AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 28 2014, Vol.343


言語の解読について(Deciphering Language)

子音と母音は人の言語における基本的構成要素である。耳への言語入力から、いかにして子音と母音の特徴抽出がなされているかは良く分かっていない。てんかん患者の外科治療のための臨床評価の一環として、患者の上側頭回から直接(単電極で検出した信号を)記録することで、Mesgaraniら (p. 1006, 1月30日号電子版;GrodzinskyとNelkenによる展望参照)は、被験者が連続する音声を聴いているときの神経応答について研究した。ここでの調査により、異なる音素のカテゴリーである母音と子音の両者が、どのように符号化されるかを明らかにしている。(hk,KU,nk)
Phonetic Feature Encoding in Human Superior Temporal Gyrus

宇宙線を整列させる(Ordering Cosmic Rays)

地球や他の惑星は、常に宇宙線(電荷を持った宇宙からの粒子)を浴びている。超高エネルギーの宇宙線の強度は、我々が空のどこを見ているかによって変化する。Schwadronたち(p. 988, 2月13日付電子版) は、NASAの Interstellar BoundaryExplorer衛星が最近測定した太陽近傍の星間空間の局所的な特性値は、テラ電子ボルトのエネルギー領域における宇宙線の異方性のこれまでの観測結果と整合する値であることを示した。これは、星間空間の局所的な環境が、我々の付近の宇宙空間において超高エネルギー宇宙線の運動方向を揃えることにある役割を果たしていることを示唆している。(Wt,nk)
Global Anisotropies in TeV Cosmic Rays Related to the Sun’s Local Galactic Environment from IBEX

高分子薄膜の挙動(Polymer Film Behavior)

高分子アモルファス薄膜の挙動に関し、高分子がナノ領域に閉じ込められているのか、或は表面近傍の分子は移動度が高いのか、意見が分かれている。Chaiらは (p. 994;Chen等の展望記事参照)高分子薄膜の断片を均一な基層膜の上に載せることで、鋭い段差形状を伴う表面を有する高分子薄膜を作った。原子間力顕微鏡を用い、様々な温度において薄膜全体の形状が時間と共に変化することが判った。バルクのガラス転移温度の近くで、限られた領域内でのみの流動運動から、膜全体の緩和運動への転移が観測された。(NK,KU,nk)
A Direct Quantitative Measure of Surface Mobility in a Glassy Polymer

時々起る(Once in a While)

南極氷床端部の多数の領域が海に滑り落ち、厚さが薄くなる速度が急速に増加してきており、地球温暖化がいくつかの部分で突然の崩壊を引き起こすのではないかという懸念が増している。Johnsonたちは (p. 999, 2月20日号電子版)、過去20年に渡り急激に厚さが薄くなり、そして端部が後退してきている、パインアイランド氷河から得られたデータを報告している。この氷河は約8000年前にも、急速な厚さの減少を経験しているが、これは現在起こっていることとほぼ同じくらい急速に発生しており、25〜100年間継続した。(Uc,nk)
Rapid Thinning of Pine Island Glacier in the Early Holocene

バナジン酸ビスマスの性能向上を目指して(A Boost for Bismuth Vanadate)

理論上、その吸収波長域の光が与えられると、バナジン酸ビスマスは、太陽光による水分解の効率的な光電陽極になるはずである。しかしながら、これまでの研究では、光励起で生み出される“ホール”のうちのほんの一部しか、水から電子を奪い去るのに十分な時間を持続できていなかった。今回、Kimと Choiは(p. 990, 2月13日号電子版)、この半導体の合成に疎水性バナジウムを原料として用いることにより、実質的にホール寿命を増大させる高表面積形態を作り出せることを示した。二層の連続した触媒層を堆積することにより、表面で水と反応するホールの割合が増大し、その結果、酸素発生反応の効率が向上した。(Sk)
Nanoporous BiVO4 Photoanodes with Dual-Layer Oxygen Evolution Catalysts for Solar Water Splitting

明らかになった発癌性の容疑者(Oncogenic Suspect Exposed)

ありふれた癌でも、稀な変異体は症例数が少ないため、その遺伝子を研究することは困難である。にもかかわらず、Honeymanたち (p. 1010)は、青年や若者たちに作用し、そして有効な治療法のない稀な、かつほとんど分かっていない肝腫瘍である、肝細胞癌 (FL-HCC)を研究した。15人の患者からのFL-HCCは、全てキメラな RNA転写物とタンパク質を発現し、それはプロテインキナーゼAの触媒領域の配列を持つ構造中に融合した分子シャペロン由来の配列を含んでいた。そのキメラタンパク質は、in vitroでキナーゼの活性を保持していた。癌におけるこのような反復性の遺伝子融合は、病変形成におけるある役割を示し、そして治療介入の機会を与えるものである。(KU,ok,nk)
【訳注】
・キメラタンパク質:融合タンパク質ともいい、異なる二つのタンパク質が融合して生じるタンパク質で、この中には異常な機能を得て、発がん性を示すものもある。
・分子シャペロン(molecular chaperone):タンパク質の折り畳みや複合体の形成に関与し、その高次構造の形成を補助するタンパク質の総称。
Detection of a Recurrent DNAJB1-PRKACA Chimeric Transcript in Fibrolamellar Hepatocellular Carcinoma

アレルゲンの親和性(Allergen Affinity)

アレルギー反応は、アレルゲンと免疫グロブリンE (IgE)抗体との相互作用によって生じ、IgE抗体がマスト細胞の表面で IgE受容体と次々に結合する。Suzukiたちは(p. 1021, 2月6日号電子版; Daeron による展望記事参照)、そのような受容体複合体のシグナル伝達特性が、どのように異なっているのかを詳しく調べた。その結果、IgE抗体の抗原に対する親和性に応じて、異なるアレルギー反応が生じることが分かった。(Sk)
Molecular Editing of Cellular Responses by the High-Affinity Receptor for IgE

己の敵を知れ(Know Your Enemy)

アルゼンチン固有の生息領域から北米へと偶発的に持ち込まれたカミアリ(fire ant)は,侵略性が大変高く,撲滅が困難であり,環境的被害と経済的損害をもたらしていた。最近,もう1つ偶発的に導入されたアルゼンチンのアリである黄褐色クレイジーアリ(tawny crazy ant)が、カミアリに取って代りつつある。どのようにしてだろうか? LeBrunたちは (p. 1014, 2月13日発行電子版; KaspariとWeiserによる展望記事参照),黄褐色クレイジーアリは,有毒性のカミアリの噛つきに対して,化学的に,かつ行動的に対応し,それにより敵対時の死亡率が大幅に減少し,ライバルを打ち負かすことを可能にしていることを示した。(MY,KU,ok)
Chemical Warfare Among Invaders: A Detoxification Interaction Facilitates an Ant Invasion

我々の中にあるネアンデルタール人の名残(Neandertal Shadows in Us)

アフリカ系でない現代人は,異種交配によりネアンデルタール人のDNAの痕跡を受け継いでいるが、これは人類がアフリカの外へ広まっていった際に生じたと推定されていた。ネアンデルタール人の遺伝子配列の全体割合は,現代人のゲノムの3%以下と推定されているが,残存している個別の配列は,一人ひとりで異なっている。VernotとAkeyは (p. 1017,1月29日発行電子版),600人以上のヨーロッパ人と東アジア人のゲノムを解析し,現代人のうちのネアンデルタール人の配列を同定したが、それはネアンデルタール人のゲノムのおよそ20%に及んでいた。ネアンデルタール人に起因する配列は,人類の中では正の淘汰の下にあり,それには皮膚の表現型に関与する幾つかの遺伝子が含まれている。(MY,KU)
Resurrecting Surviving Neandertal Lineages from Modern Human Genomes

注目を浴びている合成(Synthesis in the Spotlight)

多くの有機分子は,ほとんど,あるいは全く可視域の光を吸収しない。結果的には,従来の有機光化学は,紫外領域の励起に依存してきた。それは,高エネルギーが関与していることで,好ましからざる副産物を生成し得るという欠点がある。過去数年間に登場してきた新しい方法では,金属錯体(主にルテニウムとイリジウム)がまず可視光で励起され、次に電子やエネルギーの移動を有機化合物との間で行う。引き続いて起こる反応様式は,有害な量の過剰エネルギーを導入することなく,熱反応で得られる結果を補完する。SchultzとYoonは (10.1126/サイエンス.1239176),この急速に進展する光レドックス触媒作用の分野の進歩についてレビューしている。(MY,KU,ok,nk)
Solar Synthesis: Prospects in Visible Light Photocatalysis

あなたの傷をESCRTで直す(ESCRT Your Wound Away)

ESCRT (輸送に必要なエンドソーム・ソーティング複合体)タンパク質複合体は、多小胞体中での出芽や細胞質分裂、及びHIVの出芽において役割を果たしている。Jimenezたち (10.1126/science.1247136, 1月30日号電子版)は、プラズマ膜での傷修復における ESCRTタンパク質の役割を提唱している。In vivoでのイメージング、モデル化、及び電子顕微法を用いて、ESCRTが、毒やレーザ処置によって引き起こされた小さな傷を縫合するプラズマ膜での急激なエネルギー依存性がなく、またカルシウム依存性がある膜-脱落プロセスにどのように関与しているかを明らかにした。(KU,ok,nk)
ESCRT Machinery Is Required for Plasma Membrane Repair

代謝の不均一さ(Metabolic Heterogeneity)

我々はふつう、細胞や個体の違いの源は、遺伝的なものか後成的なものか、どちらかだと考えている。しかしながら、生化学的な調節経路もまた複数の安定的状態を取りうるので、集団中の細胞の表現型の違いをもたらすことがある。Van Heerdenたちは、酵母細胞におけるそうした現象を実証している(1月16日電子版の10.1126/science.1245114)。細胞のエネルギー代謝における中心的経路である解糖の状態に違いのある2つの異なった細胞型が観察された。このことによって、ほとんどの細胞が生き延びられないグルコース濃度の変化を、細胞集団内のメンバーのいくつかが生き延びることが可能になっている。(KF,ok)
Lost in Transition: Start-Up of Glycolysis Yields Subpopulations of Nongrowing Cells

反復サイレンシング(Repeat Silencing)

脆弱X染色体症候群は、自閉症や精神遅滞の遺伝的原因の1つであるが、脆弱X精神遅滞1(FMR1)遺伝子中のトリヌクレオチド反復の伸長を含むものである。ヒトの胚性幹細胞を扱って、Colakたちは、伸長された反復領域がFMR1メッセンジャーRNAの非翻訳領域に転写され、それが次にFMR1遺伝子のDNA反復領域に結合し、遺伝子を不活性化していることを発見した(p. 1002)。この知見は、脆弱X染色体症候群の発生の際に、トリヌクレオチド反復伸長がいかにしてRNAに向けられた遺伝子サイレンシングの原因となるかを説明するものである。(KF)
Promoter-Bound Trinucleotide Repeat mRNA Drives Epigenetic Silencing in Fragile X Syndrome

これまでとは違う経路(A Different Route)

植物ホルモンのオーキシンは、しばしば遺伝子転写の変化を介して、種々の発生過程を制御し、環境からの入力に応答する。Xuたちは、シロイヌナズナにおいて、遺伝子転写の変化なしに、細胞骨格とエンドサイトーシスに影響している ABP1(オーキシン結合タンパク質1)を含むシグナル経路を解析した(p. 1025)。それどころか、ABP1は細胞表面で機能してオーキシンと膜キナーゼの1つのファミリーに結合し、それによって、細胞内 GTP分解酵素を活性化して、細胞形態での重要な発生上の変化を引き起こすのである。(KF,ok)
Cell Surface ABP1-TMK Auxin-Sensing Complex Activates ROP GTPase Signaling
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