AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 17 2010, Vol.329


場所が問題(Location Matters)

形質細胞様樹状細胞(plasmacytoid dendritic cell:pDC ウイルス感染に応答する特殊化された免疫細胞)は、エンドソームに発現したToll様受容体(TLR)7と9を用いてウイルス性核酸を検知する。TLR7、或いは9の誘発により二つの異なるシグナル伝達経路が誘導されるが、一つは炎症誘発性サイトカインの産生であり、もう一つは抗ウイルス性I型インターフェロンの発現をもたらす。しかしながら、一つの受容体がどのようにして二つの異なるシグナル経路を誘発するかは不明である。Sasaiたち(p. 1530)は、細胞内局在化が鍵であることを示している。アダプタータンパク質3(AP-3)複合体(細胞内小胞へのタンパク質選別を制御している)の欠乏したマウス由来の細胞は、TLR9リガンドに応答してI型インターフェロンを産生することはなかったが、炎症誘発性サイトカインの産生は無傷のままであった。AP-3は、初期のエンドソーム(そこでは炎症誘発性シグナル伝達が生じている)からリソソーム関連小器官(そこではI型インターフェロン誘導に必要なシグナル伝達機構が存在している)へのTLR9の輸送に必要とされる。このような空間的分離は、一つの受容体の活性化が複数の独立したシグナルカスケードの誘発に由来するといった或る一般的なメカニズムを示すものであろう。(KU)
【訳注】エンドソーム:加水分解小胞体であるリソソームと融合する細胞膜由来の小胞体
Bifurcation of Toll-Like Receptor 9 Signaling by Adaptor Protein 3
p. 1530-1534.

ティラノサウルスの再考(Tyrannosaurs Revisited)

地球の歴史において、ティラノサウルスは最も強く巨大な肉食動物の一つであると考えられている。化石記録の情報が蓄積されてくるにつれて、ティラノサウルスの進化と挙動の研究が可能となり、単に恐竜とだけではなく、今や他の動物群との幅広い広い比較ができるようになった。Brusatteたちは(p.1481)、生物学的・進化的なティラノサウルスの歴史を再検討し、新しく発見されたいくつかの化石の情報を含んだ生物系統発生学的な関連について再評価を行った。この解析によって、白亜紀後期(約8000万年前)までは、ティラノサウルスは約5メートル以下と比較的小さい体長にとどまっていたことが示されている。(Uc,KU)
Tyrannosaur Paleobiology: New Research on Ancient Exemplar Organisms
p. 1481-1485.

きれい?汚い?(Clean or Dirty)

エアロゾル (訳注:気体中に微粒子が多数浮かんだ状態) は、例えば大気の透明度・雲形成・放射の挙動等の大気の特性やその過程に強く影響を及ぼしている。清浄な、及び汚染された空気の双方において、このような影響を把握することは、エアロゾルの効果を理解する上で必要である(Baltenspergerによる展望記事参照)。ClarkeとKapustinは(p.1488)、太平洋上、西方から運ばれる汚染空気により空気の質が損なわれている領域で収集された、大気の垂直方向プロファイルを調査した。その結果、人為的燃焼活動に伴う、光散乱強度・エアロゾル量・エアロゾル数が地域的にかなり増加していることが判った。この地域におけるエアロゾル粒子濃度は、空気が清浄で安定している領域に比べて一桁以上も多かった。このように、燃焼は、太平洋半球でのエアロゾルの光学的厚さと雲凝結核の分布に影響を与えている。Poschlたちは(p.1513)、雨季での産業革命前の汚染が殆ど無い状態を保っているアマゾン湾上方のエアロゾル成分について議論を行っている。この地のエアロゾルの殆どは、生物起源の気体前駆体・植物・微小有機物から発生し、そして粒子濃度は汚染された大陸領域それに比べて数桁低い。(Uc,KU,nk,kj)
Hemispheric Aerosol Vertical Profiles: Anthropogenic Impacts on Optical Depth and Cloud Nuclei
p. 1488-1492.
Rainforest Aerosols as Biogenic Nuclei of Clouds and Precipitation in the Amazon
p. 1513-1516.

急速に増殖する細胞中での、別ルートの糖分解経路(Glucose Metabolism Revisited)

ガン細胞は増殖を加速し、典型的には解糖によって急速にグルコースを消費する。M2イソ型のピルビン酸キナーゼ(PKM2)は、グルコースの代謝を好気的解糖によって促進し、同化代謝に寄与する。逆説的だが、ピルビン酸キナーゼの酵素作用を弱めると、急速に分裂しているガン細胞や組織中でPKM2の発現が伴う。Vander Heiden たち (p. 1492)は、細胞中のピルビン酸キナーゼのための基質であるホスホエノールピルビン酸(PEP)は、哺乳類の細胞中でリン酸塩ドナーとして働くことを示したが、その理由はPKM2発現細胞中で糖分解酵素ホスホグリセリン酸ムターゼ(PGAM1)のリン酸化反応に、PEPが参加するためである。我々は質量分析を利用して、PEPのリン酸化はヒトPGAM1の触媒性ヒスチジン(His11)に運ばれることを示す。この反応はPEPの生理的濃度で生じ、PKM2活性が存在しない状況でピルビン酸を産生する。ヒスチジンがリン酸化したPGAM1の存在は、ガン細胞系列や腫瘍組織中のPKM2の発現と相関がある。このように、PKM2-発現細胞中のピルビン酸キナーゼの活性低下はPGAM1のPEP依存性リン酸化を可能にし、PEP-仲介のリン酸転移からアデノシン三リン酸の産生を分断する別ルートの糖分解経路を提供するようだ。その結果、多くの増殖細胞中に見られる同化代謝を支える高効率の解糖を可能にするらしい。(Ej,hE,kj)
Evidence for an Alternative Glycolytic Pathway in Rapidly Proliferating Cells
p. 1492-1499.

相関する量子歩行(A Correlated Quantum Walk)

統計学的現象をモデル化するのにランダムウォーク(酔歩の原理、random walk)は強力な手段である。これに類似する量子系でのランダムウォークは、存在可能な場所相互間のトンネル効果を含む。Peruzzo たち(p. 1500; および、Hilleryによる展望記事を参照) は、今回、共役している導波路アレーを伝播する相関フォトン対に対する量子ランダムウォークについて報告した。相関する二つのフォトンが注入された時の出力パターンは量子的特徴を示し、光子が導波路アレー中をランダムに動く際に、相関性を保持していたことを示唆する。この結果は、多くの経路を並行して探索するような装置への拡張を可能とするものである。(Ej,hE,nk)
Quantum Walks of Correlated Photons
p. 1500-1503.

圧力下で(Under Pressure)

地球の固体深部における物質の振る舞いを理解するためには、高圧下で物質がどのように融解するかを推定できることが重要である。この目的のため、Fiquetたちは(p.1516)、幅広い圧力範囲でのカンラン岩(地球の上部マントルを代表すると思われる鉱物の混合体)のin situ シンクロトロン計測と結合させた、レーザー加熱のダイアモンドアンビルセルを用いた実験を行った。その結果は、非常に高い圧力のもとでは液相が存在し、コアとマントルの境界付近の地震波伝達異常領域は、孤立した融解物の塊に起因するかもしれないことを示唆している。同様に、初期の地球マントルの底部はマントルのより上方のある鉱物相の部分的な融解から、その微量元素の特徴を獲得したのかもしれない。(Sk,nk)
【訳注】ダイアモンドアンビルセルとはダイヤモンドを使って超高圧を実現するための機械。小さな2つのダイヤモンド間に試料を挟み込んで圧縮する。
Melting of Peridotite to 140 Gigapascals
p. 1516-1518.

月の偵察隊(Lunar Reconnaissance)

Lunar Reconnaissance Orbiter (LRO) は、2009年6月23日に月の軌道に到達した。それから得られた全データは、われわれに月への隕石衝突の歴史を告げるとともに、月を形成した火成過程についても教えてくれる。Lunar Orbiter Laser Altimeter (月周回レーザー高度計)を用いて、Head たち (p.1504; 表紙を参照のこと) は、月の大きなクレーターの新しいカタログを提供している。月の高地では、大きな衝撃によるクレーターは、既存の同程度の大きさのクレーターを覆い隠してしまっており、これは、この領域でのクレーター数を、そのクレーターの下にある地形の年齢決定には実質的に用いることはできないということを示している。月全面からのデータに基いてある大きさのクレーターがいくつあるか数えた結果、月へ衝突した天体種族の特性が時代と共に変わってきたことが示された。Greenhagen たち (p.1507) と、Glotch たち (p.1510) は、Diviner Lunar Radiometer Experiment からのデータを解析した。この実験は、赤外線波長域で放射された熱輻射と、反射された太陽放射を測定するものである。明らかとなったケイ酸塩に関する鉱物学は、月では、以前考えられていたものより複雑な火成過程が存在したことを示唆している。(Wt,KU,tk,nk)
Global Distribution of Large Lunar Craters: Implications for Resurfacing and Impactor Populations
p. 1504-1507.
Global Silicate Mineralogy of the Moon from the Diviner Lunar Radiometer
p. 1507-1509.
Highly Silicic Compositions on the Moon
p. 1510-1513.

賢いカラス(Clever Crows)

動物による道具の使用についての適応的意義を理解するには、自然界における採食行動の信用に足る情報が必要である。ニューカレドニアカラスは広範囲の食物を食しており、そして木に穴を掘る昆虫の幼虫を穴から取り出すために棒を道具として使用する。これらの幼虫はその食性が特別なために、特異な同位体的特徴を持っており、それをカラスが食べた後もカラスの羽毛や血液から追跡することができる。Rutzたち(p. 1523)は、カラスの組織から採取した安定同位体プロファイルとカラスの食物源から採取したものとを比較することにより、カラスの食物に占める幼虫の比率を推定したが、これは個々のカラスの道具使用の依存度を測る尺度(proxy)を与えるものである。これらの幼虫はほんの数匹でカラスの日々の必要食物エネルギー量を満たすことができることから、目的にかなう道具を使用するカラスとその子孫に対する価値ある報酬となる。従って、ニューカレドニアカラスは、道具の使用により、クチバシだけでは容易に採取できない大変栄養価のある食物源を入手できるようになる。(TO,KU,nk)
The Ecological Significance of Tool Use in New Caledonian Crows
p. 1523-1526.

修飾する(Making Modification)

β-アクチンのアルギニル化は細胞運動とアクチン細胞骨格を制御しているが、どのようにして二つの極めてよく似たアイソフォーム、β-とγ-アクチンの異なるアルギニル化がin vivoで行われるかは不明である。Zhangたち(p. 1634; Weygand-Durasevic and Ibbaによる展望記事参照)は、分解によるタンパク質のアルギニル化を選択的に制御し、かつ翻訳スピードと関連するヌクレオチドコード配列に依存した同時翻訳メカニズムに関して述べている。この研究は、in vivoでのβ-とγ-アクチンの異なるN-末端アルギニル化状態に関する説明を与えるものであり、そしてヌクレオチドコード配列によって影響される翻訳速度はタンパク質への異なる翻訳後の状態を与え、そしてタンパク質分解を選択的に制御していることを示唆している。(KU)
Differential Arginylation of Actin Isoforms Is Regulated by Coding Sequence-Dependent Degradation
p. 1534-1537.

マイクロRNA-16とうつ病(MicroRNA and Depression)

ニューロン間のシグナルで伝達はセロトニンといった神経伝達物質により影響される。膜結合輸送体は過剰の神経伝達物質を除去する。神経伝達物質の放出と除去の間の微妙なバランスの崩壊は、神経回路網の大きな破壊に導く。うつ病と不安はこれらの神経回路の幾つかの機能障害と関連している。うつ病の治療には神経伝達物質の取込み阻害剤が使われるが、関連する分子的経路は不明であった。Baudryたち(p. 1537)は、マイクロRNA-16がセロトニン輸送体の合成を制御していること、そしてマイクロRNA-16 の量がうつ病の治療に使われる同じ取り込み阻害剤によってコントロールできることを示している。(KU,kj)
MiR-16 Targets the Serotonin Transporter: A New Facet for Adaptive Responses to Antidepressants
p. 1537-1541.

内省するということ(Naval Gazing)

格子模様の明るい線と暗い線のコントラストを検出するなどの単純な知覚課題が、何十年にもわたって心理物理学研究の大黒柱だった。この種の課題では、被験者がどれほど正確であるかについての客観的指標と、被験者が自分の判断にどれほど自信があるかという主観的指標の双方を得ることが可能だった。Flemingたちは、被験者がその自信についての判断においてどれほど正確であるかという指標を構成することによって、従来のアプローチをさらに一歩進めている(p. 1541; またLauとManiscalcoによる展望記事参照のこと)。この内省の能力は、メタ認知(思考についての思考)の一つの側面とみなされるものだが、個人個人によって異なっていて、前頭葉前頭極(frontopolar cortex)の灰白質の量及び、脳の左半球と右半球に分かれているそれら領域を結ぶ脳梁経路の白質の量と、正の相関にあることが示されている。(KF)
Relating Introspective Accuracy to Individual Differences in Brain Structure
p. 1541-1543.

転がる雪だるま(Rolling Snowballs)

進行中の種分化イベントを分けることになる遺伝的不和合性は、種分化のDobzhansky-Mullerモデルによって、雪だるま式に増大すると仮定されてきた。すなわち、変異の直線的蓄積よりも速い割合で、接合後隔離(postzygotic isolation)の原因となる変異を蓄積する、ということである。これは、相互作用する遺伝子を2つ以上含むハイブリッドにおける潜在的に有害な上位の相互作用のせいで起きている。ナス植物グループ間での、種子および花粉の生殖不能性におけるQTL(量的形質遺伝子座)を検証することによって、MoyleとNakazatoは、ハイブリッドの雌性(種子)の生殖不能性は、ペアとなる種の距離が増加するにつれて指数関数的に蓄積していくこと、しかしハイブリッドの雄性(花粉)の生殖不能性はそうならないこと、を明らかにしている(p. 1521)。対照的に、他の形質における差異に貢献する座位は、時の経過に対して蓄積が非線形である証拠を示さなかった。Matuteたちは、ショウジョウバエの2つのペアの間での比較において欠失マッピングを用いることで、似たような結論に達している(p. 1518)。接合後隔離の原因となる遺伝子の数は、2つの種の間の置換の数の2乗の速さで増していく。つまり、ハイブリッドの雪だるま効果は植物と動物の双方で見出されたのである。(KF,kj)
Hybrid Incompatibility "Snowballs" Between Solanum Species
p. 1521-1523.
A Test of the Snowball Theory for the Rate of Evolution of Hybrid Incompatibilities
p. 1518-1521.

ヌクレオチド還元の2つの方法(Two Ways to Nucleotide Reduction)

リボヌクレオチド還元酵素(RNR)は、すべての生物のDNA合成と修復にとって必須であり、フリーラジカル機構を介してヌクレオチド還元を引き起こしている。IbクラスのRNRは、ヒト病原体の主要な好気性RNRである。大腸菌のIbクラスのRNRであるNrdFは、FeIII2-Y補助因子またはMnIII2-Y補助因子を介してヌクレオチド還元を引き起こす。Fe基の補助因子は自己組立できるが、Mn基のフリーラジカルの組立には還元されたフラボタンパク質NrdIが必要である。Boalたちは、還元あるいは酸化されたNrdIとの複合体中のMnII2-NrdFやFeII2-NrdF、さらにMnII2-NrdFなどの構造を決定することによって、補助因子活性化の仕組みについて洞察を得た(p. 1526;8月5日号電子版; またSjobergによる展望記事参照)。この構造は、単一のタンパク質NrdFが、いかにして、2つの異なったオキシダントを用いることで、2つの違ったメタロ補助因子を別々の化学現象により活性化しているかを明らかにしている。(KF,kj)
Structural Basis for Activation of Class Ib Ribonucleotide Reductase
p. 1526-1530.

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