AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 14 2014, Vol.343


油は心臓に悪い(Oil Is Bad for the Heart)

原油は、流出油の最も多くを占めており、魚類の胚の心臓に悪影響を及ぼす。この悪影響に関係するプロセスをよりよく理解するため、Bretteたち (p. 772)は、2010年に原油流出事故のあったメキシコ湾の Deep Water Horizonから採取した油サンプルを捕獲した若いマグロに曝し、心毒性(cardiotoxicity)の形態(mode)を決定した。原油は心筋細胞の活動電位時間を引き伸ばし、そして、細胞の興奮機能をかき乱し、不整脈の可能性を高めて、これらの細胞における興奮-収縮連関を混乱させる。このような心臓への影響は、原油にさらされている脊椎動物により広く分布している可能性がある。(TO,KU,nk)
Crude Oil Impairs Cardiac Excitation-Contraction Coupling in Fish

歴史を通した姻戚関係(The in-Laws Through History)

それまで遠く離れていた集団同士の出会いと交配の結果である遺伝子混合は、子孫のゲノム中に遺伝的な信号を残す。しかしながら、時代とともに信号は減衰し、追跡が困難になる。Hellenthal たちは(p. 747)、染色体彩色と呼ばれる技術を用いて、実存する中では最も近い集団まで遺伝子混合の痕跡をたどっていく方法について述べている。そのアプローチは、過去4000年にわたる世界的なヒトの遺伝子混合の歴史の詳細を明らかにした。(Sk,nk)
A Genetic Atlas of Human Admixture History

失って得る(Losses and Gains)

新たな遺伝子が生み出される過程をよりよく理解するために、Zhaoたちは(p. 769, 1月23日号電子版)、キイロショウジョウバエ種の精巣由来の遺伝子発現を調べ、定型および多型両方の新たな遺伝子を同定した。その結果は、それまでノンコーディングDNAであったものの自発的活性化が、遺伝的新規性を生み出す上での重要な因子であるらしいことを示唆している。(Sk)
Origin and Spread of de Novo Genes in Drosophila melanogaster Populations

高速軌道に乗って(On the Fast Track)

グラフェンを基本とした膜は,非常に小サイズの分子の通過を阻止することができると同時に,水を急速に透過させることができる。Joshiたちは (p. 752; Miによる展望記事参照),水溶液中での酸化グラフェン(GO)膜のイオンと中性分子の透過性を調べた。水和半径が0.45nm以下の小サイズイオンは,拡散理論に基づく予測よりも桁違いに速い速度でGO膜を透過した。分子動力学シミュレーションにより,GO膜は小サイズイオンを高濃度で膜中へ引きつけることが明らかとなった。これにより高速イオン輸送が説明できるかもしれない(MY)。
Precise and Ultrafast Molecular Sieving Through Graphene Oxide Membranes

ロボットのルール(Robot Rules)

アリ塚を作るシロアリの場合、数千もの独立にふるまう虫たちからなる群体は、間接的な意思疎通の方法を用いて、彼ら自身よりも何桁も巨大な、複雑な構造物を築く。スティグマージー(stigmergy)として知られているこのプロセスでは、構造物の部分的な特徴それ自体が働きアリたちの次の行動を導く合図として働く。Werfelたちは (p. 754; Korbによる展望記事参照)、自律的な行動が可能なロボットを使って、複雑な、あらかじめ決められた構造を築くことを試みた。与えられた最終形に対して、役目を完遂するためにロボットは基本的ルールもしくは「構造経路 (structpaths)」に従うように、巧みなシステムが考案された。(Uc,KU,nk)
【訳注】スティグマージー(stigmergy):大きい共同体の中で、多数の小さな昆虫が起こす協力的な集団行動
Designing Collective Behavior in a Termite-Inspired Robot Construction Team

表面回折を加速する(Speeding Up Surface Diffraction)

表面回折法により、結晶の最表面の原子構造や表面下の構造をも知ることができる。しかし、各種表面回折法は高真空条件が必要であり、それが研究する反応条件を制限したり、或いはデーター収集時間が長時間に渡るために、時間分解能を制限する。Gustafson等は (p. 758, 1月30日号電子版;Nicklinの展望記事参照)高エネルギーX線を用いて、表面回折ビームの強度を測定し、一酸化炭素の触媒酸化反応における白金表面の変化に伴う表面酸化を追跡することに成功した。(NK,KU)
High-Energy Surface X-ray Diffraction for Fast Surface Structure Determination

ニューマドリード直下の横揺れ(Rolling Under New Madrid)

ニューマドリード地震帯は、1811年〜1812年の期間に、連続した三つの大きなプレート内地震と、少なくとも一つの同等の大きさの余震を経験した。それ以降、類似のマグニチュードの地震はなかった。PageとHough (p. 762, 1月23日付電子版)は、その最初の大きな地震のあった時期まで遡る史実に基づくデータと、ETASモデル(epidemic-type aftershock sequence model)とを組み合わせて、現在の低い地震活動性は、一連の余震の一部ではないことを見出した。むしろ、観測的には変形速度は低いが、歪の蓄積は続いており、この地域の巨大地震発生の可能性は残されている。(Wt)
【註】epidemic-type aftershock sequence model(ETASモデル):1980年代に開発された、地震活動の標準モデル。地震の活動変化の中から、統計学的に異常な振る舞いを検出する。地震活動の短期予測に有効であり、余震の発生確率予測などに用いられる。(出典:小学館 デジタル大辞林)
The New Madrid Seismic Zone: Not Dead Yet

アルファウィルスを目立たないようにする(Keeping Alphaviruses Under Wraps)

ウィルスは変異により検出を回避し,宿主は同類のやり方で対応する。例えば,ウィルスRNAの5'末端キャップの2'-Oがメチル化していると,ウィルスは,インターフェロン誘導性宿主防御タンパク質(IFIT1)の検知を逃れることができる。しかしながら,アルファウィルスはこのような修飾性を欠いているにもかかわらず,IFIT1の存在下で検出を回避する能力を有している。どのようにしてだろうか? Hydeたちは (p. 783, 1月30日発行電子版),ウィルス変異体と生化学的解析を組み合わせて,アルファウィルスが,IFIT1による検出を回避可能とする2次構造のモチーフを,ゲノムRNAの5'非翻訳領域に有していることを見出した。この領域の機能発現を抑えておくと,IFIT1はウィルスを制御下におくことができた。(MY)
A Viral RNA Structural Element Alters Host Recognition of Nonself RNA

手足の再生(Limb Regeneration)

扁形動物は多能性幹細胞を持っており、体内の任意の細胞型を再生できるが、一方脊椎動物では、その再生活動には役割があらかじめ決められている単分化前駆細胞を動員する。甲殻類における脚再生の研究から、KonstantinidesとAverof (p. 788,1月2日号電子版)は、節足動物が拘束された前駆細胞を用いて、筋を再生するのにサテライト様細胞を用いるなど、節足動物が単分化前駆細胞を用いて失われた組織を再生することを見出した。この研究は節足動物と脊椎動物との間の筋再生の類似性を明らかにするもので、これは左右同形の動物すべての共通の祖先にまでさかのぼるような筋再生に関する共通の基盤を示唆している。(KU,nk)
【訳注】サテライト細胞:主たる細胞の表面に密着しそれを囲む細胞で、筋サテライト細胞は筋に損傷が起こった際に筋芽細胞に分化して筋の再生を行う
A Common Cellular Basis for Muscle Regeneration in Arthropods and Vertebrates

Toddlerウエルカム(Toddler Welcome)

全てではないが、脊椎動物の胚形成制御している主要なシグナルの殆どは同定されていると想定されていた。ゲノミクスを用いて、Pauliたち (p. 10.1126/science.1248636, 1月9日号電子版)は、初期のゼブラフィッシュ発生の際に発現する幾つかの新しい候補シグナルを同定した。このようなシグナルの一つである Toddlerは、短い、保存された、そして分泌されたペプチドであり、ゼブラフィッシュの原腸陥入の際に細胞の移動を促進する。Apelin受容体の内部移行、及び Apelinのシグナル伝達の活性化を促進する Gタンパク質-結合受容体を通してToddlerシグナルは、toddler変異体を救うことができる。(KU)
Toddler: An Embryonic Signal That Promotes Cell Movement via Apelin Receptors

脳回配列の微調整(Fine-Tuning Brain Gyrations)

発作や軽い知的障害に苦しむ少数の患者が、いまや、調節性DNAの一部がいかにしてヒト皮質のある領域の発生を制御しているかについての洞察をもたらしている。そうした患者の脳の画像を可視化することで、Baeたちは、言語の根底にある主たる領域、「ブローカ中枢」を含む脳領域における表面の折り畳み構造(脳回)上の形成異常を観察した(p. 764; またRashとRakicmの展望記事参照)。異常のある3家族は、皮質の前駆細胞中に発現する正常な皮質発生に必要なGタンパク質結合受容体をコードする遺伝子、GPR56の調節領域において、15塩基対の欠失を共有していた。(KF,KU)
【訳注】脳回(Brain Gyrations):大脳皮質の皺の隆起した部分
Evolutionarily Dynamic Alternative Splicing of GPR56 Regulates Regional Cerebral Cortical Patterning

発生の際の複雑さ(Developmental Complexity)

関連はしているものの、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)とタネツケバナ(Cardamine hirsuta)は、違う種類の葉をもっている。一方は単純な卵円形であり、他方は複数の部分からなる複雑な構造である。この2つの葉の型の発生を比較して、Vladたちは、発生における成長を制御する1つの遺伝子を明らかにした(p. 780)。REDUCED COMPLEXITY (RCO)ホメオドメインタンパク質をコードするタネツケバナ遺伝子は、遺伝子重複と新機能分化を介して生じるが、シロイヌナズナの系列では失われていた。タネツケバナでは、発生中の葉の縁の領域における成長を RCOが抑制していることで、複雑な形状の葉が生み出される。RCOを欠くシロイヌナズナでは、単純な葉が生み出される。RCOをシロイヌナズナで発現させると、葉はより複雑になった。つまり、イニシエータは欠けていても、複雑な葉を産生する能力は残っているのである。(KF,nk)
Leaf Shape Evolution Through Duplication, Regulatory Diversification, and Loss of a Homeobox Gene

新たな細胞分類法の導入(Introducing MARS-Seq)

免疫細胞は通常、表面マーカーによって区別される。しかしながら、この言い方はいくらか乱暴であって、RNA転写物によって特徴づけられる微細な差異を無視することになる。Jaitinたちは、大規模パラレルな単一細胞RNA配列決定 (MARS-Seq)解析法を用いて、自動化実験プラットフォーム(これは、フローサイトメトリ(流動細胞計測法)を用いて組織から区分けされた細胞のRNAプロファイリングを可能にする)を構築することによって、、免疫系内の細胞の不均一性を探索した(p. 776)。1000個以上の細胞の配列決定ができ、RNAプロファイルの無監視のクラスター解析によって、B細胞やマクロファージ、そして樹状細胞に対応する別々の細胞のグルーピングが明らかになった。このアプローチは、細胞マーカーや予めの知識抜きで、生体内の細胞型の状況をボトムアップで特徴づける方法を提供するものである。(KF,KU)
Massively Parallel Single-Cell RNA-Seq for Marker-Free Decomposition of Tissues into Cell Types

発生における細胞-細胞の相互作用(Cell-Cell Interactions in Development)

脊椎動物の胚において、前後軸に沿って左右同形に置かれる中胚葉セグメント(体節)の数や大きさ、及び位置的同一性は、周期的に変動する遺伝子発現の分子時計とシグナルの進行波との相互作用(これが体節を作り上げる細胞の数を決定している)によって制御されていると広く信じられている。 Diasたち (p. 791, 1月9日号電子版y; Kondoによる展望記事参照)は、時計も波面もなしで、正常な大きさや形、及び位置的同一性の体節を産生することが可能であることを明らかにしている。代わりに、この知見は、体節の大きさや形が局所的な細胞間の相互作用によって制御されていることを示唆している。(KU,nk)
Somites Without a Clock

濡れていて畳み込まれる(Folding When Wet)

ほとんどの球状タンパク質は、乾いた疎水性コアを形成する際に水を遊離する。対照的に、Sunたちは、不凍タンパク質Maxiがそのコアに400個の水分子を保持していることを示す高分解能の構造を報告している(p. 795; またSharpによる展望記事参照) 。Maxiは、2つのらせん状の単量体がそれぞれ中央で屈曲して4へリックスバンドル構造を形成する二量体である。このらせん体は、空間的にごくわずか離れていて、2つの交差する水からなる多5角形状の単層を収容する。この5角形は内向きの側鎖の周囲に檻を形成し、構造を安定化する。秩序を与えられた水はタンパク質表面にまで拡がっていき、そこで氷結合に関与することになる。(KF)
An Antifreeze Protein Folds with an Interior Network of More Than 400 Semi-Clathrate Waters
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