AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 3 2014, Vol.346


高分解能での地殻構造(High-resolution tectonic solutions)

詳細な海底地形図は、測深船の往来頻度に制限されて、大洋底のほんのわずかな部分でしか得られていない。衛星から得られた重力データを使用して作られた地球地図は、対照的に、識別できる要素のサイズが大きなものに限られてしまう。Sandwellたちは、この解像度を大きく改善する新たな海洋重力モデルを提示している(HwangとChangによる展望記事参照)。彼らは、メキシコ湾内に広がっている活動停止の隆起や、数々の地図化されていなかった海山群など、従来知られていなかった地質構造要素をいくつか同定している。(KF,OK,nk)
New global marine gravity model from CryoSat-2 and Jason-1 reveals buried tectonic structure (Science, this issue p. 65; see also p. 32)

忍び寄りと追いかけのコストと利益(The costs and benefits of stalking and chasing)

生物は絶えずエネルギーの獲得と消費をバランスさせて生きている。大型肉食動物は,獲物を捕獲し,取り押さえるのに大きなエネルギーを必要とするため,このバランスに対して,より敏感であるかもしれない。WilliamsたちとScantleburyたちは,忍び寄り型の狩りをする北米のピューマと,俊足型の狩りをするアフリカのチーターの狩猟戦略を明確にするため,身体生理の状態と行動を遠隔測定する方法を用いた(Laundreによる展望記事参照)。両ケースにおいて,狩りの方法や競争の程度が大きく異なるにも関わらず,これらネコ科動物の戦略は,狩りで消費するエネルギーと獲物から獲得するエネルギーの収支バランスが適合したものになっている。(MY,KF,OK)
Instantaneous energetics of puma kills reveal advantage of felid sneak attacks (Science, this issue p. 81; see also p. 33)
Flexible energetics of cheetah hunting strategies provide resistance against kleptoparasitism (Science, this issue p. 79; see also p. 33)

過剰なシグナル伝達は老いた脳にとつて悪いことだ(Excess signaling is bad for the aging brain)

抗ウイルス性様応答を阻止することが、年老いた脳の機能を保護することになるかもしれない。Baruchたちは、老若のマウスの脈絡叢(血液と脳脊髄液との間の界面)中のメッセンジャーRNAの生成をモニターした(Ransohoffによる展望記事参照)。彼らは、より年老いたマウスにおいて、若いマウスの脳中には存在しない炎症反応を見つけたが、これは年老いたヒトの死後の標本にも見出されるものである。サイトカインインターフェロン-I(これは通常、免疫系の抗ウイルス応答を助けるものである)によるシグナル伝達を阻止すると、年老いたマウスにおける認知機能の低下を防ぐのに役立ったのである。(KU,KF,nk)
Aging-induced type I interferon response at the choroid plexus negatively affects brain function (Science, this issue p. 89; see also p. 36)

常駐型記憶 T細胞が警告音を発する(Resident memory T cells sound the alarm)

免疫記憶は再感染から守る。常駐型記憶 T細胞(TRM)は長寿命であり、この細胞が病原体に最初に遭遇した組織内に留まっている(Carbone and Gebhardtによる展望記事参照)。Schenkelたちと Ariottiたちは、抗原との再遭遇の際に、マウスのCD8+ TRM細胞が、マウスのメスの生殖組織や皮膚において最初の応答者のように作用していることを見出した。炎症性タンパク質の分泌により、TRM細胞は局所的な免疫細胞を活性化して応答するのだが、反応が良すぎて無関係な病原体の持つ感染症に対しても防御反応が起きるほどである。Iijima と Iwasakiは、CD4+ TRM細胞が、腟内の単純ヘルペスウイルス2型の再感染からマウスを保護していることを見出した。(KU,nk)
Resident memory CD8 T cells trigger protective innate and adaptive immune responses (Science, this issue p. 98; see also p. 40)
Skin-resident memory CD8+ T cells trigger a state of tissue-wide pathogen alert (Science, this issue p. 101; see also p. 40)
A local macrophage chemokine network sustains protective tissue-resident memory CD4 T cells (Science, this issue p. 93; see also p. 40)

酵母のエタノール生産量増大の秘訣(Tricks for boosting yeast's ethanol yields)

燃料源として広く用いられるようになるためには、よく知られている酵母を用いたエタノールの工業的生産を、もっと単純で高効率にする必要がある。しかしながら、生産量を増大させるのに適した二つの条件(より高い温度と高エタノール濃度に対する耐性)には限界があった(Cheng と Kao による展望記事参照)。今回、Caspeta たちは、実験室での適応進化を用いて、高温に耐えられる酵母の系統を見出し、Lam たちは、高エタノール濃度に対する酵母の抵抗力を高めるための道筋をつきとめた。(Sk,KF)
Altered sterol composition renders yeast thermotolerant(Science, this issue p. 75; see also p. 35)
Engineering alcohol tolerance in yeast (Science, this issue p. 71; see also p. 35)

HIV大流行の隠されたその歴史(The hidden history of the HIV pandemic)

1960年代のコンゴにおける鉄道交通と河川を利用した輸送が、性の変革と保健医療の実施における変化と結びついて、HIV大流行の導火線となった。Fariaたちは、1920年以前のカメルーンのチンパンジー・ハンターたちにおけるHIVの発端から、キンシャサ(kinnshasa:中央アフリカのザイール川沿いの都市)での増加に至る HIVを取り巻く状況を紐解いている。1960年ごろに、鉄道網が、南東部コンゴとその先の採鉱地域へのウイルスの伝播を促進させた。究極的に、HIVは家に戻るハイチの教師たちと一緒に大西洋を渡った。これらの初期のできごとによって、大流行が生まれたのである。(KU,KF)
The early spread and epidemic ignition of HIV-1 in human populations (Science, this issue p. 56)

二酸化炭素から酸素を照らし出す

高エネルギー紫外線は二酸化炭素を一酸化炭素と酸素原子に分離できる力を持っていることが知られている。Luらはこのたび、そうではなく炭素原子と酸素分子に分離するように見える平行反応経路を発見した(SuitsとParkerの展望記事参照)。二酸化炭素に光を照射した後の破片が持つエネルギーと軌道を正確に観測したところ、酸素分子の形成を示唆する結果が得られたという。この結果は、二酸化炭素の充満する大気をもつ別の惑星において生命体に依存しない酸素製造方法して活用できるかもしれない。(NK,OK)
Evidence for direct molecular oxygen production in CO2 photodissociation (Science, this issue p. 61; see also p.30)

風邪はどのようにして喘息を悪化させうるのか(How the common cold can worsen asthma)

よくある風邪の主要因であるライノウイルスは、喘息発作を悪化させることがある。今回、Bealeたちは,ライノウイルスが肺上皮細胞によるサイトカインインターロイキン-25(IL-25)の産生を引き起こすことがその理由の1つかもしれないと報告している。喘息を持つ人では,健常者と比べIL-25がより多く作られる。アレルギー性喘息を持つマウスでは,ライノウイルスへの感染でIL-25の産生が引き起こされ,IL-25の受容体を遮断すると,喘息症状の増進が緩和された。それゆえ,風邪の季節が近づいているいま,IL-25の遮断が,喘息患者に対する有望な治療方法となるかもしれない。(MY,KF)
Rhinovirus-induced IL-25 in asthma exacerbation drives type 2 immunity and allergic pulmonary inflammation (Sci. Transl. Med. 6, 256ra134 (2014))

大腸がんへの新規対処方法となる?(A new approach for treating colon cancer?)

大腸がんの患者の多くは,Wnt/β-カテニン経路が常にオン状態となる変異を起こしている。しかしながら,この経路の抑制剤は,腸管を補強している上皮細胞が継続的に再生していくことを妨げてしまう。Phesseたちは,受容体gp130,その関連Jakキナーゼ,転写因子Stat3が関与するシグナル経路が,マウス中の腸の腫瘍の成長を高めることを発見した。この経路を阻害すると細胞増殖が停止し,腫瘍の成長が遅くなった。Jak-Stat3経路を標的とする薬剤は,現在,造血器腫瘍治癒で臨床試験の段階にあり,そのため,うまくいけば,大腸がん治療にも有用かもしれない。(MY)
【訳注】
・転写因子Stat3が関与するシグナル経路:受容体gp130によるJakキナーゼの活性化→Jakキナーゼによる転写因子stat3の活性化→stat3が標的とする遺伝子に対する転写の誘導
Partial inhibition of gp130-Jak-Stat3 signaling prevents Wnt/β-catenin-mediated intestinal tumor growth and regeneration (Sci. Signal. 7, ra92 (2014))

ナノ粒子を用いた生物学的センシング(Biological sensing using nanoparticles)

コロイド蛍光性やプラズモン特性を有するナノ粒子は、入射光に対して激しい反応を生じるため、溶液中で高感度の検出を行うためのセンサーやプローブとして役立つ。Howes たちは、研究や診断におけるナノ粒子バイオセンサーの潜在的な用途を再検討した。さまざまな方法によって粒子表面の化学修飾が可能であり、それによって特定の検体用に調整して、興味深いさまざまな生物学的状態に対する光学的信号を生じさせることができる。信号は合成した培地または生体内で検出することが可能であり、この興味深い粒子は研究室内の研究および臨床環境の両方で役に立つ。(Sk)
Colloidal nanoparticles as advanced biological sensors (Science, this issue 10.1126/science.1247390)

幹細胞とそのニッチの制御(Controlling stem cells and their niches)

腸や皮膚などの成体器官は、数日ないし数週間ごとに、絶えることなく自身を更新している。哺乳類のいくつかの組織では、その更新はWntシグナル伝達に頼っている。Cleversたちは、幹細胞の自己更新におけるこの重大な役割についてレビューしている。Wntは、もっとも初期段階にある動物においても、組織再生における中心的役割を果たしている。Wntタンパク質は、主に、隣接した細胞間における短距離のシグナルとして機能する。Wntシグナルの、短距離にしか伝わらない、空間的に制約されたこの性質が、哺乳類の幹細胞の最適構造と自己組織化を支えているのである。(KF,OK)
An integral program for tissue renewal and regeneration: Wnt signaling and stem cell contro (Science, this issue 10.1126/science.1248012)

ナノ粒子による光の流れ制御

光ファイバを伝搬する光は、情報の流れの極みをもたらすが、流れの方向を制御することが重要要件である。Petersenらは、ファイバの表面上またはその近くに一粒の金ナノ粒子を置けばファイバ内の光の流れ方向を制御できることを示している。光のキラル特性(スピン軌道相互作用)を利用することによって、著者らは、粒子に当たる光の「利き手(handedness)」又は偏光状態がファイバ内の光の流れ方向を確定していることを実証している。(hk,OK,nk)
Chiral nanophotonic waveguide interface based on spin-orbit interaction of light (Science, this issue p. 67)

細胞内におけるヒト用薬剤の標的のマップ化(Mapping human drug targets in the cell)

薬剤の有益な効果と有害な効果の双方を理解するには、すべての細胞タンパク質に対する結合特性を知る必要がある。Savitskiたちは、この恐るべきチャレンジに対応するために有意義なステップを進めた。彼らは、7000種以上ものヒトのタンパク質の展開と「融解」をモニターし、小分子結合が個別の融解プロファイルをいかに変化させているかを測定した。原理証明として、広い範囲のキナーゼに結合することが知られているある阻害剤に対して、50以上の標的が同定された。2つの抗がん剤、vemurafibとAlectinibは、感光性という副作用をもつことが知られている。温熱によるプロファイリング・アプローチによって、そうした有害事象の原因である薬-タンパク質の相互作用が同定された。(KF)
Tracking cancer drugs in living cells by thermal profiling of the proteome (Science, this issue 10.1126/science.1255784)

腫瘍における変異タンパク質がDEKを攻撃する(Mutant protein in tumors hits the DEK)

癌のゲノム配列決定プロジェクトは、ヒトの腫瘍における多数の変異を明らかにしてきた。それら変異が腫瘍の発生と進行にいかに寄与しているかを理解することは、究極的には新しい治療法をもたらすことになる。Theurillatたちは、前立腺癌において変異を繰り返して起こすある遺伝子のタンパク産物を調べた。通常このたんぱく質は、細胞性タンパク質に生化学的タグを付け、それらを分解すべきものとして標識付けしている。この新しい研究は、腫瘍に関連する変異タンパク質がこのタグ付け能力を失い、そうでなければ分解されていたはずのいくらかの細胞タンパク質を安定化させる結果をもたらしていることを明らかにした。それらタンパク質のうち、もっとも興味をそそるものの1つはDEKであって、これは前立腺癌細胞がそれを取り囲む組織に侵入するのを助けているものである。(KF,OK)
Ubiquitylome analysis identifies dysregulation of effector substrates in SPOP-mutant prostate cancer (Science, this issue p. 85)

パーム油が熱帯森林の脅威になる可能性がある

パーム油はマーガリン、アイスクリームからシャンプー、洗剤に至るまで消費財の材料として使われている。東アジアの広大な森林がパーム油生産用の農園として開拓されてきた。高収量パーム油の品種が多くなれば、同じ広さの土地からよりたくさんの油を収穫することが可能になってくる。このような品種は、更なる森林破壊を防止することに役立つのだろうか? Carrascoたちは彼らの予測として、もっと可能性のある結果は、温帯地域から熱帯地域にパーム油生産が移ることによって、熱帯地域で更なる森林破壊が起こることだという議論を行っている。この移行によって、温帯地域の土地は影響を免れることになるかもしれない。しかしながら熱帯の森林はとりわけアフリカや南米において、更に深刻な脅威のもとにさらされそうだ。(Uc,KF)
A double-edged sword for tropical forests (Science, this issue p. 38)
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