AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 8 2013, Vol.339


哺乳類よ、そこに(Let There Be Mammals)

有胎盤哺乳動物や、その直近の共通の祖先の進化と拡がりのタイミングは、白亜紀と古第三紀の境界層(6600万年前)前後に存在した属の関係にまつわる多くの疑問と共に、長い間論争の種であった。化石記録は有胎盤哺乳動物が白亜紀以降に拡がっていったことを示唆しているが、分子進化時計は一貫して、哺乳類の系統の祖先をもっと前の時代に位置付けている。O'Leary たちは(p. 662; Yoder による展望記事参照)、化石と現存する分類群の形態を調べ、現代の有胎盤哺乳類は白亜紀以降に生まれて拡がったと結論付け、そして有胎盤哺乳動物の祖先の形質を復元した。(Sk,ok,nk)
The Placental Mammal Ancestor and the Post?K-Pg Radiation of Placentals

聖杯?(The Holy GRAIL?)

惑星の重力場は密度の異なる領域を明らかにできるため、それにより惑星の内部構造と熱史を探ることができる。非常に敏感な重力計として働く一対の衛星である、GRAILは、2012年の初めに月の重力地図を作り始めた。3本の論文は、その初期のミッションから得られたいくつかの注目される結果を取り上げたものである。Zuber たち(p.668, 12月6日付け電子版) は、全体的な重力場について議論している。それは、月のいくつかの地殻および地質学的な特徴を明らかにしている。衝突は広範な領域を破砕した一方で、月の上層の地殻の密度構造を均一化するように作用した。Wieczorek たち (p.671, 12月6日付け電子版) は、上層の地殻は、35〜40km の厚さがあり、これまで考えられていたよりも低密度で、多孔性であることを示している。最後に、Andrews-Hanna たち (p.675, 12月6日付け電子版) は、地殻の広域に分布するマグマ性の岩脈が走っていることを示した。この岩脈は、月の歴史の初期に膨張の時代があったことを反映している可能性がある。(Wt,tk,nk)
Gravity Field of the Moon from the Gravity Recovery and Interior Laboratory (GRAIL) Mission
The Crust of the Moon as Seen by GRAIL
Ancient Igneous Intrusions and Early Expansion of the Moon Revealed by GRAIL Gravity Gradiometry

壊れたDNAを直す(Fixing Broken DNA)

免疫グロブリンクラススイッチやテロメアの自然減等、いくつかの生理的プロセスは二本鎖DNAの破損をもたらす。DNA損傷修復タンパク質、53BP1はこのような破損に関する核酸の分解プロセスを防いでいるが、このような防御をするためにパートナーとなつて一緒に作用するタンパク質は不明である (Lukas and Lukasによる展望記事参照)。Di Virgilioたち(p. 711,1月10日号電子版)は質量分析に基づく方法を用い、Zimmermannたち(p. 700,1月10日号電子版)はテロメアに基づく分析法を用いて、53BP1のリン酸化、およびDNA損傷に依存的な相互作用のパートナーとしてのRif1を同定している。Rif1のB細胞−特異的欠失したマウスでは、免疫グロブリンクラススイッチの機能障害が生じた。Rif1-欠損細胞は遺伝的不安定性の増加とともに、DNA末端での広範囲の5'-3’切断を示した。このように、Rif1は53BP1とパートナーを組んで、二本鎖DNA破損に対する適切な修復を促進している。(KU)
Rif1 Prevents Resection of DNA Breaks and Promotes Immunoglobulin Class Switching
53BP1 Regulates DSB Repair Using Rif1 to Control 5′ End Resection

大腸菌はNOに勝つ方法を知っている(E. coli kNOws How to Win)

腸内に生息する多様な微生物が調和して生存することは、健康を良好にするために重要である。しかし、傷害や炎症性腸疾患から生じる炎症は、このバランスを破壊し、特定の細菌の成長を引き起こすことになる。大腸菌(Escherichia coli)を含む腸内細菌(Enterobacteriaceae)のファミリーのメンバーの成長がしばしば観測されている。大腸菌は嫌気性細菌であるが、酸素のあるところでは生育しない偏性というよりむしろ酸素のある環境でも生育できる通性(facultative)を有していることから、Winterたち(p. 708)は、大腸菌が、炎症の間に生成される副産物である活性酸素種(reactive oxygen species)と活性窒素種(reactive nitrogen species)を、嫌気性呼吸のために使うことができ、それによって他の発酵細菌(fermenting bacteria)を押しのけていくと仮定した。実際、大腸炎に関する2つのマウスモデルと、腸障害(intestinal injury)に関する一つのモデルにおいて、さまざまな大腸菌系統は、宿主由来の硝酸塩(nitrate)をエネルギー源として使うことができたが、変異系統(mutant strains)はこれを行うことができなかった。(TO,KU,nk)
Host-Derived Nitrate Boosts Growth of E. coli in the Inflamed Gut

ヒドロゲナーゼを模倣する(Mimicking Hydrogenase)

ヒドロゲナーゼ酵素には,水素分子(H2)を開裂させる特異な二金属からなる活性サイトが存在する。酵素では豊富に存在する金属(鉄および,しばしばニッケル)が用いられているのに較べ、合成触媒ではルテニウムや白金のように、しばしば高価につく希少元素に頼っている。Ogoらは (p. 682; Armstrongによる展望記事参照),対応する酵素と類似した方法で,H2から触媒的に電子や水素化物(hydride)を移動させる鉄とニッケルからなる二金属配位化合物に関してと,結合水素化物を含有する中間体の構造のキャラクタリゼーションに関して報告している。(MY,nk)
A Functional [NiFe]Hydrogenase Mimic That Catalyzes Electron and Hydride Transfer from H2

歪みを開放する(Stressed Out)

2011年のマグニチュード9.0 の東北沖地震のような大規模地震は、激しい地表の動きや津波の発生だけでなく、周辺領域の地殻の全体的な状態にも甚大な影響を与えた。Lin たちは(p. 687)、東北沖地震後の1年の歪み(応力)を分析し、それを地震前の推定された歪みの状態と比較した。地震が起きたプレート界面にまたがる地殻に掘られた3本の立杭で、in situ での比抵抗値の画像が分析された。歪みの値は地震の後で歪みに関してほぼ完全に除去されたことを示し、結果としてプレート境界上の断層のタイプが大きく変化していた。これらの知見は、地震の間に海床が50メートル近く動いたという観測結果と一致している。(Sk,KU)
Stress State in the Largest Displacement Area of the 2011 Tohoku-Oki Earthquake

目標はヒトパピローマウィルス(乳頭腫ウイルス)(Targeting HPV)

パピローマウィルスは哺乳類の上皮細胞に感染し,ヒトにおける子宮頸癌を含む癌を誘発する。ヒトパピローマウィルス(HPV)用ワクチンには治癒力はないが,感染抑制力がある。主要なウィルス性癌タンパク質であるE6の振る舞いは,感染された側の多くのタンパク質への結合とそれによる不活性化である。Zanierらにより (p. 694),接着斑タンパク質(focal adhesion protein)であるパキシリンのペプチドに結合したウシパピローマウィルスや,ユビキチンリガーゼE6APのペプチドに結合したヒトパピローマウィルスについての高分解能の結晶構造が特定された。この結果,2つの亜鉛ドメインとリンカーの螺旋体から形成されたポケットにペプチドが結合している構造が明らかにされ,これにより,治療学分野に対して有望な狙いが示された。(MY)
【訳注】パピローマウィルス:乳頭腫ウイルス 【訳注】接着斑:細胞間隙を繋ぎ止める接着装置
Structural Basis for Hijacking of Cellular LxxLL Motifs by Papillomavirus E6 Oncoproteins

遺伝的後生学(エピジェネティクス)(Genetic Epigenetics)

ヒストンタンパク質の翻訳後修飾は、酵母から人に至る生物体の遺伝子転写制御に関係づけられていた。しかしながら、後生的制御因子により複数のタンパク質が修飾される。ショウジョウバエにおいて特異的なヒストン部位を変異させることによって、ヒストン H3のリジン27における変異が、このH3残基を修飾するメチル基転移酵素PRC2を欠く変異体で観測されたものと同一の転写欠陥を引き起こしていることを、Pengellyたち(p. 698)は実証している。これらの結果は、ポリコーム抑制複合体におけるH3-K27メチル化の機能的重要性を実証している。さらに、この遺伝的アプローチは、多くの他の後生動物-特異的ヒストン修飾の研究に適用されるであろう。(hk,KU)
【訳注】ポリコーム抑制複合体(Polycomb repression):ヒストン修飾を介しての染色質修飾を通して遺伝子発現を抑制するタンパク質複合体
A Histone Mutant Reproduces the Phenotype Caused by Loss of Histone-Modifying Factor Polycomb

酸誘導による多様性(Acid-Derived Diversity)

窒素含有ヘテロ環を有する化合物は,医薬品研究分野でかなり有望であることが明らかとなってきたため,この環に対する多様な構造的変成体を効果的に生成する方法の必要性が高まっている。 Duttwylerらは(p. 678),強度の異なる酸をジヒドロピリジン中間体に適用し,速度支配で反応が進むのか,熱力学的なエネルギー安定性の支配(この場合は平衡となる)で進むのかで,プロトン付加として2つのサイトのどちらが選択されるのかを明らかにした。プロトン付加がなされるとピリジン環は活性化し,種々の炭素求核試薬が環周縁部分に付加されることになる。この結果,スクリーニング研究用に,複数の異なる置換体を提供することが可能となった。(MY,KU)
Proton Donor Acidity Controls Selectivity in Nonaromatic Nitrogen Heterocycle Synthesis

衝突の日(Impact Dating)

陸上と海中の生物の大規模絶滅(とりわけ非鳥類の恐竜)は、白亜紀と古第三紀の境界である6600万年前に発生した。しかしながら、その原因が巨大な隕石衝突によるのかどうかは、岩石に記録された生態系へのストレスと環境変化の指標を含む、この衝突からの物質の年代を正確に決定することに依存している。Renneたちは(p.684;Palikeによる展望記事参照)、白亜紀と古第三紀の境界をまたがる地層の高精度の放射測定による年代を特定し、大量絶滅の時期の33,000年以内に衝突が発生したことを示している。このデータはまた、大気中の炭素サイクルがひどく乱れた期間が5000年より短かったという制約をつけた。白亜紀後期に気候は不安定になりつつあったので、巨大な衝突のイベントは、既に緊迫状態にあった地球全体の生態系が大規模に変動する引き金となったらしい。(Uc,KU,ok,nk)
Time Scales of Critical Events Around the Cretaceous-Paleogene Boundary

パラインフルエンザ5とMDA5(Parainfluenza 5 and MDA5)

われわれの免疫系とわれわれに感染するウイルスは、定常的に軍備競争をしており、一方はいつも他方を打ち負かそうとしている。その一つの例が、先天性免疫センサーであるレチノイン酸-誘導性遺伝子1(RIG-I)様受容体(RLR)ファミリーのメンバーである宿主タンパク質MDA5の、パラインフルエンザウイルス5(PIV5)によって発現するVタンパク質による抑制である。この抑制がいかにして達成されるかをよりよく理解するために、Motzたちは、ブタのMDA5のATP分解酵素(ATPase)領域に結合したPIV5 Vタンパク質の結晶構造を解決した(p. 690,1月17日号電子版)。この分析は、MDA5のマウスとヒトのバージョンを用いた変異の研究と相俟って、Vタンパク質がMDA5のATPase領域をほどき、この領域の構造的核にある2つのβ鎖を置換することを明らかにした。こうした変化はATPase加水分解部位を破壊し、抗ウイルス性免疫を活性化するシグナルを下流に伝達するのに重要な、MDA5によるフィラメント形成を阻止することになる。RLRファミリーのメンバーであるRIG-I中のたった2つのアミノ酸の変異が、この受容体にVタンパク質-仲介の抑制への感受性をも与えている。(KF,ok)
Paramyxovirus V Proteins Disrupt the Fold of the RNA Sensor MDA5 to Inhibit Antiviral Signaling

じゅうぶん甘いので開花する(Sweet Enough to Flower)

栄養成長から開花への発生上の切り替えが起こるときに、植物は、光周期やホルモンのシグナル、炭水化物の状態など、多様な情報を統合する。Wahlたちは、シロイヌナズナにおけるシグナル伝達の糖、トレハロース-6-リン酸(T6P)の生理学を分析した(p. 704; また、DanielsonとFrommerによる展望記事参照)。T6Pの量は、、一日の終わりに向けてピークとなるような毎日のリズムで周期していた。シュートの先端にある分裂組織におけるT6Pのレベルは、ショ糖のレベルを反映していた。T6P産生の破壊はまた、FLOWERING LOCUS T遺伝子の発現を破壊したが、この遺伝子は葉においては日長に応答し、そして開花プログラムを開始するよう成長点に対して指示する。T6Pの産生は、植物の年齢を開花に結び付けるシグナル経路にも影響を与えた。開花誘導経路において T6P がシグナル伝達をするという要求を組み込むことで、植物は炭水化物の蓄えが十分なことの確認を安全にする。つまり、T6Pは、炭水化物の状態を、葉においては日長に、そしてシュートの先端の分裂組織においては発生上の年齢に結び付けることによって、開花への切り替えを制御しているのである。(KF,KU,ok,nk)
【訳注】シュート(shoot):若芽、新芽
Regulation of Flowering by Trehalose-6-Phosphate Signaling in Arabidopsis thaliana
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