AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 17 2011, Vol.332


ガラスのような結晶(Glassy Crystals)

ガラス物質は秩序だった構造を、殆ど、もしくは全くもっていないと考えられてきた。しかし、最近の実験的研究によって短−中距離にわたるスケールでは秩序構造があることが確認されてきた。3:1の割合でセリウムとアルミニウムを混合すると、それらの原子のサイズと電気陰性度の大きなミスマッチによりガラスが形成される。Zengたちは(p.1401)この金属ガラスを研究し、長距離の秩序構造を有するという証拠が無いことを発見した。しかしながら、この物質を高圧で結晶化すると、大きな単結晶が形成された。このことは、このガラス物質は検知できない長距離秩序の構造をもっていたに違いないことを示している。(Uc,Ej,nk)
【訳注】長距離秩序がアモルファスから復元する場合、復元場所に依存せず、常に同一方位の面心対称の結晶が生じるている。更に、シミュレーションによって、この再結晶化は、面心対称の位相構造から生じている。
Long-Range Topological Order in Metallic Glass
p. 1404-1406.

間隔の測定(A Measure of Separation)

適切な条件下では、2粒子からの光学的レスポンスを、粒子間の間隔の測定に用いることができる。そのような光学的ものさしは本質的に1次元であるため、局所的な構造や空間的な環境の複雑な変化についての3次元情報を提供することができず、現実世界への応用には制約がある。Liu たちは(p. 1407; Sonnichsen による展望記事参照)、3次元での空間的距離の決定に用いることができる光学的レスポンスを持つ、ナノ構造を設計、製作した。この技術は、生物試料や化学反応における構造変化をモニタリングするのに有用であろう。(Sk)
Three-Dimensional Plasmon Rulers
p. 1407-1410.

鉄超伝導体の対称性(Iron Superconductor Symmetry)

電子対の対称性とそのメカニズムは超伝導研究の中心的課題である。これまでに様々な研究がなされたが、最近発見された鉄ベースの超伝導体における電子対の対称性は曖昧なままであった。Songらは(p.1410)、最もシンプルな研究対象であるセレン化鉄を走査型トンネル顕微分光法により調べた。高品質で化学量論的な超伝導セレン化鉄単結晶膜において、ギャップ関数と節線の存在が観測された。不均質性を導入することで(例えば磁場を用いて)、超伝導状態での準粒子-励起状態において二回転対称性が観測された。これは軌道秩序効果で説明できるという。(NK,KU)
Direct Observation of Nodes and Twofold Symmetry in FeSe Superconductor
p. 1410-1413.

彗星ハートレイ2へのディープインパクト(Deep Impact on Hartley 2)

2005年の彗星9P/Tempel 1への衝突実験の実施後、ディープ・インパクト・サテライトはその拡張された使命の一部として、2010年11月に彗星ハートレイ2に飛行した。その目的は、探査機がこれまで訪れた彗星よりも遥かに小さい核を有する彗星に行くことで、彗星の核の形態や内部形状に関する多様性を理解することであった。ハートレイ2の核は探査機により真近で観察された5番目である。A'Hearn たち(p. 1396)は、この出会いからの知見に関する概要を提供している。ハートレイ2は異常に活動的な彗星であり、そしてその表面からの単純な昇華で生じるよりもより多くの単位時間当たりの水を産生している。炭酸ガスや他の揮発成分の遊離(これが彗星の核から氷を引きずり出している)が、この彗星の活動の主要な推進力である。(KU,tk)
EPOXI at Comet Hartley 2
p. 1396-1400.

土星の早期の嵐(Saturn's Early Storm)

土星の一年ごとに(これは、およそ地球の30年ごとに対応する)、土星大気中で突然に嵐が発生する。通常、それは夏至の後に発生するのだが、2010年12月の嵐は土星の北半球の春のころに検出された。この嵐は、今日までに土星で発見された最大のものであり、それは予想より約20年早く発生した。Fletcher たち (p.1413, 5月19日付電子版) は、チリにある Very Large Telescope からの熱赤外線画像と、Cassini 探査機からの赤外分光画像を用いて、それの垂直方向の構造を決定した。この嵐に付随した大気の運動が熱的異常を生成し、これが土星の大気循環を変えるものであった。この嵐は、大気の深部から上部の対流圏に至る大気構造とその組成を変えてしまった。これからの数年に渡り、土星の北半球に影響を与える可能性がある。(Wt,KU,tk)
Thermal Structure and Dynamics of Saturn’s Northern Springtime Disturbance
p. 1413-1417.

日本を揺るがせた地震(The Quake That Rocked Japan)

日本の東沿岸沖で発生した2011年3月11日のM9東北沖巨大地震は、有史以来最も大きい地震の一つであった。日本による相当量の地震や測地学ネットワークへの注力によって、迅速かつ信頼に足る地震のメカニズムや、その後発生した破壊的な津波に関するデータ収集が可能となった(Hekiによる展望記事参照)。佐藤たちは(p.1395,5月19日号電子版)、船上の全地球測位システム(GPS)受信器と通信していた、海洋底に設置された無線中継器(事前にこの地震の震央の直上に位置していた)からの、非常に大きい変位について説明している。Simons たちは(p.1421,5月19日号電子版)地上設置 GPS 受信器と津波ゲージ測定装置を用いて、地震の運動量と変位をモデル化し、そして日本やその他地域で過去に起こった地震と比較した。最後に、井出たちは(p.1426,5月19日号電子版)有限源泉画像法を用いて、地震の断裂の発展についてモデル化し、すべりと地震のエネルギー双方の強い深さ依存性を明確にした。これらの初期研究結果は、稀に起こる超巨大地震の振る舞いに関しての根源的な洞察を与え、沈み込み領域で起こる地震に続いて発生する将来の津波に対する備えと早期警戒努力に役立つであろう。(Uc,KU)
Displacement Above the Hypocenter of the 2011 Tohoku-Oki Earthquake
p. 1395.
The 2011 Magnitude 9.0 Tohoku-Oki Earthquake: Mosaicking the Megathrust from Seconds to Centuries
p. 1421-1425.
Shallow Dynamic Overshoot and Energetic Deep Rupture in the 2011 Mw 9.0 Tohoku-Oki Earthquake
p. 1426-1429.

AMPKを目覚めさせる(Ramping Up AMPK)

アデノシン一リン酸(AMP)-活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)は、エネルギー貯蔵(AMPの蓄積)の枯渇を検知し、そして適切な代謝応答を活性化して細胞や生物のエネルギーバランスを制御している。しかし、この説明はその全体的ストーリーを語ってはいない。細胞のエネルギー状態は「アデニル酸の電荷(adenylate charge)」に、或いはアデノシン二リン酸(ADP)とAMPの濃度に対するアデノシン三リン酸(ATP)の濃度の比に反映される。Oakhillたち(p. 1433 ; Bland and Birnbaumによる展望記事参照)は、AMPKの活性がAMPと同様に、ADPの濃度にも高度に鋭敏であることを示している。AMP同様に、ADP は AMPK に結合し、そして他のタンパク質キナーゼによるリン酸化の活性化を促進している。ADP はまた、AMPK を失活させるような AMPK の脱リン酸化を阻害する。AMP は急速に脱アミノ化されるため、AMPと同様に ADP の検知は AMPK の制御に対して極めて重要であり、これが代謝や代謝障害から癌の増殖に至る広範囲の生物学的反応を制御している。(KU)
AMPK Is a Direct Adenylate Charge-Regulated Protein Kinase
p. 1433-1435.

分子時計(Molecular Clockwork)

哺乳類の時計を組み立てている基本的な転写のフィードバックループは今まで記述されてきたが、その時計を動かす基本的な部品は次々と発見されている。その発信機は転写機構に依存しており、そこでは転写制御因子である CLOCK-BMAL がそれ自身の阻害因子、PERの転写を促進している。Duongたち(p. 1436)はPERと関連するタンパク質を精製する事で、PERが自分自身の転写を抑制する生化学的なメカニズムを明らかにした。転写コリプレッサータンパク質、PSF が同定されたが、このタンパク質は別のタンパク質SIN3-ヒストンデアセチラーゼ複合体(SIN3-HDAC)をPer1プロモータへの補充を助けている。その結果としてのヒストンの脱アセチル化が CLOCK-BMALによって促進される転写を抑制する。PSF、或いは SIN3-HDAC の枯渇した細胞では概日周期の長さが短くなり、基本的な時計メカニズム一部としての役割と一致する。(KU)
A Molecular Mechanism for Circadian Clock Negative Feedback
p. 1436-1439.

自己貪食とリソソームの制御の協調(Coordinating Autoohagy and Lysosome Regulation)

自己貪食は細胞内のタンパク質や小器官の分解に関与し、しばしば成分アミノ酸の再利用を可能にするような飢餓への応答として作用する。細胞はタンパク質の分解と再利用プロセスをどのようにして協調してやっているのだろうか? Settembreたち(p. 1429,5月26日号電子版;Cuervoによる展望記事参照)は、二つの細胞小器官であるオートファゴソームとリソソームの機能を協調した形で制御している生物学的メカニズムを同定したが、そこでは両者の相乗作用が効率的な自己貪食プロセスに必要とされる。飢餓の最中に、細胞は、オートファゴソームの形成、オートファゴソーム-リソソームの融合、そして基質の分解等の自己貪食経路の総ての主要なステップを制御している転写プログラムを活性化した。転写制御因子EB(TFEB)(リソソームの生物発生に対するマスター遺伝子)が、自己貪食とリソソームの遺伝子の双方の発現を促進することでこのプログラムを協調させていた。更に、TFEBの活性は分裂促進因子活性化タンパク質(MAP)キナーゼERK2によって制御されており、このことは自己貪食の制御においてこのキナーゼのシグナル伝達経路の関与を示唆している。(KU)
TFEB Links Autophagy to Lysosomal Biogenesis
p. 1429-1433.

植物の防御体制の終了(An End to Plant Defenses)

病原性微生物から身を守るために、植物は、細菌の分子性サインを検出する自然免疫システムを利用している。この植物の防御応答は、パターン認識受容体FLAGELLIN-SENSING 2(FLS2)などの受容体に依存していて、細菌による攻撃をそらす応答のカスケードを引き起こすものである。しかしながら、ずうっと守り続けてばかりでは植物にとってはうまくない。いったん活性化されても、どこかで防御システムを切る必要がある。シロイヌナズナを研究して、Luたちはこのたび、このシャットダウン・プロトコルを解析した(p. 1439; またO'Neillによる展望記事参照のこと)。ひとたびFLS2が細菌のフラゲリンや共同受容体に結合することで活性化されると、それはユビキチン結合カスケードの標的となり、その結果分解されることになるのである。(KF)
Direct Ubiquitination of Pattern Recognition Receptor FLS2 Attenuates Plant Innate Immunity
p. 1439-1442.

敵の顔は見え続ける(Keeping an Eye On Your Enemy)

両眼視野闘争の際には、2つの眼に同時に提示された異なった画像は、たとえば、まず左の眼に提示された顔が見え、次に右眼に提示された家が見えるというように、意識の上で交代する。一方の刺激が認知される持続時間は、相対的な輝度など、いくつかの因子に影響されるが、一般には意識でコントロールできない。Andersonたちは、両眼視野闘争においては、ある人についてのネガティブな社会的情報が、その人の顔が「見える」持続時間を増加させることを実証した(p. 1446,5月19日号電子版)。他の種類の社会的情報やネガティブ情報は、そうした効果を示さなかったが、これは人間の社会的評価と視覚との間の特権的関連を例示するものである。(KF)
The Visual Impact of Gossip
p. 1446-1448.

植物細胞壁の発生(Plant Cell Wall Development)

糖タンパク質ネットワークは、植物細胞壁を作るのを助けている。その核となっているタンパク質は、エクステンシン、アラビノガラクタン・タンパク質、プロリンリッチ・タンパク質などである。炭水化物側鎖を獲得するために、それらタンパク質はまず、連続したプロリン残基上でヒドロキシル化(水酸化)される必要がある。Velasquezたちは、シロイヌナズナで、この水酸化と糖鎖付加の経路が破壊されたときの発生上および生化学的な表現型を分析した(p. 1401; またMohnen と Tierneyによる展望記事参照のこと)。それら経路が破壊されると、根毛細胞は十分長く成長できず、またある種の遺伝的設定条件下では往々にして成長を開始しなかった。この知見は、植物細胞の正常発生にとって重大な、植物細胞壁の自己組織化に必要とされる生化学的相互作用を解明しているのである。(KF,KU)
O-Glycosylated Cell Wall Proteins Are Essential in Root Hair Growth
p. 1401-1403.

上方から探知されたチリの移動(Chile's Movements Tracked from Above)

地上の地震計は、地球全体にまたがる地震監視システムの必須の構成要素であるが、衛星からの監視システムからも補完的な情報が提供される。2010年2月、チリ中央部はマグニチュード8.8の地震で、コンセプシオン−コンスティトゥシオン断層に沿って引き裂かれたが、断層の広がった地域は高密度の地震計ネットワークや全地球測位システム(GPS)受信基地を含んでいた。Vigny たちが述べているように(p. 1417, 4月28日号電子版; Heki による展望記事参照)、連続的なGPSのデータは地上で収集されたデータと比較して、破断プロセスに関する独立した、場合によっては、より高解像の情報を提供する。例えば、地震の震央の位置は地上のデータと、40km異なっていた。さらに、GPSデータは、破断が毎秒3.1kmに達する速度で両側に伝播したことを明らかにした。(Sk)
The 2010 Mw 8.8 Maule Megathrust Earthquake of Central Chile, Monitored by GPS
p. 1417-1421.

サーチュイン6とDNA修復(Sirtuin 6 and DNA Repair)

哺乳類のタンパク質のサイレント染色質制御因子ファミリー(サーチュイン、またはSIRT)は、ストレス応答やゲノム維持経路に関与している。それらは脱アセチル化酵素、及びモノADPリボシル基転移酵素としての二重の酵素活性を有している。Maoたちは、SIRT6が二重鎖切断(DSB)DNA修復において、相同組換え修復経路と非相同的末端結合修復経路を介して、機能していることを示した(p. 1443)。この修復活性は、DNA損傷部位にSIRT6が急速に補充される場合のようなストレス条件下では高度に刺激された。SIRT6は次にポリADPリボース重合酵素1(PARP1)に結合し、PARP1をモノADPリボシル化し、それによってPARP1を活性化して、他の切断関連タンパク質をポリADPリボシル化し、追加的なDNA修復因子の補充を促進している。PARP1はPARP1を介しての塩基除去修復とDSB修復の両方に関与しているので、SIRT6はDNA修復とストレスシグナル経路とを統合しているのである。(KF,KU)
SIRT6 Promotes DNA Repair Under Stress by Activating PARP1
p. 1443-1446.

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