AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 27 2011, Vol.332


総て包まれる(All Wrapped Up)

タンパク質はある特定な表面に選択的に結合するために用いられるが、結合する表面上で超構造を形成するようにタンパク質を設計できるのだろうか?Grigoryanたち(p.1071)は、特異的なタンパク質の配列を作るアルゴリズムに関して記述しているが、これにより一定の向きでカーボンナノチューブを包み込むことが出来る。その設計は、最初ナノチューブを包むその幾何学構造をパラメータ化し、次にその幾何学構造を既知のタンパク質骨格と整合させることで行なわれた。その後に、化学的な直感、保存、及びコンピューター設計を組み合わせることで、そのペプチド配列を決定する。この設計は、ペプチド二量体の結晶構造(ナノチューブを含まない)やペプチドによって安定化されたナノチューブ懸濁液の二次元光ルミネセンス等多様な生物物理学的測定によって証明された。(KU,nk)
Computational Design of Virus-Like Protein Assemblies on Carbon Nanotube Surfaces
p. 1071-1076.

ディスカルキュリアを理解すること(Understanding Dyscalculia)

あたかもこの世界が数字で描かれているのではと思えるほど容易に数学を理解する人もいる。ディスカルキュリア(計数能力の障害)の人にとって、可能なあらゆる努力や勉強をしても、依然として算数は神秘的なままである。ディスカルキュリアのその影響は個人の人生に響き、進級の遅れや雇用機会を失うことになる。Butterworthたち(p. 1049)は、ディスカルキュリアについて知られていること、そしていかなる遺伝的、かつ発生上の因子がこの障害に寄与しているのか、更にどういう種類の教育的介入が役立つかをレビューしている。(KU)
Dyscalculia: From Brain to Education
p. 1049-1053.

乳児はアインシュタイン(Baby Einsteins)

多くの生物は過去の経験の統計から将来の出来事を予測することができる。しかし、人間は多数の情報源から抽象的な知識を利用して、それまで直接経験したことも無い新規な状況を理性的な推論だけに頼って予測をすることができる。Teglas たち(p. 1054)は、このような推論が驚くほど豊かで、強力で、しゃべることも出来ない乳児でも、首尾一貫していることを示した。生後12か月の乳児に複数の動く物体の複雑な展示物を見せると、画面上の力学的な空間時間信号を積分して将来の動きに対して理性的な確率予測を行える。彼らはその際にベイズ統計の理想的観察モデルで予想されるような情報源の重み付けを行っているのである。このモデルは、乳児が物体の認識に関して確率的予測と、古典的な定性的知見か可能であり、単に統計的な推定ではないことを説明している。(Ej,nk)
Pure Reasoning in 12-Month-Old Infants as Probabilistic Inference
p. 1054-1059.

繰り返し訂正(Repeated Corrections)

量子計算は、かなり短い時間で減衰しがちな壊れ易い量子状態を用いて機能させる必要がある。損失を緩和し、そしてシステムのロバスト(頑強)を改善するための技術は豊富にあるが、エラーは避けられない。そこで、量子エラー訂正アルゴリズムが大規模量子系に対して必要とされる。Schindlerたち(p. 1059)は、3量子ビット(3原子系)に適用される多重訂正アルゴリズムについて述べているが、そこでは原子に符号化される情報の損失は保護されている。多重訂正アルゴリズムは、実際のシステムへの大規模化のために必要な構成要素となるであろう。(hk,KU)
Experimental Repetitive Quantum Error Correction
p. 1059-1061.

島の上の二値論理素子(Binary Logic on an Island)

磁気チップを持つ走査型トンネル顕微鏡は、表面吸着した原子のスピン状態を読み出したり、操作したりすることができる。2つの原子を適切な距離を隔てて配置すると、距離-依存性の Ruderman-Kittel-Kasuya-Yosida 相互作用に基づき、両者のスピン状態を制御できるという。この系は、スピンベースの計算機に活用できる可能性があるため高い関心が寄せられている。Khajetooriansらは(p.1062;5月5日号電子版;Heinrich and Lothの展望記事参照)、磁化を独立に制御可能な磁気島に隣接した2つの原子からなるスピン鎖を用いたデバイスについて報告している。スピン鎖末端近傍にある出力原子は外部磁場の力を借りると2値の論理OR回路として動作するという。(NK,KU)
Realizing All-Spin-Based Logic Operations Atom by Atom
p. 1062-1064.

電気的に磁性を切り替える(Electrically Switched Magnetism)

磁気メモリーは丈夫で安価であり、情報の保管に広く用いられている媒体である。電場による磁気特性の制御は、さらなる機能性やデバイスの低電力消費化を提供するであろう。このような制御は希薄磁性半導体において実証されてきたが、それは極低温での動作に限られていた。電気2重層ゲート構造を用いて、Yamada たちは(p. 1065; Zutic とCerne による展望記事参照)、コバルトをドープした酸化チタンのキャリア濃度と磁気特性を、室温下で変化させることを可能にした。この知見は、現実的なスピントロニクスデバイスの開発の手助けになるであろう。(Sk)
Electrically Induced Ferromagnetism at Room Temperature in Cobalt-Doped Titanium Dioxide
p. 1065-1067.

ハワイ深部のマグマ溜り(Hawaii's Deep Plume-Ponded)

地球地殻におけるホットスポットはしばしば、表層構造を形作るために、深部から湧き上がる高温物質の鉛直方向のマグマ上昇流(plume)とみなされている。ハワイ諸島はおそらく最も一般的に引き合いに出される事例であるが、一連の地震探査法を用いてこのマグマ上昇流を画像化した場合、しばしば矛盾する結果が得られる。その他の方法は、マグマ上昇流が存在するという領域全体を通じて、地震波不連続面を生じさせる鉱物の相変化に関する温度-依存性の深度に着目するものである。Caoたちは(p.1068)、SS波(訳注:地表で反射したS波)の逆散乱を解析し、ハワイ近傍の地下におけるこれら不連続面の3次元ビューを得た。その解析結果によれば、垂直で巾の狭いマグマ上昇流構造でなく、地震波不連続面の一つに対応する深度に、ハワイ諸島の西側に広範囲にわたる地熱異常地域が存在することが示された。ハワイのホットスポットの火山活動はこのように、表層にまで達するマントル流によって運ばれてきた高温物質の深部溜まりから生じているのかもしれない。(Uc,KU,nk)
Seismic Imaging of Transition Zone Discontinuities Suggests Hot Mantle West of Hawaii
p. 1068-1071.

海洋における流れの層(The Ocean's Layers)

長期間に渡る大陸スケールの南極の氷河作用は、漸新世の始まるおよそ3千4百万年前に始まった。そして、それは、初期始新世の最も温暖な時期に続く 2千5百万年間の地球規模の寒冷化の後に発生した。この氷河作用は、地球規模の気象と生態系に大きな影響を与える事件であった。Katz たち(p.1076) は、北大西洋西部の大陸斜面の浅水域からの底生有孔虫と南洋の深海底からの底生有孔虫の炭素と酸素の同位体の成分を比較し、そして、初期漸新世に発達した水の質量の間には、大きな相違があることが明らかとなった。これは、おそらくは、南極中層水の発達の結果であろう。同時に、最も密度の高い水は南極の周りに形成されているが、それは、南極環流が強まることによってより高緯度へと閉じ込められ、現在見られるような四層の海洋を生み出すこととなる底層の形成へと繋がった。(Wt,KU)
Impact of Antarctic Circumpolar Current Development on Late Paleogene Ocean Structure
p. 1076-1079.

生態系の変化を予測する(Predicting Ecosystem Change)

多様な生態系における急速な変遷や位相の変動は、しばしば、最強の捕食者の消滅や出現と関連して現れる。Carpenter たち(p. 1079, および、4月28日号電子版参照)は、このような位相変化が、実際の変化に先立って生じることを示した。北アメリカの湖の生態系において、大きな捕食魚類集団を操作し、他の食物連鎖成分についての影響を、隣接するコントロール湖と比較した。この操作湖系において、食物連鎖の構造変化が起こる少なくとも1年前に、僅かではあるが明瞭な変化が観測された。(Ej,nk)
Early Warnings of Regime Shifts: A Whole-Ecosystem Experiment
p. 1079-1082.

四肢発生における可塑性(Plasticity in Limb Development)

四肢の発生は、長い間脊椎動物の発生を理解するうえでのモデルであった。肢芽が成長する際に、肢の近位-遠位(proximal-distal:PD)軸の様々な部分が、時間的な順番で肩から指先へと下方に生じる。以前の研究では、啓発的シグナルに非感受性の時計様メカニズムが提唱されていた。二つの論文がPDのパターン形成に関する別の見解を与えている (Mackem and Lewanndoskiによる展望記事参照)。Cooperたち(p. 1083)は、シグナル伝達の環境が制御可能な組織培養条件下でニワトリの四肢の間充織を成長させ、そして次にニワトリの胚の側面にその細胞を移植したが、その細胞は認識可能な肢の構造を形成した。この発見は、初期の肢芽によって認識されたシグナルのセットが間充織を未分化のままに保ち、そして又3っの主要な肢セグメントの総てを形成する能力をも維持しているということを示唆している。肢芽が成長する際に、PDの領域形成は近位と遠位のシグナル間のバランスに由来している。Rosello-Diezたち(p. 1086)は、組み換え型と正常なニワトリの肢芽をホストの胚に移植することで、同様の結論に至っている。(KU)
Initiation of Proximal-Distal Patterning in the Vertebrate Limb by Signals and Growth
p. 1083-1086.
Diffusible Signals, Not Autonomous Mechanisms, Determine the Main Proximodistal Limb Subdivision
p. 1086-1088.

敵対的乗っ取り(Hostile Takeover)

ウイルス感染に対する宿主による応答の特徴の1つは、インターフェロン・サイトカインの産生である。これが、広い範囲の抗ウイルス性遺伝子の誘導の引き金となる。viperinは、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)による感染に対する応答においてその発現が誘発されるインターフェロン誘導性遺伝子である。Seoたちはこのたび、HCMVがviperinを取り込んでうまく活用していることを発見した(p. 1093,4月28日号電子版)。ウイルス-コード化タンパク質であるvMIAは、viperinと相互作用して、感染症への応答の際に、小胞体からミトコンドリアへのviperinの再局在化を誘発していた。ミトコンドリアに局在化したviperinは、そのミトコンドリアにおけるATPの産生を抑制し、それがアクチン細胞骨格の破壊をもたらし、ウイルス複製を増強していたのである。(KF)
Human Cytomegalovirus Directly Induces the Antiviral Protein Viperin to Enhance Infectivity
p. 1093-1097.

微生物が病気に克つ(Microbes Beat Disease)

ほとんどの土壌コミュニティーは、常在性の微生物の競合のおかげで、植物の病原性活性をある程度に限定している。しかし、自然に生じた土壌のいくらかは、病気の集団発生後にしばしば、特定の病原体を抑制する能力を発生させていて、これは特定の微生物コミュニティーが選択されたことを示唆している。Mendesたちは、広まった病原真菌かつ腐生菌のRhizoctonia solaniへの抵抗性を発生させたある土壌を研究した(p. 1097,5月5日号電子版)。生物アッセイ内で、その病原体をもっとも効率的に抑制する、シュードモナス菌の系統がその抑制性土壌から単離された。それに引き続いての変異原性と機能の研究によって、その細菌が非リボソームペプチド合成酵素を使って、シリンゴマイシンに似た抗真菌性塩素付加リボペプチドを合成しているということが明らかにされた。(KF)
Deciphering the Rhizosphere Microbiome for Disease-Suppressive Bacteria
p. 1097-1100.

SAMの息子(Son of SAM)

ラジカルSAM酵素、RlmN と Cfrは、細菌性リボソームRNAのメチル化を触媒し、本質的には反応性のないアデノシンの芳香環における位置を修飾している。最近、この反応が2段階で生じていることが示された。最初に、酵素中のシステインが標準的なSAM化学反応によってメチル化される。第2のSAM分子が還元的に切断され、メチルシステインから水素イオンを抽出し、その結果生じるメチルラジカルがアデニン塩基へと移動するのである。Boalたちは、SAM結合したRlmNの高分解能構造を報告していて、それはメチル化システインを有する構造である(p. 1089,4月28日号電子版)。この構造は、その構造がいかに異常な機構にふさわしいものかを明らかにするものであって、標準SAMメチル付加とSAMの還元的切断の双方が、単一結合部位を用いていることを示している。(KF)
Structural Basis for Methyl Transfer by a Radical SAM Enzyme
p. 1089-1092.

適合への圧力(Pressure to Conform)

世界の文化的グループの調査によって、社会的信条(たとえば、集団主義か個人主義か、など)や振舞い(たとえば、宗教儀式への参加)に関する変化の証拠が与えられた。Gelfandたちは、彼らが「厳しさ(tightness) - 緩さ(looseness)」と呼ぶ、或いは社会が社会規範を課す程度を示す、社会的な測定次元を作成した(p. 1100; またNorenzayanによる展望記事参照のこと)。33ヶ国にわたる大規模な文化に分布しているおよそ7000人からの報告が集められ、そしてそのデータセットは、生態学的また社会的なチャレンジへの応答として、各文化がこの次元上でどうシフトしていくかを特徴付けるために用いられた。(KF,KU,nk)
Differences Between Tight and Loose Cultures: A 33-Nation Study
p. 1100-1104.

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