AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 9 2014, Vol.344


ドームの下で(Under the Dome)

銅酸化物の超伝導転移温度 Tcは、化学ドープに対しドーム型の依存性を示すことが知られている。ドーム下に量子臨界点(QCP)が存在するか否か、謎の多い疑ギャップとの関係があるか否か、長年議論されてきている。二つの論文はビスマスベースの2種類の銅塩においてこの問題を扱っている。Heらは(p. 608)、 (Bi,Pb)2(Sr,La)2CuO6+δ中でドープ量が増えるにつれてフェルミ表面がトポロジー変化することを見出している。このことは、Tcが最大値となる化学ドープ量の近くに QCP が存在することを指し示しており、疑ギャップとは関係が無いようである。Fujitaらは (p. 612)、  Bi2Sr2CaCu2O8+δにおいてドープ量を変化させ回転対称性と並進対称性の両方の消滅と同時にフェルミ表面の再構築が生じることを見出している。後者は疑ギャップに関連があるという。これら発見は隠れた QCPの存在を強く示唆するものである。(NK,nk)
Fermi Surface and Pseudogap Evolution in a Cuprate Superconductor
Simultaneous Transitions in Cuprate Momentum-Space Topology and Electronic Symmetry Breaking

一つのホルモン、二つの段階(One Hormone, Two Phases)

シロイヌナズナ(Arabidopsis)において、植物の栄養成長から開花に切り替わるスイッチは二つの段階、すなわち花序の分枝と開花からなっている。Yamaguchiたちは (p. 638)、植物ホルモンのジベレリンが、どのようにそれぞれの段階を別々に制御するのかを調査した。最初、ジベレリンのレベルは増加し、開花の鍵となる因子の生成を刺激するが、その因子の一つは ジベレリンを分解する。そのため、ジベレリンのレベルはその後低下し、ジベレリンによる抑制から解放されて開花因子の次の段階が始まる。花序の分枝を開花と切り離して制御することによって、このシステムは全体としての種子の生産量を決めている。(Uc,KU.ok,nk)
Gibberellin Acts Positively Then Negatively to Control Onset of Flower Formation in Arabidopsis

個人主義のルールとは?(Individualism Rules?)

多様な、かつ大規模になされた認知検査において、東アジア諸国における被験者は集団主義者的な選択をする傾向が大であるが、一方、米国での被験者は個人主義者として選択する傾向が大である。Talhelmらは(p. 603; Henrichによる展望記事参照)、中国の米栽培地域と小麦栽培地域からの被験者1000人に対して個人主義と集団主義に関する3つの認知尺度を調べた結果に基づいて、個人主義的、または集団主義的傾向になるかに影響を与えた歴史的な要因の一つは、米と麦を生産する際の社会的な行動パターンではないかと述べている。(hk,KU,nk)
Large-Scale Psychological Differences Within China Explained by Rice Versus Wheat Agriculture

酸素なしでメタンを性能向上させる(Upgrading Methane Sans Oxygen)

メタンを高級炭化水素に転換する直接的な経路を用いると、天然ガスを化学的原材料の供給に用いることができる。しかしながら、強い C-H 結合を活性化するのに必要な反応条件は、その生産物を過剰に酸化してしまう傾向がある。Guoたち (p. 616) は、シリカ触媒上の孤立した鉄のサイトにメタンを暴露するという、高温で非酸化性の反応経路を報告している。メチルラジカルは、気相状態で生成、結合して、水素とともにエチレンと芳香族化合物を形成する。活性サイトが孤立していることにより、固体の炭素を堆積するであろうラジカルの間の表面反応を避けることができた。(Wt,ok,nk)
Direct, Nonoxidative Conversion of Methane to Ethylene, Aromatics, and Hydrogen

もう忘れてしまえ!(Forget It!)

海馬でのニューロン新生と記憶との関連性を検討する場合には,先ず,海馬のニューロン新生の操作を行い,その後,記憶形成を調べ,そして,新生ニューロンが新たな記憶のコード化を促進しているのかについて検証することが一般的である。しかしながら,Akersたちは (p. 598; MongiatとSchinderによる展望記事参照),同様のニューロン新生操作が,形成済みの海馬依存記憶にどのように影響しているのかを調べた際に,記憶消去に対するニューロン新生の役割を見出した。従って,継続的なニューロンの新生は,海馬回路系に貯蔵されている現存情報を劣化させると共に,それと同時に,新たな学習用の素地を提供するのである。(MY,KU,ok)
Hippocampal Neurogenesis Regulates Forgetting During Adulthood and Infancy

大きな傷を自己治癒する(Self-Healing Larger Wounds)

ポリマー中にモノマー嚢を組み入れることで,クラックの形成後に,そのモノマーの重合でサンプル中の小さなクラックの修復が可能である。しかしながら,大きな穴の修復は,もっと難しい。Whiteたちは (p. 620; ZhaoとArrudaによる展望記事参照),自己回復型の熱硬化性エポキシ樹脂に,二段階の方策を組み込んだ血管類似の修復システムを開発した。先ず,損傷箇所に前駆体を注入した後に,可逆的な架橋結合を有するゲルが素早く形成され,そこでは前駆体がその場に留まり,その後更なる架橋により固化が生じた。この方法により,直径3cm以上の穴を塞ぐことに成功した。(MY,KU,ok)
Restoration of Large Damage Volumes in Polymers

観察されたナノワイヤーの成長(Nanowire Growth Observed)

微小るつぼでのナノワイヤーの推測に基づいた成長メカニズムでは、基板上の細孔にある溶融した触媒粒子が絶えずワイヤーを外向きに成長させ続ける。そのようなメカニズムを観察するには、in situ でナノワイヤーの成長を調べる能力が必要である。Bostonたちは(p.623)透過型電子顕微鏡を用いて、色々な段階での Y2BaCuO5 ナノワイヤーの成長を研究し、微小るつぼでの成長メカニズムを直接に観察することができた。(Sk,ok)
In Situ TEM Observation of a Microcrucible Mechanism of Nanowire Growth

老化を救う(Help the Aged)

脳の特定領域のニューロン形成が年齢とともに衰えるのと同様に、筋機能は年齢とともに衰える。二つのチームが、年齢の異なる二匹のマウスを並体結合した場合の影響について分析した。Sinhaたちは(p. 649)、年寄りのマウスと若いマウスが循環器を共有すると、年寄りのマウスの筋機能が改善されることを見出した。また、Katsimpardiたちは(p. 630)、嗅覚神経細胞の生成が増大することを観察した。どちらの場合も、増殖分化因子11が若返りの主要な要素の一つになっていると思われる。(Sk)
Restoring Systemic GDF11 Levels Reverses Age-Related Dysfunction in Mouse Skeletal Muscle
Vascular and Neurogenic Rejuvenation of the Aging Mouse Brain by Young Systemic Factors

上皮腫瘍に対するT細胞(T Cells for Epithelial Tumors)

悪性腫瘍には遺伝的変化が潜んでいる。最近、養子T細胞治療法はこの特徴を利用している:腫瘍中の変異に特異的な T細胞が患者に輸注され、抗腫瘍免疫応答を作り出す。治療効果がメラノーマに対しては見いだされたが、より一般的な上皮腫瘍に対する有効性は不明である。全エキソーム配列決定法を用いて、Tranたち (p. 641)は、転移性の胆管癌を持つ患者からの腫瘍によって発現した変異抗原に特異的な腫瘍浸潤性の CD4+ T細胞を同定した。変異-特異的 T細胞拡大集団をこの患者に輸注したところ、腫瘍縮小と病の安定化がもたらされた。(KU,nk)
【訳注】
・メラノーマ(melanoma:黒色腫);メラニン色素産生能を持つ色素細胞ががん化した、転移能の高い悪性腫瘍
・養子免疫(adaptive immunity):免疫動物のリンパ系細胞を他の個体に輸注して免疫性を伝達する操作
Cancer Immunotherapy Based on Mutation-Specific CD4+ T Cells in a Patient with Epithelial Cancer

聴覚を助ける(Hearing Aid)

地球全体で何百万という人が難聴に苦しんでいる。GeleocとHolt (10.1126/science.1241062)は、後天的な、或いは先天的な聴覚消失を持つ患者の内耳機能を回復させる将来可能性がある治療法における最近の進展をレビューしている。課題は残ってはいるが、分子的、遺伝子的、及び幹細胞的治療における基礎的研究により、通常の、音の増幅に基づいた補聴器に代わる治療法の開発が可能になりつつある。(KU,ok,nk)
Sound Strategies for Hearing Restoration

空間的情報を抽出する(Extracting Spatial Information)

個々の場所-選択的ニューロンの発火を検出することにより、海馬の活性からラットの位置を解読することが可能である。対照的に、海馬の神経細胞集団の電位が同期して振動する結果生じる局所フィールド電位(LFP)は、解読が困難であった。Agarwalたち (p. 626)は、ラットの海馬における複数の部位での LFP測定からどうやって位置情報のみを取り出すかを研究した。その情報は、発火する場所細胞から得られたものと同じ位正確であった。この研究手法は他のどの場所においても、一般的に脳の同期した集団活動からの情報の解読に適用可能であろう。(KU,ok,nk)
Spatially Distributed Local Fields in the Hippocampus Encode Rat Position

認識して保護する(Recognize and Protect)

分子シャペロンは、タンパク質の凝集とミスフォールディングを防ぐことで、細胞中のタンパク質恒常性を維持するにあたって鍵となる役割を果たしている。シャペロン-基質複合体は、大きくて動的なものになる傾向があるため、構造決定は難しい課題になっている。Saioたちは、進んだ核磁気共鳴分光法の技法を用いて、折り畳まれていない基質であるアルカリホスファターゼ (PhoA)との複合体中の3つのトリガー因子 (TF)シャペロン分子の構造と、PhoAの関連領域とつくる複合体中の各TFの構造を決定した(10.1126/science.1250494; またGamerdingerとDeuerlingによる展望記事参照)。TFは、PhoA上の複数の部位と疎水性接触を介して結合し、それによってそれら残基を溶媒から遮蔽し、凝集を防いでいる。複合体の安定性は、より長いPhoA領域にTFが関わったときに増大し、その多価結合が伸長した構造中で基質を保つのである。(KF)
Structural Basis for Protein Antiaggregation Activity of the Trigger Factor Chaperone

1つの膨潤イオンチャネル(One Swell Ion Channel)

哺乳類細胞が浸透圧の変化に直面すると、それは膨潤するか縮小しないといけない。容積によって制御されている陰イオンチャネル(VRAC)の分子的特徴はこれまで不明だが、その候補となるタンパク質は多数提案されていた。Vossたちはゲノム全体にわたるスクリーニングを用いて、VRACの形成に必要な、ロイシンに富んだ反復配列を含む (LRRC)タンパク質のグループを同定した(p. 634, 4月10日号電子版; また、Mindellによる展望記事参照)。LRRC8Aを抑制すると、哺乳類細胞中のVRACの存在は、ほとんど除去された。LRRCタンパク質のヘテロオリゴマーが、VRACを形成するらしい。VRAC成分の同定は、膨潤によって活性化されるイオンチャネルの理解における重要な一歩前進であり、そのチャネルの仕組みと生理におけるその役割の、双方を理解する機会を提供するものである。(KF,ok)
Identification of LRRC8 Heteromers as an Essential Component of the Volume-Regulated Anion Channel VRAC

Gata6が腹膜マクロファージを制御する(Gata6 Controls Peritoneal Macs)

マクロファージは、身体全体の組織にわたって存在しているが、その表現型と機能は、それが存在する微小環境によって形成される。そうした不均一性にも関わらず、組織マクロファージのほとんどは、局部的な増殖によって自己再生する。しかし、これがどうやって制御されているかは不明である。Rosasたちは遺伝子発現解析を用いて、転写制御因子 Gata6が、腹腔マクロファージ中に特異的に発現していることを示している(p. 645, 4月24日号電子版)。Gata6は、腹腔マクロファージの転写性サインの維持と、恒常性の維持及び炎症性条件下での増殖性更新とにとって決定的に重要なのである。(KF,ok)
The Transcription Factor Gata6 Links Tissue Macrophage Phenotype and Proliferative Renewal
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