AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 25 2009, Vol.325


蝶の航法術(Butterfly Navigation)

オオカバマダラ蝶(Monarch butterfly)は秋になると北アメリカの様々な場所からメキシコへと、太陽をコンパスにして渡っていく。渡り鳥でも用いられているこの航法メカニズムは、一日のうちで変わっていく太陽の方向を補正するために体内時計を用いている。時間補償がなされた太陽コンパスによる方位確認方法の背後にあるメカニズムは、未だ不明確なままである。Merlinたち(p.1700;Kyriacouによる展望記事参照)は、従来蝶の脳に備わっていると考えられていたこのメカニズムが、触覚にあるという包括的なデータを示している。オオカバマダラ蝶で発見されたこの「触覚時計」は、おそらく太陽コンパスによる方位確認方法のための主要な時間調整メカニズムを司っている。これらの発見は、触覚の更なる機能(この方位確認メカニズムを用いている他の昆虫にも更に広く適用されるであろう機能)を新たに明らかにしている。(Uc,nk)
Antennal Circadian Clocks Coordinate Sun Compass Orientation in Migratory Monarch Butterflies
p. 1700-1704.

簡単なフッ素の付加反応(Facile Fluorination)

フッ素原子は医薬品合成における有用な置換基である。しかしながら、化学合成でC-F結合を行う現在の方法は、反応を腐食性の条件下で進めるか、或いは極めて特殊な、それゆえ高価な試薬を用いる必要があり、非常に困難なことであった。開発の障害となったのは、アリル基と配位したフッ化物を結合させる際に、従来のパラジウム触媒法がうまく働かないことであった。Watsonたち(p.1661,8月13日号電子版;Gouverneurによる展望記事参照)は、パラジウムと巧妙に設計されたホスフィン配位子を結合させることで、単純なフッ化物の塩を用いてのアリル基へのフッ素付加反応で幅広く働く触媒を合成した。この方法は広範囲の官能基にも適用でき、多数の標的となる芳香族フッ素化合物の効率的な合成を促すはずである。(KU,nk)
Formation of ArF from LPdAr(F): Catalytic Conversion of Aryl Triflates to Aryl Fluorides
p. 1661-1664.

火星の衝撃(Martian Impact)

火星では、隕石の衝突による衝撃孔であるクレーターの形成がしばしば起こり、その衝撃がなければ表面の下に覆い隠されていたであろう物質を露出させる。Byrne たち (p.1674)は、最近の数年にわたって形成された中緯度にあるクレーターを同定し、MarsReconnaissance Orbiter に搭載されたカメラで非常に詳細にそれらの画像を作成し、その後の変化をモニターした。クレーターは、埋蔵された水を成分とする氷を露出させ、その後、その氷は昇華してなくなる様子が見られた。加えて、あるクレーターでは、氷の層を完全につらぬいて掘り起こした可能性がある。この観測は、モデルや他の観測と整合したものであり、およそ緯度 40°から極方向に向けて、火星表面下のおよそ 数十cmから 約1mの深さで水の氷が安定的に存在するであろうことを示唆している。そして、そう遠くない過去では、火星は現在より湿潤な大気を有していたと思われる。(Wt,KU,Uc,tk,nk)
Distribution of Mid-Latitude Ground Ice on Mars from New Impact Craters
p. 1674-1676.

高分子を用いた光センサー(Polymer Photodetectors)

光センシングは、車やカメラにおける微弱光検知装置といった広範囲の応用に用いられている。光センサーの多くはスペクトル範囲が限られており、狭い波長領域しか検知できない。Gongたち(p.1665,8月13日号電子版)は、極めて広いスペクトル応答(300nm〜1450nm)と極端に高い感度を持つ高分子光センサーを開発したが、このセンサーは液体ヘリウム温度で無機の半導体センサーの応答を上回る。デバイス設計上のキーとなるものがブロッキング層の導入で、これによりデバイスにおける暗電流やノイズが抑えられる。(KU,nk)
High-Detectivity Polymer Photodetectors with Spectral Response from 300 nm to 1450 nm
p. 1665-1667.

スズの二段階反応(Tin Two-Step)

二重結合や三重結合の炭素化合物がお互いに結合して、環状化合物を形成するということは良く知られている。その反応速度や、熱か光による反応率上昇の感度は、何十年前のウッドワード‐ホフマン則で説明される。ごく最近、炭素の代わりにシリコンやスズといった周期表14族の炭素より重い元素を用いたアルケンとアルキンの類似化合物が合成された。Pengたち(p.1668;Sitaによる展望記事参照)は、二個のジスタンニン(distannynes:三重結合の錫の化合物)がエチレンと容易に反応して環状付加化合物を形成し、この化合物がC-C結合とSn-Snπ結合に代わってC‐Snσ結合を有することを見出した。分光測定ならびに結晶解析により、これらの化合物は室温においてごく弱い結合をしており、温和な加熱によりこれらの複数の前駆体へと容易に戻る。(KU,nk)
Reversible Reactions of Ethylene with Distannynes Under Ambient Conditions
p. 1668-1670.

気候の関連性(Togetherness)

古気候学の最も重要な二つの問題は、北半球と南半球の気候がどのように関連しあっているかということと、気候変動を促し伝播させる上での高緯度と熱帯地方の役割は何かということである。従来の研究は大規模で進展の速い退氷期のような気候変動や、ヤンガードライアス期(最終氷期後に北半球高緯度で発生した寒冷期)の研究に焦点を絞っていた。なぜなら、考察や年代特定が非常に簡単だからである。完新世(11,000年前〜現在)にペルーアンデス山脈で形成された氷河モレーン(堆石)の宇宙線生成同位体年代を精密に測定することによって、Licciardiたちは(p.1677)このような研究対象範囲を広げている。これらの年代の精度が高い結果、ペルー氷河の前進と北大西洋領域気候との大まかな関連性が示され、熱帯地方と高緯度地方の気候の間に重要な関係があることが明らかとなった。(Uc,nk)
Holocene Glacier Fluctuations in the Peruvian Andes Indicate Northern Climate Linkages
p. 1677-1679.

マラリアクロロキン耐性輸送体(Malaria Chloroquine Resistance Transporter)

マラリアは今日世界で最大の致死性感染症の一つであり、このクロロキン-耐性を有する寄生虫の発生と伝搬は世界の人々の健康にとって災害となっていた。クロロキン耐性輸送体 (PfCRT)は、もともと、このタンパク質の変異がヒト・マラリア寄生虫の熱帯熱マラリア原虫においてクロロキン耐性を与えることから同定された。しかし、そのメカニズムについては現在議論の最中である。Martin たち(p. 1680)は、アフリカツメガエルXenopus卵母細胞表面においてPfCRTを発現させることに成功し、このタンパク質を研究するための安定で再現性のある異種系を確立することに成功した。このタンパク質の耐性付与型はクロロキンの輸送を仲介するが、野生型は仲介しない。このように、予想されたことであるが、マラリア寄生虫におけるこのクロロキン耐性は変異体PfCRTを経由した薬剤輸送の結果として生起する。(Ej,hE)
Chloroquine Transport via the Malaria Parasite’s Chloroquine Resistance Transporter
p. 1680-1682.

キナーゼの標的を目録化(Cataloging Kinase Targets)

タンパク質のリン酸化は、多くの生物学的なプロセスを制御する中心的なメカニズムである(Collinsによる展望記事参照)。酵母の細胞分裂を制御するキナーゼ様サイクリン依存性キナーゼ1(Cdk1)によって変えられた基質とリン酸化部位の全範囲を決定することは、依然として困難な課題であった。Holt たち(p. 1682)は或る酵母系列を遺伝子操作し、特定の小分子阻害剤によって抑制される修飾されたCdk1分子を発現させた。Cdk1依存型リン酸化の範囲は定量的マススペクトル分析で評価される。その結果、以前は特徴付けされてなかった多くのCdk1用の基質が明らかになった。セリンとスレオニン残基のリン酸化はきわめて遠い進化の過去に生じたと思われるが、これに加え、チロシンリン酸化は、そもそも多細胞生物において生じた。Tan たち(p. 1686,および、7月9日号電子版参照)は、ヒトタンパク質中のチロシン残基(頻繁にリン酸化されている)と酵母タンパク質中のチロシン残基(リン酸化されない)の存在量全体を比較した。進化を通じてチロシン残基が失われてきたと思われるが、おそらく外来性のチロシンリン酸化を減少させているらしい。(Ej,hE,KU)
Global Analysis of Cdk1 Substrate Phosphorylation Sites Provides Insights into Evolution
p. 1682-1686.
Positive Selection of Tyrosine Loss in Metazoan Evolution
p. 1686-1688.

花粉が発生するための新規なフェノール経路の進化(Evolution of a Novel Phenolic Pathway for Pollen Development)

植物の適応と種分化の新規な遺伝子が生まれるためには、代謝の可塑性が不可欠であり、これが大きな遺伝子ファミリーを形成させた。その代表例は植物中のチトクロムP450 酵素の多様化に見られる。レトロポジション(RNA仲介の遺伝情報の移動)、 複製、それに続く変異は、選択的で局所的なアミノ酸の置換によって生じるが、その結果、アブラナ科において新規なフェノールの経路が進化した。この経路は、部分的に冗長性のある2つのチトクロムP450による6個の連続的水酸化が生じる。これによってフェニルプロパレイド代謝において、花粉の主要な構成であり、今まで見過ごされていた主役のN1,N5-di(hydroxyferuloyl)-N10-sinapoylspermidineが形成される。この例が示すように、酵母が新しい機能へと変化するのに必要な正の淘汰が非同義置換の構造的クラスターを好むかがわかる。(Ej,hE,KU)
Evolution of a Novel Phenolic Pathway for Pollen Development
p. 1688-1692.

形質の移植(Character Transplant)

細菌を遺伝子操作する際に、酵母中で細菌のゲノムを増殖させるのが便利である。しかしながら、真に役立てるためには、細菌の染色体を酵母から受け手となる細菌細胞に移植し、戻さないといけない。しかし、酵母には制限修飾系(原核生物における外来DNAの選択的分解系)が含まれていないので、そうした移植は、ある細菌の細胞から別の細菌への移植では起きないような問題を生じさせることになる。酵母中での増殖の後で単離された細菌のゲノムは、自分自身のものだけでなく、受け手の細胞の制限修飾系に対しても感受性をもつようになりがちである。Lartigueたちは、そうした障壁を乗り越えるために開発した、試験管内でのDNAメチル化に関与する複数のステップを記述している(p. 1693、8月20日号電子版)。マイコプラズマ・ミコイデス(Mycoplasma mycoides)の大型コロニー・ゲノムが、酵母中で、酵母の遺伝子系によって遺伝子操作された動原体性プラスミドとして増殖し、特異的メチル化の後でマイコプラズマ・カプリーコム(M. capricolum)へと移植され、変化したマイコプラズマ・ミコイデスの大型コロニー・ゲノムの遺伝子型と表現型とを有する細菌の細胞を産生する。(KF,KU)
Creating Bacterial Strains from Genomes That Have Been Cloned and Engineered in Yeast
p. 1693-1696.

ワクチンの分配を再考する(Rethinking Vaccine Distribution)

ワクチンの分配というのは、公衆衛生と経済、倫理の交点に位置する複雑な問題であって、流行が進むにつれて後知恵で決めていくわけにはいかないことがらである。つまるところ、政策をガイドするため数学的モデル化が有効になるので、MedlockとGalvaniは、感染を最小化する方向での、さまざまな年齢群へのインフルエンザ・ワクチンの分配方法に関する解析結果を提示している(p. 1705、8月20日号電子版参照)。異なる結果に導かれるいくつものシナリオが作られた。それらのシナリオはさまざまな流行条件のもとで多様な年齢集団に対してワクチン接種が行われた時に何が起きるかを感染者数や死亡率、コストなどの形で示し、1918年または1957年のような大流行と比較されている。これらシナリオは、抗ウイルス薬の分配にも同様に適用可能である。その結論は、米疾病対策センターから出されているワクチン分配についての現行の勧告に、インフルエンザ流行の衝撃を最小化するために、年齢が関わるパターンを含むよう改定されるべき、というものである。(KF,nk)
Optimizing Influenza Vaccine Distribution
p. 1705-1708.

酸化物と金属をくっつける(Bonding Oxides and Metals)

還元可能な金属酸化物担体への触媒として機能する貴金属の結合は、酸化物表面のカチオンサイトで生じると考えられている。酸化アルミニウムのような非還元性の酸化物の場合、どのように金属と強力に結合しているのかは解明されていない。Kwakら(p.1670)は、高解像透過型電子顕微鏡とマジック角回転固体核磁気共鳴を用いて、アルミナ表面への白金の固定状態を高濃度および低濃度担持した両条件で調べた。表面ではAl3+イオンが五配位している。密度関数計算から、Al3+イオンはアルミナの3つの酸素原子と白金酸化物からの2つの酸素原子が配位しているモデルとよい一致を示している。(NK,KU)
Coordinatively Unsaturated Al3+ Centers as Binding Sites for Active Catalyst Phases of Platinum on γ-Al2O3
p. 1670-1673.

情報のやりとり(Correspondence Communications)

統計物理学者たちと社会科学者たちは、人間の行動を物理学的モデルで記述しよう、また普遍的原理を見つけ出そう、と試みてきた。手紙のやりとりのパターンは、主に他の個人(相手)に対する応答の必要性によって駆動されていて、電子メールの場合も手紙のやりとりの場合も、どちらもべき法則分布が現れる。それら2つの通信のモードに対して、指数部は異なっているので、人間による通信というものは2つの普遍的なクラスのどちらか一方に属することになり、電子メールと手紙とは基本的に異なった行動であることが示唆される。このたび、Malmgrenたちは、人間による通信のパターンが、概日性サイクルやタスクの反復、コミュニケーションニーズの変化などの機構によって駆動されてはいないかを検証した(p. 1696)。手紙のやりとりは、電子メールのやりとりと同様、カスケード化された非均一ポアソン過程として正確にモデル化でき、べき法則統計ではなく、非ガウシアン統計を浮かび上がらせる結果となった。その代わり、各人の通信パターンはそのモデルのパラメータによってユニークに特徴付けることができ、これはすなわち、その過程は普遍的であるが、パラメータは普遍的ではないということであった。つまり、特定のライフスタイルに向けての個人の親和性が、コミュニケーションのパターンに影響を与えていて、それは複雑系としてモデル化されうるのである。(KF)
On Universality in Human Correspondence Activity
p. 1696-1700.

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