AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science September 18 2009, Vol.325


微生物の大規模分布のモニタリング(Monitoring Massive Microbial Dispersal)

微生物種の空間分布には現在の環境条件と地質学的な歴史が影響を及ぼしているが、これら二つの影響を相対的に定量化することは、微生物の生態学において非常に重要な課題である。これら二つの生物地理の影響を区別するための生態学的アプローチを試みることは、空間的、または時間的な環境変化によって限定されてしまうのだ(Pattersonによる展望記事参照)。150万年間の海洋珪藻の化石の記録を用いて、CermenoとFalkowski (p.1539) は、空間的に非常に大きい(地球的規模の)スケールですら、海洋珪藻の分散はそれほど限定されないことを示している。環境的要素が海洋珪藻の形態を有する個体群の地球規模の生物地理を形作る主要な制御因子なのである。拡散効果の結果、寒冷地では棲息できないはずの好熱性の微生物が深海堆積物から極地の凍土に至る永久的寒冷な環境でみられるのである。Hubertら(p. 1541)は,海洋性好熱藍藻類による潜在的な大規模拡散の解析結果を定量的に与えている。南極の堆積物1平方メートルあたり、およそ108の好熱性の種が毎年堆積しているのだ。(Uc,KU,nk)
Controls on Diatom Biogeography in the Ocean
p. 1539-1541.
A Constant Flux of Diverse Thermophilic Bacteria into the Cold Arctic Seabed
p. 1541-1544.

らせん状の偏光子(Corkscrew Polarizer)

物質の光学活性度を透過する光を偏光させる能力と定義した場合に、その効果が強く表れるには通常光波長の数百倍の厚さが必要である。Gansel たち(p. 1513,表紙、および、8月20日号電子版参照)は、メタ物質(metamaterial)の電磁気応答を調整することで、強い光学活性に必要な物質の厚さを薄くすることが可能であることを示した。彼らは2次元正方格子に垂直に伸びるらせんを金で作り、その光伝搬を調べた。まず、フォトレジストにレーザーで直接ナノ構造を作り、次に金を電気化学に析出させたところ同じらせん方向の円偏光は阻止され、逆方向の偏光は透過させた。このらせん構造はわずか一波長分の厚みで有効周波数範囲1オクターブに渡る光に対して動作する。(Ej,nk)
Gold Helix Photonic Metamaterial as Broadband Circular Polarizer
p. 1513-1515.

冷たい原子の磁性(Cold Atom Magnetism)

磁気秩序は原子同士の強い相互作用によって発生すものであり、その根源は量子力学に根ざしていると考えられている。しかし、ほとんどの凝集系は変動させることが難しいパラメーターが存在するために実験をすることが難しく、理論的にどのように発現するかは長い間論争になっていた。一方、冷たい原子系では相互作用の強さと符号、さらには密度も調整することができる。Joらは(p.1521;Zwegerの展望記事参照)この調整可能なパラメーター利用して、極低温フェルミオン原子集団を量子シュミレータとして用い、磁気秩序発現の可能性について調べた。原子同士の斥力が増すにつれて、二成分自由フェルミガス(ジェリウム)が不安定になり、相転移が生じ原子群の強磁性秩序に至るとことを見出した。(NK)
Itinerant Ferromagnetism in a Fermi Gas of Ultracold Atoms
p. 1521-1524.

地球に落下した隕石(The Meteorite Who Fell to Earth)

ほんの一握りの隕石に対してしか、その軌道データは入手できていない。あるものは、地球に落下してから長い時間がたって後、見つかったものである。別の隕石は、大気中を落下するのが観測された後、収容されたものである。しかし、それらの軌道はほとんど記録されていない。Bland たち (p.1525) は、オーストラリアの砂漠に設置された写真撮影用カメラのネットワークを用いて、天空中の火球を追跡して隕石を発見し,そしてそれの軌道を確定した。その隕石は、玄武岩からなるエイコンドライトである。このような岩石の多くは、主要な小惑星である Vesta に由来するものであった。このケースでは、隕石の同位体成分とその軌道の特性から、まったく別な親である小惑星を示唆している。すなわち、玄武岩質の物質の別の源が小惑星帯内縁部に存在している。(Wt,KU)
An Anomalous Basaltic Meteorite from the Innermost Main Belt
p. 1525-1527.

テロリズムを予測する?(Predicting Terrorism?)

テロリストは、彼らの国の主流をなす考えとは異なる意見を持った過激主義者である。その代わりに、世論はテロリズムの可能性に対して役に立つ指標を提供するだろう。KruegerとMalekova(p.1534)は、世論に関するギャラップ世界調査と国家テロ対策・センターからのデータを用いて、A国においてB国のリーダシップを容認しない国民の割合と、B国に対してA国の人々やグループが実行したテロリストの攻撃の数とに正の相関関係があることを明らかにした。そのデータは因果関係を証明していないけれども、世論が将来ありうるテロリストの脅威に対する早期警告シグナルを示すものであることを示唆している。(TO,KU,nk)
Attitudes and Action: Public Opinion and the Occurrence of International Terrorism
p. 1534-1536.

スピンの歳差運動を制御するトランジスタ(Control of Spin Precession in a Spin-Injected Field Effect Transistor)

電子の電荷に加えてスピンを利用することで、通常の電子回路では実現できない高速性、 省電力、高集積密度が得られると信じられている。このスピントロニクスの分野の中心 技術は電子トランジスタに類似したスピン電界効果トランジスタである。Koo たち (p. 1515)は、2つの強磁性コンタクトの間で、スピンの注入と検出を実演し、ソースと ドレインのコンタクト間において、ゲート間の電圧によってスピン電流の大きさが制御 できることを示した。これはスピントランジスタとして提案されているコンセプトを実 現する実験的結果である。(Ej)
Control of Spin Precession in a Spin-Injected Field Effect Transistor
p. 1515-1518.

あやふやな推論(傾斜角による推論) (Oblique Reasoning)

氷河期・退氷期の標準理論であるミランコビッチ理論では、北緯65度における夏の日射量に応じて氷床の増加と減少が起きる。これは最終退氷期での観測されたタイミングに一致している。しかしながら、その一つ前の氷河期においては氷床は全く違う挙動を示していた。今回、Drysdaleらは(p. 1527,8月13日号電子版)海水量増減に関し時期の決定が難しい海洋記録を時期が正確に分かる地上記録である鍾乳洞内形成物(鍾乳石など)と関連付けることにより、最終氷河期の一つ前の退氷期の開始時期により確実な制限を与えた。海水量は北緯65度で夏の日射の増加が起こった更に数千年前の約141,000年前に増加し始めた。このように、Milankovichによって提案された強制メカニズムよりも、地球の自転軸傾斜角の変化の方が氷床の消失に最も原因があるのかもしれない。(Uc,KU,nk)
Evidence for Obliquity Forcing of Glacial Termination II
p. 1527-1531.

いまや3次元で示せる(Now Shown in 3D)

系全体に適用できる技術の出現と分析方法の発達によって、分子成分を個々に分析すること、あるいは分子成分の小さなグループを分析することで得られたデータを統合して、生命系全体を組み上げることができるようになってきている。Zhangたちは、重要な技術的チャレンジに着手した(p. 1544)。それは、生化学的データを、バクテリア細胞の中心的代謝に関与しているすべてのタンパク質の実験的に決定されている、あるいは予測されている3次元的構造に統合することである。こうした大規模なデータ集合の統合は、進化および機能に関する洞察を提供してくれ、複雑な生物学的ネットワークに関する我々の理解をより深めてくれる。(KF)
Three-Dimensional Structural View of the Central Metabolic Network of Thermotoga maritima
p. 1544-1549.

かゆみと痛みの処理は別の系(A Separate System for Itch Processing)

かゆみというものが、痛みと同じ神経細胞要素に生じる、痛みの程度の軽いものであるのか、それとも、神経系には痛みとかゆみの双方の感覚に対して別々の、いわば違うラベルの付く系統が存在しているのかは、長期にわたって続いてきた疑問であった。この疑問に直接取り組むために、Sunたちは、ガストリン放出ペプチド受容体を発現する表在脊髄後角内のニューロンを破壊した(p. 1531、8月6日号電子版)。この受容体は、かゆみを仲介することには関与しているが、痛覚には関わっていない。さまざまな動物モデルで、ガストリン放出ペプチド受容体を発現する脊髄後角ニューロンを切除すると、痛みの知覚を変化させることなく、かゆみが減少した。つまり、かゆみと痛みとは実際、中枢神経系において別々に標識付けられる系統によって仲介されているのである。(KF,KU)
Cellular Basis of Itch Sensation
p. 1531-1534.

バッタの翅の空気力学(Locust Wing Aerodynamics)

昆虫の翅は変形可能な翼として機能するが、その詳細な空気力学的な変形の利点は良く解ってない。以前のモデルでは翼を変形不能な平面の板として扱っていたが、バッタの翅は長さ方向に沿ってねじれたり回転することは明らかである。Young たち(p. 1549)は、実際のバッタの翅の周りの粒子画像化による速度測定と煙による可視化法を利用して、流体力学の計算機モデルを確証した。そして、翅がはばたく周期間の翅の形状変化を計測し、その効果をモデルによって調べた。昆虫の翅の脈相の複雑さが直接、翅の変形手段を介して飛行の空気力学に影響を及ぼしている。(Ej,hE)
Details of Insect Wing Design and Deformation Enhance Aerodynamic Function and Flight Efficiency
p. 1549-1552.

D-アミノ酸とは何者?(Anyone for D?)

アミノ酸の化学とは、いわゆるD‐とL-形の鏡像異性体からなる二つのキラル的に異なる化学物質からなる。総ての生命体において最も一般的に用いられているアミノ酸はL形である。Lamたち(p.1552;Blankeによる展望記事参照)は、多様な種類の細菌が個体群密度-依存的な形で様々なD‐アミノ酸をその環境中に多量に放出していること、及びD-アミノ酸が細胞外のエフェクターとして作用し、これがペプチドグリカン(細菌細胞壁の主成分で主要なストレス関連成分であるが)の成分や構造、量及び強度を制御しているという意外な観察結果を報告している。(KU)
D-Amino Acids Govern Stationary Phase Cell Wall Remodeling in Bacteria
p. 1552-1555.

グルコースを死に物狂いで求めて(Desperately Seeking Glucose)

癌遺伝子および腫瘍抑制遺伝子における変異によって、癌細胞は隣り合った健康な細胞へと増殖していくことが可能になる。それら癌細胞に対して、どのような微小環境条件が、有利な選択的増殖を提供しているのだろう? Yunたちは、グルコースの利用が低いことを、癌細胞の生存と成長を可能にするKRAS発癌性変異の獲得を促進する微小環境要因として、同定した(p. 1555、8月6日号電子版)。遺伝的には同じで、KRAS癌遺伝子の変異の状態だけが異なっている直腸結腸癌細胞において、変異した方の細胞は選択的にグルコース輸送体-1を過剰発現し、グルコース取り込みと解糖の増強を示した。野生型のKRASをもつ細胞を低グルコース環境に置くと、ほんのわずかの細胞しか生き延びれず、生き延びた細胞のほとんどは高レベルのグルコース輸送体-1を発現していて、ほんの僅かなパーセンテージが新たにKRAS変異を獲得していた。つまり、グルコースの欠乏が、腫瘍発生の際の細胞増殖を促進する発癌性変異の獲得を助けている可能性がある。(KF)
Glucose Deprivation Contributes to the Development of KRAS Pathway Mutations in Tumor Cells
p. 1555-1559.

調整可能なメタ物質(Tunable Metamaterials)

メタ物質の電磁気応答は、例えば透明マントや負の屈折率、及び完全レンズ等の興味ある現象をもたらす。しかしながら、この物質の応答は共鳴効果に強く依存し、その応用の周波数帯域を狭めている。Driscollたち(p.1518,8月20日号電子版)は、スプリット-リング共鳴器のアレーと相転移物質であるVO2を結び付けて、応答の調整可能なメタ物質を作った。絶縁体から金属へのVO2の熱誘導相転移により、スプリット‐リング共鳴器の応答が変化する。又、この転移はヒステリシスを示すので、このデバイスは誘導された変化の「メモリー」を保持する。これらの結果は、広いバンド幅に渡って作用するメタ物質を得る柔軟な方法と新規なスイッチング素子への道を開く。(KU)
Memory Metamaterials
p. 1518-1521.

侵入予測の限界(Limits to Invasion Predictions)

数学モデルとラボでの昆虫集団の実験と結びつけることで、Melbourne and Hastigs (p.1536)は、現在のモデルでは、侵入者の空間的な拡大率が各回毎に異なることが過小評価されていることを示した。小さな個体群サイズに由来する遺伝的創始者効果(genetic founder effect)が、おそらく可変性における驚くべき増加と生態学的予測に関する不確かさの増加の原因である。このように、例えば天候のような外因性の影響源がない場合でも、個体間に内在する差異と個体群の小ささにより、侵入の拡大率の基本的な不確実性が生物学的に生じる。(KU,nk)
Highly Variable Spread Rates in Replicated Biological Invasions: Fundamental Limits to Predictability
p. 1536-1539.

[インデックス] [前の号] [次の号]