AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 11 2010, Vol.328


ヨウ素に注目(Eye for an I)

酸化触媒は、酵素における鉄とか或いは合成系におけるより稀有なパラジウムといったその大部分が遷移金属の領域である。これらの金属は酸化状態間を容易に行き来し、炭化水素と酸化剤の間で水素原子と酸素原子の伝達を容易にする。Uyanikたち (p. 1376;Frenchによる展望記事参照) は、ヨウ素が金属に代わって、ベンゾフラン誘導体の合成において過酸化物を触媒的に活性化することを示している。ヨウ化物陰イオンとキラルなアンモニウム陽イオンとの対形成により、キラル配位子を持つ金属錯体で見られたものと類似のレベルでの立体選択性が生じた。(KU)
Quaternary Ammonium (Hypo)iodite Catalysis for Enantioselective Oxidative Cycloetherification
p. 1376-1379.

腸内の生き物(The Inner Life)

腸管内菌叢が宿主動物の生理機能全体に及ぼす影響はごく最近になって認識され始めた。哺乳類の腸は何十億という細菌や古細菌のホームであるだけでなく、時には原生動物や線形動物、或いはサナダムシ等の遥かに大きな生き物の棲家でもある。これらの生物間の複雑な相互作用を予測するために、Hayes たち (p. 1391) は、マウスに一般的な寄生線虫である鞭虫 muris と大腸菌やネズミチフス菌等の腸内細菌の存在に関するその依存性との間の関係を調べた。寄生虫はその孵化に関して細菌の存在に依存していることが見出され、そして孵化はひだ状べり(fimbriae)と呼ばれる細菌の表面構造の存在によりトリガーされており、そこでは寄生虫の卵の極にあるタンパク質に結合している。(KU,nk)
Exploitation of the Intestinal Microflora by the Parasitic Nematode Trichuris muris
p. 1391-1394.

温血爬虫類?(Warm-Blooded Reptiles?)

現存する爬虫類は内温動物とは考えられていない。しかし絶滅種ではどうであろうか? 三種の絶滅した大型の海棲爬虫類である、イクチオサウルス(ichthyosaurs)、プレシオサウルス(plesiosaurs)、モササウルス(mosasaurs) は、中生代の海洋における活発な肉食動物であった。Bernard たち (p.1379; Motani による展望記事を参照のこと) は、彼らの歯の酸素同位体を様々な海洋環境からの堆積物中の魚類と比較分析することにより、彼らの代謝について研究した。イクチオサウルスとプレシオサウルスは共に追跡型の肉食動物であるが、そのデータは、おそらく自分自身の体温を制御していたことを示している。モササウルスは待ち伏せ型の狩りをしたと考えられているが、そのデータは、まだあいまいさを残している。(Wt)
Regulation of Body Temperature by Some Mesozoic Marine Reptiles
p. 1379-1382.

再帰期間を再考する(Reconsidering Recurrence)

既知の脆弱な断層において、大規模な地震発生の時間間隔が非常に長いという事実は、次の地震が来るまでの期間の予測を困難にしている。深部低周波地震はより頻繁に発生するため、地震発生の研究にとって、自然界の良いデータを提供してくれる。Shelly (p. 1385) は、サンアンドレアス断層で多数の研究がなされている領域にそって、8年半の間に発生した900以上の小さい地震の発生タイミングを評価した。このような小さい地震の再帰間隔、それは約3日と6日周期で発生するものであるが、近くで発生するより大きな地震に敏感であった。例えば、2004年のパークフィールド地震の後に、3日周期の地震は周期が短くなり、6日周期のそれは消失した。もし、大きい地震の再帰間隔が同じように時間に応じて変化するのであれば、短期間の歴史上の記録から、将来の大規模地震の発生を予測することは非常に困難であろう。(Uc)
Periodic, Chaotic, and Doubled Earthquake Recurrence Intervals on the Deep San Andreas Fault
p. 1385-1388.

GILTのないプロセシングでは駄目(Not GILT-Free Processing)

CD8+T細胞は、抗原提示細胞(APCs)の表面に発現した主要組織適合性複合体クラスI(MHCクラス I)タンパク質に結合したペプチド抗原を認識することで感染症に応答する。MHCクラス Iは細胞内抗原のみを提示するため、抗原の交差提示はAPCsに直接感染しないウイルスへの応答に重要である。APCsが瀕死のウイルスに感染した細胞の食作用により抗原を獲得し、そしてその抗原をCD8+T細胞に提示したときに、抗原の交差提示が生じる。細胞内へ移行後、抗原はプロテアソームによる処理のためにサイトゾルに入る。Singh and Cresswell(p. 1394)は、GILT(γ-interferon-inducible lysosomal thiolreductase)が、ジスルフィドを含むウイルス抗原のマウスにおける交差提示に必要であることを示している。GILTを欠如したマウスにおいて、ジスルフィドの豊富なタンパク質由来の抗原へのCD8+T細胞の応答は、インフルエンザAや単純ヘルペスウイルス1型感染後では本質的に機能しなかった。このように、幾つかの抗原の交差提示には、サイトゾルにおけるプロテアソーム分解やそれに続くMHC クラス I負荷前での早い処理ステップが必要である。(KU,Ej,kj)
Defective Cross-Presentation of Viral Antigens in GILT-Free Mice
p. 1394-1398.

塩素イオンのバランスの役目(Chloride Balancing Act)

サイトゾルと細胞内小器官のイオン組成は、細胞の内外との間で進行中の細胞膜通過を考慮して制御されている必要がある。今回2つの論文が細胞内のCl-輸送タンパク質が、共役交換体から受動的なCl-伝導体へと、輸送の表現型を変化させた結果について述べている(Smith and Schwappachによる展望記事参照)。Novarino たち(p. 1398,4月29日号の電子版参照)は、マウスへの脱共役ClC-5輸送体のノックインの結果について研究した。このエンドソームの腎臓輸送体のノックアウトマウスは深刻なエンドサイトーシス表現型を有するが、これは小胞の酸性化が損なわれたためと信じられている。今回の研究によれば、同様の障害を有するエンドサイトーシス表現型が脱共役変異体に見られるが、エンドソームの酸性化は影響されない。Weinert たち(p. 1401,および、4月29日号の電子版参照)は類似の戦略を使って、リソソームの輸送体であるCIC-7中で同様の変異の結果について調べた。ClC-7は、破骨細胞の吸収窩 (resorption lacuna) 中で高発現し、マウスのこれをノックアウトすると、リソソーム蓄積症や深刻な大理石骨病を起こす。これほど深刻ではないが類似した発症が脱共役ClC-7を有するノックインマウスにも見られることから、リソソームにおいては共役輸送は決定的役割を演じているものと思われる。(Ej,hE,kj)
Endosomal Chloride-Proton Exchange Rather Than Chloride Conductance Is Crucial for Renal Endocytosis
p. 1398-1401.

聳え立つ給水塔(Towering Figures)

チベット高原とその近傍山脈の一帯はアジアの主要な5つの川の源となっている地域である。気候変動はこの地域における降水の傾向と氷河融解の双方に影響を及ぼし、川の流れやそこで行われている農業に多大な影響を与える可能性がある。Immerzeelたちは (p.1382)、この地域の氷河融水と降雨の相対的な重要性について解析した。その目的は、これらの5つの川が異なる二つの水源にどのように依存しているのか、気候変動がこれらの川の流域にどのように変動を及ぼす可能性があるのか、を明らかにすることである。気候変動は、川の流域での水の利用について実質的な、しかし多様な方法で影響を及ぼすと考えられる。このことは、数千万人の人々の食料不安を引き起こすであろう。(Uc,KU)
Climate Change Will Affect the Asian Water Towers
p. 1382-1385.

熱チップで導電性の線を描く(Writing Conductive Lines with Hot Tips)

デバイス内の導電体、半導体、絶縁体間の界面は、通常、異なる材料をパターン状に積層して作られる。フレキシブルな電子部品においては、この製造上の制約を回避することは強みになる。グラファイトを化学的方法で層状に剥がして作られる酸化グラフェンは、化学的還元剤を用いてより導電性の高い状態に還元することができる。Wei たちは (p. 1373)、酸化グラフェンの層は同様に高温の原子間力顕微鏡チップを用いて還元する事が可能であり、有機導電体と同等の物質を作り出せることを示した。このプロセスは、4桁以上導電性の異なる、パターン化された領域 (幅12nm以下) を作る事が可能である。(Sk)
Nanoscale Tunable Reduction of Graphene Oxide for Graphene Electronics
p. 1373-1376.

エリスロポエチンの受容体における情報処理(Information Processing at the Erythropoietin Receptor)

哺乳類における赤血球の供給はサイトカインであるエリスロポエチン(EPO)によって制御されている。生理的状況によっては、EPOの濃度は1000倍も変化する。Becker たち (p. 1404,および、5月20日号の電子版参照) は、数学的モデルと実験的分析を組合せ、どのようにして細胞がこれほど広範なEPO濃度範囲を識別して線形応答を維持できるかを研究した。この決定的な特徴として、EPOに結合した受容体の内部移行と、その結果EPOリガンドの分解が挙げられる。細胞表面での受容体の補充には、細胞内にEPO受容体を大量に保存する必要がある。このメカニズムによってさらなる刺激に対して抵抗を示すことなく、EPO濃度の大量増加に、細胞が耐えられることになっている。(Ej,hE)
Covering a Broad Dynamic Range: Information Processing at the Erythropoietin Receptor
p. 1404-1408.

オキシトシンとグループ間の衝突(Oxytocin and Intergroup Conflict)

人間の社会は、国籍や宗教に基づくグループに組織化されているが、それらはグループ間の衝突をもたらしがちで、時に悲惨な結果が生じる場合もある。グループ間の衝突には、非寛容利他主義と名づけられた人間の行動が関わっている。たとえば、自分の国を守るために命を懸けて敵と戦う兵士は非寛容利他主義者である。De Dreuたちは、人間のグループ間での競争と衝突の際の非寛容利他主義の制御に、視床下部で産生される神経ペプチドであるオキシトシンが果たしている役割を発見した(p. 1408; 表紙参照; またMillerによるニュース記事参照のこと)。オキシトシンはすでに、信頼行動において役割を果たしていると知られていて、ヒトの集団の中には、オキシトシン受容体の自然に生じた遺伝的変異体が存在している。オキシトシンを投与すると、競合するグループに向けての防御目的の攻撃は促進されるが、非挑発性の、憎しみの行動には影響しなかった。つまり、ヒトのグループ間の衝突には、神経生物学的な基盤がある可能性があるのだ。(KF,KU,nk)
The Neuropeptide Oxytocin Regulates Parochial Altruism in Intergroup Conflict Among Humans
p. 1408-1411.

迷路で迷子に(Lost in a Maze)

げっ歯類では、海馬のCA1ニューロンが、空間記憶の処理において中心的役割を担っている。しかしながら、ヒトの海馬にあるCA1ニューロンの空間記憶への寄与は、はっきり明らかにするのが難しかった。Bartschたちは、最大数時間にも及ぶ間、一過性の全虚血になり、その後完全に回復するに至った患者グループを研究した (p. 1412)。患者たちは、虚血性発作の際に、仮想現実システムなど、さまざまの複雑な神経心理学的機器を用いてテストされた。隠れた目標に向けての単純な空間的ナビゲーション課題において、著しい機能障害が観察された。患者の成績は、CA1病変領域のサイズだけでなく、一過性全虚血の持続時間とも相関していたのである。(KF)
Focal Lesions of Human Hippocampal CA1 Neurons in Transient Global Amnesia Impair Place Memory
p. 1412-1415.

ギャップを気にかける(Mind the Gap)

対形成ギャップの対称性は超伝導体のもっとも重要な特性の一つである。鉛のような通常の超伝導体は運動量空間内で均一なギャップを持っている一方、謎の銅塩はポイントノード (ABM状態) と特徴的なd-波対称性を持っている。重いフェルミ粒子化合物UPt3は、通常と異なる対形成を示すことが古くから知られていた。Strandたち (p. 1368) は温度関数としてのUPt3の超伝導ギャップの運動量空間依存性を測定した。ラインノードをもつ実ギャップ (Polar状態) が最初に現れ観察された;次いで、臨界温度がより低くなると、絶対零度で完全に均一になることが予測できる全ギャップをもつ或る複雑な化合物が現れた。(hk,KU)
The Transition Between Real and Complex Superconducting Order Parameter Phases in UPt3
p. 1368-1369.

分子を延ばしてスピンを制御する(Spin Control Through Molecular Stretching)

複数の等価なリガンドを配位した金属錯体のように高い対称性を有する分子は、原理的に考えると、外力を与え結合を一方向にストレッチすることで、その対称性が崩れることが知られている。Parksらは(p.1370;Jarillo-Herreoの展望記事参照)、コバルト錯体を破断接点 (break junction contact) に置き、機械的外力を与え徐々に接点を開放する実験を行った。低温において伝導率の差分を測定したところ、ゼロ印加電圧において S=1 三重項の縮退が解けることに起因した近藤ピークの分離が観測された。この結論は、磁場印加による準位分離により確認された。また伝導電子が部分的にスピン準位をスクリーニングしているという理論モデルとよい一致を示しているという。(NK,nk)
Mechanical Control of Spin States in Spin-1 Molecules and the Underscreened Kondo Effect
p. 1370-1373.

生物多様性と生産性(Biodiversity and Productivity)

生物多様性について、比較的規模の大きな空間スケールでの生態系のデータを分析すると、一般に生物生産性とともに増加しているが、小さいスケールの生態系でのこのパターンはより変動している。Chase (p. 1388, 5月27日号電子版) は、人工池での7年間の実験から得られた結果を示している。多様性以外の点では同等な条件になるよう人工的に管理された実験池同士を較べると、生産性が高いところでは動物種におけるβ-多様性(場所間における種構成の変化)が必ず高かった。このパターンが現れる原因は、群集形成において決定論的に対する確率過程的メカニズムの相対的寄与が、生産性の勾配に沿って変化していくためである。このように、群集集合のメカニズムにおける変動は、生物多様性と生産性との間の関係を決定づける重要なプロセスであろう。(TO,KU,nk)
Stochastic Community Assembly Causes Higher Biodiversity in More Productive Environments
p. 1388-1391.

よいものも多すぎては困る(Too Much of a Good Thing)

末梢神経において、絶縁性の髄鞘(ミエリン、myelin)は、ノードからノードへとインパルスが軸索をスキップして進むのを可能にすることで、導電率を向上させている。軸索は、ニューレグリンを用いて、シュワン細胞がぐるりと周囲を包む絶縁プロジェクトを開始するよう、シグナルを発している。しかし、髄鞘はもういらない、となるのはいつなのだろうか? Cotterたちはこのたび、髄鞘によるさらなる絶縁を停止させるシグナルを発見した(p. 1415、5月6日号電子版)。発生中のマウスでは、タンパク質Dlg1(哺乳類のdisc large 1) とPTEN (ホスファターゼ・テンシン・ホモログ)とが、初期発生時に絶縁を停止するようにという呼びかけに関与していた。髄鞘による絶縁がまだ足りないということと多過ぎるという間のバランスは、対立するシグナルによって制御されていて、それらは一緒になって、ミエリン形成と神経伝導速度の双方を最適化しているのである。(KF)
Dlg1-PTEN Interaction Regulates Myelin Thickness to Prevent Damaging Peripheral Nerve Overmyelination
p. 1415-1418.

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