AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 10 2012, Vol.337


重要な小脳のグリア細胞(Crucial Cerebellar Grial Cells)

正常な振る舞いにおけるグリア細胞の役割やニューロンとの相互作用は不明である。この疑問の解明に向けて、Saabたち(p. 749,7月5日号電子版)は、小脳における特殊なタイプのグリア細胞を調べた。条件的変異マウスが産生されたが、その変異体では、バーグマングリア細胞中で普通に存在する2個のグルタミン酸受容体サブユニットが時間的に制御された方法で効率よく切断された。グリア細胞のグルタミン酸シグナル伝達は、小脳ネットワークの構造的、かつ機能的統合性に寄与していた。バーグマングリア細胞は、またニューロンプロセシングの「微調整(fine-tuning)」にも役割を果たしており、これは複雑な運動行動に関する高速、かつ正確な制御にとって極めて重要である。(KU,nk)
Bergmann Glial AMPA Receptors Are Required for Fine Motor Coordination

格子が電子の後を追う(Lattice Trailing the Electrons)

鉄系超電導材料の典型的な例では、化学ドープ量を減らすと、超伝導秩序が弱まることが知られている。同材料の対称性は、ほぼ同時の反強磁相変化と構造的相変化により壊される。しかしながら、いくつかのプニクチドにおいては、また電子ネマチック相転移が電気抵抗の異方性という形で現れる。これらは同時に生じているために、結晶格子の対称性が崩れることによって電気的異方性が発生するのか、同異方性が構造変化を引き起こしているのか明らかになっていない。Chuらは(p.710)因果関係を明らかにするために、Ba(Fe1-xCox)2As2の定常応力試験を行い、電子が格子転移を引き起こしていることを明らかにしている。(NK,KU,nk)
【訳注】プニクチド:N,P,As等15族元素を-3価の状態で含む化合物の総称
Divergent Nematic Susceptibility in an Iron Arsenide Superconductor

窒化ウランの配位(UN Coordination)

ウランは、その放射能で最も良く知られている。ウランはまた、低エネルギーの化学という観点からも、3つの節を持つf軌道に関係する結合のモチーフのために興味深い存在である。King たちは(p. 717, 6月28日号電子版; Sattelberger と Johnson による展望記事参照)、ウラン-窒素の三重結合を有する分子を合成し単離した。理論的計算により、より軽い金属化合物の同様なモチーフと区別される、軌道の相互作用のマッピングがなされた。この合成には、反応性の窒化ウラン基が近くにある他の分子と結合することが無いように、剛直で大きなリガンドの骨組みを用いる必要があった。これは、この種の化合物を合成しようとするこれまでの試みで問題となっていた課題である。(Sk,KU)
Synthesis and Structure of a Terminal Uranium Nitride Complex

小惑星誕生の場を絞り込む(Constraining the Birthplace of Asteroids)

小惑星帯に起源を有する多くの始原的隕石は過去に水を多く含んでおり、これは、現在は水和した鉱物中の OHとして貯蔵されている。Alexander たち (p.721, 7月12日付け電子版) は、南極に落下した始原的隕石、86個の試料中の水素同位体成分を推定し、彗星と土星の惑星であるエンセラダス(Enceladus) の成分結果と比較した。始原的隕石中の水は、彗星やエンセラダス中の水よりも重水素成分は少なく、このことは、最近の太陽系のダイナミックな進化のモデルに反して、始原的隕石の母天体は、彗星と同じ領域での形成はありえないことを意味している。その結果はまた、彗星は地球の水の主要な源ではなかったことも示唆している。(Wt,KU,tk,nk,og)
The Provenances of Asteroids, and Their Contributions to the Volatile Inventories of the Terrestrial Planets

迷路に入った地震(Earthquake in a Maze)

2012年4月11日のマグニチュード8.6のスマトラ沖地震は、近代的地震計が記録した中で、最も大きなストライクスリップ境界面に沿った地震であった。その大きさや人口密集地域に近かったという条件にもかかわらず、津波も発生せず、報告された死者もいなかった。Meng たちは(p.724, 7月19日号電子版)、この独特な現象の機構を理解するため、日本やヨーロッパの地震計測網からの遠隔地震データを用いて、地震によって生じる高周波放射の発生源を画像化した。そのバックプロジェクションの結果は、地震が、複合した一連の断層に沿ってゆっくりと破壊を生じたことを示していた。通常より深い位置での破壊経路と大きな圧力低下は、どちらもこの地震のみに限った特徴ではないようで、同様な地殻構造を持つ地域では、これまで予想されていたよりも複雑な、もしくは大きなプレート内地震の可能性があることを示している。(Sk,nk)
Earthquake in a Maze: Compressional Rupture Branching During the 2012 Mw 8.6 Sumatra Earthquake

気候変動周期のダウン(Cycling Down)

約125万年前から70万年前まで続く更新世中期の遷移期は、その間に地球の気候変動の支配的な周期が、4万1千年から10万年まで説明できないほどに不変化した期間である。この変化は、多くの石灰化した海洋生物の酸素同位体の組成に明らかに表われている。しかし、氷の量と気温の変化は両者ともに同位体組成に影響し、その同位体組成の変化がどのような意味を持つかは不明なままであった。Elderfield たちは(p. 704; Clark による展望記事参照)、酸素同位体の組成とある種の深海底の有孔虫の Mg/Ca比(温度変化のみを反映する値)の両者を測定することにより、これら2つの影響を分離した。この発見は、氷の体積と気温の氷河期サイクルへの寄与を明らかにし、いつ、なぜ、更新世中期の気候遷移が生じたのかを示唆し、どのようにして退氷期の間に海洋の大気から炭素が失われ、海洋循環のために変化していったのかを明らかにしている。(Sk,nk,ok)
Evolution of Ocean Temperature and Ice Volume Through the Mid-Pleistocene Climate Transition

ホスホイノシチドの寄与(Phosphoinositide Contributions)

哺乳類細胞の原形質膜におけるホスホイノシチドの役割を調べるために、Hammondたち(p. 727,6月21日号電子版;Fairn and Grinsteinによる展望記事参照)は、必要に応じて膜を標的とする脱リン酸酵素分子を遺伝子操作により作ったが、この分子は膜に存在するリン脂質であるホスファチジルイノシトール(4,5)-二リン酸[PI(4,5)P2]とホスファチジルイノシトール4-リン酸(PI4P)の濃度を変化させる。PI4PはPI(4,5)P2合成のための主要な原料と考えられていたが、PI4Pが枯渇しても、PI(4,5)P2の合成に大きな影響を与えなかった。その代わり、PI4Pは膜を負に帯電にするのに役立っており、かくして膜結合タンパク質中の正に帯電したアミノ酸との静電相互作用を促進し、そしてイオンチャネルの機能に影響をもたらす。(KU)
PI4P and PI(4,5)P2 Are Essential But Independent Lipid Determinants of Membrane Identity

癌の幹細胞をカラーで(Cancer Stem Cells in Color)

今日の癌研究におけるもっとも熱い議論の一つは、癌の幹細胞(CSCs)が存在するのかどうか、そしてもし存在するとして、この幹細胞は形質表現的にどう定義されるかである。CSCsは、腫瘍増殖を促進するユニークな能力を与えられた腫瘍内部の小集団の細胞であろうと仮定されており、筋書きとしては、その発見は原理的に重要な癌の治療法を与えるであろう。多色のレポーター遺伝子を発現するマウスの研究から、Schepersたち(p. 730,8月1日号電子版)は、癌の初期段階にある腸管腺腫に対する幹細胞候補の運命を可視化し、モニターすることができた。この「系統追跡」の解析により、腸の陰窩幹細胞マーカーであるLgr5(ロイシンに富む反復配列を含むGタンパク質-結合受容体5)を発現する腫瘍細胞が、腸管腺腫の増殖を極めて活発にする細胞であることを示唆している。(KU,nk,ok)
Lineage Tracing Reveals Lgr5+ Stem Cell Activity in Mouse Intestinal Adenomas

必要に応じて電気刺激を(Current on Demand)

脳深部電気刺激治療法は、パーキンソン病やうつ病、及びいくつかの他の精神病、特に薬剤耐性のケースにおいて成功している。残念ながら、慢性的な連続的な刺激は複数の副作用を伴う。この副作用は、閉ループ刺激を用いて必要とされるときだけ電気的刺激を与えることによって軽減されるはずである。このようなアプローチは、発作がごく稀にしか起こらないが、重大な結果をまねく癲癇に対しては必須である。癲癇に関するラットモデルにおいて、Berenyiたち(p. 735)は、閉ループ系を用いた経頭蓋電気刺激法によって発作を防いだ。経頭蓋電気刺激法は大変効果的であり、発作の持続時間を平均60%程度減らした。(hk,KU,nk)
Closed-Loop Control of Epilepsy by Transcranial Electrical Stimulation

バイオで着想を得た薬剤輸送(Bio-Inspired Drug Delivery)

血小板は、高い流体のずり応力によって特徴づけられる狭い血管を楽に移動していることに気づいて、Korinたち(p. 738,7月5日号電子版;Lavik and Ustinによる展望記事参照)はナノ粒子に基づく治療法を開発したが、その方法は、血餅により流れが阻害された血管へ薬剤を輸送するために血小板と類似した目標到達メカニズムを用いている。血餅を溶解する薬剤tPA (組織プラスミノーゲン活性化因子)で被覆されたナノ粒子の凝集体が、高い流体のずり応力に出会った時だけ、ばらばらに分かれて薬剤を遊離するように設計された。前臨床モデルにおいて、このバイオで着想を得た治療法はフリーなtPAよりも低用量で血餅を溶解し、正常な血流を回復した。この局所的な薬剤配送法は、過剰の出血といった副作用の危険を減らすのに有用であることを示唆している。(KU,nk,ok)
Shear-Activated Nanotherapeutics for Drug Targeting to Obstructed Blood Vessels

雄性X染色体の助長(Promoting the Male X Chromosome)

哺乳類やショウジョウバエでは、メスはオスに比較して2倍量のX染色体をもっており、その不均衡を補償するため、ショウジョウバエでは、ほとんどのオスの染色体からの転写は、二倍に増加している。Conradたちは、X染色体上での転写の大部分をもたらすRNAポリメラーゼⅡの結合を測定し、オスのX染色体上の遺伝子プロモータの一貫した増加を見出した(p. 742,7月19日号電子版)。つまり、オスのX染色体上の転写の増加は、従来示唆されていたように転写伸長速度の増加によるのではなく、転写開始の発現上昇が関与しているに違いない。(KF,KU)
Drosophila Dosage Compensation Involves Enhanced Pol II Recruitment to Male X-Linked Promoters

視床の中の指揮者(The Conductor in the Thalamus)

視床枕(pulvinar)とは、脳における最大の視床核であるが、その機能は不明なままである。視床枕は、視覚野全体にわたる活性を同期させるのに理想的な位置にある。Saalmannたちは、サルの3つの異なった脳領域から得られた、拡散テンソル画像(diffusion tensor image)と多電極記録とを組み合わせて、視覚的注意の際の視床皮質系の相互作用を探求した(p. 753)。視床枕は注意の際に、視覚野全体にわたって行動に関係がある情報を送ることによって、きわめて重要な役割を果たしていることが明らかになった。(KF,ok)
The Pulvinar Regulates Information Transmission Between Cortical Areas Based on Attention Demands

燃焼の問題に取組む(Addressing a Burning Issue)

メタンを完全燃焼させることは、この温室ガスの燃えきらないまま大気への放出を回避するために必要とされている。パラジウム触媒は完全燃焼を助けることができるが、高温という作用条件によって、触媒粒子の凝集(焼結)が促進されて、表面積が小さくなり、全体の効率が落ちることにもなる。Cargnelloたちは、セリウム酸化物によって被覆されたパラジウム触媒粒子が、疎水性コーティングを施されたアルミナ表面にじゅうぶん分散する、と報告している(p. 713; またFarrautoによる展望記事参照)。この処置により、パラジウムの凝集が800℃まで起こらず、またメタンの完全燃焼を400℃の低い温度で行うことも可能になった。(KF,KU,nk)
Exceptional Activity for Methane Combustion over Modular Pd@CeO2 Subunits on Functionalized Al2O3

皮質を産み出す(Generating the Cortex)

大脳皮質の発生の際には、放射状のグリア神経前駆細胞は、限定された明瞭な時間的順序で興奮性ニューロンの層-特異的なサブタイプを産生しており、そこでは深部の層が上部の層よりも前に形成される。過去20年にわたる皮質の神経発生に関する支配的なモデルは、共通の前駆細胞モデルであって、それは、放射状グリア細胞の神経ポテンシャルが時間と共に制限されていくというものだった。このモデルとは対照的に、Francoたちはこのたび、マウスにおいて、放射状グリア細胞の2つのサブタイプが、皮質の発生の開始に際して特定されていることを明らかにした(p. 746)。1つは、進化的により古い低部の皮質層のニューロンであり、2つ目のものは胎盤性哺乳類に存在し、そして霊長類、特にヒトにおいて拡大した上部の皮質層である。(KF,KU,nk)
Fate-Restricted Neural Progenitors in the Mammalian Cerebral Cortex
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