AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 27 2009, Vol.326


RNAワールドが明白に・・?(Revealing the RNA World?)

RNAワールドの仮説は、生命出現の最初の段階で、RNAが情報ストレージの分子として、かつ酵素(或いはリボザイム)としての二つの作用をしているということを仮定している。このような二つの機能はRNA化合物にとって可能であり、自らを複製し、そして分子進化の開始の種となりえたであろう。数多くの基本的な細胞生物学的プロセスにおけるRNAの関与は、自然的な進化や実験室での進化のいずれにおいても、広範な化学反応を触媒する能力とあいまって、この見解に対する間接的な支持を与えている。Shechnerたち(p. 1271)は、in vitro で進化したRNAリガーゼ リボザイムの構造を決定したが、このリボザイムはRNAを複製するタンパク質が行うのと本質的に同一の化学反応を触媒する。RNAリガーゼの活性部位はタンパク質酵素のそれと重なり合い、RNA部分の触媒性の結合に重要な類似の残基が明らかになった。これらの知見はより効果的なリボザイムポリメラーゼの研究に役立つであろう。(KU,nk)
Crystal Structure of the Catalytic Core of an RNA-Polymerase Ribozyme
p. 1271-1275.

ハプロイドのヒト("Haploid Human")

遺伝子スクリーニングは、よく解っていない生物学的プロセスに直接的な洞察を与える。Caretteたち(p.1231)は、8番染色体以外の総ての染色体に関するヒト細胞ハプロイドの大規模な遺伝子分解を用いた遺伝子スクリーニングに関して記述している。スクリーニングの一つでは、幾つかの病原菌で見出された毒素、細胞致死性膨張性毒素の活性に必須な宿主の因子が同定された。別のスクリーニングでは、インフルエンザの感染に必須な宿主の遺伝子産物が同定された。付随的なスクリーニングでは、細菌の毒素をリボシル化するアデノシン5'-二リン酸(ADP)の作用に必要な遺伝子が明らかになった。哺乳類の細胞におけるこのような機能欠出型の遺伝子アプローチは多様な生物学的プロセスや細胞機能の研究に広範囲に適用されるであろう。(KU)
Haploid Genetic Screens in Human Cells Identify Host Factors Used by Pathogens
p. 1231-1235.

簡便にマイコプラズマを培養する手法(Simply Mycoplasma)

肺炎マイコプラズマ細菌はヒト病原体であるが、ゲノムサイズが小さく、宿主細胞の外部で繁殖できる最も単純な生物の一つである。単純であるため、これは生物的組織をシステムレベルで理解しようとするには理想的なモデル生物と言える。ここでは、肺炎マイコプラズマのプロテオーム、代謝ネットワーク、そしてトランスクリプトームのそれぞれについて包括的、定量的分析を行った3つの論文を紹介する(Ochman and Raghavanによる展望記事参照)。より複雑な有機体で将来可能な研究を念頭に、Kuhner たち(p. 1235)は、質量分析計を用いた蛋白質相互作用の分析を、肺炎マイコプラズマ蛋白質に関する広範な構造に関する情報と組み合わせて、蛋白質が一緒になって分子機械としてどのように機能するのかを明らかにし、電子線断層写真を使って細胞内でのそれらの配置を画像化した。肺炎マイコプラズマのゲノムは大きさが手ごろなので、Yusたち(p. 1263)は、この生物体の代謝ネットワークを手作業でマップ化していき、それを実験的に確認した。代謝ネットワークの解析は細菌を培養する際の最低条件を明らかにする助けとなった。最後に、Guell たち(p. 1268)は、最新の遺伝子配列決定技術を利用して、この単純な生物体が非翻訳RNAを広範に利用しており、転写性オペロン内にエクソン-イントロン様構造を有していて、それが真核生物と似た複雑な遺伝子制御を可能にしていることを解明した。(Ej,hE,nk)
Proteome Organization in a Genome-Reduced Bacterium
p. 1235-1240.
Impact of Genome Reduction on Bacterial Metabolism and Its Regulation
p. 1263-1268.
Transcriptome Complexity in a Genome-Reduced Bacterium
p. 1268-1271.

結晶成長キット(Crystal Growing Kit)

単結晶が結晶でいるためには、基礎的格子を破壊せずにその中に含み得る格子欠陥の数とサイズに限界がある。しかしながら、生物結晶に巨大分子が含まれていることは良く知られている。H.Liたちは(p.1244;Hollingsworthによる展望記事参照)、電子線トモグラフィーを用いて、アガロース・ゲル(agarose gel:寒天の一種で線状のポリサッカライド)内における炭酸カルシウムの結晶化を研究した。そして、その結晶がアガロース巨大分子をトラップする様子を観察した。高分子鎖によって誘起された曲率をうまく適合させて取り込むために、高表面エネルギーを有するファセット面(facet)・低表面エネルギーを有するファセット面が共に、アガロースファイバーと炭酸カルシウム結晶の界面で形成されていた。このように生物結晶では、巨大分子の取り込みが起こるためには物理的な反応だけで十分なようである。また、特異な形状を有する単結晶を成長させることが可能となるかもしれない。(Uc,KU,nk)
Visualizing the 3D Internal Structure of Calcite Single Crystals Grown in Agarose Hydrogels
p. 1244-1247.

量子ラチェットで冷たい原子を動かす(Moving Cold Atoms with Quantum Ratchets)

ナノスケールのバイオモーターは熱ノイズに影響を受けやすいが、動力を得るためにその熱ノイズを巧みに利用している。バイオモーターでは運動の熱ドリフトに合わせて非対称ポテンシャルを交互に適用し(ラチェット効果)一方向への動力を生み出している。時間反転対称性を打ち破る手法があれば、量子の世界のモーターもエネルギーを浪費することなく動作できるはずである。Salerらは(p.1241)、光格子が作り出す非対称鋸歯状ポテンシャル上のボーズアインシュタイン凝縮冷却原子からなるコヒーレント量子ラチェットについて報告している。対称性の乱れは、駆動ポテンシャルの位相シフトによって実現されている。期待どおり、原子群の動きは駆動ポテンシャルの初期位相に依存していることが明らかとなった。(NK,nk)
Directed Transport of Atoms in a Hamiltonian Quantum Ratchet
p. 1241-1243.

協調的還元反応(Cooperative Reduction)

選択的なレドックス転換反応は化学合成におけるありふれた課題である。よくあることだが、或る化合物への最も容易に手に入る前駆化合物はまず過剰に還元され(或いは過剰酸化)、次に目的とする中間物質状態へ慎重に戻さなくてはならない。例えば、シクロヘキサノンの合成がこのケースで、この化合物はナイロン合成に必要で大量に生産されている:フェノールの直接的な還元による方法は、フェノールへの過剰な水素原子の急激な付加反応が生じ、必要とするケトン(シクロヘキサノン)ではなくアルコール(シクロヘキサノール)を作ってしまう。Liuたち(p. 1250)は、アルミナ等に担持されたパラジウムのナノ粒子とアルミニウム三塩化物のようなルイス酸--この二つの触媒は単独で広範に用いられており、一緒に使うのは稀であるが--の予想外の協調反応により、室温近傍でフェノールのシクロヘキサノンへの高度に選択的な転換反応を促進していることを発見した。この反応の鍵は、ルイス酸による好ましからざるケトンーアルコールの還元反応の抑制にあるらしい。(KU,nk)
Selective Phenol Hydrogenation to Cyclohexanone Over a Dual Supported Pd?Lewis Acid Catalyst
p. 1250-1252.

網の目をほどく(Untangling the Web)

葉緑素を含む植物プランクトンは、海洋の食物網(food web)の核となる存在である。Martinezたちは(p.1253)、海洋上層の葉緑素と海表面温度の衛星観測値を統合することによって、数十年という時間スケールでは、植物プランクトンと海表面温度の間に明確な関連性があることを示した。太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation)や大西洋数十年規模振動(Atlantic Multidecadal Oscillation)のような流域スケールの海洋の動的挙動が物理的な気候に関する変動と結びついて、植物プランクトンの分布や総量の変化に影響を及ぼしてしまうのだ。このように、大規模な海洋の動的挙動の予測信頼度を向上させることによって、海洋の群集生態の変化に関する予測向上もできるようになるかもしれない。(Uc,KU)
Climate-Driven Basin-Scale Decadal Oscillations of Oceanic Phytoplankton
p. 1253-1256.

変化のパターン(Patterns of Change)

過去1500年の地球全体の気候の記録は、明白な20世紀の人類起源の温暖化より前において、二つの異常温度の長い期間が存在したことを示している。およそ西暦950年から1250年の間の暖かな中世の異常気象と、1400年前後から1700年前後の間の小氷期の二つである。近年、しかしながら、気候変化は、複雑なパターンの地域的な変化を含まざるを得ないことが、次第に明らかになってきた。その変化の非一様性は、それらを引き起こしたメカニズムに対する貴重な洞察を含んでいる。Mann たち (p.1256) は、西暦500年以降の気候の代用指標の記録を分析し、それら地球規模のパターンを再構成したモデルと比較した。その結果は、観測の説明が可能な大規模な過程 -- エルニーニョや北大西洋振動のような -- の存在を証明するものであり、そして、放射強制力の変化に対する動的な応答が、それらの第一義的な原因であることを示唆している。(Wt,Ej)
Global Signatures and Dynamical Origins of the Little Ice Age and Medieval Climate Anomaly
p. 1256-1260.

RSVの3次元構造(RSV in 3D)

RSウイルス(RSV)は、乳児の肺炎や細気管支炎を引き起こす。RSVはRNAウイルスであり、そのゲノムRNAはヌクレアーゼ抵抗性らせん状リボ核タンパク質複合体の一部を形成している。Tawarたちはこのたび、X線と電子顕微法データを用いて、このヌクレオカプシド複合体の構造をモデル化し、それがいかにしてRNA合成の鋳型となりうるかを示している(p. 1279)。その結晶構造は、ヌクレオカプシドタンパク質からなる十量体の環のまわりにRNAが包まれているさまを示している。この構造を電子顕微法データと結び付けることによって、ポリメラーゼがヌクレオカプシドらせん体を解体することなくRNA塩基をいかにして読み出すことができるかを示す1つのモデルが与えられるのである。(KF,KU)
Crystal Structure of a Nucleocapsid-Like Nucleoprotein-RNA Complex of Respiratory Syncytial Virus
p. 1279-1283.

イントロンの挿入(Inserting Introns)

イントロン、すなわち遺伝子配列のコード化を中断させる非翻訳領域は、真核生物ゲノム全体にわたって広く存在しているが、種内でのイントロンの獲得や損失はまれだと想定されてきた。しかしながら、W. Liたちは、集団内や種内においてイントロンの挿入が比較的頻繁に生じうると示唆している(p. 1260)。異なった系列のミジンコのゲノム内にあるイントロン多形性とミジンコ属内での比較とを検証することによって、最近のイントロン獲得の実例がいくつか見出されたが、それらは同じ部位で何度も生じていたらしい。イントロン挿入が反復配列に隣接している傾向があることから、それらはDNA損傷の修復機構によって生じた可能性がある。(KF)
Extensive, Recent Intron Gains in Daphnia Populations
p. 1260-1262.

ミクロRNA前駆体の輸送機構(Pre-MicroRNA Export Machinery)

ミクロ(mi)RNAは、多くの生物学的過程の制御において役割を果たしている。長い転写物は最初に核で処理されてpre-miRNA(miRNAの直接の前駆体)を作り、それが核膜孔複合体を通して転位置され、さらに処理されて細胞質内でmiRNAへと成熟する。Okadaたちは、エクスポーチンExp5および核内低分子GTPase RanGTPとの複合体を形成したpre-miRNAの結晶構造を記述している(p. 1275; またStewartによる展望記事参照のこと)。その構造は、Exp5とRanGTPが細胞質への輸送を促進するだけでなく、ヌクレアーゼによる分解からmiRNAを保護することを示している。RNA認識は主に配列に依存しないイオンの相互作用を介して行われていて、モデル構築によれば、この核外輸送の仕組みは他の小さな構造化されたRNAにも適応可能らしい。(KF,KU)
A High-Resolution Structure of the Pre-microRNA Nuclear Export Machinery
p. 1275-1279.

シャープなナノワイヤー(Sharp Nanowires)

デバイスにナノワイヤーを使うには、界面での組成上の純度を維持しながら、ナノワイヤーを二つあるいはそれ以上の材料から合成できるかにかかっている。融点が最小である共融点での液滴を用いる代わりに、Wenたち(p. 1247)は固体合金触媒を用いてワイヤーを形成すれば、原子レベルでシャープな界面をもつシリコン・ゲルマニウムのワイヤー製作が可能であることを示している。その系はうまく機能しており、その理由はAlAu(アルミニウム金)合金組成が選ばれことで、この合金にSi(シリコン)とGe(ゲルマニウム)は低溶解度であり、十分に高い共融温度を示し、それ故にナノワイアーの成長がSiとGeの前駆物質の反応性によって制約されないためである。(hk,KU)
Formation of Compositionally Abrupt Axial Heterojunctions in Silicon-Germanium Nanowires
p. 1247-1250.

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