AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 21 2013, Vol.340


有機反応を見る(Watching Organic Reactions)

分子集合による測定では種々の反応による結果をあれこれと推測しなければならないが、単一分子の測定ではその難しさを克服することが可能である。De Oteyzaたちは(p.1434, 5月30日号電子版;Giessiblによる展望記事参照) 一種の非接触原子間力顕微鏡を用い、その顕微鏡において一個の一酸化炭素分子をイメージング・チップの先端に結合させ、銀表面上で反応する共役系有機分子のサブナノメートル分解能の画像を得た。オリゴ-(フェニレン-1,2-エチニレン)の様々な熱誘導環化反応が観測された。(NK,KU,nk)
Direct Imaging of Covalent Bond Structure in Single-Molecule Chemical Reactions

剥離を促進する(Furthering Exfoliation)

グラフェンに加えて、酸化物やカルコゲン化合物、粘土を含む広範な層状材料は、それらの光学的、電気的、機械的特性のため、興味深いものである。バルク材料から層状のシートを引き剥がすのには多数の方法が可能であるが、スケールアップすることが難しい。液体剥離方法は大量に材料を作成するのに最も有望と考えられる。Nicolosi たち (p.1226419) は、広範囲な出発物質に対して、水系と非水系双方の剥離方法の開発の進展状況についてレビューしている。(Wt,KU)
Liquid Exfoliation of Layered Materials

ロシアより愛を込めたデータが(From Russia with Lovely Data)

気候と、大気中の CO2濃度とは密接に結びついている。Brigham-Gretteたちは、中新世末期に急速に進行した地球冷却化の最中の重要な休止期間である360万年前から220万年前にかけて、気候がいかに変化したかを示す、ロシア北極地域にある El'gygytgyn湖からのデータを提示している(p. 1421, 5月9日号電子版)。大気中の CO2濃度は現代と同様でありながら、夏の気温は現代よりおよそ10度暖かかった。(KF,nk)
Pliocene Warmth, Polar Amplification, and Stepped Pleistocene Cooling Recorded in NE Arctic Russia

光合成におけるコヒーレンス(Coherence in Photosynthesis)

光合成の過程で,アンテナタンパク質の色素に吸収されたエネルギーが,どのようにして化学的触媒反応の中心サイトに移動するのかはよく分かっていない。Hildnerたちは(p. 1448),紅色細菌の集光複合体に対する単一分子レベルのコヒーレンス(量子力学的位相関係の長時間持続)を観測した。その結果は,光合成のエネルギー移動でコヒーレンスが中心的な役割を果たしているという過去の分子集合からの測定結果を支持するものであった。Hayesたちは (p. 1431, 4月18日号電子版),架橋した発色団から成る一連の低分子について調べ、同様に長時間コヒーレンスを証明した。(MY,KU,nk)
Quantum Coherent Energy Transfer over Varying Pathways in Single Light-Harvesting Complexes
Engineering Coherence Among Excited States in Synthetic Heterodimer Systems

GPR15は、Tregに腸を守らせる(GPR15 Gets Tregs to Guard the Gut)

大腸は、一般的にクローン病や潰瘍性大腸炎のもっとも炎症を発する部位だが、それは、免疫系が何兆個もの常在性の腸の微生物と平和を保っていけない結果だと考えられている。免疫系は、調節性T細胞(Treg)などの特異的な細胞集団を腸へ補充することによって、平和を保つようにしている。Kimたちはこのたび、マウスにおいて、オーファンGタンパク質(orphan G protein)-結合受容体 GPR15が Tregによって発現され、そして Tregの大腸へ戻るのに必要であることを示唆している(p. 1456, 5月9日号電子版)。(KF,KU)
GPR15-Mediated Homing Controls Immune Homeostasis in the Large Intestine Mucosa

インフルエンザに影響を及ぼす(Influencing Influenza)

今日、トリインフルエンザウイルス H5N1が高度に感染力の強い、流行性の H1N1サブタイプとリアソートして、病原性ウイルスの人への大流行をもたらすのではという懸念がある。Y. Zhangたち (p. 1459, 5月2日号電子版)は逆遺伝学的解析法を用いて、感染力の強いヒトインフルエンザウイルス H1N1 遺伝子と病原性の高いトリインフルエンザウイルス H5N1との間のすべて可能なリアソータント(reassortants)ウイルスを作った。病原性はマウスでテストされ、感染性はモルモット間でテストされたが、これらの動物はトリとヒトの双方に似た気道インフルエンザウイルス受容体を持っている。これらの変異の結果として、受容体-リガンドの相互作用にどのようなことが起こっているかを調べるために、W. Zhangたち (p. 1463, 5月2日号電子版)は、トリとヒトの受容体型の類似体との複合体における H5の野生型と変異型双方の赤血球凝集素の構造を調べた。受容体-結合部位における幾つかの変異により結合親和性が変化した。(KU,nk)
【訳注】
 ・H1N1トリインフルエンザ:1918年に大流行したスペイン風邪
 ・リアソータント(reassortants):同じ個体に2種以上のウイルスが感染したときに、それらの遺伝子の一部が入れ替わって新たなウイルスができること、生じたウイルスをリアソータント・ウイルスという。
H5N1 Hybrid Viruses Bearing 2009/H1N1 Virus Genes Transmit in Guinea Pigs by Respiratory Droplet
An Airborne Transmissible Avian Influenza H5 Hemagglutinin Seen at the Atomic Level

都市の基礎となる方程式(The Equations Underlying Cities)

都市は、その機能が多くの社会的、経済的、そして環境的な要因に依存する複雑な系である。Bettencourt (p. 1438; カバー記事;Battyによる展望記事参照)は、都市のさまざまな側面と人口規模や面積との間で観測される定量的関係を説明する理論を発展させた。(TO)
The Origins of Scaling in Cities

遺伝子的大学(Genetic College)

ヒトの多くのゲノム要素は、学歴(educational attainment)を含む行動行動と結合している。100,000以上のサンプルを含むゲノム・ワイド関連解析において、、Rietveld et al. (p. 1467, 5月30日号電子版; Flint と Munafoによる展望記事参照)は、コーカサス人における学歴と関係する遺伝子を探索した。3つの遺伝子座位(loci)の小さな遺伝的影響が、学歴に影響することが判明した。(TO,kj)
GWAS of 126,559 Individuals Identifies Genetic Variants Associated with Educational Attainment

ヒトの脳の再現(Reconstructing the Human Brain)

参照用脳(Reference brains)は、ヒトの脳研究において標準的なツールになってきた。参照用脳は現在、肉眼分解能程度のレベルでの3次元アトラスのモデルが社会的に公開されている。Amuntsたち(p. 1472)は、ヒト脳の高解像度(20 μm)での3次元像を再現した。このツールは自由に利用することができ、機能的神経画像の研究、線維路分析の解釈を支援したり、分子データや遺伝子発現のデータの同定(assigning)に有用となるだろう。(TO,KU,nk)
BigBrain: An Ultrahigh-Resolution 3D Human Brain Model

樹状突起の剪定(Dendritic Pruning)

変態の際に、ショウジョウバエの感覚神経細胞は樹状突起の枝を除去するが、軸索と細胞体はそのままに残している。Kanamoriたち (p. 1475, 5月30日号電子版)は、樹状突起に区分けされたカルシウムが一時的に増加して時間空間的合図として働き、不必要な枝の剪定を引き起こすことを実証している。枝の興奮性の局所的上昇によって誘発される、このような局在化したカルシウム・シグナルにより、カルシウム依存性のタンパク質分解酵素が活性化し、そして最終的には枝の死をもたらす。(KU,nk,kj)
Compartmentalized Calcium Transients Trigger Dendrite Pruning in Drosophila Sensory Neurons

グラフェン、隙間を作り蝶が舞った(Graphene, Gapped and Butterflied)

グラフェンは、高い電子移動度のような注目すべき輸送特性により、エレクトロニクスにおける有望な材料になっている。しかしながら、シリコンのような半導体と異なり、グラフェンの電子構造にはバンドギャップが存在せず、グラフェンから作られたトランジスタは「オフ」状態になることができないだろう。Hunt たちは(p.1427, 5月16日号電子版; Fuhrer による展望記事参照)、六方晶窒化ホウ素(hBN)の表面上にグラフェンの薄片を重ねたヘテロ構造を作ることにより、グラフェンの電気特性を変化させた。hBN は、グラフェンと同じハニカム構造を有するが、炭素でなく、ホウ素と窒素の原子が交互に配列されている。グラフェンと hBN 格子の固有のずれが長波長のモアレ模様を作り出し、それがバンドギャップを生み、謎の(elusive)分数量子ホール状態を形成し、そして強い磁場においては、ホフスタッターの蝶(Hofstadter butterfly)と呼ばれる電子構造におけるフラクタル現象を引き起こした。(Sk,nk,kj)
Massive Dirac Fermions and Hofstadter Butterfly in a van der Waals Heterostructure

羽毛の特色(Feather Features)

羽毛の色素模様の多様化は,トリの種分化や適応に対して必須なものである。しかしながら,いまだ羽毛色素を担う前駆細胞の正体は不明で,細胞面および分子面からの色素模様形成の原理はほとんど分かっていない。Linたちは (p. 1442, 4月25日号電子版),体毛においては色素細胞の配置が局在化しているのに比べて、羽毛の色素前駆細胞の配置はより分散した円形状のトポロジーになっているので、空間的な束縛が緩められ,そして模様形成の可能性により自由度が高まることを報告している。模様形成の多次元的空間において,複数の細胞機構が相互に選択され、振り分けられて模様を形成する。(MY,KU,kj)
Topology of Feather Melanocyte Progenitor Niche Allows Complex Pigment Patterns to Emerge

ロードオブザリングカナル(環状管)(Lord of the Ring Canal)

ショウジョウバエでは、ある種の細胞は、有糸分裂の分裂溝から生じる環状管(ring canal)として知られる細胞間ブリッジによって、姉妹細胞との直接的細胞質結合を維持している。卵胞細胞と成虫原基において、McLeanとCooleyは、環状管が細胞間での、また有糸分裂の際にクローン細胞の境界を越えての細胞質性タンパク質の拡散を可能にしていることを発見したが、これは細胞間の転写における変動を補償する役割の存在を示唆するものである(p. 1445, published online 23 May)。(KF,kj)
Protein Equilibration Through Somatic Ring Canals in Drosophila

パーキンが増強される?(Parkin Enhanced?)

パーキン(parkin)、すなわち E3ユビキチンリガーゼの一種の不活性化が、家族型のパーキンソン病の原因であり、弧発性型パーキンソン病にも関与している可能性がある。Trempeたちは、自己抑制された立体配置における完全な長さのパーキンの結晶構造を提示している(p. 1451, 5月9日号電子版)。この構造にガイドされて、試験管内および細胞内の双方で活性化するパーキンの変異体が設計された。パーキンは神経保護性であるので、その構造は、パーキンソン病における治療戦略としてのパーキンの機能を増強する枠組みを提供しているのである。(KF,kj)
Structure of Parkin Reveals Mechanisms for Ubiquitin Ligase Activation
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