AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 23 2009, Vol.326


ゲロゲロと泣いている蛙(Croaking Frogs)

全世界的な両生類の減少は、様々な他の原因の中でも、新菌類カエルツボカビ(Batrachochytrium dendrobatidis)が引き起こす皮膚病、ツボカビ症(chytridiomycosis)が原因である。しかし、この病原体がどのように死に至らしめるのかは明確ではなかった。Voyles たち(p. 582)は、この皮膚感染症が皮膚を通したイオン輸送の低下が引き起こす変化と、その結果生じる血液中の電解質の減少(electrolyte reduction)による心臓障害を引き起こすことを示している。(TO,KU)
Pathogenesis of Chytridiomycosis, a Cause of Catastrophic Amphibian Declines
p. 582-585.

ショウジョウバエの体色(Drosophila Body Color)

ハエの体色は様々な遺伝子と対立遺伝子(alleles)に強く影響を受けている。Wittkoppたちは(p.540)、黒色と褐色の遺伝子座にある二つの遺伝子が、近縁種のアメリカショウジョウバエ(Drosophila americana)とメキシコショウジョウバエ(Drosophila novamexicana)の間で、どのように体色に影響を与えているかを詳述している。アメリカショウジョウバエの遺伝子マップによる考察によって、体色を褐色とする遺伝子座の多様性・黒色の遺伝子座との関連性もまた、同種内での体色の変化の原因であるということが分かった。多様な分離株(isolate)のシークエンシングによって、アメリカショウジョウバエのいくつかの系統(strain)が、褐色と黒色の対立遺伝子を有していることが示されている。それらの対立遺伝子は同種である他のアメリカショウジョウバエのそれよりも、種の異なるメキシコショウジョウバエのそれにより関連が深い。このように、同種内・他種同士ともに、体色の多様性に関する遺伝的決定因子は、共有された対立遺伝子の存在が強く影響している。(Uc)
Intraspecific Polymorphism to Interspecific Divergence: Genetics of Pigmentation in Drosophila
p. 540-544.

酵母がRNAiクラブの会員になる(Yeast Joins RNAi Club)

RNA干渉(RNAi)は標的配列に結合する小さな干渉性(si)RNA(small interfering RNA=遺伝子発現阻害を起こす二本鎖RNA)によって遺伝子発現を抑制する。RNAiは調べられたほとんどすべての真核生物において見つかっているが、唯一つの例外は出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeで、分子生物学の研究で頻繁に利用されてきた生物である。実際、全ての出芽酵母でRNAiが無いと考えられてきた。Drinnenbergたち(p. 544, 9月10日発行の電子版、および、Moazedによる展望記事参照)は、いくつかの出芽酵母の種にはRNAiが存在し、このRNAiは基本的には転位因子(transposable element:染色体のある部分から他の部分に移動するDNA部分)やサブテロメア反復遺伝子の発現阻害に作用するらしいことを示した。真核生物とは異なるダイサータンパク質がsiRNAを産生し、出芽酵母S.castellii中のエフェクタータンパク質Ago1に積み込まれ、標的転写物の切断へと導く。これら2つの遺伝子をS.cerevisiae に導入することでRNAiを十分再構成できるし、このRNAiにおいてはトランスポゾン(易動性遺伝因子)の活性を抑制することが分かった。(Ej,hE,KU)
RNAi in Budding Yeast
p. 544-550.

光の磁場を測る(Measuring Magnetic Light)

光の磁場成分と物質の相互作用は、電界成分のそれと比べ非常に小さい。効果的な測定手法がないため、我々は光の磁場成分に対して盲目といっても過言ではない。Burresiらは(p.550、10月1日号電子版、GiessenとVogelgesangの展望記事参照)は、メタマテリアルのスプリットリング共振器を走査型プローブ顕微鏡の探針の先につけ、光の磁場ベクトルを可視光の周波数域で測定することに成功した。光の磁界成分の測定は、光導波路やその他の光学デバイスのナノスケールでの特性評価のための有効なツールとなるであろう。(NK)
Probing the Magnetic Field of Light at Optical Frequencies
p. 550-553.

月の水(Lunar Water)

月は、その極付近の永久影を有するクレーター中に、蓄積された氷が存在するのではないかという徴候はあるが、本来は水のないものと考えられてきた(Lucey による展望記事を参照のこと。9月24日号電子版)。Chandrayaan-1 とDeep Impact による最近の赤外強度分布図の解析と、Cassini の初期のころの月との近接飛行を通して得られたデータを再検討することにより、Pietersたち (p.568、9月24日号電子版)と Sunshine たち(p.565、9月24日号電子版)、および、Clarkたち (p.562、9月24日号電子版) は、月表面の多くの地点にわたり H20 か OH の顕著な吸収信号が検出された。月の一日の経過のなかで水分量変動が見られる。そのデータは、太陽風が月表面近くの鉱物中に水か OH を蓄積したり、或いは何らかの方法で形成(あるいはその両方)されていることを示唆している。この捕捉された水か OHは動的変動するものであることを示している。(Wt,nk,tk)
Character and Spatial Distribution of OH/H2O on the Surface of the Moon Seen by M3 on Chandrayaan-1
p. 568-572.
Temporal and Spatial Variability of Lunar Hydration As Observed by the Deep Impact Spacecraft
p. 565-568.
Detection of Adsorbed Water and Hydroxyl on the Moon
p. 562-564.

デッドゾーンの生命(Life in Dead Zones)

海洋の酸素最小ゾーン、或いは「デッドゾーン」は拡がりつつある。海洋デッドゾーンの拡大や強まりは、海洋漁業の生産性や気候バランスに対して密接に関連を持つ、窒素や温室効果ガスの生物性の生産増加へと導く。しかし、デッドゾーンに見られる生化学的特性を引き起こしている微生物群集のことはよく判っていない。Walshたち(p.578)は、海洋のデッドゾーンの至るところに豊富に存在する非培養性バクテリアのメタゲノム分析に関して報告している。これと同様なバクテリア(深海のハマグリ(clam)やムラサキガイ(mussel)の無機栄養性の鰓共生体(gill symbionts)に関係した)は、アフリカ大陸棚の海水において硫化物を無毒化している。この謎めいたバクテリア系列(lineage)の炭素とエネルギーの代謝を再現することで、酸素欠乏海水中における炭素の隔離(carbon sequestration) 、硫化物の無毒化、そして生物学的な窒素呼吸による窒素消費を仲介する多様な微生物群集の代謝レパートリを明らかにした。(TO,KU,nk)
Metagenome of a Versatile Chemolithoautotroph from Expanding Oceanic Dead Zones
p. 578-582.

秘密の好みを観察する(Observing Unrevealed Preferences)

理想的には、公共財を生産し分配するというインセンティブのために、以下のような性質をもったシステムを設計することは可能であろう:(1)予算が均衡している、(2)その生産に関わっても悪くなることはないので人々は喜んで参加する、(3)各参加者にとっての最適な戦略を容易に見つけられる、(4)これらを満たす解は公共財の最適生産となる。残念ながらこれらの条件全部を同時に満たすことはできない、なぜなら、自分本位の個人がある公共財をどの程度に評価するかを自発的かつ正直に明らかにする必要があるからである。Krajbich たち(p. 596,9月10日号電子版参照)は、個々人の評価を解読することで行動の観察へのこの依存を迂回するという目的に脳神経画像の測定が使えないだろうかと問うた。それには、解読した55%の信号が正しく読み取られれば十分で、実験室においては、公共財の最適な供給が実際に達成された。(Ej,hE,nk)
Using Neural Measures of Economic Value to Solve the Public Goods Free-Rider Problem
p. 596-599.

メタンが緩く結合している(Methane Loosely Bound)

多くの場合、分子は二つの離れた原子間でσ電子を共有し、強い結合を形成している。しかしながら、ある場合には第3の原子がこのσ結合を完全に切断することなく、その電子密度の一部をひき寄せることもある。C-H結合と遷移金属間のこのような緩く結合した錯体は、炭化水素化合物の金属触媒反応において短寿命の中間体として生じているが、直接観測されるのは稀である。Bernskoetterたち(p.553)は低温核磁気共鳴分光法を用いて、Rh-CH3前駆体のプロトン化後のメタン(CH4)とロジウム(Rh)に関する配位構造を調べた。反応速度の測定から、半減期が-87℃で80分を越えることが明らかになった。(KU)
Characterization of a Rhodium(I) σ-Methane Complex in Solution
p. 553-556.

薬剤耐性への滑らかな道のり(A Smooth(ened) Path to Drug Resistance)

ヘッジホッグ(Hedgehog:Hh)シグナル伝達経路は、悪性脳腫瘍である髄芽腫成長の主要因として着目されてきている。Hhシグナル伝達経路の要素であるSmoothened(膜貫通型タンパク質)へ結合することで、このHhシグナル伝達経路を抑制する薬剤GDC-0449は、近年、転移性髄芽腫の患者に対して急速かつ劇的な腫瘍縮小効果を示していた。しかしやがて、この腫瘍はこの薬剤に対する耐性を持ってしまった。Yauchたち(p. 572,9月3日号電子版)は、この腫瘍がSmoothenedタンパク質における変異を獲得し、薬剤と結合しなくなり、耐性を持った事を示している。この薬剤耐性の原理を明確化することによって、この種の癌に対する次世代の薬剤開発の手助けが得られるであろう。(Uc,KU)
Smoothened Mutation Confers Resistance to a Hedgehog Pathway Inhibitor in Medulloblastoma
p. 572-574.

広がるカルベンの汎用性(Stretching Carbene Versatility)

安定なN-複素環カルベン(NHC)分子は、有機反応に供する汎用触媒である(Albrechtによる展望参照)。LavalloとGrubbs (p. 559)は、これらの分子がまた、有機金属化合物の変態に触媒作用することを示している。特に、カルベンは単量体の鉄オレフィン錯体の結合を誘発し、3個あるいは4個結合した鉄センターを取り込んだクラスターを形成する。カルベンの鉄への最初の配位により、2個目の錯体との鉄-鉄の結合形成を促進している。関連する研究において、Aldeco-Perezたち(p. 556)は、二価の炭素が移動し、それによってカルベンセンターが二つの窒素間にはもはや存在しないようなNHC異性体を合成した。その化合物は金と二酸化炭素を含む安定な錯体を形成する。(hk,KU)
Carbenes As Catalysts for Transformations of Organometallic Iron Complexes
p. 559-562.
Isolation of a C5-Deprotonated Imidazolium, a Crystalline "Abnormal" N-Heterocyclic Carbene
p. 556-559.

慢性疲労にウイルスの関与(Viral Link to Chronic Fatigue)

慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome:CFS)は、全世界で17百万人の人に影響している複雑、かつ衰弱性の病気であり、免疫系の機能障害に関係付けられることも多いが、しかしその原因は謎のままである。Lombardiたち(p.585,10月8日号電子版;Coffin and Stoyeによる展望記事参照)は、謎めいた新たな主役に関して報告している。はっきりとこの病に罹っているCFS患者101人からの血液サンプルから、その2/3以上の人(68人)が、最近明らかになったヒトγレトロウイルスである異種栄養性マウス白血病‐関連ウイルス(XMRV)由来のDNAを保持していた。このDNAはマウス白血病ウイルスと配列類似性を持っている。細胞培養アッセイから、CFS患者の血漿や、T及びBリンパ球由来のXMRVは感染性を有している。CFSとの関係は明白であるが、この病気にこのウイルスが主犯であるかどうかは今後の課題である。興味深いことに、調べられた健常ドナー218人のうちの約4%がXMRVに対して陽性であり、このことは、このウイルスが--このウイルスの病原性としての強さは不明であるが--母集団中のかなりの割合で存在していることを示唆している。(KU)
Detection of an Infectious Retrovirus, XMRV, in Blood Cells of Patients with Chronic Fatigue Syndrome
p. 585-589.

巨大酵素の仕組みを解剖する(Dissecting Megaenzyme Mechanisms)

糸状菌には、高度に還元性のある反復性ポリケチド合成酵素(HR-IPKS)という多領域酵素のクラスが含まれているが、それはコレステロール低下薬ロバスタチンのような重要な天然の産物を産み出すものである。そうした複雑な産物を産生するため、その巨大合成酵素は複数の触媒領域を繰り返し、組み合わせを変えながら使っているのだが、その仕組みの詳細はいまだにはっきりしていない。Maたちはこのたび、ロバスタチンnonaketide合成酵素(LovB)の完全な触媒作用機能の試験管内での再構成を報告している(p. 589)。LovBは、パートナー酵素であるLovCとともに働いて、ロバスタチンの核を作り上げるのに必要なおよそ40段階もの化学的ステップを完了する巨大合成酵素である。酵素機能の補助因子およびパートナー酵素への依存性の解析によって、この系のプログラミングのルールが解明されている。(KF)
Complete Reconstitution of a Highly Reducing Iterative Polyketide Synthase
p. 589-592.

実験経済学(Experimental Economics)

社会科学という学問分野は、心理学という注目すべき例外はあるものの、伝統的に実験室を使わずに進められてきた。経済学という分野、とくに計量経済学では、経済理論を評価したり、因果関係を推論したりする際、観察されたデータを解析するためにさまざまな定量的、統計的手法を駆使してきた。より最近になって、制御された条件の下で実験室実験を行ない、自然な条件の下でフィールド実験を行う、ということが、互いに補い合う方法として、いくらか通用し始めている。FalkとHeckmanは、そうした最近の発展に関して、その強みと弱みについてのレビューを行っている(p. 535)。(KF)
Lab Experiments Are a Major Source of Knowledge in the Social Sciences
p. 535-538.

シナプス形成におけるCdc20-APCの役割(Cdc20-APC in Synapse Formation)

E3ユビキチンリガーゼCdc20‐後期促進複合体(Cdc20-APC)は、細胞分裂周期の制御において重要な役割を担っている。Yangたちはこのたび、Cdc20-APCがまた、ラット脳内で発生中のニューロンのシナプスの適切な形成にも必要らしい、ということを示している(p. 575)。培養神経細胞や発生中のラットの子の脳内からCdc20-APCが失われると、シナプス形成が抑制されたのである。脳に豊富にある転写制御因子NeuroD2がCdc20-APCによって刺激されて生じる分解の標的でありうるということが、明らかにされた。NeuroD2は、シナプス小胞融合を制御しているタンパク質Complexin IIの合成を促進することによって作用している可能性がある。(KF)
A Cdc20-APC Ubiquitin Signaling Pathway Regulates Presynaptic Differentiation
p. 575-578.

神経細胞の再生に向けて(Toward Neuronal Regeneration)

痛めつけられたり押し潰された中枢神経系のニューロンは、うまく再生しない。この問題の一部は、そうした損傷の後に残る神経膠瘢痕に由来する。その瘢痕組織には、軸索再生を抑制すると見られる硫酸プロテオグリカンが含まれているのだ。Shenたちはこのたび、そのプロテオグリカンの受容体として機能しているタンパク質、チロシンホスファターゼ(PTP)をマウスの神経細胞膜中で同定した(p. 592、10月15日号電子版)。この特定のPTPを欠くニューロンは、再生に改善を示したのである。再生は不完全ではあったが、おそらくは、軸索再生を完了する途上にある別の抑制因子のせいであっただろう。(KF)
PTPσ Is a Receptor for Chondroitin Sulfate Proteoglycan, an Inhibitor of Neural Regeneration
p. 592-596.

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