AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 2 2015, Vol.347


男たちよ警戒せよ,おのがY染色体に紫煙が達せし時には(Men beware, when smoke gets in your Y's)

喫煙が癌のリスクを高めることは,過去60年間に渡って認められてきた.しかしながら,喫煙が私たちの遺伝物質にどう影響するのかは、未だ十分には分かっていない.今回の研究により,男性は特に気にかけるべきということが示唆されている.Dumanskiたちは,6000人を超える男性の調査で,喫煙男性は非喫煙者と比べ,血液細胞中のY染色体の欠失数が3倍以上になることを見出している.この欠失が,癌発生の原因因子であるのか,あるいは,単に,喫煙が引き起こす他の染色体上のより重要なダメージに対する単なる一つのマーカーであるのかは,この研究から推論することはきない.(MY,KU,nk)
Smoking is associated with mosaic loss of chromosome Y (Science, this issue p. 81)

活動のなかのほんの短時間のお休み(A few very brief pauses in the action)

化学反応は、原子と分子との間の無数の衝突の累積効果によって進行する。通常、ある所定の衝突が起こると、その衝突に関わるものは再び後ろに跳ね返され、その際にもとの形のままか、原子が入れ混じって別の生成物になるかのいずれかである。ある場合は、反応に関わる粒子の双方が、再配置の前に、共鳴と呼ばれる短時間の休止状態になる。Yangたちは、塩素原子と振動励起された重水素化水素(Hydrogen deuteride:HD)との反応性衝突において、衝突で生ずる特別に短寿命の共鳴を発見したことを報告している。彼らの結果は、これまで見逃されてきた類似の共鳴が、振動励起分子の他の反応の中にも潜んでいる可能性があること示唆している。(Wt,KU,nk,kh)
Extremely short-lived reaction resonances in Cl + HD (v = 1) → DCl + H due to chemical bond softening (Science, this issue p. 60)

量子状態を守るシェルターを設計する(Engineering a shelter for quantum protection)

物質の量子状態は隔離されていると安定である。この状態に制御された形でアクセスできるようになると有益であると期待されている。しかし、量子状態にアクセスしたり外部環境と相互作用するとコーヒーレンスが消失し、結果として量子状態が変化してしまう。Kienzlerらは、量子状態(トラップされたイオン)と外部環境との相互作用を巧妙に操作して、安定な量子状態を実現できることを示したKienzlerらは安定な量子状態を実現する為に、量子系(トラップイオン)と外部環境との相互作用を設計している。この手法は汎用性があり、その他の相互作用する量子系にも適応できるであろう。(NK,nk)
Quantum harmonic oscillator state synthesis by reservoir engineering (Science, this issue p. 53)

計算で癌を説明する(Crunching the numbers to explain cancer)

ヒトの組織の中には,どうして他の組織より癌化の頻度が100万倍も高いのものがあるのだろうか? TomasettiとVogelsteinは,この相違が幹細胞の分裂回数によって説明できると結論付けている.色々な癌の生涯発生率を,対応する組織における正常幹細胞の推定生涯分裂回数に対してプロットすることで,5桁に及ぶプロット範囲で高い相関性を見出した.このことは,正常幹細胞でのDNA複製の際に発生するランダムエラーが,癌発生の主要な寄与因子であることを示唆している.注目すべきことに,この"不運”的要素の方が,遺伝的因子や環境的因子より,はるかに多くの癌発生を説明しているのである.(MY,ok,nk)
Variation in cancer risk among tissues can be explained by the number of stem cell divisions (Science, this issue p. 78)

皮膚感染症は脂肪反応をトリガーする(Skin infection triggers fat responses)

肥満は慢性炎症と関係しているが、脂肪組織は感染の際の防御に役立っているのだろうか? Zhangたちは、マウスの皮膚における脂肪層が、病原性の細菌である黄色ブドウ球菌の接種後に厚くなることに気付いた(Alcorn and Kollsによる展望記事参照)。新たな脂肪細胞を作ることのできない変異マウスは、感染症にもっと罹りやすくなった。分化する脂肪細胞は、特に感染症への反応において、カセリシジン(cathelicidin)と呼ばれる小分子ペプチドを分泌した。対照的に、成熟した脂肪細胞ではカセリシジンの産生は少なく、結果として防御性も少ない。(KU,kh)
Dermal adipocytes protect against invasive Staphylococcus aureus skin infection (Science, this issue p. 67; see also p. 26)

呼吸ウイルス、EV-D68を標的に(Targeting EV-D68, a respiratory virus)

合衆国の子供たちにおける最近の呼吸器疾患の激増は、エンテロウイルス D68(EV-D68)に起因する。エンテロウイルスには、またヒトライノウイルス(このウイルスは風邪を引き起こす)やポリオウイルス等のヒト病原体が含まれている。これらのウイルスのほとんどは、カプシドタンパク質 VP1の疎水性ポケット中で結合する或る因子によって安定化され、抗ウイルス性の化合物はこの因子を置換することで作用している。Liuたちは、EV-D68、および抗ウイルス性化合物であるペコナリル(peconaril)とそれとの複合体の結晶構造に関して報告している。EV-D68において、その疎水性ポケットは、ペコナリルによって置換される脂肪酸を含んでいた。ペコナリルは効率的に細胞の EV-D68感染を抑制し、このことはペコナリルを EV-D68に対する可能性のある薬剤候補としている。(KU,nk)
【訳注】
・カプシドタンパク質:ウイルスのゲノム核酸を包んでいるタンパク質の外殻
Structure and inhibition of EV-D68, a virus that causes respiratory illness in children (Science, this issue p. 71)

ミリグラムの壁をブレークスルーする(Breaking through the milligram floor)

化学者が化合物を合成する場合,成功の分かれ目は,少なくともミリグラムの生成物が得られたかどうかということになる.この基準は,---生化学的な分析がマイクログラムの領域にまで足を踏み入れて久しくなるが---何十年間もそのままで,そして,それは,一つには,特性解析手法の制約に由来している.Buitrago Santanillaたちは,マイクログラムスケールでの化学反応条件を最適化するために自動化された試薬投入と特性解析方法を提供している.これにより,標準的な条件ではカップリング反応が起こりにくい化合物の錯体対の間で生じる C-N結合生成触媒反応に対して,反応が生じる多くの塩基と配位子の組み合わせを,少量の試薬でスクリーニングすることができるようになった.(MY,kh)
Nanomole-scale high-throughput chemistry for the synthesis of complex molecules (Science, this issue p. 49)

若さの免疫学的源泉(An immunological fountain of youth)

多目的の伝達系である mTORシグナル伝達系は、細胞の増殖や運動性の全ての面を制御しており、また多くの種において、加齢が関与する多くの種の加齢に関与する疾病の発生を遅らせることができる.今回,Mannickたちは,mTORの阻害が人間に対しても利点をもたらし得ることを示している.彼らは,人間の加齢で現れる免疫機能の低下を,mTORの阻害剤である RAD001で若返らせることができるのかを評価した.インフルエンザワクチン投与に対する老齢被験者の免疫応答を評価することで,著者たちは,ワクチンに誘発された被験者の免疫防御力が RAD001により強化されることを示した.(MY,KU,nk)
mTOR inhibition improves immune function in the elderly (Sci. Transl. Med. 6, 268ra179 (2014))

癌における薬剤耐性を克服する(Overcoming drug resistance in cancer)

癌患者は、薬剤耐性を高めることがしばしばある。Martzたちは、癌細胞において耐性をもたらす経路を同定する方法を考案し、そして Notchシグナル伝達が、乳癌やメラノーマに用いられる薬剤への耐性に介在していることを見出した。Winterたちは、また骨髄増殖性腫瘍に対してこのスクリーニング方法を用いたが、この腫瘍は、しばしばキナーゼ JAK2の活性化の変異を持っているが、JAK阻害剤へ耐性である。彼らは、この耐性の原因をシグナル伝達タンパク質 RASであると突き止めた。このように、個々の遺伝子の代わりに全体的なシグナル伝達経路のスクリーニングにより、 新たな治療ターゲットの同定が可能となり、複数のタイプの薬剤耐性の癌において重要となるであろう。(KU,ok,kh)
Systematic identification of signaling pathways with potential to confer anticancer drug resistance (Sci. Signal. 7, ra121 and ra122 (2014))

層状材料は、その大元にパワーを供給する(Layered materials power the cause)

燃料電池、太陽電池、および水分解をなどを含むエネルギーの蓄積および変換法は、多くの場合、大きな表面積を持つ材料を使うことに強みがある。高い表面反応性、高導電性、または有用な光学特性と組み合わされた場合、二次元の層状材料は、さまざまなアプリケーションに対して注目すべき関心の的になっている。Bonaccorsoらは、実験室規模でのグラフェン(炭素原子が六角形の格子状に並んだ1原子の厚さの層となっている)と他の層状材料または二次元材料を用いてなされたその進展と、工業的にふさわしい量でこれらの材料を製造する際の課題に関してレビューしている。(hk,KU,ok,nk)
Graphene, related two-dimensional crystals, and hybrid systems for energy conversion and storage (Science, this issue p. 10.1126/science.1246501)

複合体1におけるエネルギー変換 (Energy conversion in complex 1)

細胞のエネルギー源であるATPは、ミトコンドリアの内膜に存在するタンパク質により合成される。この合成は、酸化還元反応にともない膜中の一連の酵素間で電子が伝達されて生じるプロトン濃度勾配により進行する。この電子伝達系における最大の複合体は、1-MD 複合体1である。それは NADHからユビキノンへの電子移動を、4個のプロトンの輸送に変換する。Zickermannたちは、3.6オングストロームの解像度での、酵母遺伝子モデル細胞のミトコンドリア複合体1 の14個の中心的サブユニットと、最大のアクセサリーサブユニットから成る複合体の結晶構造を報告している。その構造から、可能性のある4つのプロトン輸送の経路がつきとめられ、酸化還元反応のエネルギーがどのようにしてプロトンポンプに伝えられるのかについての知見が与えられた。(Sk)
【訳注】
・NADH:還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド
・ユビキノン:NADHデヒドロゲナーゼ、ミトコンドリアの内膜に位置し、電子をNADHから補酵素Qへ転移させる酸化還元酵素
Mechanistic insight from the crystal structure of mitochondrial complex I (Science, this issue p. 44)

ヒドロホルミル化を逆方向に変える(Shifting hydroformylation into reverse)

ヒドロホルミル化反応は,化学業界では,オレフィンへの水素と一酸化炭素の添加による大量スケールのアルデヒド生産に利用されている.これとは逆のプロセスができれば,また,医薬品研究用の複雑な分子の修飾に役立つ筈であるが,脱ヒドロホルミル化を進行させる反応は,しばしば,水素を伴わないCOだけの脱離反応となる。今回,Murphyたちは,ロジウム触媒を用いると,緩い(マイルド)な条件下で,幅広い化合物に対する選択的な脱ヒドロホルミル化が実現できることを示している (Landisによる展望記事参照).この方法は,反応用混合物に添加されたひずみを持つオレフィン犠牲剤(sacrificial strained olefin)に,それと当量のCOとH2の効率的な転移に依存している。(MY,KU,kh)
Rh-catalyzed C-C bond cleavage by transfer hydroformylation (Science, this issue p. 56; see also p. 29)

切り詰められたタンパク質に、CATの尾で標識を付ける(Tagging truncated proteins with CAT tails)

メッセンジャーRNA(mRNA) のタンパク質への翻訳の際に、リボソームは時に停止することがある。そうして形成された切り詰められた(truncated)タンパク質は、細胞にとって有毒であり、破壊されないといけない。Shenたちは、リボソームの品質管理複合体のサブユニットであるタンパク質 Ltn1pと Rqc2pが、そうした、停止して部分的に解体されたリボソームに結合することを示している。ユビキチンリガーゼである Ltn1pは、リボソーム上の新生ポリペプチドの出口トンネル付近に結合するが、これは切り詰められたタンパク質に破壊のための標識をつけるのに適した場所である。Rqc2pタンパク質は、部分的なリボソーム上の転移 RNA結合部位と相互作用し、アラニンおよびスレオニンを運ぶ tRNAを補充する。Rqc2pは次に、十分に構築されたリボソームと mRNAの双方の非存在下で、未完了のタンパク質上にそれらアミノ酸の付加を触媒する。それらいわゆる CATの尾は、熱ショック応答を促進している可能性があり、これが、間違って形成されたタンパク質に対する緩衝となっている。(KF,KU,ok,kh)
【訳注】
・CAT tail:著者のabsの文章からの引用"the tagging of nascent chains with carboxy-terminal Ala and Thr extensions (“CAT tails”)."
Rqc2p and 60S ribosomal subunits mediate mRNA-independent elongation of nascent chains (Science, this issue p. 75)

細菌における、殺害と性と遺伝子交換(Killing, sex, and gene swaps in bacteria)

細菌のVI型分泌系(T6SS)は、細菌によって、競争相手を除くために隣接する細胞に毒素を注入するのに利用される。この分子機械は、つまり、複雑な微生物コミュニティーにおける社会的コントロールを発揮するための仕組みだと考えられている。Borgeaudたちは、コレラ菌(Vibrio cholerae)において、T6SS遺伝子が DNAの取り込みに関与する遺伝子と同時制御されていることを発見した。T6SS依存の他の細菌の殺害は隣接する細胞に向けられており、それら隣接細胞は自分のDNAを殺害者が取り込めるように遊離し、結果として、価値ある遺伝子の組み込みと急速な進化が可能になることで、抗生物質耐性や病原性がもたらされるようになるのである。(KF,kh)
The type VI secretion system of Vibrio cholerae fosters horizontal gene transfer (Science, this issue p. 63)

核が寿命を制御するよう、リソソームがシグナルを出している(Lysosomes signal the nucleus to control aging)

Folickたちは、リソソームの酵素が核のイベントに影響を与え、線虫(worm)の寿命を制御している仕組みを提唱している(ShuoとBrunetの展望記事参照)。リソソーム酸性リパーゼ LIPL-4 の発現が増加すると寿命が伸び、その効果は、リソソームの脂質-結合タンパク質 LBP-8に依存していた。LBP-8は、脂質を核へと輸送するのを助けるシャペロンとして作用する。著者たちは、脂肪酸オレオイルエタノールアミド(OEA)を、潜在的なシグナル分子として同定した。核へのその輸送によって、核内ホルモン受容体および転写制御因子である NHR-49と NHR-80を活性化させることができるのである。NHR-49と NHR-80の転写の標的が、次に寿命を制御するのである。(KF,KU,nk)
【訳注】
・リソソーム:加水分解酵素を含み、細胞の消化作用を助ける細胞小器官
Lysosomal signaling molecules regulate longevity in Caenorhabditis elegans (Science, this issue p. 83)

バクテリアの集団がいかにしてストレスに対応できるようになるか(How bacterial populations get ready for stress)

バクテリア細胞の集団は、生存のために、抗生物質への曝露などのストレスのある状況に反応できないといけない。Holdenは、分裂を停止した、バクテリア細胞の非常に小さな亜集団である persisterが、このストレス反応の鍵であることを説明している。それらの細胞は遺伝的には抗生物質耐性ではないが、にもかかわらず、抗生物質への曝露を生き延びて、成長を再開できる。単一細胞解析によって、バクテリア細胞が persister状態に入る分子経路についての洞察がもたらされた。この結果は、再発する感染症に対する成功する治療法の開発を助ける可能性がある。(KF,ok)
Persisters unmasked (Science, this issue p. 30)

ゲノムから見た蚊の適応性(Mosquito adaptability across genomes)

実質的に誰もが、蚊に刺された直接的経験をもっている。そうした血を吸う生き物の微妙な生物学的特徴を認識できる人はほとんどいないが、あるものは刺されてもちょっと不快なだけであるのに対し、別のものは潜在的に生命を脅かす感染症を引き起こすことがある。いくつかの蚊のゲノムを詳細に配列決定することによって、NeafseyたちとFontaineたちは、なぜ蚊の蚊のある一つの属のある種のものだけがヒトのマラリアを伝播できるのかという謎を説明する手がかりをあきらかにしている(ClarkとMesserの展望記事参照)。(KF,ok,nk)
Extensive introgression in a malaria vector species complex revealed by phylogenomics (Science, this issue p. 10.1126/science.1258524 ; see also p. 27)
Highly evolvable malaria vectors: The genomes of 16 Anopheles mosquitoes (Science, this issue p. 10.1126/science.1258522; see also p. 27)
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