AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 11 2014, Vol.344


支持母体たるトリペプチド(Tripeptide Maternal Support)

顕花植物において、受精には複数の配偶子が関与している。(胚芽植物を形成する)二倍体の接合体は、しばしば三倍体の胚乳によって取り囲まれており、この胚乳は支持的な、養分を与える機能を持っている。シロイヌナズナの研究から、Costaたち (p. 168; Bayerによる展望記事参照)は、胚乳由来の、しかし胚の成長を制御する、3っ組の小さなシグナル伝達ペプチドを同定した。RNA干渉が、3っのペプチド全ての発現を下流制御するのに用いられた。受精は影響されなかったが、種子の成長は影響された。このペプチドは、成長する胚をつなぎとめ、養分を与える、胚柄の正常な発生にとって必須の物である。(KU,ok,nk)
【訳注】
・三倍体の胚乳(tripoid endosprem):多くの種子植物は重複受精の結果、中央核と雄性核が合体した3倍体の胚乳が発生する
・胚柄(suspensor):胚発生初期に見られる細胞群
Central Cell?Derived Peptides Regulate Early Embryo Patterning in Flowering Plants

逃避行(Taking Flight)

ハエを叩こうとしたことがある人は誰でも、ハエの回避能力がすごいことを知っている。このような素早い回避を行うためには、脅威が身に接近してくることを感知すると、それが殆ど瞬間的に回避運動に翻訳される必要がある。Muijresたちは (p. 172)高速度ビデオカメラと羽根を持ったロボットを用いて、ハエはたった数回の羽ばたきの間に微妙な羽根の変化を通じて起動される素早い旋回を行うことによって、身に近づきつつある脅威に反応することを明らかにした。この急速な旋回の特徴によって、1秒の何分の1かの間にハエが反応可能となるようなセンサと運動組織を結ぶ専用回路が存在していることを示唆している。(Uc,ok,nk)
Flies Evade Looming Targets by Executing Rapid Visually Directed Banked Turns

隠れた状態をあばく(Exposing a Hidden State)

材料に強いレーザ光を照射すると、一時的にその特性を変えることができる。その系が準安定状態(その場合には、その過渡的状態の時間がマイクロ秒続く)にトラップされていない限り、その影響は数ピコ秒後に消滅する。Stojchevskaらは (p. 177)、35フェムト秒レーザパルス照射後、層状のジカルコゲナイド 1T-TaS2(the trigonal phase of tantalum disulfide)が、平衡相図には存在しない安定な「隠れた」状態に入り、ずっとその状態に留まることを観察した。この隠れた状態への切り換えは、熱またはレーザパルス列によって戻すことができた。また、この切り換えは試料の導電性を変化させるので、この現象が実用的な応用にも用いられる可能性がある。(hk,KU,ok)
Ultrafast Switching to a Stable Hidden Quantum State in an Electronic Crystal

嗅覚系における軸索の経路選定(Axon Routing in the Olfactory System)

マウスの嗅覚系は、類似の嗅覚受容体を発現する神経細胞を一緒にして糸球体に結び付けるための、発生プログラムを必要とする。成体の嗅覚系は新たな神経細胞を作り出して組み入れていくが、重大なダメージに耐えることができない(Cheetham と Belluscio による展望記事参照)。Maたち(p. 194)、及びTsai と Barneaは(p. 197)、発生初期と成人期の応答の差を調べた。嗅覚受容体の発現、或いは嗅覚神経細胞の活動を操作することにより、嗅覚神経細胞の軸索誘導が変化した。この結果は、そこで用いられるガイダンス系が、発生初期と成人期で異なることを示唆している。発生初期の軸索は自ら伸びる方向を見つけるが、晩年の軸索は既存の経路をたどるだけである。(Sk,KU)
【訳注】
・糸球体(glomeruli):単一、または枝分かれした毛細血管・神経繊維・結合組織繊維などが絡み合ってできた小球糸状の総称
A Developmental Switch of Axon Targeting in the Continuously Regenerating Mouse Olfactory System
A Critical Period Defined by Axon-Targeting Mechanisms in the Murine Olfactory Bulb

酵母のヒップホップ(Yeasty HIPHOP)

化学物質がどのようにして遺伝子を標的とし,どのようにして細胞の生理機能に影響を及ぼすのかを明らかにするには,一連の薬理学的化学種の処理により生じた変動を試験することが求められる。Leeたちは (p. 208),ハプロ不全プロファイリング(HIP)とホモ接合プロファイリング(HOP)のケモゲノミクスプラットフォーム(chemogenomic platform)を調べ,何千という異なる低分子に対する酵母の応答を,遺伝学的,プロテオミクス的,生物情報学的分析方法を用いて解析した。300種以上の化合物が,45の細胞応答シグネチャーの回路網の中で,121の遺伝子を標的にしていることが特定された。これらの回路網は,関連する化学種の可能な効果やそれらの遺伝的経路への影響を推定したり,また,推定上の遺伝子機能を特定するために用いられた。(MY,KU)
【訳注】
・ハプロ不全:相同染色体の特定の遺伝子座を構成する2つのともに優性である対立遺伝子の一方の遺伝子が不活性となっている接合体
・ホモ接合:特定の遺伝子座を構成する2つの対立遺伝子が同じものからなる接合体
・ハプロ不全プロファイリング解析:欠損した対立遺伝子を有する多数の遺伝子株を用いて,化学物質,薬剤等の細胞への増殖影響を調べ,感受性を示す遺伝子を特定する手法
・ケモゲノミクス:化学物質の遺伝子への影響を調べる総合的な研究領域
・プロテオミクス:タンパク質の構造と機能についての総合的な研究領域
Mapping the Cellular Response to Small Molecules Using Chemogenomic Fitness Signatures

修復を止めて守る(Shutting Down Repair to Protect)

細胞は、細胞周期を止め、そして切断の修理に関係する機構を活性化することで、DNAの二重鎖切断 (DSB)を修復する。しかしながら、有糸分裂の際には、そのDNA損傷のチェックポイントも、また DSB修復のいずれも起こらず、明らかにその細胞は DSBを極度に起こしやすい状態になる。Orthweinたち (p. 189, 3月20日号電子版)は、DSB応答が二つの重要な修復因子である RNF8と PB531のリン酸化によってブロックされ、損傷部位へのこれらの因子の補充を妨げていることを見出した。有糸分裂の際の DSB修復の回復は、末端同士の染色体融合を引き起こし、このことは染色体分配と正常な細胞分裂にとって破局的な状態であり、何故に修復機構が細胞分裂の際に閉鎖されるかを説明するものである。(KU)
Mitosis Inhibits DNA Double-Strand Break Repair to Guard Against Telomere Fusions

エラストマーを強化する(Toughening Up Elastomers)

エラストマーは、産業や日常生活で広く用いられている、柔らかな高分子材料である。最近のダブルネットワークハイドロゲルに関する研究成果に触発されて、Ducrotたちは(p. 186 ; Gong による展望記事参照)、一次の網目として予め等方的に引き伸ばした鎖を含む、相互貫通網目構造エラストマーを設計した。二重および三重の網目構造は、相当する一重の編み目と比較して、非常に高い強度とじん(靭)性を有するエラストマーをもたらした。(Sk,ok)
Toughening Elastomers with Sacrificial Bonds and Watching Them Break

星屑の地図を作る(Mapping Stardust)

銀河の構造が時間と共にどう変わっていくかは、分子雲の原材料であるガスを恒星に変換するその能力に大きく依存している。恒星の形成速度を決定する上で、最も影響力のある特性のひとつは、個々の分子雲の内部密度分布である。この分布は、体積密度に関する確率密度関数によって記述される。Kainulainenたち (p. 183) は、雲の背後にある星の明るさの観測で得られた、近傍分子雲に含まれるダストによる減光度の地図から、これらの分布を定量化する方法を考案した。これらの観測に基づく計算では、恒星形成の閾値は理論予測よりもはるかに低いものであった。(Wt,nk)
Unfolding the Laws of Star Formation: The Density Distribution of Molecular Clouds

介在ニューロンは遠く,広く到達する(Interneurons Reach Far and Wide)

脳の介在ニューロンに集まる注目度が増加している。Southwellたちは (10.1126/サイエンス.1240622),この独特のクラスのニューロンの発生についてレビューしている。介在ニューロン細胞は脳の発生の間,長い距離を移動する。胚性幹細胞由来の介在ニューロンの移植は,病気の過程に対する知見を与え,また,治療可能性を持つかもしれない。例えば,パーキンソン病,てんかん,特定の精神障害,また,ある種の慢性痛にさえ,介在ニューロンが関与したり,あるいは,移植された介在ニューロンに応答する可能性がある。(MY,KU)
Interneurons from Embryonic Development to Cell-Based Therapy

今こそみんなで(All Together Now)

量子もつれにおける粒子相関とは、一方の粒子の状態を観測すると他方の状態が確定されることをいう。一般的に、量子もつれを探求する場合、もつれ粒子の数が多いに越したことはない。しかし、これまではもつれた系のサイズが制限されていた。Haasらは(p. 180、3月27日号電子版;Wideraによる展望記事参照)、小さな極低温原子集団から集団的もつれ状態を造り出す手法について報告している。ある一つの内部量子状態を持つ極低温原子系を微弱なマイクロ波パルスで励起することで、僅かに励起確率を高めることができる。どの原子が励起状態になるかは把握できないので、ある一つの量子励起状態を観測することは、系を W-状態と呼ばれる量子もつれ状態にしていると考えることができる。うまく行くまで高速に繰り返す手法により、準-決定論的に W-状態をつくり出すことができ、40粒子を越える量子もつれ状態をつくり出すことに成功している。量子もつれ集団状態は、将来の量子センシングや優れた量子計測応用に使われるであろう。(NK,KU,ok)
Entangled States of More Than 40 Atoms in an Optical Fiber Cavity

進化の系統樹をもつれさせる(Tangling Evolutionary Trees)

進化速度は、分類群の中でも異なる傾向があるので、分析の入力とする配列に依存して、分類群の間の真の関連を反映しない系統樹ができあがる可能性がある。脊椎動物の系統樹を検討することによって、Evansたちは、Evansたちは、系統発生の歪みをもたらす進化速度における差が、生殖細胞形成の根底にある仕組みと相関していることを実証している(p. 200)。生殖細胞が胚形成の際に誘発されて形成される(「後成説」)場合は進化が遅く、おそらくは祖先系統にあたるのに対し、母系の分子によって生殖細胞が確立される(「前成説」)場合には、進化速度はより速くなる。たとえば、カエルはサンショウウオより急速に進化し、真骨魚類はチョウザメよりも急速である。つまり、後成説的発生は遺伝子制御ネットワークが変化する能力を束縛するのに対し、前成説的発生では反復かつ収束する進化がその束縛を除去しているのである。(KF,KU,nk)
【訳注】
・真骨魚類:ニシンやコイ、マダイなど。
Acquisition of Germ Plasm Accelerates Vertebrate Evolution

キナーゼPINK1における病原性変異(In the PINK1)

キナーゼ PINK1における病原性変異は、パーキンソン病 (PD)の原因の一つとして関連付けられている。1つの仮説は、PINK1がマイトファジー、すなわち機能に障害のあるミトコンドリアの除去を制御していると提唱している。第2の仮説は、PINK1がミトコンドリアの複合体Ⅰに直接的影響をもたらし、電子伝達系 (ETC)の維持に影響して、ミトコンドリア膜電位低下させ、機能障害のあるミトコンドリアを減らしているというものである。この2番目の仮説を支持するものとして、Moraisたちは、PINK1の患者からの人工多能性幹細胞(iPS)に由来する線維芽細胞とニューロンを欠く複合体Ⅰを、マイトファジーが誘発される前に、観察した(p. 203, 3月20日電子版)。PINK1を欠くマウスの肝臓と脳における複合体Ⅰのリン酸化プロテオーム(phosphoproteome)を野生型のマウスのそれと比較すると、複合体Ⅰのサブユニット NdufA10中の Ser250が違ったようにリン酸化されていることが明らかになった。Ser250は複合体Ⅰによるユビキチンの減少に決定的に関与しており、PINK1をノックアウトされたマウスやハエ、患者の株化細胞がミトコンドリア膜電位の低下を示した理由を、これによって説明できた。PINK1ヌル変異体のショウジョウバエにおけるシナプス欠損は、ホスホミメティツクな NdufA10を用いて回復できたのである。(KF,KU,nk)
【訳注】
・マイトファジー:自身のミトコンドリアを貪食する細胞現象
PINK1 Loss-of-Function Mutations Affect Mitochondrial Complex I Activity via NdufA10 Ubiquinone Uncoupling
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