AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 11 2014, Vol.345


電子を用いて界面を調べる(Probing interfaces with electrons)

分子は、固体内部と固体表面上とでは異なる挙動を示す。しかし、表面の状態を分析する場合、限られた情報しか得られないために、研究者たちは迅速に対処しなければならない。Guldeらは超高速・低エネルギー電子線回折手法を開発し、それを用いてグラフェン基板上の高分子の移動及び溶融を観測している(Nibberingの展望記事参照)。レーザバルスでサンプルを刺激すると、グラフェン-高分子の界面を横切ってエネルギー移動が生じ、高分子膜の内部構造の規則性が乱れ、アモルファス相が現れる様子が捉えられている。(NK)
Ultrafast low-energy electron diffraction in transmission resolves polymer/graphene superstructure dynamics (Science, this issue p. 200; see also p. 137)

あなたの収入と支出をバランスさせて(Balancing your incomings and outgoings)

経済学の理論によれば、お金を受け取る時期は支出のパターンにほとんど影響を及ぼさないことが予測されている。Gelmanたちはこの理論を検証するために、75,000人から得られた6,000万の伝票のデータセットを構築した。人々は給料や年金を受け取った後、ちょっとした散財をするらしい。しかしながらより詳しく見ると、たとえば家賃や公共料金支払いのような定期的に必要となる支払いは、定期的で安定した収入から支払うのが便利であるということで、その殆どが説明できることが分かる。予想できることではあるが、お金がない人程、収入があった場合に対する支出が大きいという傾向がある。(Uc,nk)
Harnessing naturally occurring data to measure the response of spending to income (Science, this issue p. 212)

シアノバクテリアよ,浮き沈みせよ(Up and down go the cyanobacteria)

プランクトンは,驚くほど日周に連動したパターンで集団で動き,夜は被食回避のため深いところに潜り,日中は光合成するため浅いところに浮かび上がる。Ottesonたちは,光合成細菌のようなプランクトン生物の中で最も小さいものでさえも同じような行動パターンをとることを見出した(Armbrustによる展望記事参照)。外洋での試料プランクトンの定常採取は困難であるため,著者たちはロボット試料採取器を作製し,数日間,中部太平洋上に漂流させた。捕集された細菌は,光や温度,塩分の変化に対して,素早い応答を示した。それは,海洋の炭素や窒素の循環に影響するかもしれない程のものである。(MY)
Multispecies diel transcriptional oscillations in open ocean heterotrophic bacterial assemblages (Science, this issue p. 207; see also p. 134)

塩素イオンが神経膠腫発作の起源である(Chloride causes seizures in glioma)

神経膠腫は普通に見られる脳腫瘍で,大きくなるにつれて,頻繁にてんかん発作を誘発するようになる。しかしながら,その理由は明らかではない。Palludたちは,ニューロンが神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸 (GABA)に異常応答するために,神経膠腫周辺の脳にてんかん活性が生じることを示している。通常,GABAはニューロン活性をオフにするが,神経膠腫の近傍では,逆に,活性化する。側頭葉てんかんに見られるのと同様,この異常な細胞行動は,神経膠腫の近傍のニューロンが過剰の塩素イオンを取り込むために生じる。神経膠腫の腫瘍細胞もまた,過剰の塩素イオンを取り込む。それにより,正常な脳組織への神経膠腫細胞の伝播と侵入が促進される。恐らく,塩素イオン取り込みを妨げる薬剤は,神経膠腫が誘発するてんかん,および,腫瘍の成長を共に抑制する可能性があり,一石二鳥かもしれない。(MY)
【訳注】
・神経膠腫(gliomas):脳中の神経膠細胞(グリア細胞)で発生する腫瘍。神経膠細胞は神経細胞と神経線維との隙間を埋める細胞
Cortical GABAergic excitation contributes to epileptic activities around human glioma (Sci. Transl. Med. 6, 244ra89 (2014))

腫瘍の一歩先をゆく(Staying one step ahead of tumors)

がん治療には頻繁な調整が求められる。がん治療の初期に効いた薬も,腫瘍が変異して,がん致死作用を回避できるようになった場合には,その有効性を失うことになる。腫瘍の先を行くため,がん科医には,患者の腫瘍細胞を治療過程に渡って非侵襲的に採取する方法が必要となる。採取した検体の変異を分析することは,がん科医が,腫瘍の変化につれて適切な薬剤を選択していくことの助けとなるかもしれない。乳がん患者に対する小規模な研究において,Yuたちは,血流に乗って体内を循環しているまれな腫瘍細胞を生きたままの状態で捕獲できることや,この腫瘍細胞を上記目的に利用できることを示している。(MY,nk)
【訳注】
・非侵襲(noninvasive):体の内的恒常性を保つため,痛みや苦痛などを与えないこと
Ex vivo culture of circulating breast tumor cells for individualized testing of drug susceptibility (Science, this issue p. 216)

リラックスさせるシグナルを妨害する(Interfering with the signal to relax)

高血圧の人では、組織潅流が減少することがしばしばある。動脈を裏打ちしている血管内皮細胞は、特定の刺激に応答して、周囲の平滑筋細胞に弛緩するよう指示し、組織への血流を増加させている。血管内皮細胞は、筋内皮投射 (myoendothelial projections:MEP)と呼ばれる小さなプロセスを拡張して、平滑筋細胞と情報交換している。Sonkusareたちは、カルシウム-伝導性のイオンチャネル TRPV4と裏打ちタンパク質 AKAP150が MEPで濃縮されることを見出し、そしてそれらの場所でのカルシウムシグナルを可視化した。ある高血圧のマウスモデルでは、AKAPが MEPで濃縮されず、血管内皮細胞は平滑筋を弛緩させるよう指示することに失敗し、組織潅流を減少させることになった。(KF,KU,nk)
【訳注】
・組織潅流(tissue perfusion):組織に液体を流すこと。
AKAP150-dependent cooperative TRPV4 channel gating is central to endothelium-dependent vasodilation and is disrupted in hypertension (Sci. Signal. 7, ra66 and pe16 (2014))

電離層はどのように影響するのか(How the ionosphere gains influence)

地球の上層大気において、磁力線の再結合により潜在的磁気エネルギーがプラズマ流の熱および運動エネルギーに変換される。しかし再結合は真夜中の後に比べて真夜中の前に、より速いプラズマ流を生み出す。その謎を解明するため、Lotko たちはこのエネルギー変換をシミュレーションした。我々の宇宙天気環境に関する一般的な仮説に異を唱え、彼らは、電離層が磁気圏と結合する際に、磁気圏尾部の再結合の動きの活性化において電離層が積極的な役割を果たしていると結論付けた。(Sk,KU)
【訳注】
・真夜中の前/後:太陽の反対側にあたる地球上層を真夜中として地球自転方向の上流/下流
Ionospheric control of magnetotail reconnection (Science, this issue p. 184)

超伝導体を光学的に調べる(Optically probed superconductor)

風変わりな超伝導体 UPt3 は、異なる温度で現れる二つの超伝導相を持っているが、それらの性質は良く分かっていない。Schemm たちは、UPt3 結晶に円偏光を照射し、その反射光を調べた(van der Marel と Sawatzky による展望記事参照)。二つのうち低温側の相では、その物質を超伝導にしている電子対はキラリティーを有している。その発見によって、その電子対の波動関数の可能な記述は絞り込まれる。(Sk)
Observation of broken time-reversal symmetry in the heavy-fermion superconductor UPt3 (Science, this issue p. 190; see also p. 138)

HIVにとっては、場所こそがすべて(For HIV: Location, location, location)

ヒト免疫不全ウイルス (HIV)感染細胞は、治療下にあっても残存し続け、隠れた貯蔵庫(latent reservoir)と呼ばれるその持続性こそが、HIV治癒の主要なハードルになっている。HIVは、宿主細胞のDNA中に自らのDNAを組み込ませている。これが隠れた貯蔵庫に影響してるのだろうか? それを明らかにするため、Maldarelliたちは、抗レトロウイルス剤療法されている5人のHIV患者から血液を得て、血液のDNAにHIVが組み込まれている部位を分析した (MargolisとBushmanによる展望記事参照)。多くのケースでは、その部位はランダムではなかった。HIVは細胞が成長し増殖するのを助ける遺伝子にもぐり込んでいた。HIVが宿主のゲノムに組み込まれる場所が、つまるところ、隠れた貯蔵庫の規模を決定している可能性がある。(KF,KU)
Specific HIV integration sites are linked to clonal expansion and persistence of infected cells (Science, this issue p. 179; see also p. 143)

HIVは、伝染しやすいように適合する必要がある、(HIV needs to be fit to transmit)

そうは思わないかもしれないが、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染するのは難しい。無防備な性的曝露の1%未満しか感染に結びつかない。では、どういう場合に伝染するのか? Carlsonたちは、片方のパートナーが相手を感染させた137組のザンビアの異性間のカップルに感染したウイルスのアミノ酸配列を決定した(JosephとSwanstromによる展望記事参照)。著者たちは統計モデルを用いて、伝染したウイルスが典型的に、もっとも進化的に適合したものだったことを発見した。つまり、感染者の他のウイルス性変異体に比較して、伝染したウイルスは、ザンビア人の集団に見出される一番ありふれたウイルス配列にもっとも密接にマッチしたものだったということである。(KF)
Selection bias at the heterosexual HIV-1 transmission bottleneck (Science, this issue 10.1126/science.1254031; see also p. 136)

細胞壁の組み立ては、弾けるほど難しい(Building the cell wall is flipping difficult)

細菌の細胞壁は、ペプチドグリカン (PG)と呼ばれる多糖類からなる構築物である。それは細胞を囲む鋳型のような母体を形成し、細胞膜の完全性にとって必須なものである。もっとも成功した抗生物質の多くは、PG合成を標的にしている。合成経路には、糖からなる組立用ブロックを、細胞膜の内側表面にある脂質キャリア上に組み立てることが含まれる。この、いわゆる脂質II前駆物質を産生する反応とそれらを触媒する酵素は、何十年も知られていた。しかしながら、膜中の脂質IIを「弾い(flip)」て、糖の組み立てブロックを重合のために細胞表面上にさらす flippase酵素の同定は、大いに議論の余地あるものであり続けた。Shamたちはこのたび、必須タンパク質 MurJが、細菌の細胞膜を越えた、脂質連結細胞壁前駆物質の転位置の原因となる長く探し求められていた flippaseであることを明らかにしている (Youngの展望記事参照)。この研究は細胞壁の生物学的発生経路を完全に明らかにし、新たな抗生物質の格好の標的はどんな機能を有するかを明確にするものである。(KF,nk)
MurJ is the flippase of lipid-linked precursors for peptidoglycan biogenesis (Science, this issue p. 220; see also p. 139)

銅酸化物のそっくりさんを確認する(Identifying a cuprate look-alike)

銅酸化物の超伝導性は、十分理解されないままになっている。その特徴を無関係の材料で再現できれば、理解への手掛かりが得られるかもしれない。Kim たちは分光技術を用いて、比較的高温における Sr2IrO4材料の電子状態を調べた。彼らは、表面キャリア濃度を変化させることで銅酸化物の場合と同様の現象論を観察した。その研究は、通常の(非超伝導の)状態で銅酸化物のような特徴を示すために、ある材料が必要とする必須の特性を浮かび上がらせる。(Sk)
Fermi arcs in a doped pseudospin-1/2 Heisenberg antiferromagnet (Science, this issue p. 187)

計算されたDFT特性の評価(Assessing calculated DFT properties)

密度汎関数理論(DFT)は現在、分子や材料の特性を計算するために広く使用されている。DFTの信頼性は、通常、実験値とより高いレベルの理論的方法との比較によって評価される。 Medfordらは、界面化学のために作られた交換-相関密度汎関数である BEEF-vdWを用いて、汎関数アンサンブルの不確かさを調べた。遷移金属表面によって触媒されるアンモニア合成の特異的事例では、異なる触媒間の相対的速度は、絶対的速度よりも誤差は少なかった。(hk)
Assessing the reliability of calculated catalytic ammonia synthesis rates (Science, this issue p. 197)

ペルオキシダーゼのプロトンの位置(Peroxidase proton placement)

ヘム酵素は鉄による酸素の活性化を通して多様な生化学的酸化反応を触媒している。Casadeiたちは中性子結晶解析を用いて、シトクロームc ペルオキシダーゼのメカニズムを解明した(Groves and Boazによる展望記事参照)。化合物 Iとよばれる高度に反応性の中間状態において、鉄(IV)オキソ、或いはフェリル(ferryl)フラグメントはプロトン化されず、一方近くのヒスチジン残基がプロトン化された。プロトンの位置への中性子散乱の感受性により、このようなプロトン化の状態が明らかになったが、これは、よりありふれた X線回析方法ではもっと不鮮明な結果を与えていたものである。(KU)
ANeutron cryo-crystallography captures the protonation state of ferryl heme in a peroxidase (Science, this issue p. 193; see also p. 142)

地下深くの超剪断地震による破壊(Supershear rupture down below)

深部の地震は、地球表面下 70kmより深くの複雑な断層帯で発生する。それらは大きな危険には繋がらないが、それでもなお、地震による破壊がどのように起きるのかに対する有益な洞察を与えてくれる。Zhan たちは、現在までに記録のある深部地震の中で最大のもの---2013年のマグニチュード8.3のオホーツク海の地震---の余震で、マグニチュード6.7であったものは、それの地震波の速度より速く破壊したことを見出した。このいわゆる「超剪断(超音速)」破壊は、深部の地震はさまざまな破壊メカニズムに基づいており、エネルギーを散逸させる、いくつかの経路があることを示している。(Wt,nk)
ASupershear rupture in a Mw 6.7 aftershock of the 2013 Sea of Okhotsk earthquake (Science, this issue p. 204)

胚性ドップラー効果の観察(Observing an embryonic Doppler effect)

接近する列車の音は、あなたを通過する際に変化するが、いわゆるドップラー効果と呼ばれる現象である。Soroldoniたちは、脊椎動物の胚の体の分節(body segment)形成の際に類似の現象を提唱している。「分節化時計」と呼ばれる遺伝的発振器の内部的同期が、体節(somite)と呼ばれる体の分節のリズムをセットする。しかしながら、空間的な周期的変動の波と体の分節形成に関する微速度顕微法から、体の分節形成は空間的な遺伝的振動よりもよりも早いことを示している。このような「ドップラー効果」は、振動している組織の末端が接近する波の中を動くために起こる。このように、経時的な体の分節化のリズムは遺伝的な発現振動や、それらの変化する波のパターン、及び組織短縮の関数である。(KU)
AA Doppler effect in embryonic pattern formation (Science, this issue p. 222)

海はミクロプラスチックに満ち溢れている(Seas are awash with microplastics)

プラスチックは浜辺や外洋に散らかり、汚している。科学者たちは、目に見えずらいプラスチック汚染である、ミクロプラスチックに関して懸念を深めている。ミクロプラスチックは大きなプラスチック製品の劣化や、化粧品に用いられているミクロビーズから生じている。Law and Thompsonの展望記事において、彼らは、海の流れが予測不可能な方向へ汚染物質を分布させるために、ミクロプラスチック汚染の傾向を測定することは困難であると説明している。ミクロプラスチックは有害な化学物質を含んでおり、そしてまた製造段階で使用される毒性の添加物を遊離する可能性がある。それらの化学物質は多くの海の生物に摂取され、毒殺している。我々は、今日海洋からミクロプラスチックを除去することができないが、今後とも決して除去できないのかもしれない。我々は、この最悪の影響を少しでも緩和できるという希望を持って、この大きな汚染物質の環境への影響を理解することが必要である。(KU)
AMicroplastics in the seas (Science, this issue p. 144)
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