AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 18 2014, Vol.345


線虫はどのようにして嗜好を変化させるのか(How the worm changes its tastes)

人は,連想学習の中で潜在的に無関係なことに対して関連付けをおこなう。それは,これら無関係のことに同時に晒されるためである。Ohnoたちは,線虫のカエノラブディティス・エレガンス (Caenorhabditis elegans)を対象に,連想学習の初歩的課題について研究した。彼らは,この線虫に,餌は与えずに味覚物質を与えた。線虫は,味覚物質の存在下で餓えを経験すると,この味覚に誘引される状況から,これを嫌悪とみなすように行動を切り替えた。この種の連想学習においては,インシュリン受容体の特定のアイソフォームが決定的な役割を果たしている---少なくとも線虫においては。(MY)
Role of synaptic phosphatidylinositol 3-kinase in a behavioral learning response in C. elegans (Science, this issue p. 313)

一緒にひらひら飛び回るボゾン(Bosons of a feather flit together)

ボゾンは凝縮しやすい粒子である。特に、同一の状態にあるボゾン粒子の場合この傾向は顕著である。Kaufman等は、2つの隣接する量子井戸に配置された2つのボゾンルビジウム原子の量子干渉に関して報告している(ThompsonとLukinの展望記事参照)。彼らは配置される量子井戸の場所以外では全く区別がつけられない全く同じ状態の原子を作り上げている。そして、それら原子がそれぞれの量子井戸に隔離されている確率を監視測定した。ある特定の時間に、量子井戸に隔離されている確率が一時的に減少したが、これは二つのボゾンが同じ井戸にいたがることを物語っている。(NK,ok,nk)
Two-particle quantum interference in tunnel-coupled optical tweezers (Science, this issue p. 306; see also p. 272)

リプログラミングされた心臓細胞がテンポを整える(Reprogrammed heart cells set the pace)

ペースメーカは徐脈あるいは不整脈の患者のケアを劇的に変えてきた。しかしながら,このデバイスは壊れたり,感染したりする。Huたちは,このような患者を念頭におき,故障した電子デバイスが交換されるまでの間、一時的にハードウェアなしの補助を行うためのバイオペースメーカを作った。彼らは,ヒト転写因子を担う遺伝子を心筋細胞中へ組み込んだ。この遺伝子は細胞をリプログラミングし,ペースメーカにした---心臓拍動ためのリズミカルな電気インパルスを発する細胞。このバイオペースメーカは,完全心臓ブロック障害 ---心臓の電気系に関連する問題---をもったブタに対して,正常な心拍速度を回復させた。(MY,KU,nk)
Biological pacemaker created by minimally invasive somatic reprogramming in pigs with complete heart block (Sci. Transl. Med. 6, 245ra94 (2014))

改良型ペロブスカイトの光起電力性能(Improved perovskite photovoltaic performance)

太陽電池競争の新参者はペロブスカイト電池で,この名称は,光吸収と電荷生成機能を有する金属ハロゲン化物と有機カチオンから作られる塩がとる構造に由来している。生成した電荷は金属酸化物(典型的には酸化チタン)へ移動する必要があり,この電荷担体の幾分かは移動の際に消失する。Meiたちは,より欠陥が少なく,結晶性がさらに高いペロブスカイトを,多孔型の酸化チタンと酸化ジルコニウムの内部に成長させることにより,金属酸化物への電荷担体の移動効率をさらに向上させた。彼らは第2の有機カチオンを添加した。このカチオンは細孔壁に付着し,ペロブスカイト結晶を成長させた。この改良型太陽電池は,最大強度の太陽光下で1000時間以上動作した。(MY)
A hole-conductor?free, fully printable mesoscopic perovskite solar cell with high stability (Science, this issue p. 295)

異なるサイクル間での循環(Circulating between different cycles)

今から100万年程前ぐらいに、氷期(と間氷期)のサイクルが41,000年周期から10万年周期に切り替わる際に、大規模な海洋循環が劇的に変化した。PenaとGoldsteinは、南大西洋から得られた海洋堆積物中のネオジムの同位体組成を分析した。北部と南部の源からの深層水の寄与度が、氷期サイクルの移行期の間どう変化したかを、その分析結果は示唆している。2つの氷河期の間にある境界は、深層水流の劇的な弱体化、おそらくは停止に至るほど、として記録されていたようである。(Uc,KU,ok,nk)
Thermohaline circulation crisis and impacts during the mid-Pleistocene transition (Science, this issue p. 318)

どのように地球の食料生産を最適化するか(How to optimize global food production)

社会の安定性の維持と、持続可能な地球資源の管理とは、食糧を生産して分配する仕事を上手にかつしっかりと行うかどうかに依存する。Westたちは、どのような地域と穀物の組み合わせが、最適な成長機会が得られるかという問いを発している。彼らの分析は、温暖化ガス排出量、栄養素汚染、水資源の使用、食料廃棄の削減にフォーカスしている。彼らは、作物生産増加のための肥料の利用とその結果としての環境への影響との間の最適なバランスが得られる可能性のある領域を同定している。(Uc,KU,nk)
Leverage points for improving global food security and the environment (Science, this issue p. 325)

酵素から制御因子への進化(Evolving from an enzyme and into a regulator)

タンパク質は、細胞において馬車馬のように働くものだが、メッセンジャーRNA(mRNA)の鋳型の上に形成される。アミノアシルtRNA合成酵素(AARS)と呼ばれる酵素が、mRNAが正確に翻訳されるよう、正しいアミノ酸を転移RNAに付加している。進化の過程で、付加的配列がAARSに付け加えられてきた。Loたちは、酵素機能の原因となる領域が除去されたAARSの多数の変異体を発見した。94種のそうした変異体は多様なシグナル伝達活性をもっていた。つまり、AARSは、酵素としての、またシグナル経路の代替的な制御因子としての、双方の働きをしているのである。(KF,nk)
Human tRNA synthetase catalytic nulls with diverse functions (Science, this issue p. 328)

染色体の離れ具合をチェックする(Taking a check on chromosome spacing)

動物の細胞は、有糸分裂によって分割される。まず染色体が、細胞の中心、中間帯にある紡錘体上に凝縮して、寄り集まる。紡錘体は次に姉妹染色体を分離し、それらを互いに細胞の反対側の端に引き寄せ、新しい娘細胞の核の形成を準備する。Afonsoたちはこのたび、染色体分離が、中間帯に付随したAurora Bキナーゼ活性のレベルによってモニターされることを示している(HaddersとLensによる展望記事参照)。このプロセスは、姉妹染色体が成功裡に分離された後に初めて、娘核が再会合することを保証するものになっている。(KF,nk)
Feedback control of chromosome separation by a midzone Aurora B gradient (Science, this issue p. 332; see also p. 265)

細胞を汚物収集者へ変身させる(Turning cells into garbage collectors)

他の細胞や組織が傷つくのを防ぐため、貪食細胞と呼ばれる専門の汚物収集細胞が、死んだ細胞を素早く呑み込んでしまう。しかし、時として、貪食細胞が圧倒されて、他の助けを借りることがある。Onumaたちは、非貪食細胞を遺伝子操作して、2つのタンパク質を発現させた。1つは死にゆく細胞の表面を標識する脂質を認識するタンパク質、もう1つは、原形質膜を変化させて細胞に食作用性を与えるものである。遺伝子操作で作られた細胞たちは、死にゆく細胞に結合し、それを消費した。それら遺伝子操作でできた細胞は、身体から望ましくない標的を除去するのを助けるために用いることが可能かもしれない。(KF,ok)
Rapidly rendering cells phagocytic through a cell surface display technique and concurrent Rac activation (Sci. Signal. 7, rs4 (2014))

身体の部分部分を作る(The making of bodies part by part)

ペトリ皿中で成長する器官(例えば、多能性幹細胞から作られる器官)のような構造である原形質類器官(organoids)について語ることは、サイエンス・フィクションのイメージを呼び起こすことになるかもしれない。しかしながら、原形質類器官の研究から得られる器官形成とその機能に関する理解の深化により、原形質類器官の産生はきわめて現実的なものになっている。LancasterとKnoblichは、ある器官の2種類以上の細胞型を含み、自然界における対応器官の構造的及び機能的特徴を示している構造体として原形質類器官をレビューした。正常な器官の発生経路についての知識が、それら構造体の形成を導く助けになる。原形質類器官は、ヒトの発生と病気のモデル化にとって、また生物医学研究や再生医学にとって、大きな助けになることが明らかである。(KF,KU,nk)
Organogenesis in a dish: Modeling development and disease using organoid technologies (Science, this issue p. 10.1126/science.1247125)

酸化触媒としてのヨウ素の活躍(Iodine blooms as an oxidation catalyst)

有機物の酸化化学反応に関する殆どの触媒は--生化学的なものであろうが人工的な触媒であれ--、鉄やパラジウムといった遷移金属を含んでいる。Uyanikたちは、ヨウ素が、クロマン---ビタミンEの構造の成分として、多分最も良く知られている酸素を含有している6員環---を合成するために効率的な酸化的閉環反応を触媒するさいに、金属に置き換わることを示している( Nachtsheimによる展望記事参照)。ヨウ素はキラルカチオンとの塩として添加され、これにより生成物の二つの可能な鏡像異性体の一方のみを合成する反応となる。この反応系の成功の鍵は塩基の添加であり、これが反応のサイクルに重要であって、不安定で部分酸化されたヨウ素中間体の有効性を保持していた。この結果は、不斉な酸化-還元触媒としてのより一般的なヨウ素塩の利用に明るい兆しを与えるものである。(KU,ok)
High-turnover hypoiodite catalysis for asymmetric synthesis of tocopherols (Science, this issue p. 291; see also p. 270)

電荷移動の着実な追跡(Tightly tracking charge migration)

電子移動の動力学は、多くの化学反応や生化学反応の基礎となっている。Erkらは、ヨウ化メチル(ICH3)分子の解離反応の際に起きる個々の炭素とヨウ素の原子との間の電荷移動について検討した(Prattによる展望記事参照)。比較的低エネルギーのレーザパルスによってC-I結合の切断をもたらした後、彼らは高エネルギーの 解離片同士が次第に離れていくにつれて検出される両者の距離は変化するが、X線パルスの到達時間を遅延させて異なった解離片間隔が実現された。この実験的アプローチは、また異なる分子又は固体系の電荷移動動力学に関するこれからの研究に有用となるであろう。 (hk,KU,ok,nk)
Imaging charge transfer in iodomethane upon x-ray photoabsorption (Science, this issue p. 288; see also p. 267)

平面光学素子の種類を増やす(Extending the range of planar optics)

微小な光学デバイスを作り上げるため、科学者たちはシリコンを用いて、かさばる三次元デバイスを平面型に置き換えようとしている。アンテナとして作用する、ナノスケールのシリコン片を高密度に配列させてパターンを形成した表面は、光を操る透明な光学素子として機能するように設計できる。Linたちは、彼らの汎用性のあるパターニング技術を用いて、一連の平面光学素子を作り上げた。100ナノメーターのシリコン層をナノアンテナの高密度配列にパターニングすることにより、回折格子、レンズ、アキシコンといった、伝播する光ビームに形状を付加するようなデバイスを作ることができた。(Sk)
【訳注】
・アキシコン:一方の表面が円錐状で、もう一方の表面が平面になったレンズ
Dielectric gradient metasurface optical elements (Science, this issue p. 298)

無停止型量子コンピュータ(Fault-tolerant quantum computing)

量子状態は扱いづらいといえる。量子状態を処理したり操作したりしようとすると、符号化された情報を破壊してしまうことがある。Niggたちは、トラップされた一連のイオンの全体的な特質によって、単一のキュービット(この場合はトラップされたイオン)の量子状態を符号化した。これらのいわゆる安定器は、単一のキュービットを劣化させる可能性のあるノイズ源から、情報を保護した。そのプロトコルは、無停止型量子コンピュータへの道筋を提供してくれる。(Sk,ok)
Quantum computations on a topologically encoded qubit (Science, this issue p. 302)

度量衡標準化へのよりシンプルな道(A more simple route to metrology standards)

原子時計によってセットされる時間標準は、通常国立の度量衡研究所の領域である。Liたちは、二つの密に置かれたレーザ光線の位相を変調して、安定な、かつ等しく配置された周波数コムを発生させた。彼らは次にそのコムを用いて、安定なマイクロ波を発生させた。既存の光コム発生技術より幾分か単純で、そしてまた変調可能でもあり、この技術は度量衡や正確な時間記録の分野で新たな世界を提供する可能性がある。(KU)
Electro-optical frequency division and stable microwave synthesis (Science, this issue p. 309)

ばらばらに海洋循環をぐるぐる回す(Spinning up ocean circulation discretely)

数千kmの直径を持つ海洋の渦は、地球スケールでの水輸送の重要な構成要素である。多年に渡って平均化すると、海洋循環は規則正しく、また、整然としており、十分にコンベアベルトとして記述できるものである。しかしながら、より短い時間スケールでは、不規則で、個別的な事象により、著しい量の水の移動がもたらされる。これは、メゾスケール渦と呼ばれている。Zhang たちは、数千のARGO floats と呼ばれる自動観測装置からのデータと衛星からのデータとを結びつけ、メゾスケールの渦は、風や深層水の流れと同じぐらいの大量の海洋の水を移動させていたことを示している。(Wt,KU,ok)
Oceanic mass transport by mesoscale eddies (Science, this issue p. 322)

ダイニン正しく動かす方法(How dynein makes the right moves)

分子モーターである細胞質ダイニンは広範囲の様々な積荷を運ぶ。in vivoでのダイニンの活動には他のタンパク質、ダイナクチンが必要であるが、なぜ必要であるかは正確には不明である。in vitroの実験において、ダイナクチンはダイニンの処理能力を高めているという幾つかの証拠が提供されたが、その結果としてのダイニンの運動性は、生細胞内でのダイニンの積荷-輸送活動レベルにはほど遠かった。McKenneyたちは、ダイニン、ダイナクチン及びアダプター分子の3者からなる複合体が、in vitroにおいて高度の処理能力を持ち、in vivoでダイニンが積荷を運ぶ同程度の距離を移動することを示している(Allanによる展望記事参照)。(KU,nk)
Activation of cytoplasmic dynein motility by dynactin-cargo adapter complexes (Science, this issue p. 337; see also p. 271)
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