウ糖がトレーサーとして用いられる.しかしながら,脳腫瘍の画像化には PETを用いることができない.それは,正常な脳細胞もまた,ブドウ糖に大きく依存しているためである.今回,Vennetiたちは,やはり腫瘍細胞に取り込まれる放射性同位体で標識化されたグルタミンが,マウスとヒトの脳腫瘍に対して鮮明な画像を与えることを示している.グルタミン標識を用いることで,癌細胞は正常な脳細胞や、もはや成長しない腫瘍さえも識別可能である.(MY)
Glutamine-based PET imaging facilitates enhanced metabolic evaluation of gliomas in vivo (Sci. Transl. Med. 7, 274ra17 (2015))

単一のB細胞の、進むべき多くの道(For a single B cell, many roads to take)

病原体との戦いに勝つために、免疫学的 B細胞は多面的な鋭い攻撃を行う必要がある:彼らは、抗体を分泌する形質細胞に分化したり、或いは T細胞を助けるリンパ節胚芽中心細胞や、更には長寿命の免疫記憶細胞になったりする。しかし、単一の B細胞が、これらの異なる運命の全てを獲得できるのだろうか? これを知るために、Tailorたちは、マウスにおいて単一の B細胞の応答を追跡した。B細胞の中には、たった一つの運命しか獲得しないものもあるが、一方では三っの運命すべてに分化するものもある。著者たちは、複数のサブセットに分化する B細胞の能力を、増殖して細胞死に抵抗する彼らの能力、及び彼らの抗原受容体の親和性とに結びつけた。(KU,kh)
Apoptosis and antigen affinity limit effector cell differentiation of a single naive B cell (Science, this issue p. 784)

活動的脳回路網の速撮り写真((Taking a snapshot of active brain circuitry)

神経科学者たちは今日、in vivoでの活動的ニューロン集団に標識を付ける方法を持っており、行動する動物における回路の活性化を研究している。Fosqueたちは、活動的細胞を短い時間スケールで素早く標識付けし、かつ永久的に有効性を保つ、蛍光タンパク質に基づく試薬を設計し、それを完全に実証した。CaMPARIと呼ばれるこの指示薬は、細胞内カルシウムレベルの増加と紫外線照射が同時に起きた時に、本来の緑色から赤色蛍光状態へと切り換わる。CaMPARIは、ショウジョウバエやゼブラフィッシュ、及びマウスの脳において活動的神経細胞にうまく標識を付けた。(KU,kh,nk)
Labeling of active neural circuits in vivo with designed calcium integrators (Science, this issue p. 755)

作用中の HCVポリメラーゼの姿(A view of the HCV polymerase at work)

世界人口の3%を越える人々が、肝硬変や肝癌といった命に係わる肝疾患の素因となるC型肝炎ウイルス(HCV)に感染している。HCVは NS5Bというポリメラーゼをコード化しており、これはウイルスの RNAゲノムの複製を触媒している。NS5Bを抑制する薬は、最近の臨床治験においてすばらしい抗ウイルス活性を示した。Applebyたちは(Bressanelliによる展望記事参照)、RNA合成の開始と伸長の際の、停止した NS5Bポリメラーゼの三元複合体の結晶構造を解析することで、HCV RNA複製に関する内部的作用を明らかにしている。彼らは又、強力な臨床有効性を持つ薬剤である、sofosbuvirが NS5Bの活性部位と相互作用しているその仕方を明白にしている。(KU,nk)
Structural basis for RNA replication by the hepatitis C virus polymerase (Science, this issue p. 771; see also p. 715)

カプサイシンチャネルが痛みを和らげるやり方(How capsaicin channels pain relief)

イオンチャネルは,痛みや触圧を感じるのに不可欠である.唐辛子を辛くしている化学物質はカプサイシンで,カプサイシンはカルシウム透過チャネルのTRPV1を活性化する.一見,逆説的ではあるが,この化学物質はまた,局部鎮痛剤として用いらている.Borbiroたちは,カプサイシンによるTRPV1の活性化が,細胞膜中の特定ホスホイノシチドを枯渇させることで,機械的刺激を感知するピエゾチャネルを抑制することを見出した(Altierによるフォーカス記事参照).これらの結果により,カプサイシンの鎮痛効能の一部が説明されるかもしれない.(MY,kh)
Activation of TRPV1 channels inhibits mechanosensitive Piezo channel activity by depleting membrane phosphoinositide (Sci. Signal. 8, ra15 (2015))
Spicing up the sensation of stretch: TRPV1 controls mechanosensitive Piezo channels (Sci. Signal. 8, fs3 (2015))

海洋微生物の食物連鎖網の風味を変える(Changing tastes in marine microbe food webs)

原生生物は、核、小器官及び共生生物を持つた完全な単細胞生物であり、そして多種多様な生理的能力を持っている。彼らは、遍在して豊富に存在し、そしてしばしば科学では無視されている。Wordenたちは、原生生物が海洋での地球化学的な循環に果している、その役割を理解することの困難さをレビューしている。これらの生物体は植物と同じく光合成をしており、細菌や古細菌を食べたり、お互いに、或いはより大きな生物に寄生したり、性を有しており、そして時々、環境の変化する際に、これらのことをすべて通しで行う。彼らの活動は、炭素循環に大きな影響を持っており、そして海洋の生態系における彼らの機能的重要性を理解するには、研究努力が更に強化される必要がある。(KU,ok,kh,nk)
Rethinking the marine carbon cycle: Factoring in the multifarious lifestyles of microbes (Science, this issue 10.1126/science.1257594)

地球の持続的可能性の限界を通り越す(Crossing the boundaries in global sustainability)

惑星の限界(planetary boundary:PB) という構想は、2009年に導入されたものだが、人類が安全に活動できる環境的な限界を定義することを目的としている。この取り組みは、地球的な持続可能性に関する政策を展開する上で有力なものと判ってきた。Steffen たちは、PBという枠組みについての最新の、かつ、拡張された解析を与えている。初めに提案された九つの限界の内、気候変動を含めた三つは、その限界を越えると地球というシステムを新しい状態に駆り立てる可能性があり、また、残りの限界に対しても広範な影響のあるものでもあるとされた。彼らは、また、地域の環境にも有用な適用が可能な PBの枠組みを開発している。(Wt,KU,nk)
Planetary boundaries: Guiding human development on a changing planet (Science, this issue 10.1126/science.1259855)

触媒のいろいろな特性を同時に最適化する(Optimizing a catalyst many ways at once)

最適化戦略は、しばしば丘陵地帯でのハイキングになぞらえられる。最も高い丘の頂上に辿りつくのが目的でありながら、より高い方向へと進むだけだと、いったん下ってからでないと行き着けない経路上にある頂きを決してみつけられないことがある。化学においても、触媒の構造的特徴それぞれを最適化することによって結果的に、組み合わせ上のちょっとしたトレードオフによってもたらされる最適解を見失うことがある。Miloたちは多次元解析技術を用いて、選択性が C-N結合形成反応における触媒と基質の複数の特性にいかに依存しているかを示す予測モデルを作成している(Luによる展望記事参照)。次に彼らはこのモデルを適用して、触媒性能を全体的に改良した。(KF,KU,ok,nk)
A data-intensive approach to mechanistic elucidation applied to chiral anion catalysis (Science, this issue p. 737; see also p. 719)

クリーギー中間体に対する倍の面倒(Double trouble for Criegee intermediates)

大気中のオゾンは不飽和炭化水素と反応し,クリーギー中間体と呼ばれる不安定な化合物を生成する.最近やっと, このような化合物を実験室で作製,研究する信頼できる方法が登場したが,それらの化合物は水とは反応するようには見えなかった.今回,Chaoたちは,最も単純なクリーギー中間体である CH2OOは,実際は水の分子対と非常に高速に反応していることを示している(Okumuraによる展望記事参照).以前は,水の二量体がほとんど存在しない低圧で研究が行われていたか,或いは下流のプロセスをモニターしていたために,この結果が見過ごされていた.この新規な速度測定により,大気中の水分子対との反応性がクリーギー中間体の主要な崩壊経路であることが示唆されている.(MY,KU,kh,nk)
Direct kinetic measurement of the reaction of the simplest Criegee intermediate with water vapor (Science, this issue p. 751; see also p. 718)

毒素が上皮組織をスケスケにする方法(How a toxin makes epithelial sheets leaky)

人間の全身とその多くの部位は、上皮細胞のシートのもつ障壁機能によって、外部環境から遮蔽されている。細胞間の密着結合(TJ)が持つ障壁機能は、いかなる多細胞生物においても、恒常性維持にとって決定的であり、とりわけ皮膚と内部器官において、また血液脳関門においてそうである。TJの主要な成分の一つはクローディン(claudin)として知られる接着性の膜タンパク質ファミリーである。クローディンファミリーのメンバーのいくつかは、細菌性毒素ウェルシュ菌エンテロトキシンの受容体である。この毒素はしばしば、ヒトと動物双方において、飲食に起因する健康被害の原因となる。Saitohたちは、この毒素とクローディンの間の複合体を結晶化して、毒素がいかにして上皮性関門を損傷させているかを明らかにした(ArturssonとKnightによる展望記事参照)。(KF,nk)
Structural insight into tight junction disassembly by Clostridium perfringens enterotoxin (Science, this issue p. 775; see also p. 716)

癌において、薬剤になりそうもないものの薬剤化(Toward drugging the undruggable in cancer)

多くのヒト癌は転写制御因子の不適切な活性によって特徴づけられる。そうしたタンパク質は、原理的には薬物標的として魅力的であるが、その機能を正常化するには、特定のタンパク質間相互作用を調節する薬剤を必要とし、これはこれまで難しい目標であった。急性骨髄性白血病では、ある染色体転座が転写制御因子 CBF-βの異常型を産み出し、これが正常な CBF-βを抑えつけて、RUNX1と呼ばれる別の転写制御因子に結合し、これによってその活性が制御されなくなっている。Illendulaたちは、異常な CBF-βと RUNX1との相互作用を選択的に破壊する小分子を同定し、化学的に最適化した(KoehlerとChenの展望記事参照)。この分子は、マウスにおいて、正常な遺伝子発現パターンを回復し、白血病の進行を遅らせた。つまり、転写制御因子は、以前考えられていたほど新薬につながらないものでもないらしい。(KF,ok,kh)
A small-molecule inhibitor of the aberrant transcription factor CBFβ-SMMHC delays leukemia in mice (Science, this issue p. 779; see also p. 713)

ヒトのセントロメアのα-サテライト配列(The α-satellite arrays of human centromeres)

セントロメアは、姉妹染色分体を結び付けていて、染色体分配にとって中心的なものである。セントロメアは、縦列反復性のα-サテライト DNA配列内に見いだされる。セントロメアの形成に関与する分子プロセスを定義するのは難しいことだった。Henikoffたちは、ヒト α-サテライト2 組の二量体配列を同定したが、それらは特定のセントロメア付随ヌクレオソームに常に関連したもので、染色体DNAを取り巻いているタンパク質構造だった。この知見は、他の真核生物のセントロメア内にあるその他の縦列反復配列を同定するのを助け、セントロメアの進化と機能についてのよりよい分子的理解を可能にするに違いない。(KF,kh)
【訳注】
・α-サテライト:染色体の動原体にある反復配列の一つ
A unique chromatin complex occupies young α-satellite arrays of human centromeres (Science Advances 10.1126/sciadv.00234 (2015))
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