AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 29 2013, Vol.342


巨大衝突?(Deep Impact?)

2013年2月15日、100万人以上の人口のいるロシアのチェリャビンスク(Chelyabinsk)地方に、さしわたし20mの小惑星が衝突し、大気中で爆発した。これは、1908年以降の小惑星による最大の衝突現象である。Popovaたち (p.1069, 11月7日付電子版; Chapman による展望記事を参照のこと) は、この事象とこれを引き起こした天体の包括的解説を与えている。この解説には、この小惑星の軌道や大気中の軌跡、被害の評価、隕石の回収と記載(特性解析)に関する詳細な情報が含まれている。(Wt,tk)
Chelyabinsk Airburst, Damage Assessment, Meteorite Recovery, and Characterization

軽く見通しが明るい水素化触媒(Lighter Hydrogenation Catalysts)

天然触媒である酵素は,酸化還元の触媒として,鉄,コバルト,ニッケルのような豊富にある元素を用いるよう進化してきた。しかしながら,合成触媒は概して,ルテニウム,ロジウム,イリジウム,パラジウム,白金などの重金属希少元素類に頼ってきた(Bullockによる展望記事参照)。Friedfeldたちは (p. 1076)高い処理能力のスクリーニング方法を用い,貴金属触媒用に開発されてきた従来の配位子を用いても,適正なコバルト前駆体は不斉水素化に対して触媒活性を持つことを示した。Zuoたちは (p. 1080),鉄に注目し,メカニズムに対する入念な研究により合理的に設計された配位子を用いて,大変効率の高い不斉水素移動触媒反応が起こることを示した。Jagadeeshたちは(p.1073),芳香族環上のニトロ置換基を選択的にアミンに還元する支持体担持型の鉄触媒を作製した。これによりアニリン誘導体を広範囲に揃えることができるようになった。(MY,nk)
Cobalt Precursors for High-Throughput Discovery of Base Metal Asymmetric Alkene Hydrogenation Catalysts
Amine(imine)diphosphine Iron Catalysts for Asymmetric Transfer Hydrogenation of Ketones and Imines
anoscale Fe2O3-Based Catalysts for Selective Hydrogenation of Nitroarenes to Anilines

昔の場所の回想(Remembrance of Places Past)

海馬には2つの主要な認知の役割がある。場所に反応する神経細胞(場所神経細胞)は,状況依存性の認知マップを形成し,動物個体がその環境の特別な地域を横切る時により強く発火するようになっている。このため,人間と動物はともに,新規な環境の様子を知るため,海馬が必要となる。同様に,海馬は,時空間における或る特別の出来事を記憶する我々の能力にとって重要である。それゆえ,海馬の空間機能および記憶機能に対して,(人間と動物の)共通の構造が反映しているのではないかと示唆されてきた。Millerたちは(p. 1111),神経外科患者の仮想現実記憶ゲームの記録から,出来事の呼び覚ましが,実際,被験者がその環境中に誘導された時に活性化した場所神経細胞の発火が回復することと連合していることを見出した。(MY,ok,kj,nk)
Neural Activity in Human Hippocampal Formation Reveals the Spatial Context of Retrieved Memories

ホイルで造られたイメージ(Foil-Forged Images)

X線回折は分子構造解析に広く用いられており、良質な結晶サンプルが用意できれば、鏡像異性体(エナンシオマー)の区別をすることも可能である。Herwigらは (p. 1084)、ガス状態のエナンシオマー分析が可能なイメージング技術について報告している。カーボン箔を通過する際にイオン化が幾度となく生じ、ついには原子核の相互反発により分子のクーロン爆発に至る。その後の原子核の軌道は元の分子構造を忠実に反映しているという。(NK,tk,nk)
Imaging the Absolute Configuration of a Chiral Epoxide in the Gas Phase

コレステロールと癌(Cholesterol and Cancer)

肥満と高コレステロールは、閉経後の女性の乳がん発症リスクの増大と関係している。Nelson たちは(p.1094)、27-ヒデロキシコレステロール(27HC)という特異なコレステロール代謝物を見出した。それは、エストロゲン受容体や肝臓X受容体に対するパーシャルアゴニストとして作用することで、乳癌のマウスモデルにおいて腫瘍の増殖や転移を促進した。進行が最も速いヒトの乳癌において、コレステロールを27HC に変換する酵素の発現レベルが最高であることが見出された。それは(循環する 27HC に加えて)腫瘍内で作り出される 27HC が腫瘍形成に寄与していることを示唆している。(Sk,kj,nk)
【訳注】パーシャルアゴニスト(partial agonist):生体内の受容体分子に働く作動物質アゴニストのなかで、活性化度が低く部分的な作用しか及ぼさないものを言う
27-Hydroxycholesterol Links Hypercholesterolemia and Breast Cancer Pathophysiology

共に帯状になって(Banding Together)

もし、海面上昇に対する氷河の寄与を予測したい場合、どのようにして、そしてどこで南極の氷床と下部の地面がつながっているかを理解することは重要である。SergienkoとHindmarshは (p. 1086, 11月7日号電子版)、氷の表面速度、氷の表面高度と基底部高度の観測結果を用いて、逆計算を行い氷床基底部におけるずり応力を求めた。高いずり応力を有する領域は、それよりも底面でのずり応力がないもっと大きな領域に包み込まれ、肋骨状に分布していたが、このことが、氷が海洋に向かって放出される速度に影響を及ぼしている可能性がある。(Uc,KU,ok,kj,nk)
Regular Patterns in Frictional Resistance of Ice-Stream Beds Seen by Surface Data Inversion

C型肝炎を解読する(Deciphering Hepatitis C)

C型肝炎ウイルスは、肝疾患や肝癌の主要な原因である。二種のエンベロープタンパク質 E1と E2は、感染を促進するヘテロ二量体を形成する。エンベロープタンパク質は結晶化が困難で、ワクチン開発の障害となってきた。Kongたちは(p. 1090)、E2のコアの糖タンパク質構造体を設計し、広範囲の中和抗体と複合化したグリコシル化タンパク質の結晶構造を解明した。宿主細胞の受容体結合部位は電子顕微鏡と変異原性によって同定された。この知見は、将来の薬やワクチンの設計に役立つに違いない。(Sk)
Hepatitis C Virus E2 Envelope Glycoprotein Core Structure

猿はタンパク質の変異を真似しない(Don't Ape Protein Variation)

DNAとメッセンジャーRNA(mRNA)の発現レベルの変化は、種の間での進化上の変化を推定するために用いられてきた。しかし、タンパク質発現レベルは、表現型の多様性と制約の上での淘汰をより強く反映しているかもしれない。Khanたち (p. 1100, 11月17日号電子版; Vogelによる展望記事参照)は、ヒトとチンパンジ、アカゲザル( rhesus macaques)を対象に、mRNA発現レベルとタンパク質レベルの間の同種と種間における差異を測定し、ヒトとチンパンジの間で系列特異的な制約条件下にあるようなタンパク質転写物(protein transcripts)を特定した。(TO,KU,kj)
Primate Transcript and Protein Expression Levels Evolve Under Compensatory Selection Pressures

新婚夫婦のゲームとは?(Newlywed Game?)

我々の直覚・第六感(“gut” feelings)が、我々の社会的相互作用にどの程度の影響を与えているかは重要な議論の的であった。社会心理学者たちは、被験者に学部学生を使った短期間のテストの解析に頼りすぎると時折批判されてきた。McNultyたち (p. 1119)は、4年間にわたり年2回、新婚カップルのお互いに対する明示的態度と暗黙の態度を調べた。時間とともに、たがいの関係を暗黙のうちにあるいはそれと気づかずに判断するのは結婚生活に満足していることの指針であった。一方あからさまに、または意識して判定している場合はそうではなかった。(KU,ok,kj,nk)
Though They May Be Unaware, Newlyweds Implicitly Know Whether Their Marriage Will Be Satisfying

静かにする(Keeping Quiet)

多くの細菌は、抗生物質耐性,例えば流出ポンプを与えるようなタンパク質を発現することで抗菌処置を克服している。しかし、これらの抗生物質耐性のタンパク質発現する系統が、対応する薬剤を含む環境に遭遇すると、その薬剤に対する耐性が、逆説的に多くの細胞において抑制される。このケースにおいて、遺伝的に同一の細胞集団の一部が抗生物質の存在下で増殖するが、一方他の母集団の一部分は全く増殖しない。Deris たち (10.1126/science.1237435)は、抗生物質の介在による増殖抑制の仕組みの中に組み込まれた全体的なフィードバックが増殖抑制を防ぐタンパク質の発現を減らしており、これが双安定性の応答の原因であることを示している。その結果として、休眠状態かどうかという点以外では全く同一の耐性-発現細胞 の中で休眠細胞集団が50%を超えることとなる。これは抗菌治療戦略にとって重要であり、その理由は多くの細菌細胞は抗生物質への強い耐性を明らかに示す時ですら、その抗生物質に対し内在的に脆弱である可能性があるからである。(KU,ok,kj,nk)
The Innate Growth Bistability and Fitness Landscapes of Antibiotic-Resistant Bacteria

自己複製するRNAの保護?(Protecting Self-Replicating RNA?)

自己複製の能力によって、RNAは、生命の起源における原始的な触媒としての魅力的な候補とされている。触媒作用は、ある種の区画内、おそらくは脂肪酸小胞において生じた可能性がある。しかしながら、RNAの触媒作用には、通常高濃度のマグネシウムが必要であり、これは脂肪酸小胞に要求される基準に合致しない。AdamalaとSzostakは、マグネシウムキレート剤をスクリーニングし、クエン酸塩やイソクエン酸やシュウ酸塩などを含むいくつかが、Mg2+の存在下でも脂肪酸小胞の膜の安定性を維持できることを発見した(p. 1098)。クエン酸塩はまた、前細胞的な小胞内で、Mg2+に依存したRNA合成を可能にしつつ、同時に、Mg2+によって触媒される分解から、RNAを保護できたのである。(KF,kj,nk)
Nonenzymatic Template-Directed RNA Synthesis Inside Model Protocells

神経細胞の活動と樹状突起の発生(Neuronal Activity and Dendrite Development)

発生中の脳はどのようにして的確な結合をなしとげているのだろうか? Matsuiたちは (p. 1114, 10月31発行電子版),マウスとケナガイタチの視覚野の発生期において,活動している軸索に向かって樹状突起が伸びて行き、活動していない軸索には向かわないよう制御する活動度依存的な転写メカニズムを発見した。このメカニズムにより,神経細胞回路への統合に必要な神経細胞の分極形状が形成される。その微細構造は小さくかすかな活動パターンを処理するのに必要で、それが複雑な挙動の根底をなしているのである。(MY,KU,kj,nk)
BTBD3 Controls Dendrite Orientation Toward Active Axons in Mammalian Neocortex

光合成を複合体化する(Complexing Photosynthesis)

光合成は、太陽光を集め、それを化学エネルギーへと転換する一連のタンパク質複合体を介して働いている。光化学系ⅠとⅡやフィコビリソーム(集光性アンテナ色素タンパク質複合体)、反応中心など個々の複合体は、いくつかの光合成生物において識別されているが、しかしながら、それらの間のよりマクロレベルでの組織化と相互作用の仕組みはさほど明快ではない。タンパク質の架橋結合を用いて、Liuたちは、ラン藻のシアノバクテリア、PCC 6803中の巨大複合体を事例に、個々の要素がいかにして組織化されるかを実証している(p. 1104)。時分割蛍光分光法によると、フィコビリソームがエネルギーを2つの光化学系に伝達していることが示されたが、これは、それらの分子配置とも整合するものである。(KF,kj,nk)
Phycobilisomes Supply Excitations to Both Photosystems in a Megacomplex in Cyanobacteria

数個あれば(It Takes a Few)

グルタミン酸性シナプスと長期記憶の長期増強(LTP)を持続的に維持するには、遺伝子転写をもたらすことになる神経細胞核シグナル伝達が必要である。単一の樹状突起棘において産生されたシグナル伝達が核の中へと伝達されて、遺伝子転写を制御できるのかどうかは、はっきりしていない。グルタミン酸の2光子アンケージング法を、2光子蛍光寿命イメージングと組み合わせて用いることで、Zhaiたちは、海馬の錐体神経細胞中のほんの3個から7個の樹状突起棘におけるLTPの誘導によって、核の細胞外シグナル制御キナーゼと、下流の転写制御因子であるサイクリックAMP応答エレメント-結合タンパク質およびE26様の転写制御因子-1の、活性化の引き金が引かれることを示している(p. 1107)。つまり、それぞれの樹状突起棘において惹き起こされたシグナル伝達は、核中へと伝達されて、遺伝子転写を制御しうるのである。さらに、複数の樹状分岐における生化学的シグナル伝達は、統合されて、核のシグナル伝達を活性化したのである。(KF)
Long-Distance Integration of Nuclear ERK Signaling Triggered by Activation of a Few Dendritic Spines
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